表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホムンクルスの育て方  作者: m-kawa
第一章 カロン王国編
11/37

011 カロン王国 -後編-

残酷な表現があります。

胸糞悪い表現もあります。

 空を飛ぶ生き物は一体だけではなかった。

 木々の隙間から見えるだけでも三体は見える。


 (ドラゴン)が住まうと言われるニルガルナ霊峰から来たのだろうか。

 来た方向としては間違っていない。


 本当にいたのか。

 ずっと噂だと思っていた。たまに霊峰へ目を向けることもあるが、竜の影すら見たことがない。

 見たという話すらも聞いたことがなかった。


 この山については伝説に語られる竜であるが、竜そのものが実在しないわけではない。

 実際にこの大陸の南、キングバルズ王国を超えてさらに南にある山には竜が住んでいるという。

 また、海を越えたどこかの島には、竜が住まう島があるのだとか。


 歴史においても竜は数々登場する。

 竜を打ち倒して得た財産で国を興した建国王の話もあれば、現存する魔王のうちの一体が竜であるなどの話もある。

 カロン王国史においても、建国時にこの霊峰の竜が登場するのだが、歴史家曰くあまり信憑性はないと主張する者もいる。

 ああ、魔王というのは複数いるらしい。と言っても世界征服を企む悪の王というものではない。


 主に魔族が住まう魔大陸という陸地が存在し、そこに点在する国を治める者を指すことが多い。ただし、例外なく戦闘力は高くチート並みとのことだが。

 中には世界中を旅してふらりと姿を現す魔王もいるとかいないとか。


 それはともかく。

 そんな歴史の中には、竜に滅ぼされた国(・・・・・・・・)もあるという。


 現状空飛ぶシルエットは、その輪郭だけを見てもあれは紛れもない竜ではないだろうか。

 いや、実物の竜は見たことはないが、いくつかの本には竜の挿絵なども描かれており、シルエットだけなら似ている気がするのだ。


 しかし飛び去っていく方向がまずい。あれは王都方面じゃないのか。

 空を飛ぶシルエットの目的はわからないが、あんなものが王都に近づいているとなると嫌な予感しかしない。


 ああそうだ、祠など探している時ではないはずだ。

 戻って何もなければ問題ないのだ。また改めて祠に向かえばいい。


 一気に樹上から飛び降りたところで、訓練施設に向かって竜を追うように駆け出した。




 さすがに三日離れた場所だけあって訓練施設までは遠い。

 あれからさらに一日が経過した夕方となっている。

 一睡もせずにひたすら走り続けているが、まだ訓練施設は見えてこない。そろそろのはずなんだが……。


 とっくに竜の姿は見失っていたが、さすがにその後を追いかけているせいか、幸いなことにここに来るまでに魔物と遭遇することはなかった。

 やはり魔物と言えど、竜の脅威には敏感なのだろうか。


 ふと前方上空を見上げると煙が上がっているのが木々の隙間から見えた。

 嫌な予感は膨れ上がるばかりだ。

 煙の出所が訓練施設でないことを祈りながら、走る速度を上げる。


 メイド長や料理長、レイレイの姿が思い浮かぶ。副隊長は……、まあいいや。

 自分が戻ったところで何ができるというものでもないだろうが、それでも世話になった人たちである。


 そんなことを考えていると、前方に壁が見えてきた。見覚えのある訓練施設の壁だが、ところどころ崩壊している。

 わざわざ門から入るのも馬鹿らしいので、崩壊した壁を目指す。

 と、三メートルはあるはずの壁の向こう側に動く何かが見えた。


 ドンッ!


