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ホムンクルスの育て方  作者: m-kawa
第一章 カロン王国編
10/37

010 カロン王国 -前編-

残酷な表現があります。

 カロン王国の王都は、半ば森に埋もれるようにして山の中腹にある盆地に広がっている。王都を境にして北側はアズーラの森と呼ばれており、王都を中心にして北側を半円に囲むように、軍事系の研究施設や訓練施設が森の中に点在している。

 ここにホムンクルス研究室や諜報部の訓練施設があるのだ。

 そこからさらに北と西の二面を囲うように連なるのが、(ドラゴン)が住まうと言われる山脈、ニルガルナ霊峰である。

 言われている、というのも存在を確認した者はいない。

 カロン王国史における建国当時の話としては出てくるのだが、一部の歴史家曰く信憑性はないと主張する者もいるほどだ。


 一方、南側は平原が多少広がってはいるが、その先はほとんどが岩肌むき出しの岩石地帯となっている。盆地とは言えさすが山の中だ。

 岩石地帯と言えど、整備された街道が南と東へそれぞれ隣の国へ続いており、いくらか山を降りた途中にある盆地に小さい街がいくつかある。それがカロン王国だ。


 あれから一年が経っている。

 だと言うのに、俺はまだ王都に行ったことがない。


 街に入るには身分証が必要なのである。持っていなければ入り口で仮身分証を銀貨一枚で発行してもらわなければならず、有効期限も一週間で切れる。

 街にいくつかあるギルドなどに籍を置けば身分証も手に入るが、年齢も含めて条件が厳しい。

 と言うわけで、この銀貨一枚というのが高いのだった。払えないことはないのだが、自分が自由に使えるお金というものがあんまりないのだ。

 訓練中と言えども諜報部所属……、のはずなのに給料とかは出ない。普通研修中とかでも給料出るだろ? 屋敷でメイドとしても働いているはずなのに給料が出ないのだ。

 なんというブラック企業だ。


 そう。ブラックなのだ。大事なことなのでもう一度言う。ブラックだ。


 俺は今、アズーラの森に来ている。

 足元には植物が生い茂り、若干ではあるが岩肌も見える森である。頭上を見上げるとちらちらと太陽が覗くが、ほぼ葉に覆われており大地には余り日光が届かない。

 ホムンクルス研究室の訓練場の森と比較すると、足場は悪く高低差が激しい。また生えている木の高さも倍の十メートル以上はあるように思う。


 これも訓練の一環だ。北へ三日ほど行ったところにある祠から、とある物を持って帰ればいいらしい。

 ブツは行けばわかるとのことだったがほんとかよ……。まあ正体を明かさないのは捏造対策でもあるのかな。

 しかし往復で一週間か。その間サバイバルしろってどこの軍隊だよ。

 とか思ったけど、諜報部も軍だったわ。しょうがない。


 このために、食べられる植物の勉強とか魔物との戦闘実技、動物の解体などのサバイバル訓練をしてきたわけだが。

 しかしだ、一人で放り出されるとは思わなかった。

 寝てる間に襲われたりしたらどうすんだと反論もしてみたが、『お前なら大丈夫』の一点張りだった。意味分からん。

 まあ実際に問題なかったのだが納得できん。空を飛ぶ魔物がこの森にいないというのもあるが。


 メイド長のスパルタ教育に耐え、料理長の小言に耐え、ストレス発散という名の副隊長のいびりにも耐えてきたのにこの仕打ち。

 まったくもってブラックだ。幼児虐待だ。


 とは言えだ。正直ホムンクルスの俺なら一週間飲まず食わずでもなんとかなりそうだし、食料調達しなくていい分、日程に余裕があるとも言える。

 今の時間帯は三日目のちょうどお昼ごろ。特にお腹が空くわけではないので、食料調達なんぞせずにひたすら北へと向かう。そろそろ祠とやらが見えてきてもおかしくないんだが……。


