021 盗賊
スィーヤの集落から南側はほぼ緩やかな下り坂となっていた。台車に荷物を大量に積んでもそれほど力を入れずに引けるので、カロン王国方面からキングバルズ王国方面への荷物移送は割りと楽だ。
そういうこともあってか、男二人は商品の仕入れに来たようであった。二人で荷物がいっぱいの台車を引いている。
男たちは商人見習いと言っていた。商人ギルドにはまだ所属しておらず、今は入会金である金貨一枚を稼いでいるところだと言う。
商品を仕入れたはいいが、食品などだとできるだけ新鮮なうちに捌いたほうがいいものがあるだろう。台車には日よけのための布がかけてあった。
それならそれで乗合馬車が一週間置きなのも知ってるだろうと思ったが、例の事件のゴタゴタで、帰りの乗合馬車に間に合わなかったらしい。
この乗合馬車は徒歩の人員もついて移動するようで、台車を引きながらでも問題ないとのことだ。まあ一台で一週間かけて往復だろうし、乗れないから一週間待つくらいならついて歩く人もいるのだろう。護衛は付くだろうしね。
さて、目指しているのはストラウド砦という国境にあるキングバルズ王国の街だ。国境にあるせいで砦という名前が付けられているが、今では歴とした街ということだ。
砦の出口からこちら側がすぐカロン王国となっており、関所の役割も果たしていると言う。
それにしても少し迂闊だったか。道中で魔法の練習でもしようと思ったのだが、無詠唱で魔法を発動させるところはあまり人に見せない方が言いとティアに釘を刺されたのだ。
そういうことはティストゥークでお風呂に入ったときに言って欲しい。まあ風呂場の中はそこそこ騒がしいので、声が聞こえなくても疑問には思われないかもしれないが。
だからといって何かがあってからでは遅いのだ。ティアが魔族だということがバレて、嫌な思いをするのは俺も避けたい。
とは言え、普通は浅黒い肌を持つ魔族という認識が常識な中、見た目が真っ白なティアでは余程のことがない限りはバレないらしい。実際に魔大陸を出て半年程度みたいだが、バレたことはまだ二回だけだと言う。
そういうことなので魔法を発動させるのはやらないことにして、魔力を練る練習とイメージトレーニングに留めることにする。
四人の旅も順調だ。特に魔物に襲われることもなく下り坂を歩く。そろそろ夕方だ。一日目の移動もこの辺りで終わりか。
「ここら辺でいいかな?」
ティアが声を上げる。一本道の坂道の途中に、ちょうど休憩してくださいと言わんばかりの平らになった広場があった。うん、野営にはちょうどいい。他に先客はいないようだ。
二人ずつそれぞれで夕食の準備をする。行動を共にはしているが、何から何まで一緒と言うわけではない。
その準備中である。
何かが近づいてくるのを察知してそちらの方向を注視する。自分たちが歩いてきた方向からは少しずれたところだ。
「どうしたの? アフィーちゃん?」
「何か来るよ」
「ふーん。旅の人かな?」
「ううん。道からはちょっと外れてるから、魔物か何かだと思う」
俺たちの会話を聞いていたのか、魔物と聞こえた瞬間に隣で夕食の準備をしていた男二人が色めき立つ。
「ええっと、大丈夫でしょうか?」
痩せ型のデリベリードが心配そうに尋ねてくる。隣のコフィンはどっしりと構えて見せるように腕を組んでいるが、首をキョロキョロさせて周囲を窺っており落ち着きがない。
「だいじょぶだいじょぶ」
ひらひらと手を振りながらティア。
相手はまだ見えていないが、ここら辺に出る魔物なら何が出てきても大抵大丈夫だろうとは思う。
夕食の用意を中断して、腰から杖を引き抜いて構えるティア。俺もナイフを抜いて待ち構える。
しばらくすると岩陰から巨大なイノシシっぽいヤツが現れた。っぽいと言うのも、足が六本あったからだ。
「……一匹だけかな?」
「たぶん」
ティアの杖の先端に魔力が集まってくるのがわかる。まだまだ微量な魔力は感知できないが、攻撃に使われるほどの魔力は感知できるようになっていた。
今のところ俺は接近戦しかできないのでティアに先を譲る。まだイノシシは五十メートルほど先だ。
「ブルルルルルル!」
大きく嘶いたかと思うとイノシシが勢いをつけてこちらに走り出す。
「――、『グレイブ』!」
そこにティアの魔法が炸裂する。地面から土の槍が飛び出してきてイノシシの喉元に突き刺さるも、仕留め切れなかったのかまだこちらに向かってくる。
昨日と違って少し遠かったせいで出力が落ちたか。
とは言え勢いはかなり落ちたので後の対処は楽だろう。と思ったら隣でまた魔力が集まってくるのを感知する。次は俺の番じゃないの……?
