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ホムンクルスの育て方  作者: m-kawa
第二章 魔族編
13/37

013 魔族

 心地よい振動で目が覚める。


 誰かに背負われているような気がする。体の前方が暖かい。

 体中がだるい。目を開けるのも億劫だ。


「あ、起きた?」


 身じろぎしたところを気づかれたのか、俺を背負っている(ぬし)に声を掛けられた。


 鈴の音が響くようなかわいい声だ。どうやら女性らしい。

 声に釣られるようにがんばって目を開く。

 最初に目に飛び込んできたのは白いうなじだった。本当に白い。

 予想通り背負われていたのだが、この位置からではうなじしか見えない。


「あ、おはようございます」


 頭はさっぱり回ってないが、とりあえず起きたので挨拶だ。しかしうまく声が出ない。

 肩に顔をもたれかけさせているが、そこから動けない。なんだか相当やばい気がする。

 あまりに動けなさ過ぎて不安になってきた。


「もうすぐお昼だけどね」


 クスリと笑うとこちらを気遣うように立ち止まる。


「立てそう?」


「あ、えーと、すみません、ちょっと無理そうです。この顔を持ち上げるのもちょっとできそうになくて……」


 申し訳なさそうに女性に告げる。

 何があったかよくわかっていないが、このすべすべな肩から自分のほっぺが離れないのだ。しょうがない。


「そうね。次の街まで背負ってあげるから、そのままでいいわよ」


 そうだけ言うとまた歩き出す。


「それにしても、……目を覚ましてくれて安心したわ。ひどい怪我だったからもうダメかと思ったけど」


 怪我? うーん。全身だるいがどこも痛くはないけど……。何があったんだっけか。


「そんなに寝てたんですか?」


「ええ、そうね。私があなたを見つけてから今日で二日目よ」


 なんだって? ということは最低は丸一日も目を覚まさなかったのか。

 ――と日数を計算したところでようやく眠る前の出来事を思い出す。


 確か竜に襲われて、気を失って、目が覚めて、助かったと思ったら……。

 あのとき起こったことが一気に頭の中を駆け巡る。

 そして最後に自分を助けてくれず見捨てた最後のセリフがフラッシュバックする。


『おとなしく死んどけや』


 思い出したことで当時の恐怖が蘇り、顔から血の気が引き動かないはずの体がガクガクと震えだした。


「……大丈夫?」


 急に背中で震えだした俺に心配になったのか、一旦背中から下ろした後に前で抱っこするように抱える。


「よしよし。怖かったねえ。もう大丈夫だよ」


 小さい子どもに言い聞かせるように頭を撫でる。ちょうど顔面をその胸に埋める形になっているが、恐怖で震えるアフィシアはまったくそのことに気づいていない。

 だが、この暖かさに包まれているうちに落ち着いてきた。少し冷静になったことでひとつの懸念が生まれる。


 ――この人は、大丈夫なんだろうか?


 今現在、激しく人間不信に陥っていると自覚する。あんなことがあったのだ。仕方がないと思う。こうして自分を心配してくれる人まで疑ってしまう。

 だから確認せずにはいられなかった。


「あなたは……、わたしを助けてくれるんですか……?」


 肌は透き通るように白く、さらさらで腰まである髪も真っ白だ。そして瞳は真っ赤な色をしている。生まれつき色素のないアルビノというやつだろうか。

 そして声に(たが)わぬ整った顔立ち。どこかのお姫様と言われても違和感がないほどだ。


「大丈夫。何も心配はいらないわ。あなたを助けてあげたいの。何があったのかは聞かないけど、よっぽど怖い思いをしたんでしょう。お姉ちゃんに任せておきなさい!」


 元気よく安心させる笑顔で彼女は言った。


 助けた相手に怯えた感情を抱かれてさぞ不快に思われるかと予想したが、どうやらはずれたようだ。

 俺を抱き上げながらなおも子どもをあやすような優しい声音で安心させるように何度も語りかけてくる。


「……ありがとう」


 目的はわからないが、とりあえずの危険はないだろう。というか目覚めてしばらくたつけどそろそろ限界だ。腹減った。


「……おなかすいた」


「あははは。じゃあお昼ご飯にしましょうね」


 適当に休憩できる場所を探すと大き目の岩の陰に俺を降ろす。そして腰のポーチからシートを出して敷き、着ていたローブをその上に広げてから改めて俺をローブの上に運んで寝かせる。


「どうせ動けないでしょうけど、ちょっと待っててね」


「はい。ありがとうございます」


 ローブを脱いだ彼女を改めて注視する。

 腰には大小サイズの違うナイフを二本と、何か木で出てきているのか、先端に宝石のようなものがはまった杖らしきものを携えている。

 鎧の類は装備していないようだ。杖を持っていることから魔法使いだろうか。


 うん。今更だけど、この人誰だろう?


