025 薬草採集と人喰い狼
ギルドを出た後はそのまま街の南の出口を目指す。薬草を入れる籠だけは調達したが、保存食やその他用品は台車の荷物からいくつかいただいているので、今は補給の必要がなかった。
相変わらずいい匂いの漂う大通りを南へまっすぐ抜け、街の出口へ向かう。さすがに朝は活気がいいのか大通りは人でいっぱいだ。例の事件の影響もあるのかもしれない。
そして街の南側へ向かえば向かうほど、心なしか建物が立派になっていく気がする。横道を覗けば、奥に屋敷も見えるようになってきた。この街は南側が貴族街なのかもしれないな。すぐ北に国境があるし、できるだけ安全な南側が富裕層となっているのかも。
とは言え領地の端なのには変わりはないのでここはまだ田舎というか辺境なのだろうか、そこまで大きな屋敷は無さそうだ。
そんな大通りを抜けて、南側の出口へとたどり着いた。
外はこれまで見た風景と違い、見渡す限りの畑が広がっている広大な穀倉地帯だ。街道を挟むように青々と穀物が繁っている。岩場なんて影も見当たらなくなっていた。
「おおー、広い畑だなあ」
この世界で初めて見るだだっ広い平野だ。そう言えば、カロン王国の王都を出るまでずっと森しか見たことなかったな。こんなに広いところは初めてだ。
「目的の森はあっちだね」
そう言って南西を指差すティア。その先には畑が広がっている。しかし街道はまっすぐ南へ向かっているのだ。さすがに畑を突っ切る訳にはいかない。
「とりあえず街道をまっすぐ行こうか」
幸い森は遠くに見えている。迷うことはないだろう。
二人で籠を背負い、たまに農作業をする人たちを見かけたりしながら街道を歩く。途中で森へ向かう脇道を見つけてそちらへ入っていくと、言われた通りの一刻ほどの時間で無事に到着した。
「えーと、依頼では傷薬の材料のリフレ草と、止血に使えるシブギ草の二種類だね」
「ここら辺に生えてるんだよね?」
キョロキョロと見回すティア。一緒になって見渡すと確かにあった。
「うん。これと……、これだね」
二本の草を引き抜いてティアに見せる。リフレ草はまっすぐ伸びた細長い緑色の葉っぱで、裏がとても濃い緑色をしている。葉の周囲はまっすぐになっており、掠めてしまえば指でも切れそうだ。
一方シブギ草は、黄色っぽい色の分厚い葉っぱだ。葉の周囲はぎざぎざしており、葉脈が毛細血管のように浮き出ていてちょっと気持ち悪い。
「ふーん」
手にとって色んな角度から観察する。苦手と言って丸投げされたかと思ったが、やる気はあるように見える。
歩きながら話を聞いたところ、魔大陸とそれ以外で植物の棲息域が全く異なるので、採集が苦手というよりは、採集できる植物を知らないというだけのようだった。こうやって本物を見ながらであればいけるんではなかろうか。
一通り観察が終わったのか、周囲に同じ植物がないか、手元の本物と比較しながら探すティア。
「うーん、森の周辺だとそんなに見当たらないような」
「そうだねえ。ということで、森の中へゴー!」
テンション高く宣言する。最初っからギルド職員さんの言うことなど聞く気はない。久々の森でテンションが上がっているし、それに他の薬草などもあれば採集しようと思っているからだ。
依頼票があるか確認はしていないが、他にも採集依頼のでているものがあるかもしれない。依頼票をひっぺがえしてその場で完了できるかどうかはわからないが。
「行こう行こう!」
ティアも異論はないらしい。魔大陸には森なんてほぼないということだし、興味津々のようだ。故郷の大陸を出てから半年は経つらしいが、森には入ったことなかったのかな?
街道からそのまま続くようにして、森の中に小道が続いている。一応人の手で切り開かれてはいるようだが、獣道よりはマシという程度だ。そんな道に向かってまっすぐひょいひょいと入っていく。
たまに発見する薬草を背中の籠に入れながらほんの三十分ほど進んだくらいのところで、後ろから声が掛かった。
「ちょっと……、アフィーちゃん……、待って」
ティアが離れたところで木の枝と格闘している。
「あはは! ナイフで邪魔な枝を切りながら歩くといいよ」
ティアのところまで戻ると、腰のナイフを引っ張り出して枝を切る。俺は特に問題ないが、さすがに初心者の山歩きはちょっと辛いかもしれない。道を広げながら進むか。
「ありがと」
今度はナイフを片手に枝を切りながら道らしき場所を進む。そして薬草を摘むのも忘れない。
お、こんなところにキノコ発見。なんていう名前かは知らないけど、これ舞茸みたいでうまいんだよね。確か先生に教えてもらったんだっけか?
懐かしいな。美味いものとか不味いものとかいろいろ食わされた気がするけど、あれからもう一年経つんだよな。
しかし、この森にどこか危険なところでもあるのかな? 入ってしばらく経つけど特に何も起きないな。
などと考えたのがダメだったのだろうか。遠くから何かが争うような気配が感じられた。どうもこの道をまっすぐ行くとぶち当たってしまいそうだ。
んー、冒険者と魔物かなあ? まぁたいした魔物じゃなさそうだし、大丈夫かな?
