第五十七話 「猶予(一)」
スコットはさほど驚きもせず、エレンに提案した。
「なぁ、コイツを見逃がしてやることはできないのか?」
エレンはライフルを構えたまま頭を振って応じた。
「それはできません。先程スコットさんがおっしゃったとおりです。そのグリフォンはこの世界に居てはならない存在なのです。だから――」
「だが、ここは、お前の世界なんだろう? 世界の造り主なら、そんな決まりだって緩めることだってできるだろう?」
エレンは再び頭を振り目を背けた。
「それはできません。最初に決めたことを神が面白半分に身勝手に覆すことなどあってはならないことです。それは世界に僅かでも歪みを生じさせます。今までも私達が見て来たように、その歪みが、本当はここで死ななくていい人達の命を奪うことになりました。そのグリフォンが人に危害を加えることはなくとも、ただ存在することで何かとても小さなものでも運命が変わって、それが巡り巡ってやがて大きな歯車に結びつき本来世界に訪れる予定の無かった崩壊や変貌を齎すかもしれません」
「かもしれないだけだろう?」
スコットはすぐに尋ね返した。
「そうです。でも、既に歯車は狂っています」
「こいつがただ存在しているからか?」
「そうです。世界を創造した神としてそれを見逃すことはできません。早急に対処せねばならないのです」
エレンが強い眼差しを向けてライフルを構え直した。
スコットは手の平に獣の体温を感じながら銃を抜き、それをエレンに向けた。
エレンはショックを受けた様に息を呑み込んでいた。両目が一瞬大きく開いた。だが、これまで見せたことのない厳粛な神の双眸を現した。
「あなたにできないなら私がやります。退いてください」
エレンが言ったがスコットは頑なに応じなかった。グリフォンが再び甘える様に首を掠りつけて来た。
「なぁ、エレン、そもそも神様に出来ないことなんて無いんだろう? 神様は万能なんだろう?」
スコットは縋る様にそう尋ねた。厳しい双眸が彼の目を射抜いて答えた。
「神にできないことがあります。それが今この時です。私は責任者としてそのグリフォンを抹殺します。世界の歪みを正さなければ、しなければならないのです! どうして分かってくれないんですか!? スコットさん!?」
エレンが涙を振り乱しながら叫んだ。
「エレン、こいつの目を見てみろよ。穢れってのを知らない純粋な目だ。こいつはまだ子供なのかもしれない。どうなんだ、ジョージー?」
ジョージーと名付けるのはスコットの癖だった。彼は自分でも知らぬ間にグリフォンをそう呼んでいた。
「ジョージー!? 名前までつけて、もう戻れなくなりますよ!?」
「それも良いかもしれない。俺はこのジョージーと暮らす。それも悪くないかもしれない」
「あなたはお忘れですか? この世界ではあなたもまた居てはいけない存在であることを!」
「だったら、神様、俺を殺せ」
「そんなのは卑怯ですよ!」
エレンは声を上げ、そしてその場に泣き崩れた。
「スコットさん、どうして……。ようやく仲良くなれたのに、あなたのことを私は……」
するとネルソンが歩んできた。
「アンタは神様の側の方だな?」
スコットが問うとネルソンは応じた。
「三日だ」
「三日後にジョージーを殺すってことかい?」
「そうだ。俺は神の戦士として役目を全うする。今日を入れて三日後、再びここへ来る。万が一そいつと逃げれば俺は何処までも神と共にその後を追う。そして行く手を遮るのなら、お前も殺す」
「そう易々と殺せるかな?」
スコットは自嘲気味に応じる。ネルソンは背中を向けた。エレンも立ち上がった。その泣き腫らした顔は見たくなかった。しかし、見なければならなかった。その真っ赤に充血した目には、怨嗟は無かった。ただあるがままの結果を受け入れ、そして今はひとまず去って行く。二人はその場から消えて行った。