 魔法使いという職業の人物に俺は会ったことがない。低レベル魔法を使える人は僅かに訓練施設にはいたが、それだけだ。

 軍には魔術師団があるのだから、魔法使いと呼ばれる人たちはそちら所属になってしまう。


 そういえば王都もどうなったんだろう。ついでにここはどこだろう。

 あたり一面岩場だけど、王都の南側かな……。

 お腹は空いているが頭が平常心を取り戻したのか、いろいろと疑問がわきあがってきた。

 わからないことだらけで困惑の表情を見せながら彼女を見つめる。


 彼女はテキパキと昼食の用意を続けている。

 腰に提げている大き目の袋から干し肉や黒パン、水、鍋などを取り出していく。

 うん。明らかに袋の大きさよりも取り出す物体のほうが体積があるな。


 そういう魔道具があるのは本で読んで知っていたが、実物を見るのは初めてだ。

 目を丸くしているとそれに気づいた彼女が微笑んできた。


「マジックポーチは初めて見るかしら?」


「はい。とっても不思議ですね」


 付与する魔力量によって内容量が変わるらしく、素材によっても込められる魔力量が変わるという代物だ。


「お嬢ちゃんは……」


 呼びかけようとしてお互い名前も知らないことにようやく気づいたのか苦笑する。


「あ、わたしはアフィシアと言います。よろしくお願いします」


 先手を取ってこちらから自己紹介をする。動けないので心の中でお辞儀をしておく。


「あはは、そういえば名前もまだ聞いてなかったわね。私はティアリス・フォールグレンよ。ティアって呼んでね」


 しゃべりながらも手を休めることはない。適当に石を組んでかまどを作っていき、俺を寝かせた木の裏側に落ちている枝を拾って燃料にすると、薪に向かって手をかざす。

 ――と、不意に炎が上がった。


「えっ?」


 詠唱がない? 少なくとも自分には聞こえなかったぞ?


 何事もなかったかのようにティアは水と干し野菜と干し肉を入れた鍋を火にかけていく。


「あっ」


 驚いた顔をしている俺を覗き込んで何か失敗に気づいたのか、眉を寄せて困惑した表情になる。


「魔法って、無言でも発動するんですか……?」


「うーん」


 俺の疑問に観念したかのように唸るティア。


「そうねえ。アフィシアちゃん魔法に詳しいのね?」


 会話を続けながらも鍋をかき混ぜる手は止めない。


「はい、低レベルですけど、いくつか魔法は使えます」


「へえ、その歳で……」


「でも、あんまり才能はないみたいです。威力が一般人より低いままで、ぜんぜん上達しないから」


「あら、そうなの。

 ――さあ、ご飯できたわよ。魔法の話は後でもできるから、今はご飯食べて体力を回復させましょう」


 寝かせている俺を抱え上げて膝の上に乗せるティア。

 スプーンでスープをすくい、ふーふーして冷ます。


「はい、あーんして」


「えっ? あ、はい」


 なんとなく気恥ずかしさを感じてしまう。が、どうせ動けないし、体力回復は最優先事項であるので拒否などできない。

 言われるがままに昼飯を完食する。

 そして膝の上で今度はティアが食べ終わるのを待っていたのだが、まだ回復していない俺はすぐにそのまま寝てしまうのだった。




「あれ?」


 次に気がついたときはまたティアの背中の上だった。


「おはよう、アフィシアちゃん」


 顔を上げて辺りをキョロキョロと見回す。

 日が傾いており、そろそろ沈んで見えなくなりそうだ。街道周囲はゴツゴツとした岩場になっており、森はもう見当たらない。


「あ、おはようございます」


「あはは。昼間も思ったけど、そんな丁寧な話し方じゃなくていいから」


「えっと、わかった……」


「そうそう。子どもは子どもらしくね」


 むう。中身おっさんにそんなこと言われても難易度高いぞ。


「ところで、どこに向かってるの?」


「うーんとねえ、私は商国から来たから、キングバルズ王国へ行こうと思ってるの」


「王都は通り過ぎちゃった……?」


「うん。アフィシアちゃんを知ってる人を一日中探し回ったけど、誰もいなかったんだよ……」


 申し訳なさそうに顔を伏せるティア。

 王都中をくまなく俺を背負ったまま走り回ったが、俺を知る人物には一人も出会わなかったとのことだ。

 うーむ、確かに副隊長は『王都に行け』とは言ってた気がするが、具体的な場所の指示もなく王都とだけ言われても俺としても心当たりのある場所はない。

 ティア曰《いわ》く、王城も完全に崩壊していたようで、国を維持するのも無理なんじゃないかという話だ。どちらにせよ周辺国へ組み込まれるか、王国領内各街の領主が自主的に他国へ庇護を求める可能性もある。

