二
「お前が与羽に早く帰ろうって急かすからさ」
「全く関係ねぇだろ!!」
理不尽な文句に雷乱は怒った。
「関係大ありさ。慌てて余裕がなくなると、余計にあせって物事がうまくいかなくなる。常識でしょ?」
しかし、挑発をやめない大斗。
「はぁ……」
良く見えない辺りを見回していた少女は、彼らの会話に思わずため息をついてしまった。
彼女は、『中州の永龍姫』。名は与羽……。龍神の血を継ぐと言われている中州城主一族直系の姫君だ。
確かに、彼女の青紫の瞳や光を受けて青や黄緑にきらめく黒髪、「龍鱗の跡」と呼ばれるほほにあるあざなど、他の人とは違う身体的特徴を持っている。
「辰海、地図」
言い争う青年二人をしり目に、与羽は幼馴染の少年に近づいた。自分より頭一つほど高い彼の隣で背伸びをし、地図を覗き込む。
「あ、与羽、ごめん」
辰海は慌てて与羽が見やすい位置まで地図を持つ手を下げた。
「どのへんだと思った?」
与羽が現在地の予想を聞く。
「たぶん、この辺り。歩いてきた方向、木の間から時々見える月の方向と今の時間を考えても、結構東――城下町の方へ戻ってきてるはず……」
「それは……、ないな」
辰海の指差した地点とまわりの風景を見比べながら与羽が冷静に判じる。
「地図のその辺なら、もっと木が小さくてまばらに生えとらんとおかしい。人が住む大きな町が近くにあって、薪や食料をとるために良く人が入っとるはずなのに、こんなうっそうとした深い森になるかって。これっくらいの森があるのは、ここらへんしかない」
与羽は山脈にある深い谷間を指差した。
山遊びが好きで、幼いころから山に分け入って森に住む人々と交流していた与羽が言うのだから、信ぴょう性は高い、しかし、歩いてきた方向から考えて、そんな場所にたどり着くはずはないし、そこまで入り込めるほどの距離も歩いていない。
「じゃあ――?」
辰海が不安げに見る中で、与羽は両手を上にあげて見せた。
「お手上げ。完全に迷った」
与羽はわざと明るい声で陽気に言った。
「まぁ、暗い中歩くのも危険じゃし、野宿が無難じゃろう。幸い、火打石くらいはもっとるしな」
そう言って、与羽はまわりの落ち葉を集めはじめた。
暗い中過ごすのは危険だ。視界を確保し、獣などを遠ざけるためにも、明りがあった方が良い。
与羽の意図を察した辰海も、落ち葉や枯れ枝を集めはじめた。