一
――これは月夜の晩に起きた摩訶不思議な物語。
月夜の晩。深い森の中を一人の少女と一人の少年、二人の青年が歩いていた。
「辰海ぃ~、まだ着かんのん?」
少女が少年に聞く。その様子はいたってけだるげ。眠たそうに目をこすりながら、何度もあくびをかみ殺している。その様子と黒目がちな顔のせいで、十代後半と言う実際の歳より若干幼く見えた。
「まだだよ」
辰海と呼ばれた少年――歳は少女とあまり変わらないように見える――は地図を見ながら答えた。
彼らがいるのは、小国中州の都――中州城下町の西に広がる華金山脈だ。山脈と行っても城下に近い場所はなだらかな山が多く、城下で消費される薪などを伐採するため、木がまばらで道もある、……のだが、そこで彼らはなぜか迷っていた。
「九鬼先輩が『左に曲がれば近道』って言って、いつも通る道をそれて――」
辰海は抜かりなく所持していた地図で今まで通ってきたであろう道順を確認し、現在地を割り出そうとしている。辺りが暗くなっているせいで、遠くに見える山の形などから方向を確認できないのが苦しい。
「するとなに? 全部俺のせいって言いたいわけ?」
辰海の言葉に一人が不快そうに顔を歪めた。九鬼大斗――辰海が口にした「九鬼先輩」その人だ。
「あ、え……。すみません。ひとりごとです。全然先輩のせいじゃ――。いえそこまでは……。すみません」
不機嫌そうな大斗の発する敵意に、辰海はしどろもどろになりながら弁明した。その様子に、大斗が呆れたように息をつく。
「まったく……。だから嫌いなんだよ。そうやって、すぐに謝る」
ため息交じりに言って肩をすくめる大斗。
彼は、中州国の武官筆頭家長子。長年剣によって国を守ってきた一族の跡取りで、剣の腕は恐ろしいほどに立ち、好戦的。辰海のような弱腰な人間、闘争心のない人間は非常に嫌いなのだ。
「まぁ、俺は雷乱のせいだと思うけどね」
そして大斗は挑発するように口のはしを上げて、長身大柄なもう一人の青年を見やった。
「あ? オレが何したってんだ?」
雷乱と呼ばれた男はどすの利いた声で不機嫌そうに反応した。その攻撃的な態度に、大斗は満足げな笑みを浮かべている。