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ホムンクルスの育て方  作者: m-kawa
第二章 魔族編
15/37

015 称号

視点が変わります。

 私はカロン王国領、ディストゥークの街にあるメイドギルド本部のサブマスターを勤める、マリアベル・フレイヤードという。

 ある程度大きな街にしかメイドギルドというものは存在していないが、別荘地で有名なここディストゥークに本部を設置している。

 メイドにギルドが存在するということそのものがあまり知られてはいないが、一部の貴族たちからの信頼は厚い。


 数日前に王都が竜の襲撃を受けて壊滅したと聞いたが、そのしわ寄せがこの街にもきている。

 王都を追われた人々が難民として流れ込んでいるのだが、中でも一部の貴族が普段の二倍以上の人間を引き連れて自身の別荘へと逃げ込んで来たのだ。

 もし王都の家を破壊でもされているのであれば、この別荘に長居することになるだろう。それに十分な使用人を連れてきているとも限らない。

 そこで使用人不足を補うためにメイドギルドの人員の出番となるわけだ。


 そんなわけで、メイドギルドからはいつも以上に人が出払っていて、サブマスターであるこの私が受付に立たないといけないという事態に陥っている。

 受付も専用の人を雇わず、メイド数人で回していたのが敗因だろうが。


 そんな人不足状態のメイドギルドではあるが、一旦は落ち着いている。逃げる貴族たちは一通りもうこの街へたどり着いたあとだろう。

 今更来たとしても人がいないので、もう誰も出せないのだが。

 周辺の街のメイドギルドには人員不足を伝えるよう依頼は出したので、しばらくの辛抱だ。

 そう思いながら受付でのんびり本を読んでいたときだった。


 一人の少女がやってきた。


 少女はこちらを見つめると、背筋を伸ばしたまま隙なくこちらまで流れるように歩いてくる。カウンターの前で静止して丁寧にお辞儀をする。


「こんにちは」


 さらさらの銀髪を腰まで伸ばした顔の整った美少女である。いや、どちらかというとまだ幼女か。

 ズボンに長袖のシャツといったどこにでもありそうな格好だが、その深く青い瞳からは子どもとは思えない知性がうかがえる。


「メイドギルドへようこそ。こちらには何の用かしら?」


 読みかけの本を閉じて立ち上がるとカウンターの隅へ置くと、こちらも丁寧に返す。


「身分証が欲しくて来ました」


 ふむ。メイドを雇いに来たわけではないようね。さすがに子どもにおつかいでメイドを雇わせる親はいないか……。

 ここでじっくりと少女を観察する。

 まっすぐ背筋を伸ばしたまま微動だにせず、両手をまっすぐに下ろして前で組んでいる。そして何かあればすぐ動けるようにこちらから目を逸らさない。


 ははっ。すでに基本ができているじゃないか。……面白い。


「試験がありますが大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です」


 即答だ。よほど自信があるのだろうか。だがその佇まいからもその自信が虚勢でないことはわかる。


「わかりました。さっそく始めてもよろしいですか?」


「お願いします」


 受付が無人になるがまあいいだろう。この有望な少女をなにもせずに帰すほうが問題だ。

 身分証が欲しいと言い切ったことから、このディストゥーク本部に所属してくれるとは思わないが可能性はゼロではないだろう。人手不足の解消のためにも誘うだけは誘ってみよう。


「ではこちらへどうぞ」


 カウンターへ不在を知らせる板を立てて、彼女をカウンター奥の通路へと促す。

 試験用の部屋は廊下の奥の部屋だ。基本の試験となる三つの項目にはそれなりの設備が必要だ。

 まあメイドの基本は家事なのだからして、キッチンと洗濯場と掃除の捗る部屋がここには用意されているのだ。


 後ろから付いてくる少女の気配を感じながら考える。この少女なら追加の試験もいけるのではないか?