 というところで何かの気配を察知して立ち止まる。索敵範囲を広げるとどうも囲まれている。この気配はゴブリンだろうか。

 この森は弱いランクの魔物しか出ない。でなければ森に隣接するように王都など作られない。

 それに、森には軍事関係の施設が点在しており、今回の俺のようにサバイバル訓練が実施されても支障がない程度に魔物狩りが行われている――はずである。


「うーん。ちょっと多くない?」


 どうも十匹以上の気配がある。ゴブリンという魔物そのものは群れる習性があるのだが、十以上の集団となると多い。

 遠くのほうから「グギャグギャ」といったゴブリンの声が聞こえてくる。

 獲物を囲んで襲う頭はあるようだが、不意を打つという頭はないようだ。いや、それとも余裕の表れか。


 ひとまず腰から大振りのナイフを引き抜く。見た目もゴツい、いわゆるサバイバルナイフというやつだ。

 両刃ではあるが、片方にギザギザがついており、ノコギリのようになっている。

 諜報部から支給される武器である。いくつか種類が選べたのだが、諜報部というだけあってナイフの類が多かった。剣もあったが自分の体格では扱えそうになかったし、一番丈夫そうなこのサバイバルナイフを俺は選んだ。


 ナイフを右手で逆手に構え、一番近くに気配のする方向へ向き直り姿が見えるのをしばらく待つ。


 ゴブリンと言えば、身長は今の自分と同じくらい――一メートルと少しくらいが平均だろうか。緑色のゴツゴツとした肌に醜悪で尖った鼻が特徴的な顔つきをしている。

 腰に布だけを巻きつけ、手には棍棒というか、太めの木を持っていることが多い。主に森に生息するどこにでもいる魔物である。

 繁殖力が高く、人も襲うので見つけ次第殲滅が基本だ。


「グギャゲギャ」

「ゲギャゲギャ」


 見つめていた先に予想通りの姿をした声の主が見えた。――と同時に相手に向かって駆け出す。


 足に力を込めて大地を蹴る。初速からトップスピード近い速度で駆け出すと一瞬でゴブリンまで接近し、すれ違いざまに首へ一撃を入れ通り抜ける。

 返り血を受けないように、しばらく走ってから足を止めて振り返り、またナイフを構える。

 何が起きたか理解していないゴブリンは、首から血を噴出しながらこちらを振り返ってわめき散らしている。


 残り一匹もこちらを振り返り二匹揃って近づいてくるが、首に一撃食らったほうは出血の影響か足が遅くなっていた。

 一匹だけ突出したゴブリンへまたヒットアンドアウェイである。同じく首に一撃を入れて離れる。


 あとは放置していれば出血多量で倒れるだろう。


 その頃には他のゴブリンも姿を見せていたが、すでに包囲は突破しているので、じりじりと後退しながらヒットアンドアウェイを繰り返して殲滅完了だ。

 最後の一匹は頚動脈を切断した後、放置せずにきちんと止めを刺す。

 結局ゴブリンは十五匹だった。


「ふう。疲れた」


 子どもの体には結構な重労働である。

 しかも返り血を浴びないようにヒットアンドアウェイである。着替えもないので服を汚すわけにもいかない。特にゴブリンって臭うし。

 手近な葉っぱでナイフを拭いて、腰の鞘に収める。


 死体がたくさんできたが、他の魔物がおいしくいただいてくれるだろう。魔力の濃い場所でもなければアンデッドになることもないし。

 と、処理が面倒なのを棚に上げて放置プレイを決め込む。

 さて、さっさと先を急ぐことにしよう。


 もう魔物を殺すことに抵抗は感じなくなっていた。初めて向き合ったときはそれはもうガクブルでしたとも。これ無力化するだけでいいんじゃ? とも思いました。

 でも人間キッカケがあれば変わるもんだね。ぐだぐだやってたら逆に殺されそうになり、恐怖のあまり無我夢中になったところで気づいたら殺ってましたとも。

 そもそも魔物を見逃すとかありえないんだけどね。放っておくと他の人が犠牲になるだけだから。

