014 ギルド
なかなか予定通りに進まない…
ここはカロン王国の王都から南へ二日ほど、山を下った途中のなだらかな斜面に造られたディストゥークという街である。
翌日のお昼前にはたどり着いていたのだが、入り口の門の前には長蛇の列ができていた。
普段からこんなに並んでるのかな? もしかすると王都から逃げてきた人たちだろうか。
しかし遠目から入り口を見てみると、列の両脇にもたくさんの人があふれかえっているように見える。
なんだろう。中に入れないのかな? 難民は入れないとかじゃなければいいんだけど。
とりあえず俺たちも列に並ぶことにする。
「うーん、門の前にいる人たちってなんだろうね?」
同じく気になったのかティアがぽつりと呟く。
「なんだろねえ? まあ近づいていけばわかるんじゃない?」
同じくティアの足元で呟く。さすがにもう背負われてはいない。いや、街の近くまでは背負われていたんだが、並ぶときになって降ろしてもらった。ちょっと残念だけど。
ほぼ本調子に戻っているのでずっと背負われるのにも罪悪感が出てきただけなのだが、ティアはそうは思っていない。
昨日までまったく動けなかったのにそんなにすぐ回復するわけない。ということだが。
そんな言い合いをしながら待つこと三十分ほど。ようやく門までたどり着いた。
門番は青年と中年の男の二人組みのようだ。
青年の方は自分たちの前に並んでいた集団の相手をしている。
そしてもう一人の中年男、くすんだ茶色い短髪と無精ひげの門番がこちらに近づいてきた。
「ディストゥークの街へようこそ。身分証はあるかい?」
門番は開口一番にそう告げた。
「あ、そういえばアフィーちゃんは身分証は持ってないよね?」
腰のポーチから自分の身分証を取り出しながらティアが確認してくる。
「そういえば持ってない……」
必要ないと思いながら先延ばしにしたツケが回ってきたのか、よりにもよって無一文のときに必要になるとは。
「ごめんなさい。お金も、持ってない……」
正直に無一文なのを白状する。
「大丈夫よ、お姉さんに任せなさい!」
が、なぜか目をキラキラと輝かせながらティアは胸を張る。
短い付き合いだが、お姉さんらしい振る舞いをしたいというのはすぐにわかった。
「一人は身分証なしかい? 今街の中に入っても冒険者ギルドカードの材料がなくてすぐに発行できないんだ。
門の周辺にいる奴らはそれを待ってる連中だ。それでも街へ入るかい?」
なるほど。入り口でうろついているのはそういう人たちか。銀貨一枚で仮身分証を発行しても一週間しか有効期限がないからな。
正式なギルドカード発行時に、仮身分証と交換するのだが、有効期限が切れていると追加で銀貨一枚を払わないといけないのだ。
なので期限が切れて街の中にい続けても、結局銀貨を多く払うということには変わりないので待っているのだろう。
幸い、この集団相手に商売を始めている商人も見かけるし、街周辺での野営も問題ないように思える。
確かこの世界の身分証の替わりとなるギルドカードは、各ギルド共通になっている。
冒険者ギルド、商人ギルド、鍛冶ギルドなど、様々なギルドがあるが、その共通カードにそれぞれのギルド員の印が追加されるようになっているのだ。
もっともギルドに入るための条件が低いのが冒険者ギルドだ。確か六歳以上の子どもなら誰でも入れた気がする。
依頼をこなして報酬を得るという場ではあるが、子どもでもこなせる街中でのおつかいのような依頼もあるのだ。小遣い稼ぎにはちょうどいいだろう。
ついでに身分証にもなるということで、冒険者ギルド員に入らない人は少なくない。
と言っても、街で生まれ街で暮らす人々は税を納めることによって住民票という身分証が手に入るので、全員が全員というわけではないが。
そういう、自身の住む街でしか効果のない住民票を持つ王都民が、周辺をたむろする連中ではないだろうか。
なので、ギルドと言えば冒険者になるのだがここが無理となると、他のギルドになるのだが……。加入条件をよく知らないんだよね。
商人ギルドは知ってるんだが、確か金貨一枚の入会金が必要だったはずだ。銀貨一枚を渋っているのに金貨なんぞ払えるわけはない。
で、他のギルドは条件をまったく知らない。というか見た目六歳児の子どもが入れるのか、まずはそこが疑わしいのだが。
いろいろと思考を巡らしてはいたが、結局答えは出ない。街に入って、あるかどうかわからないギルドを探して加入条件を聞かないとダメだ。
いや、もしかしたらこの門番のおっちゃんなら街の各ギルドの加入条件も知ってるかな?