「あれ、何かこの先にいそうね?」
しばらくしてティアも気づいたのか、俺に同意を求めるように尋ねてくる。いつも先に気づくの俺だしね。
「うん。誰かと魔物が戦ってるみたい。どうしようか?」
「獲物を横取りすると思われないように見物だね。入り込むのは助けを求められてからで」
「りょーかい」
道は気配のするほうにどんどん伸びている。とくに枝分かれはしていないので迷うことはない。しばらく行くと周囲の木々がなくなり、開けた場所に出た。
そこでは気配の通り、冒険者と魔物が戦闘中のようだった。が、ほどなく終了するだろう。
「おー、やってるやってる」
広場の隅に腰掛けてのんびりと二人で見物する。戦闘の現場に出くわしたならば、自分に危険がないか確認しないわけにはいかない。見物くらいいいだろう。
冒険者は四人おり、負傷者は出ているようだが全員健在だ。そして相手は狼だろうか。二匹いたようだがすでに一匹は倒され、残りの一匹もすでに致命傷を負っているようだ。
最後の力を振り絞って狼が鋭い牙でもって噛み付こうとするが、前衛の冒険者が盾で噛み付きをいなすとそこへ熊のような男が斧を首へ振り下ろして止めを刺した。
「これで終わりか……」
安堵の息をつく熊男。いや見た目ほんとに熊みたいだ。熊獣人なのかな? しかし、全身に金属鎧を着た熊というのもなんだかすごい。鎧の隙間から覗くその毛は濃いグレーだ。
他に敵がいないか見回したところでこちらに気が付いたようだ。
広場といっても直径二十メートル程度の広さの円形だ。隅で座っていても見回せば気づくだろう。
「うおっ、びっくりさせんなよ……」
若干こちらを警戒するように意識を向ける熊男。武器を構えまではしないが、いつでも動けるようにしているようだ。
「おや、誰か来たのかい?」
剣士の男はふわっとした雰囲気だ。熊男より頭ひとつ背は低いが、それでも百八十センチはありそうな大柄なフツメン男だ。
後ろで束ねたグレーの髪は肩のあたりを少し越えるくらいだろうか。
「……子ども?」
「……こんな危険な森に何しにきたの?」
緑っぽいグレーの長い髪をした耳が尖っているエルフっぽい女に続き、薄いグレーのショートカットの女が続けて尋ねてくる。
どちらも百五十センチほどの小柄な女性だ。怪我をしていたのはショートカットの方だろうか。エルフに傷薬のようなものを塗られていた。
「あ、こんにちわ。薬草集めに来たただの通りすがりです」
至って真面目に本当のことを話すティア。
「おいおい、ただの薬草集めのために森の中に入る必要はねーだろ? ……本当のことを言ったらどうだ」
別に嘘は付いてないんだが、熊男は納得しなかったようだ。なぜかティアを睨みつけるように追求する。初対面なのにいきなりだな。
「いやいや、本当ですよ。薬草集めに来ただけですって」
そういって俺は背中の籠を下ろして中身を見せる。ここに来るまで自重せずに拾い集めた薬草がたんまりだ。通り道に生える薬草くらいハゲてなくなっても問題なかろう。
「本当だろうな……? 口減らしのために、小さい子どもをこの森に捨てに来たんじゃねーだろうな!」
恫喝するように激しい口調で叫ぶ熊男。何を勘違いしてるんだろうか。
しかし他の三人は熊男を見て驚愕の表情だ。小さい子どもがこんなところに来るなんて危ないぞと困惑気味だったようだが、今では「何言ってんのこいつ?」みたいな表情になっている。
「ええー! そんなわけないし!」
間髪入れずに否定するティア。俺を捨てるだなんてとんでもない!
「ティアはそんなことしません。わたしたちも冒険者ですから大丈夫です!」
ポケットからギルドカードを取り出して見せてやる。
熊男が少し近づいてきて遠目でカードを確認すると、「はんっ」と笑い飛ばす。
「ランクFの初心者じゃねーか! 一緒に冒険やると唆されてこんなところまでノコノコと付いてきちまったんだな……。かわいそうに」
心底こちらに同情した表情で俺を見る熊男。なんなんだコイツは。そんなに俺を捨て子にしたいのか?
「だから違うって言ってるじゃないですか!」
もうこっちは二人揃ってドン引きです。ちょっとそこの後ろの三人、誰か助けて!