 そのあと落ち込むかと思ったけどそんな暇もなく実戦の連続だった。やっぱりあの副隊長は鬼だ。相変わらずの不気味な笑顔で「行け!」って魔物を指差すんだもの。

 きっと幼児虐待の趣味があるに違いない。


 そういう意味では今は気楽でいい。謎の圧迫感がないからだ。

 まあ森で一人っていうのも、別の意味で気は抜けないが。


 足元に気をつけながら早足で駆ける。鬱蒼と茂る森を行くのも慣れたものだ。ただし周りの警戒も怠らない。研究室の訓練場と違って、ここは外なのだから。

 レオンに追いかけられていないからか、その分意識を周囲の警戒に向けてもさほど疲れは感じない。


 そこに左斜め前方に気配がひとつ。気づいたところですぐに腰からナイフを引き抜く。

 うん。明らかにレオンより分かりやすい。最初の頃はあまりに簡単に見つけられるので、手を抜いているんじゃないかとも一瞬疑ったほどだ。

 しかしそうではないことに気づくのに時間はかからなかった。戦ってみると弱かったしね。


 にしてもだ。


「この森ってこんなに魔物多かったっけ……?」


 茂みから姿を現したのは狼だ。レオンを一回り大きくしたサイズだろうか、レオンと似た姿だからか威圧感がパネぇ。

 全身が緑色の毛で覆われており、その鋭い牙で噛み付かれれば、幼子など一撃も耐えられないだろう。実際にこのフォレストウルフという魔物は単体で、群れるゴブリンよりも危険度が高いのだ。


 そんな狼がこちらを油断なく睨みつけ、徐々に近づいてくる。


 お、おう……。


 今の俺の身長との比でいうと、初めてレオンと相対したときと同じだろうか。当時のことがフラッシュバックして腰が引けてしまう。

 気配が分かりやすかったことから、レオンより格下なのは確実だが、過去の記憶によって威圧感が無駄に水増しされている気がする。


 だが気持ちで負けていてはやられる。気を引き締めなおし、油断なくいつでも動けるように腰を落とす。

 ナイフを逆手に持ち構えていると、不意にフォレストウルフがこちらに向けて駆け出した。


 ――うん、サイズがでかいだけだな。


 大きく口を開けて左肩口に噛み付こうとしてきたが遅い。

 落ち着いた動作で右足を軸にして左足を半歩引くとフォレストウルフの牙を躱す。

 そのまま目の前に隙だらけで差し出された頭を左手で押さえつけ、首へ向かって下から上方向へナイフを滑らせると、バックステップで後ろへ下がった。


 それでもまだ諦めないのか、先ほどよりは緩慢な動作で首から血を吹き出しながらこちらに向かってくるので、顎を蹴り上げて黙らせたあとに止めを刺す。


 さて、コイツどうしよう。さすがに放置するにはもったいないな。がんばって解体するか。


 一時間ほどかけて欲しい部位の解体が終わった。さすがにサイズがでかいからか、解体に時間がかかった。換金できそうな牙と爪に、今晩のご飯用に少しだけ肉を確保する。あとはまた他の魔物がおいしくいただくだろう。


 しかし疲れた。ここで休むのは危険なので、少し離れたところまで進み、少し休憩することにした。

 地上の魔物に見つかるのもアレだし、いつものように木に登る。ついでに祠が見えるかもしれないし。


 登りやすそうないい感じの木を見つけると、ひょいひょいと登っていき周囲を見渡す。若干登ったせいか、差し込む日光が増える。

 目を細めて周囲を窺うが、祠らしきものは見つからない。


「ないなあ。方向間違えてんのかなあ」


 しょうがないので太い枝に腰を下ろし、幹に背中を預けて休憩する。

 しばらくボケーっとしていると、辺りに暗闇が落ちた。


「……何だ?」


 上空を見上げると何かが空を飛んでいるのが見える。

 かなりの巨体が、自分が来た方向に向かっているのがわかる。

 逆光のため黒いシルエットにしか見えないが、太くがっしりとした首に巨大な翼、そこから伸びる長い尻尾が見える。


 もしかして――(ドラゴン)


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