016 金策と魔法
ちょっと短め?
いつもこれくらいの文字数を目指してるんですけどね
「カードげっと~」
傾く太陽に向かって手に入れたばかりのギルドカードを翳しながら呟く。
もうそろそろ夕方だ。思ったよりも試験に時間がかかってしまった。というよりも、予想より試験の数が多かったのだ。なんだあの試験の数は。全部必要だったのか?
イマイチ疑問は残るが、過ぎたことはしょうがない。とにかく今は早く宿に帰ろう。ティアが怒ってるかもしれない。
最初に鍛冶ギルドでドワーフにギルドを教えられたとき、行くギルドは即決定していた。
盗賊ギルドなんて論外だ。竜に襲われた後の記憶が蘇って仕方がなかった。あんな奴らは盗賊ギルドのメンバーではないのかもしれないが、どうしても感情がついていかない。
なによりメイドギルドのほうが簡単そうに思えたのもあるが。何しろ普段どおりの仕事ができればいいんだろ?
というわけでメイドギルド一択だ。
しかし着替えてからの試験になるとは思ってもいなかった。
あれから何日も経っていないはずだが、メイド服を見た瞬間、なぜか懐かしさがこみ上げてきて頬がゆるむのを感じた。
普段着のように常に着ていたからだろうか。いや、そもそもメイド服を普段着と思えるこの思考もおかしいのかもしれないが……。
最初は緊張のしすぎで自己紹介も満足にできていなかったが、あれで少し落ち着いたのも確かだ。
メイド服を見て落ち着くってのも考え物だが、まあそれは置いておこう。
それに服が支給されるのもいいことだ。替えの服はいくつかあるが、一部タダになるというのは無一文の俺にとってはありがたい。
色々考えているうちに宿に着く。どうやらティアはまだ帰っていないようだ。持っていたカードをズボンのポケットにねじ込むと三階へ上がる。
部屋に入ると抱えているメイド服を、自分の替えの服が積んである隙間に詰め込むとベッドに潜り込む。
狭い一人部屋ではあるが、シングルサイズのベッドといえど大人と子どもならなんとか納まるだろう。
元おっさんだが、その思考はすでに自身の姿形に侵食されているのか、別々に寝るとかいう発想はもはや出てこない。
さて、怒られる前に寝たふりをしておかなければ。
どうせカードを見せたときにはばれるのだがそこまで頭が回っていない。
手っ取り早くお金を稼ぐ方法はなんだろう。ベッドの中で考える。
メイドギルドに加入はしたが、これはあくまでも身分証目的なのでメイドとして働く気はない。
一日とかの短期のメイド仕事があるとは思えないが、短期だとそれほど給料も高くない気がするし。
魔物でも狩って素材を売るほうがいい気がするな。どうもティアは冒険者としてギルドに登録してるっぽいし、しばらくはギルドの依頼の手伝いでお金を返すことにしよう。
まがりなりにも軍の諜報部にいたのだ。少しは役に立つはずだ。
ベッドの中でそんなことを考えているとついうとうとしてしまったようだ。ティアが帰ってきたところで目が覚める。
「お、ちゃんと寝てるねー。
疲れてないからって街中うろうろしてるかと思ったけど、よかったよかった」
ぎくっ! まどろみから一気に覚醒する。これはカードを見せたりすれば間違いなく怒られるパターンだな。うん、隠しておくことにしよう。
「おかえりなさい」
「ただいま。起こしちゃったみたいね。これから晩ご飯にしようと思うけど、一緒に行く?」
「行く行くー」
元気よく返事をするとベッドから飛び出した。腹は減ってないが食欲がないと言って心配をかける必要もないだろう。食えるのだから食っておく。ただそれだけだ。
二人で階段を下りて一階まで行く。カウンターを通り過ぎて奥が食堂になっていた。すでに他の宿泊客もちらほらと食事を摂っているのが見える。
食堂の奥に空いている二人がけテーブルがあったのでそこに座る。
周りを見渡すと別の入り口から直接外に出られるようだ。併設されたレストランだろうか。
「いらっしゃいませー!」
元気のよい呼び声が聞こえる。
金髪のポニーテールを揺らしながらオレンジ色を基本とした店員さんが寄ってくる。
「お決まりですかー?」
「オススメをひとつ!」
メニューを眺めているティアを放置して、間髪要れずに注文する。
思わずこちらを凝視するティア。
「わっかりましたー。お姉さんはどうしますか?」
「えっ? あっ、ええと」
お姉さんと呼ばれたにもかかわらず余裕がない。凝視する視線をメニューに戻して唸る作業に戻る。
「えーっと、……オススメってなんですか?」
メニューにオススメが書いてなかったのか、店員さんに確認を取るティア。
うん。俺はメニューなんて一切見てもいないからね。書いてるかどうかは知らない。
単に俺は、初めて来る店ではだいたいオススメを頼むようにしている。日本ではオススメのないお店もあったが、この世界ではまずそんなことはない。必ずお店が推す料理があるのだ。
それにオススメ頼んでおけばほぼハズレがないしね。
「当店のオススメは、トーグーのステーキ定食でございますー」
トーグーというのは、この山岳地域に生息する鳥だ。何度も捕まえて捌いたことがあるが、やわらかくてジューシーでうまいんだよね。
「トーグーって何?」
「鳥ですよー。やわらかくてジューシーでとってもおいしいですよー」
ポニーテールを揺らしながら店員さんが間延びした声で答える。
「ほら、ここまで来る途中でも飛んでるのを見たよね。あの鳥がトーグーだよ」
「へえ、じゃあ私もそれにします」
「かしこまりましたー。
一緒に何か飲み物はいかがですかー?」
そういえば夕食つきって受付の人言ってたよな。どこまで食っていいんだろうか?