 ここ数年合格者が出ていない追加の試験を思い浮かべる。メイドギルドそのものがマイナーなギルドであるため、加入者自体がそもそも少ない。その上さらに難易度の上がる追加試験など。


 ――いや、まずは基本試験が終わってからだ。それを確認してからでも遅くない。


 そんなことを考えながら奥の部屋の扉を開けて中に入る。

 そこは試験会場だ。キッチンと洗濯場、ベッドの置いてある部屋が一箇所にまとまっており、通常であれば違和感しか感じない部屋だ。

 ただ、それぞれを単体で見るならば、どこにでもある設備であろう。


 後ろの少女がしっかりと部屋に入ってきたことを確認してから告げる。


「ここで試験を行います。まずはあちらで着替えていただけますか。

 サイズは各種揃えておりますので合うものをどうぞ」


「わかりました」


 一言頷くと、着替えるために隣の部屋へ入っていく少女。


 入ってすぐ右側にはもう一枚扉がある。そこが更衣室になっている。

 メイドたるもの戦闘服(・・・)であるメイド服を着こなし、訪れるお客様に対しても華やかさを演出しなければならない。

 動きやすいように作られているメイド服ではあるが、対お客様に対応するために多少の妥協があるのも否めない。

 どんな偶然でお客様と遭遇するかどうかわからない。そのため常に気を抜かずに粛々と仕事を進める必要がある。


 などとメイド道について心の中で熱く語っていたところで少女が着替え終わり出てきた。


 ――早い!


 お客様を待たせない迅速な動き。それでいてその着こなしにはまったく乱れがない。

 紺色の膝下までのワンピースの上に、目立たないように少しだけフリルをあしらった真っ白なエプロンを上から着けている。

 そして透明感のある見事な銀髪の上にはメイドの象徴である、ここにもフリルの付いたカチューシャが見事に乗せられている。

 あの着替えの部屋には高価な鏡など置いていない。だというのに一分のずれもなく真ん中に置かれている。


「お待たせいたしました」


 わずかにはにかんだ笑顔で少女は言う。

 まだ試験開始は告げていないが、この段階に至ってなお、基本に忠実にメイドのあり方というものを再現している。

 仕える主人に不快感を与えず、不自由を与えず、居心地のよい空間を作る義務がある。そこに笑顔という表情は必須のものだ。


「では始めましょうか」


 できるだけ厳かに試験開始を告げる。メイド道はそう易々と歩ける道ではないぞ。という意味を込めて。


「はい。

 ――アフィシアと申します。以後よろしくお願いいたします」


 開始を告げると同時に自己紹介し、深々と腰を折る。

 絶妙なタイミングだ。試験開始の宣言と同時に自己紹介。おそらく自己を相手に印象付ける最初のセリフとなる可能性が高いものだ。

 これを今まで口にせず、あえて試験開始まで行わなかったのも、重要な事と認識があったからだろう。評価に含めろということか。

 だが安心するといい。初めて見たときから私の中での試験は始まっているのだ。


「じゃあまずは、料理からお願いしますね。

 食材はそこにあるものを適当に使って二品お願いします」


「畏まりました」


 試験用の部屋とは言うが、普段からも使われているため、食材や調味料、洗濯場における石鹸など必要なものは揃っている。

 わざわざキッチンや洗濯場を二箇所作るのももったいないからだ。どうせ一般人はここまで入ってこないし、見栄えについても気にする必要はない。


 アフィシアはまっすぐにキッチンに向かったかと思ったが、ふと立ち止まり考え込むように顎に手を当てる。

 その様子を疑問に思い見つめていると、振り返って困惑顔でこう告げた。


「申し訳ございません。背が届かないようなので、踏み台のようなものを貸していただけないでしょうか」




□■□■□■




「なんなの……、あの子……」


 試験の成果を改めて思い起こしながら呆然と呟く。

 結論から言おう。背が足りないところを除けば完璧だった。いや、すべてにおいて予想以上だったのだが、特に料理には驚かされた。


 盛り付けられた料理には花が咲いていた(・・・・・・・)のだ。よく見ると花の形に丁寧に切られた野菜だったのだが。最初に見たときは自分の目を疑った。確か、飾り包丁と言っていたか?

