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ホムンクルスの育て方  作者: m-kawa
第二章 魔族編
12/37

012 ティアリス・フォールグレン

視点が変わります

「なんてひどい……」


 ティアリス・フォールグレンは、目の前の惨状を目にしてポツリと呟いた。

 森の中の街道には、無残な姿を晒した死体がぽつぽつと転がっている。


 突然訪れた天災――(ドラゴン)から逃げるようにして王都を抜け出した街道での光景である。

 まだ昼前であるが、十分に登りきった太陽が悲惨な状況をこれでもかと照らして見せ付けてくる。


 なんとか生きてる人はいないか気をつけて見て回る。が、そもそもパッと見た目で手遅れだと分かる姿をしている人物のほうが多い。

 そんな中、街道脇で一人の少女を発見する。どう見ても手遅れだろう。右わき腹が大きく抉れているのが見て取れる。


 が、どうも気になる。その銀髪が妹に似ていたからかもしれない。

 顔を顰めながらもそっと窺うように彼女は少女に近づいた。




□■□■□■




 追い出されるように国を出て、どうせなら世界を見て回ろうと立ち寄った小国でそれは起こった。まったくもって運のないことだ。

 行き先を決めた理由など特にない。最初に逃げやすい方向に逃げたのがきっかけで、そのまままっすぐ行こうと、単純にそう思っただけだった。


 魔族の住まう魔大陸――グロウニグルという大陸が、カロン王国の東、ローグローズ商国の先の海を越えたところにある。

 痩せた大地ではあるが鉱物資源が豊富で、魔大陸の名前が示すとおり、魔力が濃い土地でもある。

 そのため生息する魔物は大型で強力なものも多く、生きていくにはなかなかに厳しい大地とされている。


 その大地に住まう魔族という種族は、その環境からか非常に魔法を扱うことに長けている。また長寿であるためにあまり数がいないことで知られていた。

 外見は人族と変わらないが、浅黒い肌をしており感情が高ぶると瞳が赤く変わるといわれている。

 彼女はそんな大陸出身の魔族であったが、その見た目においては一般的なそれとまったく異なるものだった。


 肌は透き通るように白く、細くさらさらとした髪も同じように真っ白で、その瞳は普段の平常時の状態であっても赤々としている。

 生まれたときから奇異の目で見られ、それは例え両親からとても例外ではなかった。

 ただしそれでもひどい扱いを受けなかったのはひとえに魔法の才能故だろうか。

 いや、才能に嫉妬する目がある分、気苦労は多かったのかもしれないが。


 しかしそんな彼女にも心のよりどころはあった。

 妹である。

 彼女の妹だけは自分を慕ってくれる唯一の存在であった。

 妹のおかげで自分は腐らずに生きてこれたのだと思う。

 髪の色が自分と似たような銀髪だったこともあるのだろうか、十も歳の離れた妹はそれはとても可愛かった。


 しかしそれも成人――十五歳を迎えたときに終わりを告げた。

 結婚の適齢期ではあるが、もちろん相手などいるはずもない彼女は、家を追い出されることとなる。

 通常であれば実家で過ごしながら相手を探すものではあるのだろうが、彼女の両親はそれを良しとはしなかったのである。


 そして彼女は決意する。この大陸にいたところで結果は見えている。どうせ誰も相手にしてくれない。ならばとる手段は一つ。

 人族から見た魔族の印象は良いものではない。海を挟んでいるとはいえ、商人の国と言われるローグローズとまともに貿易も行われていないことからもそれは窺える。

 だが彼女には勝算があった。この魔族らしくない見た目であれば大丈夫なのではないかと。海を渡り人族の住まう地に足を踏み入れても受け入れてくれるのではないか……と。


 ――そして海を渡ったのだが結果としては、予想と違って散々だった。

 いや、一般的な魔族が相手であればもっとひどい対応をされるのだが、そんなことは彼女はわかるはずもない。

 しかし魔大陸にいたときと違い、友好的な人もいたことは確かだ。それに身内に嫌味を言われるよりは赤の他人から言われるほうがまだマシというのもある。

