027 メイドの噂
同じ馬車に相乗りしていた人に、王都について話を聞いたところによると、キングバルズ王国の王都ロイズグリードは、自国が隣接する国を含めた街の中で一番規模が大きいとのことだ。
街の周囲に張り巡らされた外壁は、厚さ二メートル、高さ十メートルを誇る。外壁の外側にも、内側に入りきらない住人たちが集落を作り生活をしており、そちらは住人たちで作ったのであろう、木製の柵に囲われており、そこは外周街と呼ばれている。
そう、この街は日々大きくなっているという話だ。なので、外壁の内側には中壁、そのさらに内側に内壁という、昔の外壁だった名残の壁が存在している。
外壁の中は一般市民の住むエリアとなっており、住宅エリアや商業エリア、職人エリアなどがいくつかにまとまって点在している。というのも、外周を徒歩で一周するとなると一日仕事になるほどの広さを誇るため、一点に集めることができなかったようなのだ。
そして中壁の中は貴族のエリアとなっている。一般市民立ち入り禁止というわけでもなく、あくまでそういった人たち向けのエリアとのことだ。それに高級品を扱う商店もそこにあるらしく、高額商品を多く扱う魔道具屋なども中壁エリアに集中しているという。
最後に内壁の中だ。こちらは王城を含め、王族専用のエリアとなっている。また、一部では王立の学院などが内壁の中にあり、図書館などを含めて一部一般開放もされているとのこと。
その広い王都内の移動では乗合馬車が使われているとのことだ。外周を時計回りと反時計回りに行くルートと、南北と東西を往復するルートがあるそうだ。
また、この国には奴隷制度があるとのことだった。隣のカロン王国には存在しない制度ではあるが、この世界では珍しいものではないそうで。
とはいえ、何をやっても問題ないかというとそうでもない。所有者は奴隷の衣食住を保障する義務があるからだ。また、虐待などむやみに傷をつけたりすることも禁じられている。性奴隷なんてもってのほかだ。
奴隷にもいくつか種類があるが、すべてに共通することは隷属の首輪というものを着けられて、主人には反抗ができなくなるらしいとのことだ。
奴隷というのは話にだけ聞いていたが、まだ会ったことはない。向き合えば嫌な感情が出てくるとも思ったが、むしろカロン王国にこの制度がなぜないのか今では疑問に思うほどだ。
口減らしとして捨てられる子どもがいた国である。奴隷としてなら、少なくとも飢え死にや魔物に殺されることはないんじゃないかと思わなくもない。
実情はどうなのかわからないけどね。
さて、街の入り口に到着したようだ。さすがにこの近辺にまで外周街は出てきていないので、門が巨大なことを除いては通常の街門と同じだ。
そして大きいだけあって門の前に並ぶ人も大勢いる。ただし、それほど長い列を成しているわけではない。きっと門番が多いのだろう。並んでいる列は思ったよりも早く進む。
「よし、通っていいぞ」
俺たちの相手をしていた門番が身分証となるカードを確認して告げる。
特に問題なく街へ入る許可をもらえたところで、さっそく重要な事を門番に確認しないとな。
「ありがとうございます。
ところで、冒険者ギルド場所と、オススメの宿ってどこかにありますか?」
ティアが先に尋ねてくれている。
「冒険者ギルドは門を入ってまっすぐ行って、右側五つ目の角のところにあるぞ。
オススメの宿は通りの道を挟んだ反対側だな。いくつかあるが、『黄色い鶏亭』という宿を推しておく」
「ありがとうございます」
よしよし、あとはメイドギルドだな。
「そういえば、この街にメイドギルドはありますか?」
門番に聞いた途端に怪訝な顔をされたが、俺の着ている服を見て何か納得したようだ。
「ああ、あるぞ。ここからまっすぐいって中壁を入ってすぐ左側だ。
お嬢ちゃんも噂を聞いてやってきたのかい?」
「……うわさ?」
何も知らない様子の俺に、再び怪訝な表情になる門番。
「あれ? 知らないのかい?