「ちょっ、待て待て、ディスクード!」
祈りが通じたのだろうか、剣士の男が熊男の肩を掴んで引き留める。
「一方的に決めつけるな。一応否定しているだろう?」
一応とか付けんでいい。まぁ本当に捨てに来たとしても、咎められれば否定したくなるだろうが。
振り向いて一瞬だけ目を合わせる熊男と剣士だったが、我に返るにはそれで充分だったようだ。
「あ、いや、すまん……。わしの早とちりだった」
「……わかってくれたならいいです」
まだ不満そうだがそれも仕方がないだろう。子どもを捨てに来たと言われたら多少なりともカチンとくる。
しかしめんどくさい人だな。毎回こんなだとすると同じパーティメンバーには同情せざるを得ないが……。
「で、だ。ここには人喰い狼がでるんだが……、襲われなかったか?」
「あ、はい。大丈夫でしたよ?」
「ほぅ、そうか……。
運がよかったな」
「そうなんですか?」
「ああ、人喰い狼はなぜか人族ばっかり狙いやがるからな。ま、こちらとしては探す手間が省けていいが」
人族ばっかり狙うだと……? さっきまで交戦してたこいつらかな。
「それって、そこにいる狼ですか?」
後ろに転がってる狼を指して問いかける。
「ああそうだ。人族以外にも手を出さんこたないが……、まあ危険な魔物だ」
「そうなんですか……」
うーん。人族ばっかりか。……魔族はどうなんだろう? というか、俺は? あんまり襲われなさ過ぎると逆に怪しまれるか?
「そんなところにお嬢ちゃんと子どもだけで来やがって……。
そうだな。街まで送ってやるからちょっと待ってろ」
思案顔だったが、それだけ言うと狼のところへと向かっていく。他の三人はと言うと、すでに狼の解体に取り掛かっているようだ。
「ねぇ、アフィーちゃん。……魔族は襲われないと思う?」
ティアが声を潜めて聞いてくる。同じことを考えていたようだ。
「試してみないとわかんないけど……」
「結果襲われなかったら私の種族は何? ってなるよね……。アフィーちゃんだけ狙われるのもねぇ……」
俺も狙われるかどうかわからないが、ティアには言ってないのでとりあえず頷いておく。
心苦しくはあるが、ティアも同意見なのであれば自分のことは黙っていよう……。
「送ってくれるらしいし、一緒に帰ろうか」
「そうだね……。もう森の中には入らないほうがいいかも……」
「だねえ」
ひとまずこちらの意見はまとまった。その間に四人での狼の解体は終わったようだ。早いね。
「お待たせ。ちゃんと送るので安心してください」
剣士の男が手を上げながらこっちへ近づいてくる。
熊男の独断かと思ったが、あっちはあっちで意見がまとまったらしい。
俺は降ろしていた籠を背負いなおすと立ち上がり、改めて自己紹介をする。
「ではお言葉に甘えて。アフィシアと申します。よろしくお願いします」
「ティアリスです。よろしく」
二人そろってペコリとお辞儀をする。
「ああ、ご丁寧にどうも。俺はこのパーティのリーダーをやってるゼイベルです」
前衛のリーダーに続きそれぞれ自己紹介する。熊男も前衛でディスクード、ショートカットの女が斥候のルメリア、そしてエルフが弓使いサリルと言うそうだ。
ちなみにパーティ名は『グレイターズ』というらしい。よく見ると全員グレーっぽい髪の色だからだろうか?
そういや自分も二人パーティのつもりだったけど、名前付けないといけないのかな?
「にしても、よくここまで来れたわねぇ。この森の適正ランクはDだよー?」
ルメリアが呆れたように続けてくる。
話によると、ランクDの冒険者が最低四人いることが望ましいらしい。
「まぁうだうだ言っててもしょうがねえ。……真ん中に二人を挟む隊列で帰るか」
ちょっと早い帰還となったが、下手するとティアが魔族だと知られるところだったのかもしれない。
……いや、ティアのせいにばかりしててはダメだな。もしかしたら俺も追及される可能性があったか。バレたところでどうなるかはわからないが……。
人族との違いなんてないと思い込んでたけど、この先何があるかわからんな。
機会があれば……、話そうかな……。
「準備はいいかー? 出発するぞー」
先頭をゼイベルとルメリアが行くようだ。前衛と斥候と言っていたな。その後にティアと二人で続き、エルフのサリルと殿がディスクードだ。
「しっかし、よく見りゃ籠ん中、薬草だらけだな。この細い道しか通ってないんだろ?」
見せたはずだが今頃籠の中に気づいたのか、後ろからディスクードが問いかける。
「うん。そうだよ」
「そうか。それだけ採れりゃ、生活費にも困るこたぁないか……。
済まなかったな」
改めて謝罪の言葉をかけられる。うーん。悪いヤツではないのかもしれない。
「もう気にしてないよ」
「そうか」
周囲を警戒しながら一時間ほど歩くと森の外に出た。無事に襲われずに抜けることができた。
ほっと一息ついたからか、みんなお腹が空いたようだ。そういえばもう昼過ぎなのかもしれない。こういうとき俺の腹時計は役に立たないな。森の外なら大丈夫ということでみんなで昼食を摂る。
人喰い狼はこの森の中にしかいないらしく、外には滅多に出てこないらしい。そんなわけであとは楽な道のりだ。警戒度が一気に下がり、他愛無い話をしながら岐路に着くのだった。