029 メイドへの誘い
「……あれ?」
俺は目の前の小ぢんまりとした屋敷を目にして疑問の声を上げた。
仮にも公爵家の屋敷だ、もっと壮大なものを想像していたんだが拍子抜けした。
招待状をもう一度確認するも、ここで確かに間違いないようだ。
あのあと、依頼の報告に冒険者ギルドに来たついでに、スティルヴィス公爵について聞いてみたところによれば、この公爵家こそが噂のメイド好きとのことだった。
招待されたなどとは言いふらしてはいないが、あの屋敷で働けたら将来安泰と噂されている。怪しいもんだが。
そのときは自分もメイドの格好をしていたので、「そんなことも知らないの?」とでも言うような冷めた視線を周囲からもらったが、そこは気にしないでおく。
まあしかし、俺の正体を知っているわけではなさそうだと思ったので、少しは安堵したが。
招待されたのはあくまで俺一人なので、今日は俺一人で来ている。
周囲を見回しても人通りはない。ここはロイズグリードの中壁エリア、メイドギルドから通りを二つほど超えたところにある場所だった。
公爵家ということでもっと中央に屋敷があるんだろうと勝手に想像していたが、どうやらそちらもはずれのようである。
「……失礼ですが、アフィシア様でしょうか?」
目的の屋敷の前でいぶかしむ俺を胡乱気な眼差しで見つめる門番がしびれを切らしたのか、こちらに尋ねてきた。
メイド好きと聞いたからではないが、今の俺の服装はメイド服だ。貴族の屋敷に招待されるとなると服装に気を使うわけだが、生憎とそんな上等な服は持っていない。一番上等……となると、このメイド服だったのだ。
さすがギルド支給である。
俺の風貌まで告げられていたかどうかはわからないが、なんにしろ客が来る認識は門番にもあったらしい。
「あ、はい」
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
体の重要な部分を軽金属で固め、剣を腰に提げた門番が門を開けてエスコートをする。
くすんだ青い髪を背中まで垂らした中肉中背の優男風であるが、佇まいやしぐさの端々を見るに年齢を想像することができない。
促されるままに門をくぐると、門番はまた警備に戻るのかと思いきや、そのまま俺のエスコートをするべく屋敷の中へと進んでいく。
門番は一人だけなんだが大丈夫なのか?
屋敷の規模は小さいが、中は見た目と違って豪華なものだった。
玄関へと続く通路の脇には見事な石像が配置されており、その向こう側の庭にも色とりどりの花が整然と並べられ、どこかの植物園のようだ。
派手さはないが、かといって眺めていて落ち着くというわけでもない。……こう、もうちょっとなんとかならんもんか。
屋敷の入り口まで到着し、門番が玄関の扉を開ける。
玄関ホールの中も庭のそれとあまり代わり映えのしないものだった。
整然と並べられた調度品の前に佇むように、メイドが二人待機している。が、良く見るとどちらも首輪をしていた。奴隷だろうか?
街中を歩いていると、たまに首輪をしている人をみかけることはあるが、一般人との差と言えば首輪をつけているかどうかの違いだけしかなく、特に扱いがひどいといった光景は見られない。
ただ、こういった貴族に仕えるメイドとして奴隷がいるのはちょっと予想外だった。
今度は案内をメイド二人に交代して、二階にある応接室へと通される。
「旦那様が来られますので、掛けてお待ちください」
「わかりました」
この部屋も派手さはないが妙に落ち着かない部屋だ。
部屋の入り口の両脇にはここまで案内してくれたメイドが、両手を前で合わせて静かに待機している。
周囲には、よくわからない壷や絵画などが飾られているが、庭や玄関ホールにあった整然さがここにはなくなっている。なんだかこの屋敷はちぐはぐだ……。
居心地が悪いのだがそれがだんだんと膨らみ、とうとう帰りたいという感情に取って代わるのに余り時間はかからなかった。
招待主が来る前にこんな気分になるなんて、相当このお貴族様とは相性が悪そうだぞ。
そんなファーストインプレッション最悪の状態に、とうとう招待主が現れた。
ゆっくりと扉を開けて入ってきたのは、四十代後半ほどの小太りのおっさんだった。
白髪交じりの青い髪をオールバックにし、真っ白になった髭を丁寧に揃え笑顔を貼り付けている。
あたらしい玩具を見つけたかのようなわくわくした笑顔だ。どうやら噂は本当のようだな。となれば、招待された理由も予測がつくが……。
「やあ、お待たせしたね。シリウローグ・スティルヴィスだ。よろしく」
招待主の登場に俺も立ち上がり挨拶をする。
「本日はお招きいただきありがとうございます。アフィシアと申します」
「いいねえ。……まあ掛けたまえ」
自身もソファへ深く腰掛けながら座るよう勧めてきたので言われるがままに浅く腰をかける。
うーむ。いつものことだが足が地面に届かんな。すぐ動けるように足は床に着けておきたいところだが仕方あるまい。
「しかし……、子どもと聞いていたが、予想以上に小さいな」
「はあ……」
まだ六歳なんだから当たり前である。まあそんなことよりもだ。さっさと帰りたいので本題を切り出すか。
「ところでわたしにどういったご用でしょうか? 伯爵様からのご招待を受けるような身分ではございませんが……」
「はっはっは。まあまあ、そう急くこともあるまい」
顎鬚を撫でながら目を細めてこちらを観察する伯爵。
「して、この屋敷についてどう思う? 本邸に勤めるには未熟なメイドたちの住居として使用しているんじゃが。
忌憚のない意見が欲しいのう」
なんですかソレは。
ああ、通りで小ぢんまりとした屋敷かと思ったが、そういうことか。普段から住んでいる自宅ってわけじゃないんだな。
「はぁ……」
なんかよくわからん伯爵様だ。遠慮なくとは言うが、貴族相手に不用意な発言は控えたいところなんだが。
いやむしろここは歳相応の無邪気な態度でいこうか? ……とは言えしっかり挨拶した後だと違和感ありまくりか。
でも未熟なメイドの仕事だと自分でも言ってるわけだし、本当に遠慮はいらないのかも……?
