001 プロローグ
プラスアルファ要素を追加して改稿しています。
「ホムンクルスの育て方(改稿版)」
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改稿元のこちらの更新予定はありませんので、完結として閉じたいと思います。
(いい天気だなぁ……)
ぷかぷかと海の上をボートで浮かびながら俺、藤沢明は空を見上げてそうひとりごちる。
縦にブルーのラインの入った白地のハーフパンツタイプの海水パンツに、あまり泳ぐ気はなかったので白いTシャツを着ている、どちらかというと痩せ型の短髪男であった。
高校時代の連れと海水浴に来ていたのだが、あまり乗り気ではなかった。毎年来ているためほぼ恒例行事と化しており、特に断る理由も思い浮かばなかったのでいつものように、いつもの海水浴場に来ていたのだ。
乗り気でない気分は相変わらず晴れなかったが、実際に海に来てみれば気分も上向くと思っていたのだ。しかしどうも調子が上がらない。仕方がないので、長い付き合いの連れに気づかれないように、ひとりでボートを沖に出してぼけーっとしていた。
(まさかみんな結婚しているとは思わなかった……)
気分の乗らない原因のことを思う。あともう一人独身のまま残っていたはずの友人まで結婚していたのだ。
はぁ……。
ボートは先ほどからゆらゆらと波に揺られている。遠目に岩場がポツポツと見えるが周辺には見当たらない。多少寝転がったまま周りを気にしなくても問題はないであろう。
しばらく寝転がったまま自分以外の三人の連れのことを考える。親子三人で二組が来ており、もう一人同士だと思っていたヤツまで奥さんを連れてきたのである。そりゃ気分が沈んだままであるはずだった。なんとなく居心地の悪さを感じるのである。
もっとも、そう思っているのは自分だけなのかもしれないが。
などと悪循環に陥りそうな思考をしていても建設的でないのは確かである。そろそろ帰ろうかと思った俺は、寝転がっていたボートから上体を起こして周りを見渡した。
遠目に見えていたはずの岩場がもう近くにあり、みんなのいる浜辺が見えなくなっていた。ちょっと流されすぎたかな。心なしか波もさっきより強くなった気がしないでもない。
「ちょっと離れすぎたかな……?」
オールを漕いでボートを進めはじめる。
黙々と漕いでいると、波がさらに強くなってきた。今度は気のせいではない。
「なんだろ……、台風とか近づいてなかったと思うけど」
若干不安になりつつ、オールを漕ぐ勢いを強める。岩場の影から抜けられる直前まで進んだところでソレは起きた。
「うわっ!!!」
一気に波が来たかと思うとボートが転覆したのだった。
海に放り出され、一瞬上下がわからなくなるがなんとかもがきながらも海面に顔を出す。
「ぷはっ」
幸い水を飲んだりはしなかったが、隣を見るとボートは完全にひっくり返っていた。自力で元に戻すのは不可能だろう。しょうがない、泳いで帰るかと思って浜辺があるであろう岩場方面へ顔を向けたところで驚愕に目を見開いた。
目の前まで高波が迫っていたのである。
「なんじゃこりゃ……」
一言つぶやいたがそれまでだった。勢いよく波に飲まれ、揉まれていく。懸命にもがくがまったく海面には出られない。
(くそっ……、なんなんだよこれ!)
むしろまるで何かに足を引っ張られているかのように沈んで行く感覚がしている。肺からすべての空気が漏れ、抵抗も空しく俺は意識を手放した。
□■□■□■
(ん……?)
ゆらゆらと揺れる感覚の中、覚醒する。
(あれっ? 助かったのか……?)
意識を失う前の出来事を思い出し、自問する。
辺りを見回すが何も見えない。手足は動かせるようだが、ほとんど力が入らず感覚もあまりない。
(ここはどこだろ……、病院かな……)
ほとんど体を動かせず、視界も真っ暗なままである。もしかしたら長期間寝たきりになっていて、筋力が落ちたのだろうかとも思ってしまう。
そんなことを考えているとぼんやりとだが視界に何かが入ってくる。完全な暗闇だったわけではないようだ。
とは言え、周りに何があるのかさっぱりわからない。すりガラスを通したかのようにぼやけているように見える。
視界もゆらゆらと揺れている気がする。というかさっきから揺れている気がしていたけど、どうやら気のせいではなく、本当に揺れているようだった。
そして重要なことに気がついた。
――呼吸をしていないことに。
(は? なんだって……?)
思わず呼吸をしようとしてみたが無理だった。そしてゆらゆら揺れている正体にも気がついてしまい、呼吸することを諦める。
どうやら水中にいるようだった。
(え? 助かったんじゃないの?)
病院とかじゃなくまだ海で漂っているのかと絶望に包まれる。
しかしそもそも呼吸をしていない時点で普通ではない。絶望の底に一瞬落ちた気がしたが、諦めにも似た感情がわきあがり少し持ち直した。
そもそも考えてもわからないことは気にしない性格なのだ。
体もあまり動かせないし、今はなるようにしかならない。
ふと、視界が明るくなった。
明るくなっても視界は相変わらずはっきりしないが、照明が点いたのか天井付近が明るくなったのがわかった。そして自分が水槽のようなものの中にいるということも判明する。呼吸ができない理由がわかっただけでもよしとしよう。
水槽そのものはそんなに大きなものではないようだ。両手を広げたくらいの幅ではなかろうか。ぐるっと見回しても角が見当たらないので円柱だろう。
周りには机や椅子がいくつか並んでいるように見える。よくわからない四角い箱のようなものも転がっているが、どうも雑然としていて散らかっているようだ。
周辺を窺っていると、正面に動くものが見て取れた。
徐々に大きくなっているのでこちらに近づいているらしい。
(人……、が近づいてくる?)
ある程度まで近づいてきたところで輪郭から人っぽいことが判明した。全体的に赤っぽい色をしているのはそういう服装だからだろうか。
こちらの目の前で立ち止まる。しばらくしてそこらにある四角い箱をごそごそしたかと思うと、またこちらに戻ってきて床に屈みこむ。
――ゴゴゴゴゴゴ――
突如揺れが激しくなったかと思うと、地響きのような音が聞こえてきた。
なんだ?と思ったがすぐに判明した。
視線が徐々に下がっているので、おそらく水槽の中の液体が抜かれているのだろう。この状態から抜けられることへの安堵と、目覚めたばかりでこれからどうなるのかと不安が混ざったが、このままでもどうしようもないと思いなおす。
顔が水面から出たところで激しく咳き込むようにして肺から水分を吐き出す。
ちゃんと呼吸はできているようだ。ひとまず安心である。
――中の液体がすべて排出されたところで、水槽の壁が上部へ持ち上がり目の前が開けた。