この街にはメイド好きの公爵様がいるからね。雇ってもらえると思って来る人がたまにいるんだよ」
「へえ、そうなんですか」
なんだそれは。乗合馬車の同行人からは聞かなかったなぁ。メイド服を着てれば話題にしてもよさそうだったけど。
……ああ、あの紫髪の男のせいかも。自分は冒険者で、これはただの私服って言っちゃったし。
「ま、王都は広いからな。迷子にならないように気をつけろよ」
「はい、ありがとうございました」
門番に別れを告げるとそのまま宿の確保に向かう。
相変わらず街の大通りというものは食べ物屋台のいい匂いがする。こういうのはどこの街も変わらないのだろう。
「はー、やっぱりどこも大通りっていうのはいい匂いがするねぇ」
ティアが犬のように鼻をくんくんさせながら、同じことを考えていたのか同じことを呟く。
ちょうどお昼時なのでお腹が空いているのだろう。
「何か買っていく?」
旅先での買い食いほどうまいものはない。串焼きやホルモン、焼き野菜から甘味物までそろっている。
「うん、そうだね!」
どうせならこの国の特産品とかないかなあと辺りを見回していると、今まで見たことないものがあった。
「ちょっと、あれなんだろう?」
ティアも気がついたのか、手で示して尋ねてくる。
硬い甲羅に覆われた胴体からは左右に四本ずつ足が生えており、手となる部分には大きなハサミがついている。
言わずもがな、カニである。海はまだまだ遠いんじゃなかったっけ?
「なんだろね。あれにしようか?」
「うん。すごく気になる」
屋台に近づくとカニのおいしそうな匂いが漂ってくる。が、どうも俺の知っているカニとは違うものだった。
なんだろう、これは。とても香ばしい匂いがする。
屋台の正面にはカニもどきが一匹置いてあったが、売り物はどうやら足のようだ。
「二つください!」
「らっしゃい! 二つで大銅貨一枚だよ!」
うわ、足一本だけど思ったよりも高い!
でも見た目カニのこの物体が気になってしょうがない。どんな味がするんだろうか。
さっそく受け取ったティアがかぶりついているが、それは殻だぞ。
「硬い……。でもおいしい」
身は食えなくてもなんとなく味は感じられるのだろうか。いいダシも出そうだな、コレ。
「ははっ、お嬢ちゃん、こいつは殻を剥いて中身を食べるんだよ」
おっちゃんが足を一本パキッと折って引き抜くと、綺麗に身が出てくる。このあたりはカニと一緒なのか。
「おおー」
それを見たティアに続き、俺も足を折って身を食べる。
「おいしい!」
おお、これカニじゃねーな。でもうまい。淡白だけど甘みがある。食感は肉に近いのかも。ああ……、醤油が欲しい。
日本の調味料に思いを馳せる。この世界ではまだ出会えていないのだ。
こんな感じで目に付いたものを買い食いしながら宿に向かうのだった。
「いらっしゃい!」
黄色い鶏のイラストが描かれた看板の建物に入ると、女主人だろうか――が声を掛けてきた。
年のころは四十代だろうか。くすんだ緑色の髪を適当に縛り、右肩からその房を垂らしている。少しふっくらとした体型と快活そうな雰囲気からは、肝っ玉母さんという言葉がしっくりきそうだ。
「宿泊かい?」
「とりあえず二人で一週間お願いします」
特に期間は決めていなかったが、「それでいいよね?」と目線を寄越すティア。こちらも特に問題はないので頷いておく。
「はいよ。ちょうど二人部屋が空いてるけどそこでいいかい?」
「かまいません」
「一泊大銅貨七枚だから……」
指折り数えながら応える女主人に対して、答えを聞く前から半分の銀貨二枚と大銅貨一枚を取り出す。
それを横目で見ていたティアも同じように硬貨をポーチから取り出している。
「銀貨四枚と大銅貨二枚さね」
カウンターの上にそれぞれ代金を置き、台帳に名前を書くのはティアだ。
基本的に名前を書くのはいつもティアの役目になっている。カウンターの高さがだいたい俺の首くらいまであるので、俺では名前を書くのに苦労するのだ。この世界は子どもには優しくないのである。
「あらあら、計算早いのねえ。……確かに受け取ったよ」
感心して笑みを浮かべる女主人。
「すぐに部屋を使うかい?」
「いえ、他に用がありますのでまた来ます」
「そうかい。後で来たときにあたしがここににいなけりゃ、厨房に声を掛けてくんな」
「わかりました」
「がんばんなさいよ」
「はあ……」
俺に向かって女主人にエールを送られが、よくわからないので曖昧な返事しかできない。
が、特に言及することもないのでそのまま宿を出た。