 と思ったそのとき、ソレが爆発した。

 何かの攻撃を受けたのかもしれない。煙に包まれてよく見えないが、こちらも立ち止まるわけにはいかない。

 すでに周囲から木々はなくなっており、障害物がない大地は走りやすくなっている。


 ほどなく壁際にたどり着くと背中を壁に付け、崩壊した隙間から中を覗き込む。


 もともとそんなに人がいなかったこともあり、目に付く範囲に人の影はない。

 原型を留めている家はほとんどなく、木造の家屋にいたっては勢いよく炎を上げて燃えている。


「なんだよこれ……」


 屋敷がある方向に目を向けると、そこにソレはいた。


 こちらに背を向けてはいるが、昨日見たシルエットと合致するところが多数見られる姿形をしている。

 がっちり太い首に大きな翼、それに長い尻尾だ。全体的な体の色は赤だろうか。晴れてきたとはいえ、まだ薄い煙があたりに漂っているため判別はできない。


 壊れた家屋の陰に隠れながら屋敷へと近づいていく。屋敷も一部から火の手が上がっているようだが、全壊とまではいっていないようだ。

 そして近づくにつれて徐々にその相手の全体像が明らかになっていく。


 ゴツゴツとした赤い鱗に全身を覆われた竜である。どうやら何者かと争っているように見える。諜報部員の誰かだろうか。

 先ほどの爆発は誰かが発動した魔法なのかもしれない。見た感じまったく効果は出ていなさそうだが……。


 並の人間では歯が立たないと言われているが、戦闘要員ではないと言えども諜報部も軍の人間である。

 ……いやしかし、目の前の竜を見ているとなんとかなるとは到底思えないな。威圧感パネぇし。

 そんな竜が尻尾を右側へしならせたかと思うと、反対側へ向かって一気に放つ。


 何かが吹き飛ばされて宙に舞う。よく見ると人型をしているが、どこかで見たような気がする。

 一瞬ではあるがその人と目が合った、ような気がした。


 誰だかわかった瞬間駆け出していた。

 竜を迂回するように走り出す。相手に気づかれるかもしれないという用心など吹き飛んでいた。

 あれはボルドル副隊長だ。あの人があんなにあっけなく吹き飛ばされるなんて。

 俺がまったく相手にならない副隊長を軽くあしらう竜に敵うはずもない。


 竜の横を走り抜けながらどうすればいいか考えるが、いい策など思いつくはずもなく。

 むしろなんで戻ってきたのかすら今では疑問に思うほどだ。


「なんで戻ってきた! 逃げろ!」


 そこにボルドル副隊長から怒声が上がる。まさに考えていたことを言い当てられ、とっさに言葉が出ない。

 盛大に吹っ飛んでいたわりには元気そうだ。安堵のため息をつくと、後ろから竜が動く気配がした。

 足に力を入れて大地を蹴り、前方へ転がり込む。


 と同時に、さっきまで自分のいた場所に竜の翼の先端が突き刺さった。

 突き刺さった地面が五十センチほど抉れている


 あぶねー。危うくミンチになるところだった。


 すぐに起き上がり副隊長の隣に並ぶ。


「すみません、皆が心配になって戻って来てしまいました……」


「他の人員の避難は済んでるんだ。余計な仕事を増やすな!」


 副隊長に怒鳴られながらもその言葉に安堵する。よかった。皆大丈夫なんだな。


「お前も早く逃げるんだ」


「副隊長はどうするんですか!」


「お前が逃げる時間稼ぎができたらオレも撤退する」


 そんなやり取りをする間にも竜はこちらに近づいてくる。


「あっちだ、早く行け!」


 屋敷を背に負い竜と対峙しながら左側を指す。あちらは門がある方角だ。


「ひとまず王都へ行くんだ!」


 それだけ言うと竜へ向かって駆ける副隊長。


「くそっ!」


 俺が逃げないと副隊長も逃げられないのだ。後ろ髪を引かれる思いで門に向かって走りだした。

 今は逃げることだけ考えよう。皆無事だとわかったんだし。とりあえず王都だ。


 門を抜けるところでまた爆発音が後方から聞こえた。振り返るも煙が見えるだけで様子は窺えない。

 戻るわけにはいかない。早く皆と合流しよう。


 ――街道をひたすら走る。もう二時間は経っただろうか。とっくに日は沈み、辺りは完全に暗闇に覆われている。

 今日は月が出ていない。とは言え星明りだけでも森と開けた街道の区別くらいはつくので迷ったりはしないが。


「万物の根源たるマナよ。我が手に集いし力となれ。『トーチ』」


 だが足元が見えないといつ転ぶかわからない。魔法で明かりだけでも灯す。

 あまり明るくはないがないよりはマシだ。


 そういえば腹減ったな。一日以上なにも食べてない気がする。

 ポーチからフォレストウルフの肉を取り出して腰のナイフで刺すと、先ほど魔法で生み出した炎の明かりで肉を炙る。

 あくまで明かりのみの炎だ。熱は余り発生しないので時間をかけてじっくり焼く。


 歩きながら焼いていると肉の焼けるいい匂いがしてくる。そろそろいいかな。

 食べながらも足は止めない。

 狼の肉は淡白だ。やっぱり塩くらい欲しいな。


 食べ終わったらまた走り出す。長いこと休憩もしていないが気にしていられない。

 街道でも魔物は出ることがないようだ。足止めされることなく王都へとひた走る。


 さらに二時間は走っただろうか。前方の空が赤く燃えているような気がする。

 王都は夜間も明かりが灯っているのか……? いや、そんなわけないよな。

 同時に風に乗って血の匂いが漂ってくる。

 またも嫌な予感がする。


 魔法の弱い明かりに照らされて、それは目に飛び込んできた。

 街道に人が血を流して倒れている。一目見て手遅れだとわかる有様だ。

 中には原型を留めていない人だったものの遺体や、大きな爪で抉られた痕のある遺体などさまざまだ。


 顔を顰めながら進む。

 知り合いの顔がないことを祈っていると、背後から羽音が聞こえてきた。


「――っ!」


 おそるおそる振り返るが暗闇のせいでよく見えない。空を飛ぶ者の気配の読み方というのも苦手であるが、それでもあの大きさがすぐ見えないことに不安を覚える。

 もしかしてただの鳥だったのかな。そう思い始めたとき、後ろで地響きがした。


 あわてて振り返ると、魔法の明かりの先に赤い竜が見える。

 追いつかれたのか? 確か副隊長が足止めを――まさか!


