020 旅は道連れ
「アフィーちゃん!」
ティアの悲鳴が木霊する。
俺の目の前にデザートウルフが迫っていた。ティアは魔法で援護しようと魔力を集めているが、間に合いそうもない。
相変わらずデカイ狼だ。俺よりも高い位置にある頭は、火炎球を食らったせいか、いくらか焼け焦げている。
そして大きく口を開けるとこちらに飛びかかってきた。
俺は小さい体をさらに小さく屈ませて前方へ走り抜ける。そして頭上を通りすぎる狼の腹に向かってナイフを振り上げた。
デザートウルフは苦悶の唸り声を上げながらも辛うじて足から着地するが、動きはかなり緩慢となっている。その隙を逃さず、今度はこちらから飛びかかり首筋をナイフで切り裂いた。
「ふう」
絶命したことを確認して軽く息を吐く。棲息地が異なるだけで、フォレストウルフと似たようなものだ。自分にとっては特に脅威となるものではなかった。
「終わったよ~」
笑顔でティアに手を振って知らせる。
半ば呆然としていたティアだったが、俺の声で我に返った。
「ええーっ? ちょっと、どういうこと? っていうか、危ないことはしないでって言ったのに……」
やられると思った俺が逆に返り討ちにしてしまったのが信じられないのか、実際にその様子を見たあとも半信半疑のようだ。ただ理解が追いついていないだけかもしれないが。
しかしこれは不可抗力だろ。この状況で逃げてたら他の乗客に被害が出てるはずだ。
「いやー、お嬢ちゃんらすごいな! 助かったよ。ありがとな!」
残りのデザートウルフも処理し終えた護衛たちがティアと共にこちらに集まってきた。
向こうの馬車を護衛していた二人もこちらに近づいてくる。
乗客たちも一安心だ。もう馬車に乗り込んでるやつらもいる。
「ところで、この狼はどうするの?」
ふと気になったので確認してみる。ここに放置だろうか? いくつか売れる素材も取れそうだが。
せっかく倒したのだから素材が欲しい。そう、無一文にはお金が必要なのだ。
「そうだなあ、できれば丸々持って行きたいところだが、馬車は人でいっぱいだしなあ。……売れる部分だけ持って行くか」
「お前らにも手伝ってもらったし、狼一匹やるよ」
「えっ? ホントに?」
「ああ、みんなもかまわないよな?」
護衛の一人が周囲に同意を求める。どうやら反対意見はないようだ。
「オレらは何もしてないしな」
苦笑しながら言うのは向こう側の乗客を護衛していた人である。
何を言うか。不測の事態に備えるのも立派な仕事である。
「やった! ありがとう!」
デザートウルフの処遇を決めた後、護衛たちは向こう側に転がっている狼の解体へ向かう。
「ティア! 一匹もらったよ!」
テンション高くティアに告げる。
「聞いてたわよ。もう……。
アフィーちゃんって、強かったんだね」
「ああ……、ええと。
……聞かれなかったし?」
自分のことを何もティアに話してないことに今更気づき、なんとなく気まずい感じになってしまう。
「ううん。いいのよ。
聞いてても、実際に見るまでは信じれたかどうかわかんないしね……」
そう言うと、よしよしと俺の頭を撫でる。
「ううん。わたし、自分のことティアに何も話してないし……」
「それは仕方がないわ。だってあの状況だと――。
思い出したくないこともあるだろうし、無理に話してくれなくてもいいのよ」
ティアは俺のことを考えてそう言ってくれる。確かにあの状況は尋常ではななかったが。
「うん。ありがとう。
――でも、あとでちゃんと話すよ」
「そう。でもホントに無理しなくてもいいからね?」
あまりにも優しいティアに思わず抱きついてしまう。
「さあ、せっかく一匹もらったんだから、解体しようか!」
ポンポンと俺の頭を軽く叩くと、気分を入れ替えるように元気よく告げるティア。
「うん」
ティアは杖を腰に戻してナイフを取り出す。俺もそれに続いて、自分で倒したデザートウルフの解体を始めるのだった。
今回の戦利品は爪と牙と毛皮と肉が少し。
さすがにティアのマジックポーチには一匹分のデザートウルフは入らなかった。なんとなくだけど、容量は一立方メートルくらいじゃなかろうか。
さて、ここはディストゥークから乗合馬車で南に一日進んだところにあるスィーヤという町だ。いや、どちらかと言うと村というか集落と言ったほうがいいのか。
