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彼の通り道、紅に染まる  作者: 栗花落
一章:気絶から始まる転移
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2:深森

2話目です……

……目が覚めると、其処はトンネルの中でなく、見慣れぬ森の中だった。

まだ、少しグラグラと揺れる頭を手で押さえ、何とか立ち上がる。


「何処なんだ……ここは」


ぼやいて見るが、その言葉は果て無く続く暗い森に吸収され消えて行った。


……とりあえず、このままここで立ち尽くしていても何も始まらないか……

そう考えた僕は、おぼつかない足取りで、周囲を歩き自転車を探すが……見当たらない。


「マジで……?」

正直、今の僕自身の体調は……最悪だった。

揺れる頭は落ち着く事無く、次第にズキズキと鈍い痛みを伴い始める。

胸に……肺に上手く呼吸が運べずに、息苦しさを感じる。

そして、今にも口の中から胃酸を吐きだしてしまいそうな程、気分が悪い。


……この状態のまま、歩くことなんて出来るか。

いっそ吐いてしまえば、楽なんだろうが。


そう思い、急いてもしょうがないか……

とその場に腰をおろし、空を見上げる。



空には星などは無く、森の中に広がるような黒色が覆っていた。

そして、その黒色を裂く様に、赤く歪む月が周囲を薄暗く照らしていた。


「……あ……れ?今、まだ昼過ぎだったよな……」

そう言い、時間を調べる為いつもズボンのポッケに入れてある携帯を手にとり画面を開く。


『15:20』携帯には、そう表示されていた。


……何もがおかしい。

僕は、夢を見ているのではないか。

そう思うと自然と納得がいく。そう言い聞かせる。


明晰夢めいせきむってやつだな……うん、そうだ。そうに違いない」

先ほどまでトンネル内にいたのにこんな所にいる訳がない。


そう思うと、一気に思考は冷静さを取り戻し、気分もいくらか良くなってきた……気がする。


「大方、あの大地震で気絶でもしたんだろう……ここでもう一度寝て目が覚めれば、こんな気味が悪い夢とはおさらばだな」


明らかに、地震……ではなかったはずなのだが、全て夢なんだ……本当はあの転倒した時に、気を失ってるだけなんだ。

そうに違いない!! そう決めつけ、僕は、近場の木に寄りかかり、腰を下ろす。


「夢なんだから、少し位……いい気分にさせろよな」

軽い悪態をつけて、僕は眼を閉じる……


そしていつの間にか意識が黒く塗りつぶされる……。

そして、何時間眠っていたのだろうか。目が覚めると、其処はもといたトンネルの中……ではなく、先ほどと同じ暗い森の中だった。


「……マジかよ」

何処だよ此処は……

夢だと思った場所が夢ではなく現実と認識するにはあまりにも突飛過ぎて、理解が追いつかない。


「ハハッ……ハハハッ……ハァ」

それこそ、僕は神隠しにでもあったのか……それこそ冗談ではない。

突然訪れた、非日常体験に胸の鼓動はとてつもなく早くなる。


受け入れらえないが……どうやらこの事態は夢ではないらしい。

此処がどこで、なんで僕がここに居るのか……全く分からない。


どうしようもない、現実に気が追いつめられ、また気分が遠くなる。


……ぐるぐるぐるぐる

目が回るような錯覚を再び覚える。


……そしてしばらく、今後どうするか考えていると。

『グゥゥゥゥゥルルル……』

その思考を切り裂くかのように、暗く静まり返った森の中に獣の様な唸り声が響く。


ついで……

「ア……ガ……アアァァァァァァァア、ギャァァァァァァ……」

恐らく人であろう物の絶叫……が森に響き渡る。

そして、すぐに暗い森に静寂が訪れる……


「……なんだ今の声は!? 」

ただでさえ、何処とも知らない場所なのに、いろいろ起こりすぎなんだよ……とぼやく。


……どうする


脳内はその一点に埋め尽くされる。

今の状況からわざわざ危険を冒してまでも声のした方へ状況を見に行くか。

それとも、此処から一刻も早く遠ざかるのか……


……どうする?

普段だったら、きっと一刻も早く遠ざかっただろう。

それは、知りなれた土地……という事もあり、道に精通しているという事情も要因になっていた筈。

だが、此処は全くの未知の場所。

その考えが、その声が発生した状況はどんな状況なのか……

事故なのか……それとも違うのかを知りたがっていた。


「……行ってみるか、声のした方へ」

手に負える事態じゃなかったら、すぐに逃げよう。


心にそう決めて、どんなことがあってもすぐに逃げれるよう周囲を警戒しながら歩き始める。

「確か、こっちの方からだったよな……」

そう言いながら歩いていく……。

歩いていると、少しづつ微かな違和感を覚えていく。

段々と……周囲が臭くなってきている……?


