022 克服
10万文字突破!
「動くな。魔法を撃つんじゃねーぞ。こいつがどうなってもいいなら別だがな」
「えっ?」
後ろから聞こえたあり得ない台詞にティアがゆっくりとこちらを振り返る。
そこにはコフィンにナイフを突きつけられた俺が見えるはずだ。何で俺はこんな状態になってるんだろうか。よくわからない。
腰に提げていた俺のナイフもいつの間にか取り上げられている。
「な、何をやってるんですか? コフィンさん……」
目の前の光景が信じられなくて問い掛けるティア。
「ふん。見ての通りだよ。わかったら大人しくしてろ」
俺の首にナイフの腹をペタペタと当ててティアを牽制するコフィン。
「ぎゃはははは! ざまあねえな!」
そうしている間に行く手を遮る五人が下品な笑い声を上げながらゆっくりとティアに近づいてくる。
ああ、ダメだ。このままだとティアが襲われる。何とかしないと……。でもどうすればいい? このままだとティアがあのときの俺みたいに……!
以前の記憶が入り交じった曖昧な思考で必死に考える。
あの時の俺は全く動けなかった。誰も助けてくれなかった。ああ、そうだ。誰かティアを助けてくれ!俺には助けることができないんだ……。
――いや、本当に助けられないのか? 俺は動けないのか?
よく考えろ。冷静になれ。このままだとティアがひどい目に合わされるぞ!
あのときの俺は一人だったけど、今はそうじゃないだろ!
周囲の気配に意識を向ける。
コフィンは相変わらず俺の首にナイフを突きつけており、俺の腰から抜き取ったナイフはデリベリードの手に渡っているようだ。
武器はないが手足は拘束されているわけではない。これなら魔法は使えるだろう。
こちらに迫る五人も油断しきっている。
これなら大丈夫じゃないのか? 行けるだろ? 副隊長にやられた試練とやらを思い出せ。もっとひどいものがあっただろう。
縄でグルグル巻きの状態で身動きできないところからの燃え盛る小屋からの脱出だとか、副隊長のお友達との組み手百人抜きだとか……。
五人の男たちをよく観察する。油断しきってるとは言え、すごく雑な動きだ。隠れていたときのほうがまだ『できる』と思わせる気配がした気がしたんだが。
これならいけるか? 軽く作戦でも練ってみようか。
まずは魔法で俺を人質に取っていると思い込んでいるコフィンを無力化する。ナイフを取り返している時間はなさそうなので、ティアの腰にあるナイフを拝借しようか。あとは……、どうとでもなるんじゃね?
よし、冷静になれているな。落ち着いて作戦を実行しよう。後半が適当すぎることには目を瞑ってくれ。
ひとまず魔法を発動させようとしている足元へ視線を向ける。現状に絶望して顔を伏せたように見えるだろうか。魔力を集中させ、足元から土の槍が飛び出してコフィンの足を貫くイメージを練り上げる。
無詠唱での発動はぶっつけ本番だが、なんとかなるだろう。魔法においては特に不安はなかった。
ティアはうろたえながらもコフィンを説得しようとしているが無駄だろう。いや、むしろそうやって気を引いてくれているのは助かる。
「いい加減諦めな!」
そう言ってこちらに迫る男が剣を持っていない左手でティアの肩を掴みかけたそのときだ。
俺はグレイブの魔法を発動させる、と同時に勢いで首を切られないようにコフィンの手を押さえる。
そして土の槍が足元から飛び出し、コフィンの太ももを貫く。
「ぐぎゃあああああ!」
突然太ももを貫かれたコフィンから悲鳴が漏れると、押さえた手を押しのけてティアのほうへと足に力を込めて駆け出す。ティアの左側をすれ違いざまに腰にあるナイフを拝借し、左手を伸ばしていた男の、剣を持つ右手を切りつける。
「ぐうぅ!」
剣を取り落として苦悶の声を上げる男の横を通り過ぎ、弓使いへと迫る。遠距離からちまちまと矢を打ち込まれるのは面倒だ。
急いで矢を番えるが遅い。がら空きの足元へ、やくざキックの勢いで膝を真正面から叩き潰し、崩れ落ちたところに矢を射る右手をナイフで切り裂く。
――ははっ、なんだこいつら。弱えじゃねえか。一体俺は何にびびってたんだろうな?
