024 はじめての依頼
「はい、この金額でお間違いないですか?」
猫耳少女がリストと同じ差定額を提示して問い掛ける。
「はい、大丈夫です」
リストを渡してお金を受けとる。これでしばらく生きていけそうだ。
しかしこのまま何もしない訳にはいかない。今後も稼げるようにしておかないと。メイドはメイドで安定するんだろうけど、元おっさんとしてはその選択肢はない。だって冒険したいじゃない?
「他に用事はありますか?」
よしきた、俺の出番だ。
「あ、わたしの冒険者ギルド登録をお願いします」
猫耳少女の目が若干見開かれる。子どもの登録も珍しくないだろ?
「はい、他のギルドカードはお持ちですか?」
「持ってます」
ポケットからギルドカードを取り出してカウンターに出す。
受け取ったカードを確認してカウンターの下に持っていき、なにかごそごそとしている。が、その顔が驚きの表情へと染まっていく。
「えっ? 称号四つ……! のメイドさん……?」
かと思えば思わず漏れた呟きとともに困惑の表情へと塗りつぶされる。
「……んんっ?」
それに反応したのは近くにいた冒険者たちだった。剣を提げた男は見るからに人相が悪い、いかにも荒くれ者といった風貌だ。
それに合わせていくつかの視線がこちらに集まる。前回と違って何だか集まる視線が痛い。
うーん、……特に接触してこようとはしないようなので、できるだけ無視だ。
「あ……、ごめんなさい……」
何故か謝る猫耳少女。
あ、これはアレか。現代日本でも有名だった、いわゆる個人情報の漏洩とかいうヤツかな?
いやでもこの世界、インターネットみたいな情報伝達方法なんてないはずだし、そこまで重要視されないよな?
まあ考えても仕方がない。フラグが立っていない事を祈ろう。
カウンターの下でごそごそしていたかと思うと、処理が終わったのかカードを返却される。
「はい、冒険者ギルドランクFからの開始となります。詳しい説明は必要ですか?」
「あ、ティアに聞くので大丈夫です」
何となくここを早く離れたかったのでお断りする。多少は収まったが、オレに集まる視線はまだなくならない。
「ええっ!」
そして説明を求められたティアは驚愕の表情だ。
「ありがとうございました」
有無を言わせず固まるティアの手を取って、逃げるように宿へと帰っていった。
「ちょっと、私そんなに言うほど冒険者ギルドの細かいルール覚えてないんだけど……」
ぷっくりと頬を膨らませながら宿の部屋でティアがブー垂れている。
「ごめん、ちょっと居心地が悪かったから……」
「ああ、あれね……。私は慣れてたからあんまり気にならなかったけど……」
ティアはその見た目で視線を集めるからかな。一緒に行動してからそういう場面に出くわしたことはないが、魔大陸ではそうではなかっただろう。
今現在は夕食後の自分たちの部屋だ。これから冒険者ギルドのルールを確認しようとしているところだった。
「さてと、冒険者ギルドのルールだったわね」
気を取り直してティアが続ける。
大雑把に話を聞いたところ、特に変なルールはなさそうだった。
冒険者同士の争いに基本的にギルドは介入しないだとか、受けられる依頼は自分のランクとそのひとつ前のランクだったり、パーティを組めば全員のランクの平均値が適用されるなどといったところだ。
また、ランクアップは自分のランクの依頼を十回連続成功させればいいらしい。ランクCからは追加で試験があり、ランクA以上になるとギルドマスターの許可も必要になるとか?