次はメイドギルドだ。この街は広い。一周するのに一日かかり、端から端まで一直線で進むにしても半日程度はかかる。そんなわけで外壁から中壁までも徒歩で一時間程度はかかるのだ。
今日は仕事をする気はないが、宿に近い冒険者ギルドで依頼の下見でもと思ったがそちらは後回しにすることにした。先にやることをやってからだな。
大通りをひたすら中央に向かって歩く。馬車も行き交うせいか、その大通りはかなり広い。日本の道路で言うと六車線ほどもあるだろうか。両側一車線分は各種露店などが占領しているのだが。
そして中央に向かうたびに露店の質が上がっている気もする。そういえば高級品は中壁エリアだったな。マジックポーチはやっぱり中壁エリアだろうか。
そんなことを思いながら一時間ほど歩くと、中壁が見えてきた。外壁ほどではないが、この中壁も立派なものだ。高さは四メートルほどだろうか。
特に検問などあるわけでもなく常に開放されているようで、門番が脇に立ってはいるが出入りは自由なようである。
門をくぐるとすぐに目的地が見えた。メイドギルドである。端とは言え、中壁エリアに建っているだけあってその建物は立派な造りをしている。
石造りの建物は四階建てだろうか、三階部分には屋敷かと見間違えるほどのテラスまで見える。
真っ白く塗られた壁には染みひとつなく、門前にはフリルつきカチューシャを象った意匠が施されている。そういえばこんなマークだったっけ。
「アフィーちゃんに会うまで、メイドギルドって聞いたことなかったけど……、すごいわね」
そんなギルドの佇まいに感心しているティアを尻目に、俺は躊躇なく中に入る。
綺麗に整えられたカウンターにはひとりのメイドが受付をしている。他にあるのはテーブルと椅子がいくつか置いてあるだけで、人の姿は見当たらない。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でしょうか」
カウンターに近づくと、受付メイドが丁寧に対応してくれる。さすがメイドギルドである。
後ろからティアが「ほー」と感心した声を出しながら入ってくるのが分かる。なんとなくキョロキョロしてそうだ。
「替えのメイド服を一着いただけないかと思いまして」
ピクリと受付の眉が跳ね上がるのが見て取れる。
「かしこまりました。ギルドカードを拝見しても?」
「どうぞ」
ポケットからギルドカードを取り出して受付嬢に渡す。カウンターの下で操作をしてカードを確認したのか、目を見開いて驚く受付嬢。
だがそれも一瞬のことだ。平静を取り戻したかと思うとこちらにカードを返却してくる。
「ありがとうございます。お持ちいたしますので少々お待ちくださいませ」
それだけ言うとギルドの奥へメイド服を取りに行ったのであろう、受付嬢がその場を離れる。
後ろを振り返るとティアがなぜか直立不動の姿勢になっている。さっきまで物珍しそうにしていたけど何があったのだろうか?
と、ほどなくして受付嬢がメイド服を一着持って戻ってくる。素早い。
「お待たせいたしました。サイズが合わないようでしたらお申し付けください」
と言いながらもメイド服を渡してくる受付嬢。そういえばこの世界には試着という考えがないようである。出回っている服というのも古着がメインであるし、そもそもちょうどいい服というもののほうが珍しい。
小さい古着店ともなれば試着室を設置する場所もないどころか、現代日本ほど治安のよくないこの異世界で、店の中といえど武器を置いて着替えるという考え方がまず出ないのだろう。
「恐れ入ります」
「どこのメイドギルドにも所属されておられないようですが、このロイズグリード支部に登録なさいますか?」
そんなことを考えながらメイド服を受け取ると、満面の笑顔になって受付嬢がさりげなく登録を勧めてきた。
「いえ、わたしは冒険者ですので……」
「あら、そうでしたか」
ギルドカードを見ればわかるだろうに誘ってくる。ここも人手不足なんだろうか。
「では、わたしはこれで失礼しますね」
「ご利用ありがとうございました」
ペコリとお辞儀をする受付嬢。こちらも合わせてお辞儀をすると、回れ右をして帰ろうとティアを見る。
そろそろ帰るというセリフに気がついたのか、ようやく直立不動の姿勢から動き出している。
「もう帰るのね……。ああ……、緊張した」
「ええっ?」
「アフィーちゃん、すごいわね……」
何があったのかよくわからないが、すごいらしい。
驚くティアと一緒に、困惑しながら宿へ帰るのだった。