 いや、もしかしたら別の竜かもしれない……。落ち着くんだ、俺。


 くそっ、そもそもどうして見つかった!


 トーチの明かりをつけたままであるが、考えがまとまらない頭ではどうしようもない。


 竜は翼を振りかぶるが、明かりが届かない翼は暗闇の中でアフィシアは気づいていない。

 威圧感のため一歩後ろに下がる。

 その行動が生死を分けたのか。


 振り下ろされた翼がアフィシアのわき腹へ吸い込まれる。

 激しく吹き飛ばされ地面に叩きつけられ転がると、街道脇の木へ激突して止まる。


「……がはっ!」


 そしてその衝撃でアフィシアは意識を失った。



□■□■□■



「うっ」


 全身に走る激痛で目が覚める。


 辺りは薄明るくなっておりもう夜明けだろうか。おかげで周辺の惨状がありありと目に入ってくる。

 血で染まった街道にはところどころ人が倒れている。街道に沿って木々もなぎ倒されており、生きている者は見当たらない。


 助かったのか……?


 王都方面を見ると未だに燃えているのか、黒い煙が激しく立ち昇っている。

 竜はもういないようだ。

 自分の体を見下ろす。


 右わき腹がひどい。見なきゃよかった。生きてるのが不思議だ。これもホムンクルスの特性か?

 血は止まっているようだが、地面に流れた血の量がやばい気がする。いや、もうほっといたら死ぬな……。


「はは……」


 力なく笑うがほとんど声になっていない。

 そのとき遠くから人の声がしてきた。


「こりゃヒデーな」


「ははっ、しょうがねえさ。あんなもんに出会って生きてるだけで奇跡だぜ」


 どうやら二人組みらしい。俺助かるかな……?

 なんとなく安堵の吐息が出る。

 何かを探しながら歩いているのか、それらしい会話が聞こえてくる。


 街道脇の木にもたれかかっているが、自分に気づいてくれるだろうか。ほとんど声は出ないし。

 若干不安になっていると、視界に二人の男が入ってきた。


「おっと、ここにもあった(・・・)


 キョロキョロしていたようでこちらに気づいてくれたようだ。

 剣を何本も抱え、手に提げた袋からはジャラジャラと音を立てて近づいてくる。


「大丈夫ですかー?」


 まったく感情のこもっていない棒読みで話しかけてくる。なんだか様子がおかしい。

 視線を上げて男を見つめる。


「おお? こいつ生きてるぞ」


「マジか」


「まあいいんじゃね? どうせほっときゃ死ぬだろ」


「そうだな」


 えっ? 何? どういうこと?


 戸惑いながらもこちらとしては体が動かせないので声を振り絞るしかない。


「……た、たすけて……ください」


 しかし聞こえていないのかわからないが反応してくれない。

 そのまま目の前までくると腰をかがめてこちらの懐を漁りだした。

 腰の袋に入れたフォレストウルフの牙と爪と、腰に挿したナイフを持っていかれる。


「……な、なんで」


 絶望に震えながらも必死に声を絞り出す。

 何をされているのか理解できない。

 こんな状態なのになぜ助けてくれないのか。


 頭は混乱しながらもなぜか涙が流れてくる。


「お、こいつは……、フォレストウルフの牙と爪か? いいもん持ってんじゃねーか」


「このナイフもなかなかのもんだぜ」


 俺から回収した物を目の前で品評する二人の男。


「た、たすけて……」


 何度も声を絞り出して助けを求める。

 が、二人の男には届かない。

 なんでだ。


 なんで誰も助けてくれないんだ。


 ここで俺は死ぬのか?


 奈落の底に落ちていくような感覚が襲ってくる。


 生前に波に飲まれて沈んでしまったときと比較にならない絶望感だ。

 あのときは『死ぬ』という感覚がなかった。

 というか今でも死んだのかどうか自覚がないほどだ。


 だが今回は違う。明らかに見た目で助かりそうにない怪我で、出血量も多い。


 なのに目の前の男は助けてくれない。なんの罪悪感もなさそうに見える。まるで放置するのが当たり前かのように。


「うるせえな。おとなしく死んどけや」


 そう言うと右拳を振り上げて頭を殴りつけられた。


 そのまま俺はもう一度意識を失うのだった。

第一章終わりです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
↑クリックで投票できます
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