「……なんだ、何かが腐ったような……臭いだぞこれ……」

次第に強くなっていく、嫌悪感を……吐き気を催す臭いに顔を顰め、我慢しながら……奥へと進む。


進む……

暗かった筈の森に赤い月の光が淡く差し込み……周囲を照らし始める。

すると先ほどよりも少し、周囲が見渡しやすくなり僕は周りの景色をゆっくりと見渡す。


特に何の変化もない、黒一色の森……臭いだけがいまだに鼻に付いている。

それでも、まだ声がした場所にはとどかないのかと……臭いを少しでも抑えるため、鼻をポケットから出したハンカチを左手に持ち、顔を抑え歩いていく。


次第に、臭いだけでなく……周囲の状況にも変化が生じる。

先ほどまでは先の景色には黒が広がっているだけだったが……

地面にポツポツ……と赤色が混ざり始める。


「なんだこれは……」

訝しみながらも、歩いていく。

その赤色は段々と大きくなっていき、次第に地面を染め上げていく。

そして、その赤は地面だけでなく、木にも飛び跳ねる様に付着し始める。

それにつれて、臭いが強く、より強くなっていた。


「なんなんだ……これは……」

確かめる様に、右手で赤色が塗られた木々の肌を撫でる。


……生暖かく、ぬるりとした嫌な感触が右手に伝う。

だがそれだけでは、何なのかはわからず……意を決してハンカチを取り臭いをかぐ。


……嫌悪感を覚える鉄を含んだ臭い。

まるで……怪我をした直後の血のような。


「……は、え?まさか血なのかこれ……!? 」

流石に狼狽える。

血だとしても周囲を塗り上げる赤色は、ちょっとした怪我という範疇を越えている。

それこそ、何人何十人もの人が、鋭利な物で切り裂かれでもしないとおきない状況だろう。


(……もし、これが本当に血だとしたら、これ以上は進まない方がいい……でも)

嫌な汗が噴き出る……

もしもの想定に脳内は危険信号を出すように、『進むな』と言う思考に切り替わっていく。


……でも、もし違うなら何なのか。

心臓の鼓動が早くなる。

此処は、本当はやばい所なんじゃないか……逃げた方がいい。

頭は、その思考で埋まっていく。


……息の吸い方を忘れたように、呼吸が荒く、早くなっていく。

どうしようもなく喉が渇き、唾を飲み込む。

……引き返そう、そう思って踵を返した――瞬間


「アァァァ!! グアァァァァァァ!? 」

今度は先ほどの別の人の叫び声が、ほぼ真後ろの……木々の隙間から聞こえてくる。

反射的に、身を屈める。


叫び声が収まった後には、力を失くした声が一言、二言漏れてきたが……

すぐに止まり、静けさを取り戻す。


「なんなんだよ……この声は」

思わず、木々の隙間から状況を覗いてしまう。


そこには……先ほどの叫び声をあげた人であろう、人物が横たわっている。

月明りがあるとはいえ、薄明るい程度で詳しい状況はわからない。


……周囲に人がいないか、見渡す。

「よしいない……」


誰もいないことを確認した僕は、辺りを警戒しながら、横たわっている人に近づく。


「だ、大丈夫ですか?」

声をかけると、その人は力無い瞳でこちらを見つめる。


「……誰だ、君は……いや……そんなことはいい、早く逃げろ……」

低く……抑揚のない声で、その男性は呟く。


「何があったんですか!? 」

自身の腕を伸ばし、その男性の体を触る。


……ベチャ

嫌な音が……感触が腕に伝わる。

よく見ると、赤い色で、今も脈を打つようにどくどくと、流れ続けている。


「俺は、ご覧の……ありさまだ……ヤツは何処へ行った……見つかったら……君も、こうなるぞ……いいから、早く逃げろ」

先ほどよりもさらに力を失くした声が語り掛ける。


「一体何があったんですか……なんなんですか、これは!? 」

飲み込めない状況に混乱し、叫ぶ。


「あぁ……そんな……声を出すな。……ヤツに見つかるぞ……。」

その人男性の呼吸が乱れていく。

「……くっそ……しくったなぁ……俺たちで、討伐できる……と思ったのに……」

段々と力ない声に……嗚咽が混じり始める。


……安易に声をかけてしまった。

完璧にやばい状況だ……さすがに僕は認識した。

しかし……討伐?何の話だ。

ただ一点、僕は腑に落ちない単語に違和感を覚える。


「……最後に、人に会えたのも……導きか……君、一つだけ……頼まれ事をしてくれ……ないか……」

その人は緩慢な動きで服を探り……一つの封筒を取り出す。


「頼む。此処をまっすぐ進めば……町につく……筈だ……着いたら、冒険者組合ギルドにこの封筒を……渡してくれ」

震える右手で、僕の体の正面を指さす。


「……わかった」

冒険者組合ギルド……なんだそれは、まるで……漫画じゃないか……

そう思いながら、封筒を受け取る。


そして、男性は最後に……

「……ありがとう。あぁ。妻と……娘に会いたかった……」

そう言って、右手を地面に落とし……眼の光を失くした。

その瞳には……一筋の涙が流れていた。


「……町は、こっちだったよな。」

もう息をしていない男性に一礼をし、その場を後にする。


この光景が、あまりにも現実とはかけ離れていた為か……僕は逆に冷静となっていた。

周囲には、凄惨としか言えない状況は広がっているが…気にも留めずに走り出す。


「あの男性は……ヤツに見つかると言っていた」

つまり何かに追われていたんだ……だから、一刻も早く逃げる必要がある……

頭をフルに回転させながら走り続ける。


そして、眼前に光を灯した町が見えてくる。


「あそこが……あの男性が言っていた町だな……」

気を許し、すこしだけ走るスピードを落とした僕の耳元でとてつもなく低い声がする。


「誰も……逃すわけないだろう?」

笑いを含んだひどく不快な声にゾクッ……と血の気が引く。


「……誰だよ」

……声が震える。

「誰なんだよ……一体!? 」


声のした方向に、振り返る……ことは叶わず。

気づくと……僕は、地面へと倒れ伏していた。

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