三
しかし、妙な気配を感じて、与羽はすぐに手を止めた。その視線は、近くの下ばえに注がれている。
こんな茂みがあることも、人里近い山ではあまりないことだ。
「与羽……?」
辰海が不審そうに尋ねるが、与羽は「しっ」と静粛を促して、自分の腰に帯びた刀へ手を伸ばした。
――次の瞬間、草むらの影から唸り声とともに、黒い物体が飛び出てきた。
与羽は横に避ける。
そうしながら腰の刀を抜き、すれ違いざまに峰でその頭を激しく打った。
"それ"は声をあげる間もなく倒れた。
「なにこれ?」
与羽が疑問と不安の入り混じる声でつぶやいた。
声こそ獣のようだったが、形は人間。しかし、全身黒色に染まっており、雰囲気も人間とは全く違う。とても邪悪で、見ているだけで不安を掻き立てられる。与羽の脳裏に「化け物」「怪物」と言う単語が浮かんだ。
与羽は倒れた怪物にとどめを刺したい衝動に駆られたが、なんとか思いとどまった。正体不明の危険な生物だとしても、無用な殺生はしたくない。
「それを詮索すんのは後だな」
先ほどまで言い争っていた雷乱と大斗は既に抜刀している。遅れて、辰海も自身の刀を鞘ごと抜く。
与羽が倒したのと同じような怪物が、周りを囲んでいた。
「……そのようだね」
大斗は言うが早いか、襲ってきた怪物の顔を柄の先で殴り、さらにその横にいた怪物を逆袈裟に斬りあげた。与羽に倣って峰打ちだ。当たり所が悪ければ、命を失いかねない破壊力はあったが……。
その背後で雷乱が目の前の怪物の腕を浅く切りつけ、膝を皿を割らんばかりの勢いで蹴り、それでもなおも牙をむき出しながら襲ってくる怪物のこめかみを殴り飛ばした。
「何じゃろ……、思ったよりも――」
「大したことない」そう言おうとした与羽の後ろに、影が迫った。
「与羽!」「小娘!」
大斗、辰海、雷乱が叫ぶ。与羽が振り返った。
与羽の近くで彼女を守るように戦っていた辰海が、その間に身を滑り込ませようとした。
しかし間に合わない。そう思った時。
――月から人が舞い降りてきた。