第一話 「茶会の後に」
それは神々の世界、神界での茶会の後に始まった。
豪壮な宮殿。ここは最高神と呼ばれるあらゆる神々の上に君臨するウェゼラスのものであった。
しかし、今、ウェゼラスはいない。そして偶然居合わせた最高神の次女レティアシアが客の持て成しをすることになった。
今日の客は神々の中でも階級の高位に位置する者であった。
何故「者」とレティアシアは言ったのか。それは目の前の賓客が果たして男なのか、女なのか分かりかねているからだった。
道化の仮面をしているため顔は見えない。声色と、長く艶やかに流れる金色の髪は女性のものに思えた。しかし、父である最高神もまた目の前の人物の性別については分からない。
異界より呼び寄せられた神だとも言われている。だが、真相は本人に尋ねたことも無いので分からなかった。
お茶会は手入れの施された優雅な庭を望むテラスで行われていた。
レティアシアが控えめながら気品のあるドレス姿に対して、客人はどこかの地上の世界で見られる真っ赤な魔術師のローブを羽織っていた。
運命神サラフィー。それが客の地位と名であった。地上のあらゆる運命を司る神だった。が、殆どの場合は、その世界を創造した神々によって人の運命は決められていた。
仮面の口が開き、茶をすすり、ケーキを食べる相手の女性の様な声音に、相槌を打ちながら、レティアシアは噂のことを思い出していた。
運命神サラフィーは気まぐれで悪戯好きで、時折、どこかの地上へ舞い降り、自ら目を付けた人々の運命を狂わせるのだと。しかもその行いは、特に意味も無く行われるということだった。悪戯に地上に混沌を齎そうとすることなど、そこを管理している神々にとってはたまったものではなかった。自ら愛着のある子とも言うべき創り出した人間達の与えられたはずの運命の歯車を狂わされるのだから。
おお怖い、恐ろしい。彼女の機嫌を損ねることだけはご勘弁願いたい。愛想笑いとオーバーな相槌で彼女は必死にへりくだった。
「レティアシアさん」
いつの間にか考え事に夢中になっていたレティアシアは声を掛けられ軽く悲鳴を上げてしまった。
「ひゃっ、は、ははい! 何でしょうか!?」
狼狽気味に尋ねると相手は仮面の下でククッと笑って応じた。
「美味しいお茶とケーキをありがとうございました」
「い、いえいえ、父も姉も妹もいなくてすみません。一番神格の低い私ではサラフィー様のお話し相手としては不足だったかもしれません」
「そんなことはありませんよ」
運命を司る神は含み笑いを漏らしながら明朗な声で応じた。
もう少しだ。もう少しでこの人はお帰りになられる。それまで目をつけられるようなどんな些細な無礼も犯してはならない。服だって新調した物だし、紅茶も最高の時間帯を一秒たりとも間違わず淹れ、ケーキだって父秘蔵の金庫型冷蔵庫から拝借したものだ。
そう、レティアシアもまた神として一つの地上を管理していた。愛しき創造物達に対する愛情は本物だった。幾ばくかの争いの後、ようやくその地には平穏が訪れていた。これからはもっともっと人間達に愛情を注いでいこう。そう強く決心していた。だからここでサラフィーの介入だけは何としても防ぎたかった。
「もうお帰りになられるのですか?」
よし、帰れ。もう勘弁してください。レティアシアは内心そうせかしていた。もうこれ以上の緊張は耐えられなかった。
「ええ、ウェゼラスによろしくお伝え下さい」
「はい、承りました」
「ではでは」
まるでふざける様に飄々と相手は去って行った。が、その足が止まりこちらを振り返った。道化の仮面の下から女の声が言った。
「そうそう、あなたが管理なさっている地上のことですが、今頃少し大変なことになっているかもしれませんよ」
「な!?」
レティアシアは驚愕し声を上げた。
「どう鎮めるのか、お手並みを拝見させて頂きますよ、レティアシアさん」
クスクスと笑いを漏らし相手は去って行った。レティアシアは愕然とし、床に崩れ落ちた。