033 未確認狼
あれから三日後の夕飯時である。オーク討伐そのものはあっさりと終了した。三日後になったのは移動時間だな。日帰りでできる討伐依頼はないのだ。
俺たちの前にはスクラウドとグリザリードの二人が座り、四人で飯を食っている。一応断りはしたんだが、どうしてもというので奢ってもらった。
まだ交渉前であるので、依頼を手伝う条件には含ませないぞ。
「で、手伝って欲しい依頼はコレなんだけど……」
そう言って依頼票をテーブルの真ん中に置くスクラウド。
「これは……、魔物の、調査……?」
依頼を読んだティアが疑問の声を上げる。
どうやら西方面にある村近くの森に、狼らしき魔物が出没するようになったそうだ。村に被害はまだ出ていないが今まで見たことのない魔物らしく、まずは調査をして欲しいと記載がある。
「討伐じゃないんだ」
「ああ。未知の魔物ということでランクはCにされたんだが、村から出る報酬も少なくてな……。依頼を受けようとする冒険者がいないんだ」
んん? それって俺たちの報酬は期待できないってことか?
「その村はオレたちの故郷でもあるんだ。だから依頼とは別にオレたちから報酬は出させてもらう。被害が出る前になんとかしたいんだが、いかんせん目撃情報も少なくて、村付近の森も広いから人手が欲しくてね……」
俺たちがオーク討伐に出かけている間にも手伝ってくれる人を探したらしいが、どうやらダメだったようだ。
「ふーん。未知の魔物ねぇ……」
別途報酬をくれるなら問題ないな。それに村が脅かされていると聞かされて、ちょっと放置し辛くなったのも事実。
「でもランクCの依頼なんでしょう?」
ティアが念のためもう一度確認する。
「ああ、そうだな。ランク外の依頼に手を出すとペナルティがあるが、調査ならバレないんじゃないか」
腕を組みながらスクラウドは言うが、バレてペナルティを受けるのは俺たちもじゃないだろうか。
「アフィシアちゃんはあとどれくらいでランクDになれる?」
グリザリードがこちらに視線を向ける。
「……あと五回かな~?」
イマイチちゃんと覚えていないので疑問形だ。
「うーん、ランク上げてから行く?」
ティアがこちらに確認してくるが、俺の中ではもう決まっていたりする。
「ううん。そのまま行くよ。森での調査なら、個人的に薬草採集に来たとでも言っとけば大丈夫でしょ」
「それはありがたい」
男二人は安堵している。
故郷が危ないかもしれないということだが、人では多いほうがいい。広い森を二人で調査など効率が悪いので、人を集めて行こうということでの勧誘だった。
「さっそく明日の朝から出発したいんだが、大丈夫か?」
とは言えこれ以上は集まらないとの結論が出ているようなので、すぐに出発を提案してくる。
「ええ、問題ないわ」
グリザリードがこちらに向かって確認するが、もちろん問題なしだ。俺も村が気になってきたし。
「じゃあ明日朝またここに集合で」
「了解」
□■□■□■
その村の名前はサイズーズと言った。村の北西に森が広がっており、そこに正体不明の狼がいるんではないかという話である。
王都ロイズグリードを出発して四日、村に到着した俺たちは、早速依頼主である村長宅で詳しい話を聞いた。
狼を目撃したという村人は全部で五人、計三回に分けてということだ。男が四人に女が一人のようで、順番に話を聞いていく。
「オレたち二人が狼を見たのは二週間前だ。森まで狩りに行ったときに木々の隙間からこっちを覗くそいつと目が合って、あわてて逃げてきたんだ」
「ああ、オレも確かに見た。フォレストウルフくらいならオレたち二人でも倒せるが、あれは見た瞬間に死を覚悟したね。あんな化け物がいるなんて、これから食料調達に森に行けねえよ……」
そして次の二人である。
「わしらも森で見たんじゃ。食材集めに森に行ってたんじゃが、あの目に見つめられて生きた心地がしなかったわい」
「んだんだ」
最後に女性だ。
「……誰も信じてくれませんが、あの狼は私の命の恩人なんです」
「――えっ!?」
男たちの話より女性の話のほうが気になる。それまでは危険な狼で見つけたら討伐すればいいと単純に思っていたが、そうではないのだろうか?