「そうですね……。個人的には、居心地が悪いですね。落ち着かないというか……。
綺麗に整えられてはいるんですが、まとまりがありませんし、調度品などにおいてもなぜそこに置いてあるのか理由がわからないものが多いです」
他にも細かいところはあるが、まず目に付いたところを挙げていく。
「ほほう。他には?」
なんだよ、まだ聞きたいのか?
「視線誘導がなっていません」
本来は目印や標識などで、どこに何があるのか、どこからどういうエリアになるのかを示すものだが、これを調度品や装飾品で行うのだ。
わかりやすいところで言えば、メインフロアに続く廊下に赤い絨毯を敷く、などがある。
客間などへの道はわかりやすいほうがいいし、見せたいものを目立つところに置いてしまえば逆に邪魔になることもある。それをうまく配置するのだ。
これは屋内だけではなく、庭にも通じるところがある。
俺の言葉を聞いたからだろうか、扉の両脇で静かに佇んでいたメイドの片方がピクリと眉を上げた。
「はっはっはっは! これは面白い!」
なにが面白いんだろうか。メイドたるもの当たり前のことだろう。主人もそうだが、お客様を戸惑わせてはいけない。
などと呆れていると、伯爵の顔から笑顔が消え、鋭い眼光をこちらに向けてきた。
「――お主、わしの本邸で働かんか?」
伯爵様の言葉に、もう片方のメイドの眉もピクリと動く。
やっと本題に入ったか。なんとなくメイドさんの反応を見るに、受けても断ってもメイドから反感を買いそうな予感がするぞ。……もう手遅れな気もしないでもないが。
「……大変ありがたいご提案ではございますが、わたしには冒険者稼業が合っておりますので、大変申し訳ございませんが丁重にお断り申し上げたく存じます」
ソファから立ち上がり、丁重に頭を下げる。ちらりとすぐ傍のメイドに視線だけ動かして見やると、こめかみ辺りに青筋が浮かんでいる。
「ふむ。それは残念だ」
下げていた頭を上げて伯爵様を見るが、それほど気落ちした感じは見受けられない。
「まあよい。気が変わったらわしの本邸に来るとよい。こちらはいつでも歓迎するのでな」
「……恐れ入ります」
絶対に行きませんので安心してください。
早く帰りたい。もう他に用はないよな? よし、ないはずだ。
「他にご用がないようでしたら、これで失礼させていただきます」
お昼前の時間帯の招待ではあるが、たかがメイドに振舞うなんてこともないだろう。
「うむ」
「はあーーー」
門の外まで無事に出てため息をつく。そのまま大きく伸びをしてから後ろの屋敷を振り返るが、門番はもうすでにいなくなっていた。
メイド用屋敷とも言っていたし、普段は門番なんて誰もいないのかもしれない。
「帰るか……」
とぼとぼと中壁エリアを歩き出す。辺りに人影はない。中壁エリアと外壁エリアを隔てる門をくぐり、大通りをまっすぐ宿へと歩いて一時間ほどかけて戻る。
ティアも一人でぶらぶらすると言っていたので部屋には誰もいない。どうやって時間をつぶそうか考えながらカウンターの前を通り過ぎたとき、向こう側にいた女主人に呼び止められた。
「おかえり」
「はい、ただいまです」
「お前さん宛てに手紙を預かってるよ」
「手紙?」
「ほれ」
そう言ってカウンターの下から封筒をひとつこちらに渡してくる。
「ありがとうございます」
ひっくり返してみるが、特に封はされていないらしく、家紋なども見当たらない。
またどこかの招待状かとか思ったが、どうやらそうでもなさそうだ。
封筒の中に入っているのは一枚の紙切れだ。取り出して広げてみる。
どれどれ。
『姉を返して欲しくば夕方までに外周街北西の指定の場所まで来い』
「……はあ!?」
メイドのたしなみとかは割と適当です…




