037 指名依頼
お待たせしました。
「えーっと、つまりこういうことか?」
ギルド職員が目を閉じて腕を組み、地震の腕をしばらくトントンと叩いてからゆっくりと目を開ける。
考えがまとまったのだろうか。
「調査の依頼を受けて現地に行ったら、じゃれて使い魔にされた調査対象がいた……と」
微妙に疑いの目で見られている気がしないでもないが、深く追及されないのはレオンが被害を出していないからだろうか。
「……まあいいさ」
しばらくの間、疑いの目で見られていたが、ふと視線を緩めてギルド職員が引き下がった。
不信っぽい気はするが、何か事件が起こったわけではないのでスルーしてください。まぁ、スルーするにしてもレオンの存在は強烈だからなんだろうが。
「依頼者からの達成の印もちゃんとあるしな……、ほれ、これが報酬だ」
「けっ、素直に渡しゃいいもんを」
文句を垂れ流しながら報酬を受け取るのはグリザリードだ。
ギルド職員も文句には反応しないことから、これはいつものやり取りなのだろうか。
王都に帰ってきてから二度目の討伐依頼をこなしていたのだが、ちょっと日帰りできずに王都のギルドに戻るのがスクラウドとグリザリードと合流する日の朝になってしまった。
まあちょうどそこで会えたのはよかったと言えばよかったが。そこで先に調査依頼完了の報告をしたところなのが先ほどのやり取りだ。
「にしても、オレたちより一日だけ早く出ただけだろ? それで待てずに討伐依頼を受けてるって、どんだけ落ち着きがねーんだよ」
酷い言われようである。実際の猶予はもっとあったのだ。
「はいはい。次はわたしたちの報告の番だよ」
グリザリードを適当にあしらってギルド職員の前に進み出る。
「これが討伐部位とその依頼票です」
ティアが目的のものをカウンターへと置いて手続きをしてくれる。
「アフィーちゃんたちはもう朝ごはん食べた?」
調査依頼の報酬を受け取ったスクラウドがこちらに尋ねてきた。
遅刻すると思って真っ先にギルドに来たので朝食は摂っていない。結構お腹が空いている。
「ううん、まだ食べてないよ」
「じゃあ今から一緒にどう?」
討伐依頼の完了報告をティアに任せっきりにしてしまったが、それが終わってからギルドの向かいにあるいつもの宿の食堂で遅めの朝食を摂っていた。
「はいこれ、調査依頼の報酬ね」
テーブルの上に置かれた袋には、先ほどギルドで受け取っていた調査依頼の報酬と同じ袋が置かれている。
「……依頼料がそっくりそのまま全部わたしたちに来てる気がするけど、そんなにいらないよ?」
一緒に森へは調査に出かけたが、調査らしい調査はした覚えがない。むしろ向こうからレオンが飛び出てきたし。
というよりもだ、むしろレオンと再会できたのはこの二人に誘われたおかげだ。
まあ、それが言えないので報酬も断りづらいのではあるが。
「まあまあ、あっさり依頼が片付いたのもアフィーちゃんのおかげだからな。受け取っとけ」
「そういうことなら……」
無事に受け取ったからか、スクラウドがうんうんとひたすら首を縦に振っている。
「これで一件落着だな」
ようやく安心できたのか、スクラウドがやっと朝食に手を付けだした。
「で、これからどうするんだ?」
スープをすすりながらスクラウドがこちらに問いかけてくる。
隣ではグリザリードが何か物足りなさそうにサラダを咀嚼している。
「しばらくここにいるよ。自分用のマジックポーチが欲しいからお金ためてるんだよね」
「ははっ、アフィーちゃんならすぐ貯まりそうだね」
そんなこんなでこの日を境にスクラウドとグリザリードとは別れてまたティアと二人の日常に戻るのだった。
□■□■□■
「指名依頼?」
あれから一週間ほど経過し、晴れて俺の冒険者ランクもDになり数回の依頼をこなした頃だった。
朝食後にのんびりと、人が減って空いてくるギルドに依頼の完了をしたあとだった。
帰ろうと回れ右するところでギルドの職員に、まだ話は終わってないとばかりに指名依頼の話をされたのだ。
「ええ、そうです。あなたがたの異常な依頼達成スピードに目を付けたんでしょうね」
なるほど。通常であればランクDの冒険者なんぞに指名依頼が入ることなどない。指名が入るとしたら、よくてランクBからだろう。
「うーん」
「……ランクDの冒険者に指名が入るなんてすごいことなんですけど、何かまずいことでも……?」
なんとなく乗り気がしないのが伝わったのだろうか。ギルド職員がこちらを伺ってくる。