 そしてスープだ。時間がないので簡易的にと言っていたが、あの旨みのぎゅっと詰まったスープはなんだ。具は何か入っているように見えなかったが、色々な野菜の味が詰まっていた。


 洗濯や掃除にしてもそうだ。まったく無駄のない動きで最短時間でやってのけた。もちろん手抜きだとかそんなことはない。隅まできっちりと仕事をこなしている。


 基本の三つをクリアすればギルドカードは発行できるのだが、それを告げずに追加の試験も普通に次があるように行った。

 給仕、ベッドメイキング、お茶会の準備、ドレスの着付け、庭の手入れ、一般教養、護身術。

 どれを取ってもそつなくこなした。しかし中でも驚いたのが護身術と一般教養だ。人がいないので護身術は私が直接相手をしたのだが、少女の守る擬似標的(椅子に置いた花瓶に生けた花)にまったく触れることがかなわないどころか、軽くあしらわれていたようにも思う。

 一般教養においても全く問題がない。今までの会話からでも問題ないことは窺えたが、改めて試験をしてみて上限が見えなかったのだ。

 メイドギルドで実施する一般教養試験の範囲などたかが知れているので、それ以外のところが見えてこないのは仕方がないのだが。


「お待たせしました」


 今は試験が終わり、少女が着替えを終えてギルドのカウンターの方へやってきた。


「お疲れ様でした」


「試験結果はどうですか?」


 待ちきれないと言った表情で結果を尋ねてくる。そこには合格しない可能性なんてゼロとでも言うように不安は見えず、期待した表情をしている。


「もちろん合格です。ギルドカードを発行しましょう。少し待っていてくださいね」


「ありがとうございます!」


 とても嬉しかったのか、顔を綻ばせて喜ぶアフィシア。

 結局最後まで告げなかったが、この少女は追加試験をすべてクリアしたのだ。


 ギルドに所属すると、そのギルドでの自分のランク付けというものが行われる。メイドギルドの場合、最低ランクはEからだ。順当に上がればEの次はDで順にAまで上がり、その次がSランクとなる。

 加入に条件のないギルドなどであれば、ランクは最低から始まるのだがメイドギルドは違う。試験結果によって、CからEのランクが当てられるようになる。

 アフィシアの結果を見れば、身長のことを考えてもランクBのメイドでも問題ないのだが、規定に従いランクCとするしかない。


 追加試験で取得できるものは、このギルドランクとは別のものとなる。いわゆる『称号』だ。

 何か大きなことを成し遂げた場合にも付与されるが、試験という条件をクリアすることでも得られる称号がある。

 その、メイドギルドの試験で付与できる称号を全て取得したのだ。この少女は。


 今回取得した称号は、『侍女』、『お茶マスター』、『庭師』、『近衛侍女』の四つだ。

 侍女というのはメイドと共通部分もあるが、特定個人の付き人で主に身の回りの世話をする人という意味を持つ。近衛侍女はと言えば、対象を護衛する仕事が加わるのだ。ここまでくれば王族などに付けても問題ない実力ということになる。

 その称号を今回のギルドカードに付与する。


 カウンター奥にある最初の部屋へ入り、ギルドカードとなる金属製の板と支給するメイド服を取ってくる。

 この支給されるメイド服というのは、侍女の称号の特権である。と言っても実際に個人付きの侍女となってしまえば、そこで支給される制服とも言えるメイド服があるはずなので、ほぼ活用はされないのだが。

 必要なものを部屋から取ってくると、次にカウンターの下から紙とペンを取り出してアフィシアに渡す。


「はい、この紙に名前を書いてくださいね」


「わかりました」


 次にカウンターの下からカード生成用魔道具を取り出す。

 ちょうどカードを嵌める窪みのついた四角い箱のようなものだ。窪みの下には各種のマークがついたボタンがあり、窪みの上には親指の第一関節までくらいの大きさの魔石がはまっている。


