023 冒険者ギルド
キングバルズ王国領のストラウド砦は、カロン王国へと続く丘の麓に作られている。国境門を兼ねている北側は、主に国の防衛施設が集まっており、兵士が慌しく動いているのが見て取れる。
俺たちは二人、ガラガラと台車を引きながら国境門エリアから街エリアへと向かっている。まずは宿を取ろうと話していたのだが、いかんせんこの台車が邪魔だ。
中身はまさに補給物資といったところだ。多少の武具と保存食、生活用品など。ああ、あとは旅の途中で仕留めたイノシシだな。
自分たちが使えそうなものはいくつか頂戴したが、さすがにこれからも台車を引きずり回すわけにはいかない。下り坂ならともかく、重いし。
というわけで売り払うことにしたのだ。
そのためにはまず、冒険者ギルドに顔を出すことにする。暇そうにしている兵士に聞いてみたところ、ここをまっすぐ行った街の中央広場の端にあるとのことだ。目立つので行けばわかるとのこと。
「あー、やっと重い台車から開放されるぅ」
心の底からとも思えるセリフを漏らすティア。見た目華奢な少女ではあるが、魔族という種族はもともと力がある。疲労困憊などにまでなるはずもなく、重い台車を引いていてもそこまで疲れた様子は見て取れない。
それよりもだ。俺が台車を引っ張るほうがよっぽど大変だったんだぞ。背が低いから、台車の持ち手が胸の辺りにまでしか下がらないのだ。
最初は下り坂でまだましだったのだが、平坦な道になるにつれ辛さは増すばかりだった。
魔法でなんとかできないかと試行錯誤してみたが、そんな一朝一夕でうまくいくはずもなく。
追い風を吹かせてみたり、台車よ軽くなれーとか浮けーとか念じてみたり、あとはよくありそうな身体強化みたいなものだとか。
いや実際に枯れ草がわずかに浮き上がったりしたときには驚いたのだが、台車で同じことができるはずもなく。
また、身体強化は成功しなかった。魔力を纏わせてみたりしたが、それが物理の力となることもなかった。
じゃあ格闘術の応用はどうかと、腕と足にぐっと力を込めてみるとあら不思議。台車が軽くなるのを感じたのだ。
とはいえこの辺りの原理はよくわかっていない。副隊長がやっていたので見よう見まねだったりする。しっかりと誰かに習えば教えてくれるのかな?
国境門エリアから街エリアに入った途端に風景が変わる。
周囲からは兵士たちが消え、街に住まう人々や冒険者らしき人物などが行きかっている。
中央通りからは美味そうな匂いが漂う露天が所狭しと並んでおり、つい寄り道をしたくなってくる。が、やっぱり台車が邪魔だ。
「いい匂いがするけど、……さっさと台車を処分しましょう」
「うん」
えっちらおっちらと台車を引きながらようやく冒険者ギルドへと到着した。
俺は今、冒険者ギルドの入り口の前で台車の上に乗って待機中である。
なんと厄介なことに、台車はギルドの入り口を通れなかったのだ。そんなわけで、ティアが一人ギルドに入り、売却の手続きをしている間に俺は台車の番をしているというわけである。
ギルドの中に興味があったのに、またもや置いてけぼりを食らうとは思いもしなかった。
「お待たせー」
ティアがギルドから出てくるが、後ろに職員さんだろうか? も一緒に付いてくる。
猫耳獣人のかわいいらしい少女だった。年のころは十五、六ほどだろうか? ここにきてようやく遭遇できたぞ。オレンジ色の短髪が活発な印象を少女に与えている。
「ではこちらの倉庫にお願いしますね」
猫耳少女はギルドの裏手へと入っていくので、俺たちは台車を引いてそれに付いていく。
その倉庫は十五メートル四方ほどの広さだろうか。部屋の隅にはいくつか木箱が積んである。そして倉庫の真ん中にはもう一人いるようだ。
「おう、集計するからこっちに持ってきてくれ」
三十台くらいのおっちゃんだろうか、がっしりした体格でその頭はピンクで角刈りだった。なんつー髪型だ。
ティアの後ろに続いて台車をおっちゃんの前に持ってくる。
「ありがとさん。……ってかお嬢ちゃん、力持ちだな……」
俺に初めて気が付いたのか、二度見してから改めて台車を見やる。ティアの台車のほうが荷物が多いのは確かだが、こちらもそこそこの量だ。
「よろしくお願いします」
ペコリとおっちゃんにお辞儀する。
「あっはっは。お行儀のいいお嬢ちゃんだ。まかせときなさい」
「じゃあお願いしまーす」
ティアも一緒になってお辞儀をする。
「ちょっと多いですね……。多少は時間がかかると思いますので、宿を取っていないようでしたらそちらに行っていただいてもかまいませんよ」
おっちゃんの横で猫耳少女が丁寧にそう告げる。
「あ、それじゃお言葉に甘えまして。
アフィーちゃん、行こっか」
「はーい」
「オススメの宿はギルドのわき道を挟んだ隣にある馬の嘶き亭ってところだ。よかったら寄ってみてやってくれ」
「ありがとうございます。さっそく行ってみますね」
くっ、オススメの宿をギルドの中の人に聞こうと思ってたのに……。
ここまで俺をギルドの中に入れないつもりなのか。だんだんと自分の顔が険しくなってくるのがわかる。
「アフィーちゃん……?」
「なんでもない。行こ」
首を捻るティアの先を歩き出して馬の嘶き亭とやらに向かう。ギルドの表側に出ると、教えてもらった通りに隣に馬の嘶き亭があった。
中に入るとすぐにカウンターがあり、その向こう側には筋肉ムッキムキのじいさんがいた。
頭髪のないツルツル頭ではあるが、白い髭のほうはフッサフサだ。
「いらっしゃい。泊まりかい?」
「はい」
「ちょうど二人部屋が空いてるよ。一泊一部屋で大銅貨七枚だ」
「じゃあとりあえず一泊でお願いします」
ティアが大銅貨を七枚カウンターに置き、台帳に名前を書く。
「あ、ギルドに用事があるので、終わったらまた来ますね」
「あいよ」
さて、無事に宿も取れたしギルドに戻りますか。
今度こそギルドの中に……!