 予想とは違ったが、魔大陸を飛び出してよかったと思えた。


 そしてローグローズ商国を超えてそのまままっすぐにカロン王国へとたどり着いた。

 いくつかの街を経由し、適当に観光して次の国へ行こうと思っていたのだが、王都へ到着した頃に少し興味が沸いてきたものがあった。


 なんのことはない、森である。


 彼女の故郷を含め、このカロン王国に来るまでに地図上で『森』と名の付く領域を見たことがなかった。

 故郷は基本的に痩せた大地がほとんどを占めるため、木というのはまばらに生えているものしか見たことがない。

 ここに来るときに通ったローグローズ商国においても、森というものは近くにはなかった。


 なので、ちょっとだけ覗いてみようかな、というただの興味本位で、王都の北にあるアズーラの森の中を走る街道に足を踏み入れていた。

 だが、それが幸いしたのか。自身がその脅威に直接晒されることは免れたようだ。


 羽音が聞こえたかと思うと、次の瞬間に背後で衝撃音が響き渡り、何かの唸り声ともつかない叫び声が木霊する。

 振り返ると背後に(ドラゴン)が目に飛び込んできた。

 その瞬間、脊髄反射のように見つからないように街道脇の森の中に飛び込んだ。


「な、なんで、こんなところに、竜が……!」


 魔大陸では大型の魔物を相手にすることもある彼女であるが、さすがに竜は例外だ。その硬い鱗には魔法に対する耐性も併せ持つ。

 ここは逃げに徹するほか選択肢は存在しない。


 竜を倒すということとなれば、熟練の戦士や魔法使いなどが最低でも百人以上は必要だと言われている。

 世にいる魔王という存在ともなれば、竜相手でも一人で勝負が成り立つ可能性もあるが、それに並ぶような強者はこの小国にいるという話は聞いたこともない。

 訪れて早々ではあるが、この国はすぐに出たほうがいいかもしれない。


 木陰に隠れていると、ちらほらと王都からこちらの街道へ逃げる人も現れ始める。

 そんな逃げる人を竜に追いかけられでもすれば、隠れているこちらも危険だ。かと言って逃げる人と同じ方向へついていけば、それを追って竜が来た場合に一緒に轢かれる危険もある。

 ここは街道から離れる方向へ少し森の奥へ入り、また王都から離れすぎず、近すぎずのところで様子を見ることにする。


 初めて入る森の中は非常に歩きにくいものだった。ただし、そこに好奇心の類はもうすでに存在しない。ただただ脅威から逃げるために必死だ。

 しばらく進み、僅かに平らな部分を発見するとそこに座り込んだ。日は沈み、辺りは薄暗くなっており進むにしてももう限界だった。

 竜に見つかる恐れもあるため明かりを灯すことにもためらわれたこともある。今日はもうここで休もう。


 火を使わずに食べられるもので軽く夕食を済ませると、魔法で魔物避けの結界を張り、軽く眠ることにする。

 竜の脅威もあるので、逆に魔物も寄って来ないだろうという算段である。それに結界があれば万全だろう。


 もうあたりも暗い。テントは張らずにシートだけ敷いて虫除けのための布だけかぶる。

 軽くうつらうつらしているところで羽音が聞こえた。


 一気に意識が覚醒する。辺りを見回すが、森の中の暗闇と言うこともあり、羽音の正体はまったく見えない。

 ただ、王都に向かっているようだということは音の方向でわかったので、ひとまず脅威はないと判断する。

 竜相手では意味がないが、念のために魔物避けの結界をもう一枚張り、眠ることにする。


 起きたのは夜明け前だ。辺りは薄明るくなっている。結界も無事役目を果たしたようだ。

 魔法で水を生成して顔を洗い、軽く朝食を摂ると敷いていたシートと布を片付けて街道まで様子を見に戻ることにする。


 辺りに竜の気配はないようだ。王都方面へ目を向けると、家々が燃えているのだろうか、煙があちこちから立ち昇ってはいるが、もう静かなようだ。

 とはいえすぐに王都に戻る気は起きないので、街道を進んでみることにした。


 そして数時間歩き続けたあとに冒頭の光景に出くわすことになる。




□■□■□■




 しばらく少女を観察していたが、ある違和感に気がついたのだ。


 ――この子、まだ生きてる!