「もちろん入ります!」
だがしかし、おっちゃんに尋ねようとするのを遮って、先にティアが銀貨をおっちゃんに渡してしまう。
「あっ」
「ダメよアフィーちゃん。怪我が治ったからって言っても、まだしばらく安静にしてないといけないんだから」
もったいない精神があふれきる前にティアに諌められる。うん、体調はほぼ戻ってるとは言え、確かにそろそろベッドが恋しい。が、やっぱりもったいないと感じてしまう。
しかし、入ったら入ったで問題はありそうな気がする。空いてる宿とかあるのかな?
「……わかった。ありがとう。お金は必ず返すね」
「もう、そんなことは気にしなくていいのに」
わずかに苦笑を滲ませるティア。
いやいや、まだ会って数日の仲でしょう。借りたものは返しますとも。
「よし、じゃあお嬢ちゃん。こっち来てくれるかな」
銀貨をしっかり確認した門番のおっちゃんが俺を詰め所に誘う。
俺はおっちゃんの後について行くが、一緒にティアも着いてきた。
「この紙に名前を書いたら、その紙をここの台に置いて、その上に手を置いてくれるかな?」
門番のおっちゃんは、テーブルの上にある一枚のハガキくらいの紙とペンを指差してから隣の台を指差す。
台の上には紫の布がかかっており、その上に何かの鉱石だろうか、平べったい石が鎮座している。
「あ、はい」
微妙に机に届かなかったので椅子によじ登ってから紙に名前を書く。そして隣の台の上に置いて手を乗せる。
「アフィーちゃん、字が書けるんだ……」
目を見開いて呆然と呟くティア。「替わりに書いてあげる!」とお姉さんらしいことをしたかったのかもしれない。代筆が可能なのかは知らないが。
「おう、しばらくしたら光るからちょっと待ってな」
しばらくすると石版がぼうっと光りだしてきた。光がだんだんと膨らんでいき、上に置いている俺の手を包み込むように広がるとそこで一気に消える。
「よし、これでできたな。この紙が仮身分証だから、無くしたりするんじゃないぞ。まあ一週間で期限が切れるけどな」
「はーい。ありがとうございます」
椅子から降りてペコリとお辞儀をすると、仮身分証を受け取る。
石の上の紙に手を置いた本人が持つと、名前の部分が淡く光るらしい。その効力がおよそ一週間だ。
「はっはっは、行儀のいいお嬢ちゃんだな
もうこれで手続きは終わりだから街に入っていいぞ」
何事もなく無事に手続きを終えて街の中に入る。王都から近い割にはそこそこの規模のある街だった。
南北に縦長い形をした街であるが、北の入り口を入ってから北東方面へも街は続いているようである。
どうもそちらは貴族が多いのか、大きな屋敷がたくさんある。というかまばらにぽつぽつと建っているように見える。
そういえばここはちょっとした別荘地域でもあったんだっけか。斜面の上方からなら見晴らしがいいんだろう。
