第二話 「異世界召喚」
あわわわっ!
彼女は立ち上がり宮殿内をある部屋へと急いだ。
争い事が無くなり、せっかく平和が訪れた愛しき地上のことが脳裏を過ぎる。
そんなそんなそんなあああああっ!
執事も侍女も鬼気迫るように長い廊下を猛進する彼女の背を呼び止めることはできなかった。
彼女の息が切れ始めたころ、ようやく一つの大きな扉の前に辿り着いた。
レティアシアは扉を押し開けた。
中は広く、緻密な石畳がおりなす質素だが気品のある部屋だった。
段があり、彼女は慌てて駆け上る。
そして台に置かれた銀色の桶を覗き込んだ。
桶には水が張ってある。それが人で言えば年頃の可愛らしい女性の緊張した面持ちを映し出していた。
「コ、コード……」
彼女はゴクリと生唾を飲んだ。そして早口でコードを述べた。
「水鏡よ、我が世界を映し出したまえ! 座標は――」
桶に張った水、水鏡の水面が揺れ動き、そして彼女は悲鳴を上げた。
燃え上がる家屋に、悲鳴を上げ逃れる人々の様子が映し出された。そして彼女が創った世界にいないはずの異形の者達が現れた。
人型で、大きな体つきをしている。たてがみを振り乱し、白い目を剥き出しにした凶暴な生き物。それはオーガーだった。彼女の世界に人が言う怪物達は生み出さなかった。しかし、それがこうして暴力行為を働き、愛しい人々の運命を狂わせていた。
「ああ! 私の世界がああああっ!」
レティアシアは絶望の声を上げた。
「おお、神よ! これは一体なんなのですか!?」
「神様、せっかく平和になったのにこんなの酷すぎます!」
水鏡の向こうから自分に対する人々の慈悲を求める声や怨嗟の声が次々と聴こえて来た。
今すぐ鎮火させなきゃ! 神の介入があった以上、これは神の介入できる問題であった。しかし、自分が行くとしてどうなるだろうか。偉大な力を持った父や、剣術に優れた姉妹達と違い、レティアシアは特にこれといった争いごとに役立つ力を持っていなかった。
下へ降りても返り討ちにあうだけかもしれない。誰か強い存在を同行させる必要がある。しかし、他の神々も多忙だ。
彼女は途方に暮れ、逃げ惑うだけの人々を見ているしかなかった。
その時、不意に焦る彼女の脳裏にある言葉が浮かんだ。
「異世界召喚」
それは読んで字の如く、他の世界から誰かを呼び寄せる秘術だった。
彼女は精神を落ち着け、心の中で語りかけた。
皆さん、私の世界が大変なことになってます。どうか、お力をお貸しください。異世界召喚の許可を!
「レティアシアかい? どうしたんだい?」
戦神の息子カーゼの声がそう尋ねて来た。
「ああ、カーゼ! サラフィー様が……。私の世界が、地上が! うえええん、ひっぐ」
「落ち着いてレティアシア。事情は呑み込めたよ。困ったときはみんなお互い様だ。心置きなく異世界召喚を使うと良いよ」
それから多様な神々の同情する声が届き、異世界召喚の許可は下りた。
彼女は礼を述べ、水鏡を見下ろした。
召喚できるのは、自分の力量では二人ぐらいだろう。それ以上は身が持たない。勇者を見付け、現地へ赴く。それだけでかなりの力を消耗する。軍隊を呼べるほどの力の無い己のことを恨みそうになった。
しかし、急がなくては。流れなくていいはずの血が流れているのだ! 彼女は念じた。自分の力量の範囲で、勇者として適性値が高く強い者の存在を。
「我が力に適う勇者をここへ導きたまえ!」