この辺りはよく覚えてないようで、曖昧な答えだったが。
「ふーん。じゃあわたしとティアで組んだら、ランクEのパーティになって、ランクEとFの依頼が受けられるんだね」
「そうなるね」
そしてパーティとして依頼を受ける場合は、依頼によってランクアップ対象となる適正人数が決まっているらしい。簡単な依頼を大人数パーティで達成してもノーカウントということだ。
「明日からさっそく依頼受けてみる?」
「うん。何かやってみたい」
「それじゃ、ここの宿もしばらく延長しますか」
「はーい」
一区切りついたところでティアがマジックポーチから袋を取り出す。
「それとね、例の台車の代金なんだけど……、半分こね」
袋から大銀貨一枚、銀貨二枚、大銅貨五枚、銅貨四枚を渡してきた。
「わかった。じゃあこれは今までわたしのために使ってくれた分ね」
そう言うと大銀貨一枚をティアに渡す。
「ええっ? いらないよ! っていうか多いし」
「いいのいいの。ティアには助けてくれた恩もあるし、こんなんじゃ足りないくらいだよ」
「そうかな……?」
「うん。そうなの。わたしはティアにはとても感謝してる」
無理やり納得させてティアの手に大銀貨を握らせる。
「うーん、そっか……。ありがとね、アフィーちゃん」
「うんうん、そうと決まれば明日のために今日はもう寝よう!」
「うん、そうだね!」
宿でお湯をもらって体を拭くと、そのままベッドに入る。さすがに一日中台車を引いて歩くのは疲れたのか、ベッドに入った瞬間に意識が落ちた。
□■□■□■
翌朝、宿で朝食を二人で摂っているときである。
「そういえばアフィーちゃん。昨日聞こうと思って忘れてたんだけど」
「ん?」
パンを咥えながら返事をする。
「その……、称号って何かな?」
ああ、昨日猫耳少女がこっそり漏らしたセリフが聞こえてたのね。知らないってことは、ティアは何も称号持ってないのかな?
「ん~、なんかね、追加で試験を受けたらもらえたの。他には何か大きなことをやり遂げたりしても称号がもらえるらしいよ」
「ふーん。アフィーちゃんは何の称号持ってるの?」
ポケットからギルドカードを取り出して裏返してみる。うーん、称号名が書かれてるわけじゃいな。マークだけか。なんだったっけ?
「えーとね……。確か『庭師』と『お茶マスター』と『侍女』と……、あとなんだっけ。忘れた」
似たようなマークが二つある。どれかの上位互換だっけ? なんかそんな感想持ったようやつだった気がするけど。
「へー。そうなんだ……」
イマイチ微妙な反応だ。うん。俺も微妙な称号だと思う。
というか称号って、要は資格試験に合格した証みたいなもんだろう。この人はこういうことができます、っていう証明みたいなもんだ。
『侍女』はともかく、『庭師』とか『お茶マスター』ってなんだよ。
いやでも庭師って、日本でもそういう職業の人いたような気がするな。結構重要なのかな……。
「ごちそうさま。よし、さっそくギルドで依頼を物色しますか!」
どうでもいい脳内での考察をさっさと切り上げて食堂を出る。宿の主人であるムキムキじいさんには、一週間追加で宿泊する旨を伝えて代金を先払いしてからギルドへ向かった。
道を挟んで向かいなので、ギルドはすぐそこだ。今日はどれだけ視線が集まるのか、少しドキドキしながらギルドの入り口をくぐる。
と、そこには昨日よりも大量の人で溢れ返っていた。
昨日よりも多いのは、依頼を物色する人だろうか。掲示板近辺の人が多い。あとはそれを眺める冒険者たちだ。独り者をパーティに誘っている人たちも見受けられる。
朝だし、まさにこれから仕事って感じだな。
「依頼票見に行こうか」
二人で掲示板の依頼票へ向かう……が、俺の場合、上のほうにある依頼が届かない。というか、届かないにしても、何が書いてあるかも見えないとか……。
「上のほう高くて見えない……」
とりあえず目の届く範囲で物色するかと視線を上から下に戻したときである。
「がっはっはっは! 上の依頼は高ランク用だから、どっちにしろお嬢ちゃんには縁がないさ」
後ろから見ていたと思われる冒険者に声を掛けられた。
振り向くと腰に両手を当ててふんぞり返っているひょろ長い狐っぽい獣人がいた。髪は黄色というか金髪というか、混ざったような色をしており、耳の毛だけがなぜか茶色い。
何かの鱗でできたような鎧を着ており、腰にはナイフが数本あるが大きな剣といった武器は持っていない。シーフやレンジャーといった斥候役の人だろうか?