後ろから剣とナイフを持った三人が迫ってくるのを気配で感じ取る。
横っ飛びに躱しながら振り返ると、さっきまで俺がいたところに剣が振り下ろされるところだった。向こう側を見るとティアがデリベリードを無力化してナイフを取り返しているところだ。
右手を切りつけてやった男も倒れている。鈍い音が後ろからしていたので、ティアがやったんだろう。
「くそっ、どうなってやがる!」
残りの剣を持った男が叫ぶ。その隣でナイフを持つ男がこちらに迫る。こちらが着地した瞬間に合わせてナイフを振りかぶるが、俺は脚から着地せずにうつ伏せに倒れ伏すようにして両手両足から着地する。
ナイフが頭上を空振りしている間に魔力を練り上げて土の槍を発射する。練り上げる時間は短いが、発動させるだけなら練り上げる必要もなくできるはずなので怯ませる程度にはなってくれるだろう。
ナイフの男の足首を土の槍が掠め体勢を崩す。うつ伏せの体勢から両手両足の力で地面を叩きつけるようにして飛び上がり、体勢を崩してがら空きになったわき腹の皮鎧の隙間へナイフを滑り込ませる。
「このガキがっ!」
残りは剣を持った男が二人だ。獣人の男が剣を上段に振りかぶり向かってくる。その後ろをもう一人が時間差で迫る。
少しは連携ができているのだろうか、手前の男が右上段から狙いをつけており、左側に逃げられるようにわざと空けているように見える。
もちろん後ろの男は半歩ほど左側にいて、避けたところを狙うつもりだろう。
「ティア!」
かまわずに俺は叫ぶ。ティアに何かを期待したわけではない。目の前の男の意識が後ろに向けばそれで儲け物だからだ。
案の定後ろの男は走る勢いを落として後ろを振り返る。
ティアはと言うと、こちらに手を出そうか出すまいか右往左往していたところにいきなり声を掛けられたからか、ビクリと硬直して動かなくなっている。
「チッ!」
手前の男が舌打ちするが遅い。振り上げた剣を振り下ろす時間を与えないまま、足に力を込めて初速からトップスピードで飛び出すと、すれ違いざまに太ももを切り裂いて後ろの男に迫る。
そのまま馬鹿みたいに後ろを振り返る男の右腕をナイフで裂いて剣を落とすと、動けないように足にも切りつける。
そして振り返ると太ももを押さえてこちらに剣を振り上げる男の喉元にナイフを投擲する。かろうじてかわそうと首を捻るが遅かったようだ。深々と喉にナイフが突き刺さった男はそのまま前のめりに倒れ伏したのだった。
「ふう……」
大きく息を吐いてティアを振り返る。まだ硬直している。
「ティア、大丈夫?」
「えっ? あ、うん」
二度目の呼びかけでようやく我に返ったのか、ティアが生返事をする。
周囲にはまだ生きている盗賊の苦悶の呻き声が響き渡るが、とりあえずスルーする。
「アフィーちゃんも、怪我はない?」
「うん、大丈夫だよ」
「そっか……。よかった。
……ごめんね。私、何の役にも立たなくて……」
そう言って顔を伏せるティア。
「ううん、そんなことないよ。ティアがいてくれたから、わたしがんばれた。
……というか、簡単に人質みたいになっちゃってごめんなさい」
むしろこっちこそ罪悪感がたっぷりだ。過去の記憶に引きずられて適切な対処ができず、人質にまでなってしまった。
謝罪に対して謝罪で返す俺に苦笑を漏らすティア。
「ううん、大丈夫だよ。無事でよかった」
とにかく俺を心配させじと抱きしめてくれる。俺もここぞとばかりに両手をティアの背中に回す。
ああ、こうやっていると安心する。
そうだ……、この世界に来て初めて感じた人肌の温もりはティアなのだ。
失われずに済んだことに安堵した。
□■□■□■
「はー、やっと着いたー!」
ここはストラウド砦の国境門である。あれから一日が経ち、ようやく次の街にたどり着いていた。
今はもう夕方近くである。
結局、商人見習いと言っていたあの男二人は盗賊とグルだったのだ。本人は関係ないと言い張ったが、盗賊たちに聞くとあっさりと白状した。
定期的に隠れ家へ物資補充のために街から戻る際、ああやって護衛代わりに使った人間を襲っていたそうな。
まったくもって碌でもない奴らだったのだ。
あのあと、暗黙のルールに従って盗賊の後始末をしたあと、台車を二台という戦利品を引っ張ってここまで歩いてきていた。