規模の小さい集落ともなると、中に入るのに入町料は取られない。その代わりと言ってはなんだが、集落を囲う柵は木製で、大型の魔物などにでも襲われればひとたまりもないだろうというものだ。
とは言え魔物もそうそう馬鹿ではない。守りが薄そうと言えど、集落には人がたくさん住まうのだ。もちろんそこを守る人間もいる。そんなところを襲うヤツは滅多にいなかった。
安心料という名の入町料を取られないというのは俺にとってもいいことだ。ギルドカードがばれずに済むし、これ以上借金が増えることもない。
しかしだ、人間生きていると何をするにしてもお金は必要なのである。現在も集落の食堂でティアと二人で鍋のような料理をつついている。肉や野菜などいろいろ適当にぶち込んだだけのように見えるが意外とうまい。
「へー、アフィーちゃんって……、軍人さんだったんだ?」
馬車は相変わらず舌を噛むほど揺れるので会話はほぼなかった。ここにきてようやく落ち着いたので自分のことを話している。
「うーん。訓練生かな? 仕事らしい仕事はひとつもしたことがなかったし」
話してはいるが、自分の正体については打ち明ける気はない。人と何が違うのか自分でもよくわかっていないし……。いや、食事が少なく済むというところはあるが、わざわざおいしい物を食えなくなる方向に自分から持って行く必要もないわけで。
「いやでも、デザートウルフって結構強いよ? あのレベルで訓練生って、この国の軍隊って結構すごそうね……」
何か変なところでカロン王国を過大評価しているティア。すでに存在自体が危うい国になってるけど……。
「でも竜にはまったく歯が立たなかったみたいだけどね。わたしも襲われちゃったし」
「えっ!」
驚きの表情ではあるが、妙に納得した様子も見て取れる。
「それであの大怪我? むしろよく助かったよね……」
「うん。その後で人族の追い剥ぎにあって、ナイフとか戦利品盗られちゃったの」
「ええーーー!」
なんでもない風を装いさらっと話す。
「だから、助けてくれたのがティアでよかった」
「そうなんだ……」
もし助けてくれたのが人族であったなら、ティアのようにここまで信用はできなかったと思う。たぶん。
いや案外コロっと信用してしまうのかもしれないが、今はそういうことにしておいてくれ。
「ごちそうさまでした。あーおいしかったー」
二人とも満腹になったので宿に引き上げる。集落と言えど二国を繋ぐ経路だけあって、宿の数だけはそこそこあった。素泊まりではあるが。
料金も一部屋大銅貨四枚とリーズナブルである。借金の嵩み具合も少ないものだ。借金だと思ってるのは俺だけだとは思うが、そこは気にしない。押し付けてでも返すつもりだ。
――にしてもいくら借金してんだろ? 特にメモしてないのでそろそろわからなくなってきたかも……。
宿に戻り、お風呂がないのでお湯をもらい、部屋でお互いの体を拭きあう。もちろんその時に軽くティアの胸を揉むのは忘れない。
明日はまた朝から南へ向かうことになっている。ここから先にも乗合馬車は出ているのだが三日後になるという話だ。どうも馬車で往復すると一週間かかるらしく、その乗合馬車も一台のみで往復しているとのこと。
さすがに何もない集落で三日は待っていられない。というよりも、次の街はもうキングバルズ王国領に入るということで、好奇心の方が勝ったとも言えるが。
というわけで明日からは徒歩なので、そろそろ寝ておくことにしよう。
「おやすみなさい」
翌朝、いつものように夜明け前に目が覚める。隣を見ると、ティアはまだ寝ているようだ。昨日はそっと抜け出して怒られたので、今日は起こすことにする。
「ティア、おはよう!」
ゆっさゆっさと揺すってみると、形のよい双丘も一緒に揺れる。
おぉ、すばらしい。
「うーん……」
起きないのをいいことに、調子に乗ってひたすら揺すり、合わせてプルプルと震える山を眺める。
「……アフィーちゃん?」
おや、起きてしまったか。残念。目的は果たしたはずであるが、なぜか悲しくなった。
ひとまずティアを揺するのを止めて顔を覗き込む。
「おはよう。ティア」
「おはよう、……むにゃむにゃ」
起きたかと思ったけどまた目を閉じて寝てしまう。朝は弱いのか? というかリアルでむにゃむにゃ言うやつを初めて見た。
うーん。起こしたからもういいよね?
