約束の希望とサヨナラ
桜の木の下に僕らは立ち止まった。
その木はまだ蕾もなく、どこか悲しく見えるのはきっと僕が卒業を素直に喜べないからだろう。
「裕太、私たち、もう卒業なんだね」
寂しそうに言う美姫に頷いて答える。
「私、やっぱり残りたい。裕太と一緒にいたいよ!」
目を見て訴えかけてくるその目は涙目で僕は『行かなくていい』と言いたくなってしまう。
それでも、彼女は有名な大学からのオファーを受け、更に目指していた所だ。それを僕がいるという理由で捨てて欲しくなかった。
「ねえ、裕太は私が行った方がいいと思うの?」
「――僕は、行くべきだと思ってる...」
これは本心だが、言うと心がズキズキ痛む...実際、離れて欲しくないし、行って欲しくない。
だけど、それ以上に美姫は行かないといけない。人の為でなく、自分の為に行ってほしい。
「裕太は私に行って欲しいの?」
「ああ、行かないとダメだ」
「だって、私たちって付き合っているんだよ?だったら...止めてくれてもいいんだよ?」
「...止め、ないよ」
唇を噛みしめて答える。それでも目を逸らさないで意思を伝える。
「それが美姫の為になる事なら絶対に行かないといけないんだよ。その為に僕たちは離れないといけないんだ」
最後の方は視線を外したが言わないといけない事を伝える。
視線を外した時には美姫からは堪えきれなくなった涙が零れだしていて、目を合わせられなくなってしまった。
「でも、私は裕太の気持ちが聞きたいよ...今までこの話をしたら裕太は私の事を考えてくれる。でも、だけど、裕太の気持ちが知りたいよ!裕太はいつも正しいと思った事を言ってくれるけど、自分はこうしたいっていうのを言ってくれない!」
少しずつ声を大きくして僕に訴えかける美姫の言葉は正しい。
でも、僕の気持ちは『行かないで欲しい』の1つだけ。だからこそ言ったら美姫は迷ってしまうだろう。
「裕太、教えてよ...私、苦しいんだよ。本音が聞けないまま大学には行けないよ。分かるんだよ、無理してるとか、泣きそうなのを我慢してるのも、自分の事より私を第一に考えてるのも。だって私は本当に裕太が好きなんだから」
「僕は...」
『言いたい』『言ってはいけない』頭の中で考えがまとまらない。言ったらどうなる?迷うぐらいなら言わないほうがいいのか?
『ギュッ』
「え――っ!?」
美姫が僕に頭を埋めて腕を腰に回したのに僕は驚いて目を見開く。
「いいんだよ。裕太の気持ちを聞いても、裕太が行くべきって言うなら行くよ。だから、気持ちだけでも教えてくれないかな?」
顔を埋めたまま優しい口調で問い質す。
表情は見えないが泣いているからなのか、肩が震えている。
「美姫...」
ここまで言われて答えないのは彼氏失格なのだろうか?
僕の答えはイエスだ。伝えてからどうするか決めるのは美姫だ。僕じゃないのに押し付けていた。それが正しい事だったとしても、逆にそうでなくても...
一度、僕も美姫を抱き寄せる。
そして今度は美姫の腕をほどいて話をするために美姫の顔をしっかり見つめる。
「美姫、僕は行って欲しくない。こんなの当然だろ?僕だってずっと一緒にいたいよ。それでも行かないとダメだと思ってるよ。矛盾してるけど、これが僕の本音だよ。でも、気持ちだけなら行ってほしくない」
僕の本音を全て伝えた。
本当にこれでいいのかは分からない。美姫の気持ちが楽になったのかも分からない。
結局、僕には何も出来ない。彼女のために何かしたくても、自分の無力さを嘆いても何も解決しない。
だったら、僕は僕に出来る美姫の願いを聞こうと今、思った。
「裕太、ありがとう...」
涙を拭って話しを進めようとする
「私ってワガママだからさ、なにがなんでも裕太の気持ちを聞きたかったんだよ。例え、どんな手を使っても自分の不安を取り除きたかったんだよ。怖いんだよ?だって離れたら関係が全部無くなっちゃうんじゃないかと思っちゃうんだよ。裕太なら安心しても平気と思ってるのに、メールも電話も出来るのに...」
美姫の言葉に黙って頷く。うつむいて顔を見せないが泣いてるのが今は容易に想像できる。だからなのか、僕も何か言わないといけないと思っていた。完全でなくても信じてもらいたい。
「美姫はワガママでいいんだよ。そのままでいい」
それでも、しっくりくる言葉が思い浮かんでしまう。こんな事を言いたい訳じゃないのに。僕は不安を無くせるような言葉を言いたいんだ。信じてもらいたいんだ。
「美姫は僕がいなくなるって思ってるらしいけど、そんな事は絶対にないよ」
いい言葉が見つからず、僕は桜の木を見る、それにつられて美姫も桜の木を見る。
「そうだ、僕はこの木と美姫に誓うよ」
「――桜が咲く4年後の4月13日、美姫の誕生日にこの場所で待ってるよ」
桜の木を見たまま僕は祈る。約束が果たされる事を。
「裕太、私も同じ事を願うよ」
美姫も桜の木から目を離さずに祈る。そして祈り終わった僕らは向かい合う
「ねえ、私、裕太とも約束したい」
胸の前で手を合わせて、僕に頼むような視線を向ける
「そうだな、僕もしておきたい。約束しよう。必ずこの場所で合う事を」
そう言って僕は小指を上げる。それに美姫も小指を絡めて答える。
そして指を外してその手をもう片方の手で包み込む。
「私、裕太を信じる。でもこれだけじゃ嫌だよ。まだしたことない事しよう?」
何かを期待する目で僕を見る。僕にもその意味が理解出来た。
理解した上で美姫の肩に手を置く。そして美姫は目を閉じる。
「約束の証だ」
そう、囁いて僕らは――
――口づけを交わした
顔を赤くして僕らは下を向く。
「私、この約束は忘れない」
自分の唇の前に手をおいて納得したような眼差しで僕を見る。
「僕も忘れない。だから今は――」
美姫と顔を合わせた後、一緒に頷いて背中を合わせる。
僕は約束に希望を込める。きっと美姫もそうしてくれると思うから。
そして僕らは深呼吸をして一緒に一歩進んだ――
「「――4年後までサヨナラ」」
久々の短編小説でしたがどうでしたか?
約束をして別れた後、二人は再び桜の木の下で出会えるのかは読者の想像に任せてもらおうと思います。
今回の話の終わり方はハッピーエンドでもなく、バッドエンドでもない話を目指して書きました。
他の作品とまったく別感覚で書いたので自信はないですが読んでくれた方はありがとうございます。
これからはまた他の作品、連載小説を軸に頑張りますのでお願いします。