そして北門からまっすぐ南門までの大通り周辺が商業施設の並ぶエリアで、その東西両端が住宅エリアとなっている。
商業施設については中央に高級な店が集まっており、周辺へ行くほど質が落ちるようになっている。わかりやすくていい。
「まずは宿を探そうか。空いてるところがあればいいんだけど……」
ティアはちょっと不安そうだ。門番のおっちゃんに宿エリアを聞いていたのでまずはそこに向かう。
まずは平均的な値段の宿は五軒あったがどれも満室だった。次に安宿へ向かうもこちらも全滅。ということで高級宿エリアへと向かうティア。
「いや、さすがにお金がもったいないよ。わたしは野営でも大丈夫だから……」
「ダメです! きちんと休まないと、何かあってからじゃ遅いんだから!」
さすがに自分が無一文のため断ろうとしたのだが、ティアは頑なに俺を宿で休ませたいようで、その努力は無駄に終わる。
さっそく高級宿エリアで一軒目を見つけたので突撃する。看板には『オリエール』と書かれている。
扉をくぐって入るとさっそくカウンターが見える。
さすがに高級宿だろうか、先ほどまで回った宿とは雰囲気が違う。
床板は綺麗に磨かれ、雑然としたところがまったく感じられないように何も置かれていない。カウンターの天板もツルツルである。
派手な調度品はないが、最低限に綺麗にまとめられた装飾が好感を持てた。
そんなカウンターの奥の人物がこちらに気づいて声をかける。
「いらっしゃいませ。お泊りでしょうか?」
もっふもふの猫耳が特徴的なおばさんだった。若干釣り目気味な顔つきにくすんだ赤い毛が、昔はお転婆だったのかもと想像させる。
「はい、空き部屋はありますか?」
そんな受付のおばさんが俺を見つめてしばし硬直する。
ん? 俺の顔になんか付いてるっけ?
疑問に思い自分を見返してみて初めて気が付いた。なんというか、服装がぼろぼろだ。
よく考えると竜に襲われてからそのままの格好だよな。あちこち擦り切れて穴が開き、ところどころ血が滲んでたりする。
間違いなく高級宿には相応しくない。
「あ、はい。一人部屋でよければ一部屋空きがあります。申し訳ありませんが他の部屋は全部埋まってまして」
しかし受付としての仕事を思い出したのか、なんとか言葉を続ける。
逆にこっちは現実に気が付いて挙動不審ですよ。
「あ、じゃあ一人部屋でもいいのでお願いします」
間髪入れずに答えるティア。
おろおろしているうちにどんどん決まっていく。せめて値段くらい聞こうよ? ねえ?
お金に敏感になっている俺としてはそこは気になるところである。が、今は他にも気になるところが増えたばっかりだ。
「一部屋一泊銀貨二枚で、夕食朝食付きとなっております」
ぶっほ。
思わず吹きそうになるのをこらえる。入町料の二倍じゃねーか。たけーな。
普通の宿でだいたい大銅貨五枚ってところだから、四倍か。しかも一人部屋だろ?