というわけで部屋を抜けて、宿の人に水をもらって顔を洗う。今日もストレッチだ。
宿の裏手で一時間ほどかけて体をほぐしていく。
するとそこにティアが現れる。やっと起きたのか。
「もー、アフィーちゃん、昨日も言ったのに! 起きていなくなってたら心配するって!」
おかしい。確かに起こしたはずなのに激おこである。
「ちゃんと起こしたよ?」
「えー? 知らないよ?」
「おはようって言ってもらったよ?」
「言って……ないよ……?」
自信なさげに言ってないとのたまうティア。いいや、確かに聞きました。
「……わかった。明日からは起きるまで――殴る」
「ええっ! ご、ごめん、ちゃんと起きるから殴らないで……」
拳を握り締める俺を見て焦ったのか、しっかり起きると宣言するティア。ちょっと涙目である。
「うん。わかった」
そのまま朝ごはんを食べてチェックアウトして宿を出ると、集落の南出口へと向かう。と、そこには待ってましたと言わんばかりに俺たちを見つめる男が二人いた。
痩せ型の長身と、肥満型で背が低いドワーフ体型の対称的な二人だ。どちらも旅人と言った風情だがどちらも軽装だ。それぞれ荷物がぱんぱんに詰まったリュックを背負っている。
「ちょっといいですか?」
痩せ型の男が軽く手を上げてこちらに近づいてくる。
「はい? なんでしょうか?」
ティアは愛想よく返事をするが、俺は胡散臭い目で睨みつけるのみである。
「いやー、実はキングバルズ王国に向かっている、デザートウルフをも倒してしまう頼もしい旅人がいると聞きましてね。もし今から出発されるのであれば、お供させていただけないかと思いまして……」
ああ、そういうこと。
乗合馬車を待てないけど徒歩で行ける実力もないともなれば、行ける人を雇うか付いて行くかすればいい話だ。
そういう人たちがいるのもわかるが、だからと言って信用できるものでもないのだが。
しかし見覚えのない二人だな。昨日一緒に乗合馬車で来た中にはいなかった人たちかな?
「やだ」
俺は端的に否定する。
それを聞いた肥満型が不機嫌そうに文句を言う。
「お前には聞いてねえよ」
「まあまあ、もちろんタダというわけではないですよ。ちゃんとお金は払いますので……。
早く帰らないといけないのに馬車が出ていなくて困ってましてね。できればお願いしますよ」
諌めるように肥満型を制止しつつ、それでも押してくる痩せ型。
「うーん、どうする? アフィーちゃん?」
信用はできないのだが、お金という響きに釣られそうになっている自分がいる。くそぅ、無一文なのをいいことにそこに付け込みやがって。
「むう。……しょうがない」
「ホントに? 無理してない?」
ティアが心配顔で尋ねてくるが、お金には替えられないのだ。
「うん。大丈夫」
俺が承諾すると、ティアも痩せ型に向き直って改めて承諾する旨を伝える。
「わかりました。引き受けましょう」
「ありがとうございます」
痩せ型が一礼する。
「あ、わたくしはデリベリードと申します。
そしてこっちがコフィンです」
「ティアリスです。この子はアフィシア。よろしくお願いしますね」
こうして四人になった一行は、キングバルズ王国領を目指して歩き出すのだった。