「あ、そうなんですか」
特に敵意は感じない。親切心で教えてくれているようである。
まあ確かに、子どもでも小遣い欲しさで登録できるギルドである。簡単な依頼は掲示板の下に貼ってあるのだろう。
だが残念ながらそういった依頼は求めていない。あくまで生活費のためであり、小遣い程度では足りないからだ。
「ああ、上に行けば行くほど危険な依頼になるからな。小遣いのために死にたくはないだろう?」
まあ確かにそうだけど。
いやでも、どんな依頼が出てるのかは興味があるな……。一通り見てみるか。
「大丈夫です! 私と一緒なので!」
結局下の依頼から確認しようと思ったところでティアの自信満々のフォロー? が入る。
「ははっ。お嬢ちゃんが二人か。ランクはいくつだか知らないが、忠告はしたぜ」
そう言って手をヒラヒラと振ると向こうのテーブルにいるグループの中へと引き下がる。「このお節介野郎め」などとメンバーにからかわれている。うん、基本はいい人なのかもしれない。
そんなことを思いながら依頼票を下から物色する。
「あ、昨日ピンクの人が言ってた依頼も貼ってあるよ。ランクはCだって」
上からティアの声がする。
「えー、人に仕事勧めておいてそれって……」
これはピンク頭の評価は半減せざるを得ないな。もともと評価なんてないに等しいのだが。
まあ残党がいない保証なんてないんだから、当たり前と言えば当たり前かもしれないが。
何にしても、下にある依頼は簡単なものばっかりだった。ランクFは全部街中でのお手伝い系だ。Eになると引っ越しなどの子どもでは厳しい手伝いから、街の外で行う簡単な植物の採集だったりする依頼も増えてくる。討伐系はランクDからだった。
「うーん。パッとしないねえ」
思わず唸る。訓練生時代を思えばどれも温すぎた。ともあれ渋ってても仕方がない。
「アフィーちゃん、どれにする?」
「んー、ここは薬草採集にしようかなー?」
「うっ……、そ、そうだね」
おや? ティアの返事がなんだか歯切れが悪い。
「どうしたの?」
「あはは、ちょっと採集系は苦手でね……」
ティアが微苦笑を浮かべながら告白する。
ほほぅ。そうなのか。だが安心するといい。
「そういうことなら大丈夫。わたし得意だから」
「あ、そうなの。それじゃ、アフィーちゃんよろしくね!」
あっさりと丸投げしてくるティアだった。清々しいまでの笑顔だ。まあいい。採集など日課だったし、問題ない。
顔の高さにある採集系の依頼を二枚剥がすと、受付の空いているカウンターへ並ぶ。
「これお願いします。二枚同時とかできますか?」
自分の顔の高さほどにあるカウンターへ二枚の依頼票を出す。
「ん? ああ、大丈夫……だけど大丈夫かい?」
意味の分からない返事をするカウンターの向こうにいるのは、黄色い髪を肩で切りそろえた男だった。ゆったりとしたグレーのローブをまとっており、ギルドの職員であろうが見た目だけなら魔法使いと言われなくもなさそうだ。
ただ雰囲気だけが見た目の姿と一致しない。どこかのいいところの坊ちゃんかと思うような綺麗な顔立ちと振る舞いだった。
「え? 大丈夫ならいいんですけど?」
二枚同時は大丈夫なのかな? そして子どもで大丈夫ってことか?
「私たち二人のパーティで受けます」
後ろからティアのフォローが入る。
「ああ、じゃあ二人ともギルドカードの提示をお願いするよ」
少し曇っていた表情が戻る。俺が一人じゃないことに安心したのだろうか。
そうして受け取ったギルドカードを確認すると、カウンターのお兄さんの表情が再び曇る。
「えーっと、アフィシアちゃん……かな? 依頼を受けるのは初めてかい?」
「うん」
「うーん、大丈夫かい? ひとつ上のランクは危ないよ?」
「お姉ちゃん強いから大丈夫」
止めておけ、とまでは言ってはこなかったが、そう言いたそうな雰囲気ではある。ひとまずティアの強さを盛っておくことで対処しよう。俺強いからとか言うよりかは説得力があるだろう。
「それならいいけど……」
だが曇った表情は晴れなかったようだ。
「あ、あと、ランクDのティアリスさんは、ランクEの依頼だとランクアップにカウントされませんがよろしいですか?」
そうなのか? パーティランクが合ってれば大丈夫なんじゃなかったっけ?
「あれ? ……あー、そういえばそうだった気がする……けど、別にいいよー」
ティアも忘れてたのかよ。なんか他にも忘れてるルールとかありそうだな。
まあ急いでランクアップすることもないからいいのかな。依頼を受けるのは俺の我儘みたいなものだし。
「あ、はい。ではカードをお返しします」
「ところで、この二つの薬草ってこのあたりだとどこに生えてます?」
カードを受け取りながらお兄さんに尋ねる。
「そうですねえ。この近くだと、街の南西に歩いて一刻ほどの森の周辺でどちらもよく見かけますよ。
あ、森の中は危ないので入らないで下さいね」
「はい! ありがとうございます!」
「がんばってくださいね」
ペコリとお辞儀をして冒険者ギルドを後にするのだった。