 カロン王国にとっては裏切り行為に他ならないが、王国が王国として機能しないのならばそれも無理からぬことだ。


 そういう意味でなら『軍』もどうなるんだろう。

 メイド長や料理長、レイレイなど気になる人はいるが、軍そのものには興味がないな……。

 というか無給で働くなんてどうかしてる。副隊長もみんな逃げたと言っていたし、大丈夫なんじゃないだろうか。

 逃げ切れたと思った自分の末路を棚に上げてそんなことを思う。


 ああ、そう思うとむしろこれは好都合なんじゃないだろうか。むしろ自由になれるんじゃ……?


「あ、大丈夫です。わたしは捨て子なので……」


 むしろ王都を離れたいとそれとなく伝えてみる。軍の関係者ということはなんとなく伏せておく。信じてもらえそうにはないが、何より言ってしまえば王都に戻る理由になってしまう。


「そうだったの……。でももう大丈夫よ。お姉ちゃんが一緒にいてあげるから!」


 が、なぜか姉オーラを出して急に元気になる。

 なんだこの人。悪い人じゃなさそうだけども……。


「は、はい。なので行き先はどこでも大丈夫です」


「そう。よかった。私も一人旅はちょっと寂しかったの」


 うん。自由になると言っても、俺も一人はちょっと心細いかな。なんだかんだ言って、この世界で一人で生活したことないし。


「そういえば、ティアは商国出身なの……?」


 自分の境遇を話したところで、今度はティアに聞いてみる。商国から来たと言っていたのでそこが出身だろうか?


「ううん。私は――魔大陸出身の魔族なのよ」


 なんと。衝撃の事実である。余り詳しくはないが、獣人や人族と魔族は、お互いにほとんど交流がないと聞いていた。こんなところで会えるとは……。

 むしろ人族じゃないと聞くだけで、だけなぜか安心感が沸いてくるほどだ。ひどい目にあったからかな?


「へえ、そうなんだ。なら――、安心だね」


「えっ?」


 俺の言葉を予想していなかったのか、驚きの声が上がる。だが、追求されてもあまり答えたくはない話題なので、話を変えることにする。


「それよりもお腹が空いたからご飯にしようよ」


 あまり腹は減ってないが、普通ならそろそろ夕食だろう。それに飯を食えば早く体力が戻る気がするし。


「そうね。お腹すいたし、ご飯にしようか」


 俺を背中から降ろして夕食の準備を始めるティア。動けるようになったので手伝おうかと思ったが、怪我人は寝てろと諌められおとなしくしていることにした。

 そして動けるようになったはずではあるが、なぜかまたご飯を食べさせてもらうことになる。


「はい、あーんして」


 美人に食べさせてもらえるなど役得ではあるので素直に従っておく。


「今日はこのまま野営ね」


 そう言うと腰のポーチからテントを張って組み立てる。一人用の小さいものではあるが、子どもの俺であれば入れる隙間はありそうだ。なんだかドキドキしながらティアの隣にもぐりこむ。

 当のティアはと言うと、目を閉じて何か集中しているようだ。と思えばその手が淡い輝きに包まれた。その手を地面にタンっと付けると一息つく。


「ふう。魔物避けの結界を張ったよ。これで魔物に襲われないと思うから大丈夫」


「へえ、そんな魔法があるんだ」


 何の属性だろうかと考えを巡らせながら素直に関心していると、こちらを見ていたティアが急に笑顔になり、両手を胸の前でパンっと合わせる。


「そうだ。アフィシアちゃんに私が魔法を教えてあげる!」


 いいこと思いついたと言いたげににこやかだ。心なしかお姉ちゃんオーラも出ている気がする。

 しかし魔法の扱いに優れた魔族に教わるというのは心強いのではなかろうか。苦手意識のついてしまった魔法の強化ができるかもしれない。


「これでも私、魔法は得意なんだ」


 エヘンと胸を張るティア。形のよい双丘が強調される。眼福である。


「いいんですか?」


「いいのいいの」


「ありがとう、ティアお姉ちゃん」


 なんとなく空気を読んで、お姉ちゃんと呼んでみた。

 途端に目を見開いてこちらを凝視するティア。その口元は緩んでいる。


「ああ、アフィシアちゃんかわいい」


 もう我慢できないとばかりに、いきなりぎゅっと抱きつかれる。


「その銀髪が妹そっくりで、ほっとけなかったのよ」


 頭をなでなでされながらようやく納得がいった。

 なぜ俺を助けてくれたのか少し疑問だったのだが、そういうことか。


「さあ、もう寝ましょうか。明日には次の街に着くはずよ」


「はーい。おやすみなさい」

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