でも背に腹は変えられない。他の宿に空きがあるかどうかはわからないし、今もなお人が街に入ってきている状態だ。
他を回ってからだと手遅れになる可能性もある。
「はーい」
特に渋ることなく腰のポーチから銀貨を二枚取り出すとカウンターに置き、台帳に名前を書くティア。
「部屋は三階の突き当たりでございます」
「あ、部屋取れたのでちょっとこのまま出かけてきますね」
鍵を渡そうとするおばさんを制止して踵を返すティア。どこか行くんだろうか。
俺を寝かせるために部屋を取ったと思ったが。
「じゃあ服買いに行こっか。アフィーちゃん」
ティアも俺の格好に気がついたのだろうか。いや、最初から気がついていたのかもしれないが、とにかくぼろぼろの服をなんとかしに行くようだ。
だがしかし、今の俺は無一文だ。何から何まで出してもらうのもどうかと思うのだが、だからといってどうすることもできないのも事実。
「でも……」
「ほらほら、気にしなくていいって言ったでしょ」
そう言うと俺の手をとって宿を出るのだった。
着替えて歩きやすい格好になった俺は街の大通りを一人で歩いている。ズボンに長袖のシャツといった、どこにでもありそうな格好だ。
今着ている服を入れると結局三着分の服を購入した。もう一着は同じような替えの服であるが、最後の一着がフリフリのついた水色のワンピースだった。
着せ替え人形のごとく大量に試着させられるかと思ったが、俺の体調のことは片隅に覚えていたようで、買い物はあっさりと終わった。
が、このワンピースだけはティアに強く推されてしぶしぶ買った一品である。
もちろん俺はそのワンピースを着る気はあまりないのだが、三着分の代金はきちんと返すと宣言してある。
服を買い、軽く昼食を摂った後に改めて宿に戻ってきたのだが、ティアは冒険者ギルドに行くと言ってまた出て行ったのだ。
手持ちの素材を換金して、食料とかの買出しをすると言っていた。
ギルドには激しく興味があったのでついていこうとしたのだが、「寝てなさい」の一点張りだった。
まだ行ったことがなかったから気になっただけなのだが、今はどちらかというと他のギルドのほうが気になるのでここは素直に頷いておいた。
そう、身分証を作るために冒険者以外のギルドをこっそりと目指しているのだ。
と言っても、宿を探して歩いているうちに、一軒のギルドは大通りから一本入ったところに見つけていた。
目の前の看板には四角い枠の中に盾が描かれており、その前に剣をバツに交差させた絵が掲げてあった。
武具のお店ではなく、鍛冶ギルドである。ギルドの印は特徴のあるマークを四角い枠で囲ってあるのだ。
枠がなければギルドではなくお店と言うことである。
俺は躊躇することなく鍛冶ギルドの中に入っていく。
中は鉄を打つ音が響き渡る、蒸し暑い空間――などではなく、カウンターとそこにいくつかの椅子が立ち並ぶ、狭い空間だった。
どうも役所っぽい雰囲気だ。工房とは隔離された、ギルドとしての役割だけの建物なのだろう。
「こんにちわ」
俺はカウンターの奥にいるドワーフっぽい見た目の男に声を掛ける。
見た目だけなら四十代くらいに見える。浅黒い肌に茶色い縮れた髪の毛は、顎から生える髭と一体化している。
身長は百五十くらいの高さだが、横幅はどっしりと構えたかのように広い。
「おう? ガキが鍛冶ギルドに何の用だ?」
低い声で男がめんどくさそうに声を上げる。
「えーと、身分証が欲しくてギルドを回ってるんですけど……」
一軒目なのだが他にも回る予定なので嘘ではない。はず。
「ほう? 何か作品を作ってきたのか?」
じっくりとこちらを見据える受付の男。心なしかめんどくさそうな顔が困惑の顔に変わっているような気がする。
「いやいや、そもそもおめぇ今いくつだ? 鍛冶ギルドは十歳からだぞ」
「あ、そうなんですか。あと鍛冶ギルドに入るには作品も持参しないとダメなんですね?」
念のためにギルド加入の条件を確認しておく。
「ああそうだ。条件は十歳からで、作品を持ってこないといけねぇ」
なるほど。それは実質誰か鍛冶師の弟子にでもなっておかないと無理なんじゃないか?
作品を作るにはもちろん、炉が必要になるわけだが、そんなものが一般家庭にあるはずもないだろう。
どこかの工房を使わせてもらうしかないだろうが、ギルドでも貸してくれたりするんだろうか。いやまあ、借りれたとしてもタダじゃないよな。となるとやっぱり敷居は高いわけで。
「そうですか……。ところで、この街には他にギルドはありますか?
身分証さえ作れればいいんですが、わたしでもいけそうなところがあれば……」
もともとこの鍛冶ギルドに入れるとは思っていなかったので、予め用意していた質問を投げかけてみる。
「そうだなあ」
受付のドワーフは顎鬚をなでながら思案する。
「ガキでもいけるっつったら、盗賊ギルドか……、メイドギルドじゃねーか?」