「――、もいっちょ『グレイブ』!」
よたよたと走るイノシシに、二撃目の土の槍が突き刺さる。さすがにこれには耐えられなかったのか、そのまま倒れて動かなくなった。
うぬぅ。俺の出番がなかった。
「おお、さすがです!」
デリベリードが称賛するが、そこに俺は含まれていない。まあいいけど。
ティアもやっぱり俺には危険なことはしてほしくないのかもしれない。あまり魔法は連打できないが、確実に仕留めるために一発目を早めに撃っての二撃目かもしれないし。
「晩めしがちょっと豪華になるな!」
コフィンは少し興奮気味だ。そんなに肉が食いたいか。
もう大丈夫かな。他に気配は感じないし。ティアも辺りを見回して警戒するが、何も見当たらない。
「ご飯の準備しよっか」
杖を仕舞ってナイフを取り出す。
「オレらも手伝うぜ」
新鮮な肉に早くありつきたいのか、コフィンが手伝いを申し出る。
「じゃあお願いね。アフィーちゃんは……、周囲の警戒しておいてくれるかしら?」
「はーい」
そして少し豪華になった夕食を食べる。結局イノシシは解体して台車に売り物として乗せた。デリベリードが買い取ると提案してきたので、それに乗ることにしたのだ。ティアのマジックポーチにはもう入らないし、どうしようかと思ってたところだ。
夕食後はテントを張り、見張りの順番を決める。魔物避けの魔法についてティアにこっそり聞いてみたのだが、あれはほぼ使い手が魔族に限られるとのことで、他人がいるところでは使えないとのことだった。
こいつらが魔法に詳しいとも思えないが、念のためということもあるだろう。
結局俺とデリベリード、ティアとコフィンのペアで見張りをすることになった。
「お嬢ちゃんは寝ててもいいんですよ?」
デリベリードは優しそうな声音でそう言うが、信用できない俺としては魔物よりもむしろこいつらを見張るのが本来やりたいことなので、しっかりとお断りする。
「大丈夫。ちゃんと見張りする」
それぞれのテントを挟んでお互い反対方向を見張る。が、まあ特に何が起こるでもなく見張りを交代し、夜が明けるのだった。
翌朝無事に目が覚める。四人で朝食を採って出発だ。周囲は岩場で何もない下り坂を歩く。あれからは魔物も出ずに平和なものだ。無事に昼食も採り、昼を過ぎたところで変化が出てきた。
街道から少し外れた西側方向に森が見えてきた。
「お、森だー」
何だか森を見ると嬉しくなる。庭みたいなもんだよね。少なくとも諜報部訓練場周辺の森だったら普通に自給自足で生活できた。
「はー、岩場ばっかりでちょっと飽きてきてたから、気分転換にはなるかな」
街道の片側が森になったところで、むしろ警戒度が上がるだけじゃないか。
歩みを進めていくと森が段々と近づいてくる。そして岩場が減ってきたかと思うと、今度はまばらにだが草が生えてきた。最終的には進行方向の右手に森、左手に岩場と草原が混じった斜面が広がっている。
森は視界が悪いかとも思ったが、微妙に岩もつき出しておりそれほど鬱蒼としてはいない。だが警戒するに越したことはない。
うむ。ほら引っ掛かった。何か待ち伏せしてるぞ。なかなか気配の消し方は上手いがホムンクルスのレオンには劣るな。
「止まって。……何かいる」
他よりも隠れる場所が多そうな場所に差し掛かった時だった。
制止の声を上げて注意を促す。
「そ、そうか? 何かいるようには感じねえが……」
コフィンが焦ったように声を上げる。
うっせー、お前の索敵能力なんぞに期待はしてねーんだよ。
森は多少木が多く、反対側の斜面にも大きめの岩がある。ちょうどその辺りに五つの気配があった。もう少し進んでいれば囲まれていただろう。
ティアも何かを感じたのか、俺の言葉に触発されたのか、腰から杖を取り出す。
しばらく待つが出てくる気配はない。魔物ではないんだろうか?
ティアが前に出て杖を構える。その後ろに俺が待機し、さらに後ろに男たち二人が台車を守るように立ち尽くしている。
「ちっ、不意打ちは無理か」
諦めたのか、木陰や岩影から人影が姿を現した。人族や獣人が入り交じった男たちの集団だ。それぞれ武器を手にこちらに敵意を向けている。
剣が三人、ナイフの二刀流が一人、弓が一人だ。全員皮鎧の軽装備をしている。
弓使いが一番遠いところにいるが、その場所からじゃ遠いのかまだ撃ってはこない。
「はっ! 今すぐ死にたくなかったら武器を捨てて大人しくするこったな」
一番前に出ている剣を持った男が無慈悲に告げる。後ろの弓使い含めて最前の男のところに五人が多少の間隔を空けて集まってきた。
ああ……、これ、盗賊か……。
認識した瞬間に、過去の記憶が恐怖と共に蘇る。
「へっへっへ。白い姉ちゃん、いい体してるじゃねえか。こりゃ高く売れそうだな」
隣の髭面の男が卑下た笑みを浮かべながらティアをねっとりとした視線で坂の下から見上げる。
「五人か……、なんとかなるかな……?」
ティアは男の言葉を無視してここを切り抜ける方法でも考えているのだろうか。無詠唱で発動する魔法で意表をつけばいけるのかもしれないが。
俺はというと、うまく頭が回っていない。血の気が引いて少し震えているのかもしれない。
「お、おい。大丈夫かよ……」
こちらを心配しているのか、コフィンが声をかけながら近づいてくる。
ティアは杖を無言で前に突き出して、その先端に魔力を集めているように感じるが、まだ射程があり遠い。
男五人が抜き身の武器をぶら下げてはいるが、構えてこちらに突っ込んでくる様子はなく、ニヤニヤした笑顔を貼り付けている。
不意打ちは成功しなかったようだが、まだ余裕があるようだな。
確かに五対四で、人数的にはこちらが不利なのだが。後ろの男二人は見た目からして軽装で台車なぞ引いているので、戦力として数えられていないのかもしれない。
そんなことを考えていると、不意に後ろから俺の首へ腕を回してナイフを突きつる人物がいた。
過去の記憶に意識が行っていた俺は咄嗟のことに反応できない。
「動くな。魔法を撃つんじゃねーぞ。こいつがどうなってもいいなら別だがな」
そうティアに向かって言ったのは――、コフィンだった。