というか、倉庫よりもギルドのカウンターの方が近いので、当然そちらに向かうのだった。
ギルドの中に入ると、まず目に飛び込んできたのは沢山の人だった。人族、獣人、エルフ、ドワーフなど、様々な人種が数多くいるのが見て取れる。
カウンターで話をする者、テーブルについて情報交換をする者、依頼表を物色する者などだ。
それらの約半分ほどの視線がこちらに注がれる。
予想外の出来事に思わず立ち止まってしまう。
おおぅ、これが冒険者ギルドか。予想していた通りといえばその通りだが、こう視線が集中するとビックリするな……。
「アフィーちゃん、行くよ~」
ティアは慣れたもののようで、俺に声をかけて手を取ると、一緒にカウンターまで歩いていく。その頃には集まった視線は元に戻っている。
するとそこには先ほどの、猫耳少女がいた。
「あ、ティアリスさん、お待ちしておりました。
そろそろ集計が終わると思いますので、裏の倉庫へお願いします」
「はーい」
倉庫へ行くとちょうど集計が終わったのか、物資が次々と木箱へと移されているところだった。
「おう、宿は取れたか?」
「はい、お蔭様で」
「そりゃよかった。ほれ、ちょうど集計が終わったぞ」
集計結果が記載されていると思われる紙を渡されるティア。
「へー」
俺も気になったので見せてもらう。
「へー」
同じセリフが出てしまった。
武器や食料、生活用品などが記載された紙である。特に珍しい物は含まれていなかった。
「その金額でいいか?」
「はい、かまいません」
ティアの視線がこちらに向いたので、同じく同意するように頷いておく。
そこに記載されている金額は、大銀貨二枚、銀貨五枚に銅貨が八枚だった。おお、これはいい臨時収入だな。
「ところで、これは盗賊に襲われて撃退したときの戦利品と言っていたな? どこら辺で襲われたか分かるか?」
「えーと、ここからカロン王国方面に一日半ほど行ったところですね。アジトがあるとしたら森の中じゃないでしょうか?」
「なるほど。そのアジトにはあんたらは行ってないのか?」
「行ってないですね。早く休憩したかったんで、すぐこっちに来ました」
「そうか。アジトに残ってる物品が不要であれば、こちらで回収させてもらうが問題ないか?」
「アフィーちゃんどう? 私はかまわないけど」
今からどこにあるかもわからないアジトを探すなんて面倒なことこの上ない。
「面倒だからわたしもかまいません」
「ありがとよ。盗品の捜索依頼とかが来てるからよ……、ちょいと人を派遣してアジト確認させてもらうわ。
なんならその依頼、あんたが受けてくれてもかまわんぜ?」
ニヤリと笑みを浮かべるとおっちゃんがこちらを誘う。
が、俺としてはしばらく盗賊関係とはもう関わり合いになりたくないので、必死に首を横に振る。
「アフィーちゃんが嫌がってるみたいなので、止めておきます」
俺の心情を察してか、苦笑しながらも断るティア。
「そうかい、当事者が行ってくれると楽だったんだがな。他を当たることにしよう。
ああ、その目録をカウンターに持っていけばお金を受け取れるぞ」
「わかりました。ありがとうございました~」
一礼して俺たちはカウンターに向かう。その道すがらティアが尋ねてくる。
「そういえばアフィーちゃん、ギルドカードもう持ってるけど、冒険者ギルドの登録もやっとく?
受けられる仕事の幅も広がると思うけど……」
お金のことで日々遠慮していた俺に気を使ってくれたのだろうか?
まあ無一文で嘆いていたのは事実である。どちらにせよ登録はしようと思っていたので問題ない。
「うん。登録する!」
そうして再びギルドのカウンターへ顔を出すのだった。