「あ、いえ、大丈夫ですよ」
特に大したことではないので、思わずティアと顔を見合わせて苦笑いで誤魔化しておいた。
今日は一日ゴロゴロのんびりしようと思ってたところに、速度重視の依頼が来るとかツイてないと思っただけです。
「それで、どんな依頼なんですか?」
これ以上突っ込まれないように間髪入れずにティアが依頼内容を問いただす。
「ああ、依頼は配達みたいですね。配達物と配達先は依頼主からということで、内容は不明なんです」
「へー、なるほど」
「急ぎ? ならギルドに配達物預けておけばよかったのに」
ちょっと疑問に思ったことを口にするティア。
「特別な場所でしか保存のきかない物というのはたくさんありますからね。そういった道具なんじゃないでしょうか」
「なるほど」
本日何度目になるかわからない「なるほど」を呟きながら納得するティア。
「はい。では受けていただけるのであれば、この依頼票を持ってここに向かってください」
簡易的に書かれた地図によると、南の外壁沿いにある建物らしい。ここからじゃちょっと遠いなあ。
「わかりましたー」
ギルド職員から依頼票を受け取るとギルドを出ると、宿の厩舎からレオンを連れてくる。
『今日は一日ゴロゴロするんじゃなかったのか』
連れ出されて疑問に思ったのか、レオンが念話で尋ねてくる。
『なんか指名依頼が入ってねー。荷物の配達らしいよ』
『……ふむ』
最初は配達物を受け取りに行くだけなのでレオンは置いて行こうかと思ったんだが、受け取りに行ってすぐに出発しろなんて指示が出るかもわからない。
というわけで街を巡回する馬車ではなく、レオンに乗って向かうことにした。全力で走るとまずいので、軽くランニングする程度の速さで……。
「これで合ってるよね?」
ティアがあたりの建物を見回しながらつぶやく。
太陽の光が外壁に遮られており、外壁沿いの細い道は昼間にもかかわらず薄暗い。
目印となるのはここら辺ではめったにない四階建ての建物とあるのだが……。
「確かに四階建てはこれしか見当たらないけど……」
俺は目の前にしかない目的の建物を見て唖然とする。
確かに高さだけなら四階分はあるかもしれないが、二階より上の部分は柱しか立っていなかった。一階部分はかろうじて壁と屋根という名の二階の床があるのだが、それだけである。
建設中というわけではなく、一目見てのこのボロボロ具合からすると放置されてかなり経つのだろうか。
「行くしかないね」
怪しさ満点であるが、これでも受けてしまった仕事なので回れ右するわけにもいくまい。
扉があったのでノックをしてみるが反応がない。
「すみませーん」
声を掛けるもやはり反応がない。
「入りますよー」
しょうがないので返事を待たずに入る決意をすると、扉に手を掛ける。特に鍵がかかってることもなく開いた。
中に入ると埃っぽいようなかび臭いにおいに襲われる。周囲を見回すと蜘蛛の巣が張っていたりまったく手入れはされていない様子が見て取れるが、人の出入りはあるようで獣道のごとく床には埃のたまっていない一本道ができている。
視線でたどるとどうやら地下へと続く階段へと、その獣道もどきは続いているようだ。二十畳ほどもありそうな広い空間には何もない。ただ入口から離れた向こう側の壁際に、ぽっかりと空いた穴とそこから延びる手すりが見えるだけだ。
「地下に隠し研究室とかでもあるのかな」
白髪の爺さんがフラスコに入った蛍光色の液体に、異なる色の液体を注いで爆発する風景を思い描く。
くだらない妄想をしながら埃の積もっていない部分を歩き、階段を覗き込むが特に怪しいものは見当たらない。気配を読む範囲を地下に向けるがそこにも怪しいものは引っかからない。
依頼人と思われる人物が一人いる気配がするのみだった。
『特に不審な点は見当たらんな』
レオンのお墨付きももらえたのでさっさと階段を下りるとしよう。
特に長くもない階段を下りて地下一階へとたどり着くと、そこには重厚な金属製の扉があった。
ここまで来たのでためらいなくノックをするが、やはり返事が――
「……開いてるよ」
あった。
もう一度のノックをしようと上げていた右手をそのまま扉のノブへと伸ばす。
この分厚い扉のせいで玄関からの音が聞こえないんじゃなかろうか。ボロい建物といい、分厚い扉といい、微妙に不満を溜めつつも扉を開く。
そこにいたのは灰色のローブを頭からすっぽりとかぶった男だった。