 奥の部屋から持ってきたカードを魔道具にはめ込むと、各種称号に合うボタンを押していく。


「名前書けました」


「はい、ありがとう。

 あとはここに一滴だけ血液をお願いね」


 受け取った紙を魔石の下へ差し込んでから、魔道具のカードが嵌った窪みの左側にある、大人の指が入る程度の浅い穴を指す。


「自分でできそうになければやってあげるけど……」


 カウンターの下から小さめのナイフを取り出してカウンターの上に置く。


「あ、大丈夫です」


 出したナイフを使わずに親指を噛み切って血を垂らすアフィシア。

 そして垂らしたあとの親指をちゅーちゅーと吸っている。


 その姿を見た瞬間に苦笑が漏れる。

 初めて歳相応の姿が見れたと思ったのだ。思えば随分と大人びた子どもだ。受け応えはしっかりしていてまるで大人を相手にしているようだったのだ。


「そういえば、アフィシアちゃんっていくつなの?」


 子どもっぽい姿を見たからか、ちょっと言葉遣いが子ども相手にしたようなものになる。

 魔道具の右側についたレバーを押し込んで作業を遂行しつつ、気になったことを聞いてみる。


「えーっと、六歳です……?」


 微妙に疑問系で答えるアフィシア。育った環境によっては自分の歳もわからない大人もいるくらいだ。疑問系になるのも仕方がない。

 が、六歳だと? 一瞬、小人族か他の長寿の種族かとも思ったが、見た目どおりの年齢だと言う。


「そうなの……。

 はい。ギルドカードができたわよ」


「ありがとうございます!」


「無くさないようにね。再発行に銀貨一枚かかるし、そうなるとカードに付与した称号がリセットされるからね」


「称号?」


「試験に合格することで取得できる称号があるのよ。特典も付くから持っていて損はないわよ」


 カード発行に不要な試験まで受けさせたことは黙っておく。


 再発行そのものであれば、加入したギルドであればどこでもやってくれる。

 しかし称号については特定のギルドでしかカードに付与できないため、カード再発行となると称号の付与が一番の面倒ごととなる。銀貨一枚の費用など霞むほどだ。

 称号取得の履歴は各種ギルドで保持しているので、ギルドへ行けば付与してもらえるが、街に全てのギルドが存在しているとも限らない。

 そういった再発行に関する注意事項と、アフィシアに付与された称号についても説明を行い、ついでに支給されるメイド服も一着だけ手渡す。


「はい、わかりました」


 メイド服を手渡したときは一瞬嬉しそうにしていたように思うが、今はなぜか若干不機嫌そうだ。不要な試験を受けさせられたのがばれたのだろうか。

 だがそんなことはどうでもいい。ギルドに加入できた今となってはこれからが重要だ。


「ところで、アフィシアちゃんはこのディストゥーク本部のメイドギルドに所属する気はないかしら?」


 可能性は薄いと思っているが、当初の目的を果たさなければ。人員不足というのもあるが、仲介となるギルドが得る利益を底上げするためにも、無理やり称号を取得させたのだから。

 いや称号に関しては、有望な少女の実力を見てみたいという興味もあったかもしれないのだが。


「えっ?」


「ギルドに所属すれば仕事も仲介もしやすいし給料も多少増えるわよ。なによりこの街は別荘地でもあるから仕事には困らないしね」


「えっと、すみません。旅の途中なもので、すぐにこの街を離れることになると思います」


「あら、そう。それは残念ね」


 予想通りではあったが、やはり少し残念だ。しかしまあ、この先どこかに落ち着いてメイドの仕事をしてくれることを祈ろう。そうすれば無理やり取得させた称号も役立つというものだ。


「じゃあこれからの旅も気をつけてね」


「はい。ありがとうございました」


 こうして一人の少女はギルドを去っていくのだった。

どうしてこうなった。

さっさとカード発行したら途中で視点を戻す予定だったはず。


にしても称号について、メイドに関係ありそうなものがあまり浮かびませんでした。もっとありそうな気もするのですが・・・。あとで追加するかもです。

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