八
* * *
「全く」と雷乱は怒りながら、与えられた部屋の中で呟いた。
「雷乱が怒りっぽいのは知ってたけど、今日は一段といらだってるね」
雷乱のつぶやきを聞いた大斗が、挑発するように口のはしを上げる。
「オレ達が住む場所とは別の世界。こんなふざけた話があるか。帰ることすらできないんだぞ」
「それは、まぁね。困るけど……」
大斗はわずかに笑みをひっこめて、肩をすくめてみせた。
雷乱はいらだったようにあたりを見回す。
部屋の作り、置いてあるものの細工――。どれをとっても、良く見るつくりだ。
文化も気候も良く知る世界のものと変わらない。ただ違うのは、この世界には「物の怪」がいて、それに対抗できる「摩訶不思議な力」があることだ。
「……小娘は?」
見慣れた少女がいないことに気づいて、雷乱は隣にいる辰海に聞いた。
彼は地図とにらめっこしていたが、雷乱の言葉に顔をあげた。
「……あぁ、与羽なら」
* * *
その与羽は、月の部屋にいた。
「こざっぱりした部屋じゃな」
与羽は、月の部屋をそう評した。
机と数冊の書物、巻物。それに筆や硯等が置いてある他は何もない。しかし、それがいかにも月らしいように、与羽には見えた。
その与羽の目に一枚の紙が留まった。
物の少ない上に良く片付けられた部屋の中で、机の下に隠すように置かれているそれだけが、異質な空気を放っていたのだ。
「これは――?」
月はハッとしたが、その時には既に与羽の手に渡っていた。
「へぇ、月ちゃん。もしかして恋文?」
どうやら手紙らしいと言うことが分かって、与羽はいたずらっぽく笑った。
「それは……」
若干慌てた様子の月が奪い返そうとするが、与羽はすでにその内容を見てしまっている。悪戯好きな笑顔が与羽の顔から消えた。
「ふ~ん……」
なにか考え事をするように声を漏らした与羽の手から、月が文を奪い取った。そして、慌てて、傍にあった書物にそれを突っ込む。
「それ」
与羽が聞いた。
「……外行こう」
しかし月は、与羽の背中を押し、部屋から出て行った。
――寂しきや 月もなく歩く 闇の道
「恋文……。あの詩。月ちゃんの事を詠ったもんよな……」と与羽は聞いた。屋敷の外の森で、話を聞く者はいない。
月はそうとも違うとも答えなかった。
「与羽さんは――……」と月は言葉を切ってから考え込む。
「ああ、もうええ。さんづけでどうぞ、月"さん"」
「与羽は……」
与羽が不快そうに吐き捨てるのを聞き、言い直した。
「一人になると寂しい?」
なぜそんなことを聞くとは言わなかった。そして、"一人になる"がどういう意味かも薄々わかっていた。
「う~ん、そうじゃな。もう二度と、辰海とか大斗先輩とか、雷乱とか、中州の皆に会えんとなったら――」
あまり、実感が湧かない。この無口な少女が、求めるような答えを与羽は答えられるか自信がなかった、が。
「けど……」と答えようとしたその時だった。