俺たち四人とも驚きの表情で女性を見つめるが、横で待機していた村長はもちろん知っていた話らしく、微妙な顔つきだ。危険なものに変わりはないので、討伐されないなんてことにはなって欲しくないのだろう。
「森の浅いところでキノコとかを採集していたときなんです。四匹くらいのフォレストウルフに囲まれて、もうダメだって思ったときに、その狼が現れたんです」
手を胸の前で組んで、うるうるする瞳で訴えかける女性。
「まだ逃げなきゃって思えてたんですが、魔物が追加で現れたときに完全に折れました。でも違ったんです。四匹いたフォレストウルフが逃げだして、その狼も私をしばらくじっと見つめたあとに走ってどこかに行ったんです」
「……うーん、なんとも微妙な」
話を聞いたティアは眉を寄せている。他のみんなも似たような表情だ。
「本当なんです! すごく優しそうな瞳をしていたんです……」
一瞬声を荒らげる女性だが、だんだんと尻すぼみになっていく。時が経つにつれてだんだんと彼女の中で美化されていっているのかもしれない。
「……なるほど。どちらにしろ、まだ襲われた人はいないんですね」
「はい……。ですが、できれば討伐していただきたいのが本音なのですが、なにぶん村から出せるものに限りがありまして……」
村長が申し訳なさそうに呟く。こちのセリフも尻すぼみだ。
対面するだけで威圧感が半端ない狼ということだ。討伐となると依頼のランクも上がるんではないだろうか。まあ、魔物の種類が判明して討伐必須の危険な生物と判明すれば国から補助が出るらしいので調査ということらしいが。
「まあ危険な相手だ。二手に分かれて調査しようと思うが、見つけても手は出さないようにしよう」
グリザリードがそう締めくくった。
もう日も落ちたので調査は明日からとなり、村長宅で夕食をいただいたあとはそのまま泊めてもらうこととなった。もちろんスクラウドとグリザリードはそれぞれ実家に帰っていったが。
翌日のお昼である。
件の森の前で昼食を摂っているところだ。朝から四人で村を出発し、徒歩で昼前に森の入り口へと何事もなく着いた。
今のところ未確認狼は見かけないのだが、俺はなんとなくだが狼の正体についてある予感がしている。しかしだ、もし予感が的中していても、どう対応すべきか決めかねている。できれば穏便に済ませたいのだが……。
「じゃあ事前に決めてあった通り二手に分かれよう。オレらは森の右側を行くぜ」
「ええ、それでいいわよ」
「うおー! このスープうめー!」
グリザリードとティアは真面目だが、スクラウドは俺の作った昼飯に感動しすぎて叫び声がうるさい。ただの叫び声で目的の狼が逃げるとは思わないが、他の魔物が寄ってくるかもしれない。
「ちょっと、スクラウドうるさい」
一応注意はしてみるが、もともと強い魔物のいない森である。寄ってきても素材になって売られるだけなのでそこまで強くは注意しない。
「さてと、そろそろ行きますか」
食べ終わって後片付けをしたら早速調査開始である。
「一刻経ったら発見してもしなくても一度ここに戻って集合すること」
グリザリードが念押しで決定事項を再確認する。それぞれが頷いて一刻後に集まることに同意する。
「んじゃまたな」
森の入り口からは正面と左右の三方向に道ができている。スクラウドが右方向へと進み、グリザリードが後に続いて調査に向かう。
「私たちも行こうか」
「うん」
俺たちは左側だ。俺が先頭を進み、ティアが後ろからついてくる。一応三本の道は全部奥でつながっているという話を聞いている。まあ帰り道がかぶってもちょっともったいないので道なき道を帰る予定ではあるが。
えーっと、一刻後に元の場所だから、一時間経ったら引き返す感じかな。帰りのほうが時間がかかるとして四十五分くらいしたら引き返す道を探す感じで行くか。
獣道よりは踏み固められた道を歩く。このあたりだと人が通る道なのでまだまだ歩きやすい。気配察知の範囲を広げながら進むが、特にそれらしいものは感じられない。
狼ともなれば俺の気配察知よりも広い範囲でこちらを補足できるので、どちらにしろ先制攻撃などはできないが。
「お、薬草見っけ」
条件反射のように見つけた薬草を採集する。昔はこれが日課だったからなぁ。たまに魔物に襲われながら植物採集をしていた日々を思い出すが、今は襲われる気配はない。
平和に散歩をしている気分になってきたが、そろそろ折り返しの時間である。そろそろ引き返そうか考えていたときに前方に分かれ道を見つけた。
「お、あそこ右方向が合流できる道かな?」
「かもしれないわね」
「じゃああっちから戻る方向で」
右方向へしばらく進むと今度は十字路が見えてきた。が、ちょうどそこに二人の見慣れた男が立っている。手前の道のないところを右折しようと思ったがひとまず合流するか。
「おーい、見つけたかー?」
スクラウドはここでも叫んでいるようだ。自ら叫び声を上げて狼を呼び寄せるつもりなのだろうか。うむ、そうとしか考えられない。でなければもうちょっと静かにしてくれ。
「見てないね」
しっかりと合流してから通常の音量で答える。
「そうか。うーん、入り口でって言ったが、もうここで合流しちまったし、ちょっと奥へ行ってみるか?」
「そうだね」
「十字路を奥に行ったらまた左右で分かれるから、そこでまた二手に分かれて入り口で合流としよう」
「了解」
四人全員で十字路の奥へと意識を集中したときだった。
十字路の道なき森となっている角から一匹の獣が勢いよく飛び出し、俺に向かって覆いかぶさってきたのは。
まったく気配を感じさせることなく飛び出してきたそれに、誰も反応することができない。
「――っ!」
気がつけば俺は、自分よりも大きな狼に組み伏せられていた。