 急いで治癒魔法をかけるために集中する。まずは怪我のひどいわき腹だ。

 手をわき腹に添えるようにかざし意識を集中すると、淡く白い輝きが包み込む。そして何度も何度も治癒魔法をかける。


 腕の骨折も見られたため、他に怪我がないか丹念に調べて治癒魔法を施していく。


「ふう。これで見た目の怪我は全部治ったかな」


 地面にシートを敷いた上に纏っていた黒いフードつきローブを敷いて少女が寝かされている。

 怪我が治ったからか、呼吸は先ほどよりも落ち着いているが起きる気配はない。

 思ったよりも綺麗に怪我は塞がっていた。怪我の具合と自分の治癒魔法の力量からすると、絶対に痕が残ると思っていたのだが読み違えたか。


「大丈夫かな……」


 目覚めることを祈りながら自身もしばらく休憩する。

 惨状が目の前に広がっているが、少女をここから動かすことも少し憚られたためだ。

 もうしばらく、安静にしておこう。


 妹そっくりな少女を眺めながら、ただただ時間だけが経過する。

 風上だったのが幸いしたのか、惨状に見られる臭いはこちらにまで届かないが、そろそろ限界だ。

 シートを片付けてローブを羽織り、少女を背負うと王都までの道を戻ることにした。




 数時間かけて王都まで戻るも、少女はまだ目覚める気配がない。

 どうやら脅威は去ったようだ。だがその爪痕は大きい。


 街道と王都を仕切る門だったところを通り抜け、王都内部へと入っていく。

 黒いフードはかぶりなおし、背負っていた少女は今はお姫様抱っこの形に収まっている。

 自分の風貌は目立つのでフードをかぶりたいのだが、そうすると背中の少女の様子が分かりづらかったためだ。

 とりあえず少女の身内がいないか王都を駆け回ることにした。


 家々は崩れ去り、一部はまだ炎がくすぶっているのか煙を上げている。街を守る外壁はあちこちが崩れ去っており、壁の役割を成していない。

 家の前で立ち尽くす男。崩れ去った家の中の瓦礫を撤去する男。傾いた家の前で座り込む女。

 歩きながら少女の知り合いがいないか片っ端から声をかけていった。中央広場に集まる人たちにも声をかけた。無事だった一階を開放している食堂にも顔を出し、王城前広場や貴族エリア、商業エリア、果てはスラムにまで足を運んだ。

 けが人を集めた場所にも顔を出し、重傷者を治癒魔法で治しながらも少女の知り合いを探すことは忘れない。

 しかし残念ながら少女を知る人物にはまったく出会えない。


 少女を守ってくれるかもしれない人物に出会えないことに不安を感じるが、逆に今まで一人で旅をしてきた寂しさがなくなるかもという期待が膨れ上がる。

 まだ目覚めない少女を心配しつつもそんな葛藤を内に抱え、一日中王都を走り回るが結局少女を知る者は誰もいなかった。


 ちなみに王城であるが、割と被害が大きかったらしく、今では見るも無残な姿になっていた。

 大きい建物は目立ったのか狙われたようである。

 もうこの国はダメかもしれないな……。明日朝一で王都を出ようと決意する。

 避難場所として開放された崩れた倉庫の一角を借りて、少女を抱きながら眠るのであった。


 翌日、夜明けとともに王都を出ることにする。さすがにこんな状態の王都で食料調達も難しいだろうし、手持ちの保存食の残りも心許ない。さっさと次の街へ移動しよう。

 東から来たから今度は南へ行くか。少女を抱えなおして出発する。


 目覚めないが特に呼吸などの乱れはない。安定しているように見える。しかしいい加減目覚めて何か口にしてもらわないと、今度は体力面が心配だ。

 南の街道に出てから軽く朝食を摂り、またもや歩き出す。

 そんなことを考えながら歩いていると、背中の少女が身じろぎするのを感じた。

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