「あ、宿泊の方は飲み物一品と食べ物二品までタダなのでまだ大丈夫ですよー」
俺らが宿のほうから入ってきたのを見てたのかな?
「じゃあ果実水を二つと、こっちのサラダも二つお願いしようかな」
「かしこまりましたー」
元気よく返事すると店員は回れ右して厨房へ引っ込む。
しばらくすると料理が運ばれてきた。予想はしていたが六歳児に食わせる量じゃないな。まあ食えるけど。ティアは勝手にサラダ二つ頼んでるし。食えるけど。
「いただきまーす」
ナイフとフォークで綺麗に切り分けてから口に運ぶ。ティアも同じだ。
うん。おいしいけど、自分で料理したほうがうまいな。んー、こういう料理系でもお金を稼げないもんかな?
メイドギルドでも試験官の人、料理のとき驚いてたし。
ちょっと思案するもすぐにいい考えが浮かぶわけでもなく。
「うーん。おいしー」
どうやらティアは気に入ったようだ。嬉しそうにステーキをつついている。
野営のときは俺が料理担当しようかなと思うのだった。
「ふーーーーん」
夕食後に部屋に戻って俺は妙に納得していた。
俺はベッドに腰掛けて、ティアはその正面で椅子に座って向き合っている。
腹ごなしに魔法について教えてくれることになったのだが、ティアの話ですごく腑に落ちたのだ。
俺たちの使う魔法と、魔族の使う魔法というのは、どうも系統が異なるようだ。元を正せば同じもののようだが、発展の方向性がそれぞれ異なっていたのだとか。
まあ、ぶっちゃけて言えば、魔族が感覚派、人族が論理派といったところか。
ティア曰く、魔法はイメージしたものに魔力を注ぎ、その現象を念じれば発動するとのことだ。詠唱なんて必要ないと。
人族の行う詠唱というのは補助なのかな。最初にそう決めた人に追随したらそうなった、みたいなのじゃないことを祈ろう。
よくよく考えると俺はイメージばっかりで、魔力を注ぐということを意識していなかったように思う。
ん? そういや先生も『魔力を集めろ』と言ってなかったか? 覚えてないな。
まあ詠唱すれば勝手にやってくれる認識だったのかも。
じゃあ真名ってなんだ。あれ言わないと発動しないんじゃないのか。それともただのきっかけか?
ティアが必要ないって言うんだから、必要ないんだろうけど……。
「イメージは大切だとは言われてたけど、そこは変わらないんだ」
「そうねえ、そこが一番大切だからかな?」
「ふーん、じゃあ属性っていうのは?」
「あー、属性ねえ。あれは後付けで種類分けされたものかな。あくまでもイメージ通りのものが発動するのが魔法だから、やろうと思えばだいたいなんでもできる……はず。
その分、無茶なことをやろうとすると、膨大な魔力量を消費するみたいだけどね」
「うーん。人族の扱う魔法がすごく微妙に思えてきた……」
「扱いがうまくなってくると、こんなこともできるようになるよ」
そう言うとティアは指を二本広げてピースサインをする。
――と、人差し指の先に火が灯り、中指の先に氷の塊が生まれる。
「おおー。もしかして右手と左手で別々の魔法を同時に発動できたりするのかな?」
「んー、そもそも手から発動というところが間違いかな」
そういうと両手を膝の上に置き、意識を集中させる。どうも目線は俺とティアの真ん中あたりに注がれているように思う。
するとちょうどその位置に炎が生まれた。
「なるほど。その気になればどこでもいいのか」
「そうねえ。イメージしたところに発動することは可能だけど、さすがに壁の向こう側とか、体から離れた見えないところは難しいわね」
「ほうほう」
俺は手のひらを前に持ってきて集中する。手のひらの上に炎が灯るイメージを頭で練り上げる。そこに魔力を注ぐ、注ぐ、注ぐ。
「ちょっと、アフィーちゃん、まってまって!」
ティアがあわてて静止する。
「えっ?」
「アフィーちゃん、魔力集中させすぎよ! 何しようとしたの?」
「えーと、小さい炎を灯らせようかと・・・」
「ええ……? あの魔力量だと火柱が立ち昇りそうだったけど……」
マジか。普段魔力を集めようとしていなかった弊害か? いやいつもの通りやればいつもの通りの弱い効果なんだから、魔力を集中させなくていいのか。
「はいはい! 今日はもうおしまい! 続きは明日ね。
じゃあそろそろ行くわよ!」
「えっ? どこに?」
てっきりあとは寝るだけだと思っていたが、夕食後にどこ行くんだろうか。
「決まってるじゃない。お風呂よ!」