きびだんご③
電車に乗って10分の『南栄』駅。駅名には栄とあるが、実際には半田舎。田舎とも言えないが、都会とも言えない中途半端な場所に健の学校『金川学園』がある。駅も小さく、申し訳程度に屋根がある程度だ。それでも学園があるだけで、登校時と下校時は人が多い。
こんなに人が多いのならもっと大きな駅にしろよっと健はこの駅に降りる度に思っていた。駅から徒歩で10分。大きな道路沿いなので、そこで誰かに会う事も多い。
「よ~……何だよ~。めちゃくちゃ不機嫌じゃん」
健に声を掛けて来たのはクラスメイトの男子、金子卓人懐こい笑顔。校則違反だが咎められる程では無い茶髪。着崩したネクタイ。それをだらしなく見えない様に見せている。背は健よりも少し低いが、それでも平均よりも高い。モテそうな男だ。しかしモテない。原因は本人の性格にあるのだが。
「いや、機嫌は悪くないぞ」
「は~!? そんな目して歩いてるのに!?」
「……ほっとけ。生まれつきだ……もう2か月も経つんだから慣れてくれ」
卓とは入学式の時からの中だ。大神と金子で名前の順で並び。席もそのまま、前と後ろになり、高校生活1番初めの友達と言える程仲良くなった。
「ファ~」
卓は眠そうに目をショボショボとしていた。それを見て「俺よりも目つきが悪い」っと健は言いたくなったが、それは無いと返ってきて、少しへこんでしまうのが怖いので言わなかった。
「どうした? なんか、随分眠そうだな?」
健がそう言うと、気怠そうな表情から一変して、満開の笑顔で叫び出す。笑顔はそれこそ、クラスいや、学年でもトップクラスのモテ要素だろう。同性にも嫌味の無く、思わず健も可愛いと思ってしまう程だ。それでも、その口から出る数々が残念なのが本当に残念なのだ。
「いや~、昨日も彼女が寝かせてくれなくてさ~――――ってアレ? なんで急に足早に!?」
そんな事を大声で言い、周りを歩く生徒の目線に耐えられなくなった健は卓を置いて、金川の門をくぐった。金川学園の門は、創立100年っとそれなりの歴史がある。しかし、歴史とは残酷なもので、ただ物は古くなり汚くなる。古さから情緒を感じ取れる感性があれば良いのだろうが、残念ながら健には無い。だから健の持つ金川学園の印象は全体的に汚いだ。
その汚い(情緒のある)門をくぐり、下駄箱で靴を履きかえようとした。その時だ。例のアノ人が健の視界に移った。
1組から5組までが、横並びの下駄箱。健は5組、彼女は1組。茶色く長い髪を……ボサボサの茶色い髪。何故か小さいフランスパンを口に咥え、遠目から分かる程、肩で息をして、なにやら慌てている様子で急いで靴を履きかえていた。
健は彼女を入学式から知っていた。いや、知ったと言う方が正しいであろう。
彼女を初めて見た時から、胸の中が暴れる思いがしていた。その感情を何て、例えるのか健には分からなかった。分からないが、彼女から目を離せなかった。
ポケットから携帯で時間を確認した。まだ始業時間まで30分くらいある。すると、何故彼女があんなに急いでいる理由が健には分からなかった。その理由が気になった。声を掛けたい。聞いてみたい。そう思った時、彼女は走り去っていた。
「置いて行くなんてひどいよ~! あ、分かる? コレ今の彼女のマネ」
今度こそ、その彼女の話しをしたいと思ったのか、ポケットからPSを取り出そうとしたが、今の健にいつものゲーム内彼女の話しをする気は無く。
「悪い! また今度」
そう言って、健は例の子を追いかけた。
一階の角を曲がっていったのはすぐに分かった。この学園では、学年が上がるごとに上の階になる。従って、健や彼女の様な一年生は教室が一階になる。だからおかしく無いのだが、彼女が曲がったのは左。教室が並ぶのは右側。左は特別教室が並んでいる。
その1つ1つを健は見て周った。3つ目の特別教室で見つかる。理科や音楽室の様に目的のある部屋では無い。ただの空教室に席や机があるだけの教室だ。
中の人間に悟られない様に後ろ側のドアに周り込み、ドアの窓から中を覗く。
カリカリと一心不乱? ……いや、数人の人間がいるが、一瞬見ただけの健でも分かる程、彼、彼女らは集中力が足りていない。お喋りしている者、後ろからだから分かる教科書に漫画を読んでいる者、5人の中に彼女もいた。フランスパンを食べながら、教科書を出す為に机の上にカバンを出している。その姿に健はツッコミそうになった。鞄の中をひっくり返して教科書を取り出そうとしていたからだ。それも、鞄の中には様々な物が入っていた。ゲームに漫画にお菓子と授業に関係の無い物ばかりだ。
(……つうか、何の集まりなんだ?)
健の疑問はすぐに解決した。黒板に書かれた文字。『補欠入学者、補習会』そう書かれていた。
それを見て、健は納得した。健はこの学園に主席で入学し、新入生代表もした。そんな自分が補欠入学者の集まりなど知るはずがなかったからだ。そして、彼女。
(ああ、馬鹿なんだ)
彼女の事を1つ知った事がそんな事だった。
健は静かにその場を離れた。若い青春時代の思い。これが恋だとしても、欠点1つで、冷めてもおかしくないだろう。授業が始まって、窓際の健は窓の外を見た。1組の生徒が外で体育をしている。マラソンだろうが、肩で息をして、運動も苦手なんだろう。
どんな欠点を見ても。
健はその姿を追いかけてしまう。
静かに自分がその彼女の背を見ながら、
涙を流している事も気づかずに。