暗黙のルールというのは、街の外で犯罪者に出会って成敗できたなら始末しろ、というものだ。
街の外というものは、国の法律やルールが適用されないことが多く、犯罪者も多い。放置していればそれだけ被害者が増えるだけなので、そんなルールがいつの間にか世間に広まっていたのだ。
どこかの街に連れて行って衛兵に引き渡せればいいのだろうが、そもそも大人数ともなれば連れて行くなどできはしない。
とは言え、このことは現代日本で育った俺としては受け入れがたい事実である。……のだがそうも言ってられない。
事実、殺されそうになったのだし。
郷に入れば郷に従え、だ。
そんなわけで、昨日、俺は初めて人を殺した。
激しく気分が悪くなるのかと思っていたが、それほどでもなかったことにむしろ驚いているくらいだ。だが気分が沈んでいるのも事実。
そんな俺をティアはずっと励ましてくれていたのだった。
というわけで、気分転換も兼ねてずっと歩きながら魔法の練習をしていた。他に人がいなくなったので、無詠唱で発動したい放題だ。
事実、自分の放った魔法が盛大に爆発したときは気分がすっきりとしたものだ。
ストレス発散は大事だしね。
「さて、砦の門に並びますか」
この砦も例外なく、入り口には国境を越える人たちが列を成している。
そしてとうとう、この時がやってきたのだ。
……ティアに、メイドギルドのカードがばれる日が。
なんとなく顔が引きつっているのを感じる。こころなしか、背中を冷たい汗が流れているようだ。
そしてそわそわと落ち着きなく周囲を見回す。
「どうしたのよ、アフィーちゃん?」
そんな様子の俺を見かねてか、ティアが尋ねてきた。――が、すぐにピンときたのか優しい笑顔になる。
「ああ、大丈夫よ。仮身分証の発行料は気にしなくても」
いや、そういうことじゃない。むしろ必要ないのだ。まったくもって必要ない。だが――
「あ、いや、違うの。
……ごめんなさい。実はディストゥークの街でギルドカード作ったの」
どうせばれるのだ。いっそのこと今ばらしてしまうか。
そんな思いで白状する。
「ええっ? いつの間に……」
だがティアの驚きは俺の予想を下回るものだった。
「というか、やっぱり……? 増えてた服はもしかしてそのせい?」
「あ、うん」
「……ってあれ、メイド服、よね? なんのギルドなの」
さすがにティアもメイドギルドの存在は知らなかったのか。まあ俺もあのとき初めて知ったし。
「メイドギルドだよ」
「ええっ! ナニソレ……」
何か半信半疑だ。俺はポケットからカードを取り出してティアに見せる。
カードにはメイドギルドのマークが刻印されており、そこに『ランクC』と記載がある。
マークを知らなければなんのギルドかはわからないが、ギルドカード自体は共通のものなので証拠にはなるだろう。
「――しかもランクCなんて、私の冒険者ギルドランクより高いじゃない……」
意味わかんない、と呟きながら呆然としているティア。
そう言えばティアの冒険者ギルドランクはDだったな。あれだけ魔法も使えて強いのに……と思わないでもないが、基本ソロだし必要以上に依頼は受けないから、とは本人の談である。
「ああ、でも……、ありえるのかな……」
何かを思い出したのか、顔を赤く染めて顔を伏せる。お風呂でやりすぎたアレだろうか。
こうして他愛もない話をしていると、とうとう国境門が目の前にまで迫ってきた。
高さは十五メートルほどになるだろうか。さすが国境だけあって壁も桁違いに立派だ。石造りの街壁の上は見張り台がところどころ並び、こちら側を常に監視できるようになっている。
特に例の事件があったからか、その警戒は厳重なように思う。普段の様子は知らないが、それでも多いと思ったのだ。
門番の前まで来るとギルドカードを提示する。
きっと簡単に街に入れるはずだ。
「おう、通っていいぞ」
あっさりと門番が通してくれる。
ちょっ、お前ちゃんとカード確認したのか? 警備の厳重さと対極にある門番の対応に疑いの目を向ける。
まあ魔物は律儀に門など通らないし、大丈夫なのかもしれない。
そんなことを思いながら門をくぐる。
――こうしてアフィーは他国、キングバルズ王国へ足を踏み入れるのだった。