母なる女神アントンですか?
ついに疑似神討伐に。五ヵ国が動き出した。その一方で……、騒動を起こしたアルベルト公の息女シャイナが、再び動き出していた。
プロローグ
━━南大陸、ファレイナ公国。
朗らかなぽかぽか陽気。美しくも儚いピンク色の花が咲き乱れる林道。通称桜花庭園。毎年訪れる楽しみな季節━━。
ルルフ・マイアードは、嬉しそうに目を細め。その日が素晴らしい始まりだと信じて疑わなかった。だって……。世界各国から英雄、勇者、将軍、猛将と呼ばれる人たちが一同に介した。会議が、
明日━━我が国で行われるのだ。無論ルルフも。疑似神討伐に参加予定である。
「ルルフ!、あんた遅いよ」
友人で、同僚のエフィに急かされ。苦笑してしまう。
「今回私達八剣将も出撃するんだから、あんたもしっかり準備なさいよ」鼻息荒く言われてしまい。肩を竦めていた。
━━『疑似神討伐作戦』数日前……。
ファレイナ公国、セドの街━━。
都から南西に1日。馬を走らせると、大河が流れていた。対岸どうしに一つの街を作られたのが、初代アルベルトであった。
━━そもそも剣の国であるファレイナ公国に。アルベルト家は、槍の名門と名高い。
東側の小高い丘にある屋敷……、エドワルド公爵の屋敷である。
昨年の夏ごろ……、娘のシャイナ・アルベルトが、アレイ学園で、ある重大な事件を起こしてしまい。逃げて戻って来た……。頭を抱えたエドワルドは、学園とアレイク王国に陳謝を示した。
━━屋敷の二階角部屋。幼い時。兄にねだり譲ってもらったシャイナの部屋は、薄い青がベースの落ち着いた雰囲気のある部屋である。日が入る外の景色は、今の季節だと━━。
大河の上流にある。山あいに山桜が美しく見えるが……、厚くカーテンを閉めっきりにして、真っ暗な中。ベッドで膝を抱えたまま、膝に顔を埋めるていた。
そして……色々なこと考えてしまう……、
━━全て、弱い自分が悪い……、
どうしょうもなく惨めで、自分ならどんなことしても許されると思っていた。力さえあれば……、美しい赤髪、切れ長な面立ち、まだ少女の年齢だが、成熟した色かを既に身に付けていた。
しかし……母からは見棄てられ。父からは叱責を受け、無期限の謹慎を申し付けられた。━━誰も慰めてくれない……、強い不満を抱いた。
「なぜ私がこんな目に……、何でよ……」
翌朝━━、
シャイナは失踪していた。
自分を認めないなら……。それだけの力を得ればいい!、安易な気持ちで……、
━━軍国の国境を越え。
7日後……。
疑似神の領域。軍国側国境の城塞都市ベスマルに、その姿があった。
城壁に上がり現実を見たのは、見渡す限り茶色い風景……、
物見高い旅人に。一部解放されていて、シャイナも習い登って、荒野を見て愕然と立ち尽くす。
「何これ……、私聞いてない……」地平線に無数の疑似神が、ベルマルに向かい進行してくる様子。さらに町から12ノワール(キロ)と離れない防衛戦。魔導兵の一軍が、戦っている様子すら見えていた。
「お嬢ちゃん。あんたファレイナからかい?」
初老の兵士に聞かれて、無言で頷く。
「ここまで酷くなったのは、夏からなんじゃよ……、わしらはいつあいつらに喰われるか、毎日怯えておる。なにがあったか分からんが、お家に帰りなさい」
まるで胸中を見抜かれたようで、羞恥に真っ赤になるが、現実は……自分が思うよりも酷く。恐ろしいのだと。言われた気がした。悔しいが老人の言う通りである。
「はい、そうしま……」凄まじい衝撃を受けて、意識を失っていた。
━━グチャ、ピチャピチャ、ボキリ。何か固いものを噛み砕き、咀嚼する音がして……、
シャイナは目を。薄く開けると……、先ほどまでシャイナと話していた老人が、首だけになって、目を開けたまま。目の前に転がっていてギョッとした。
慌てて身を起こして見たのは……、疑似神が城塞都市ベスマルを侵食する現実だった。
「あっ……、逃げなきゃ」
血へどにまみれながら。走り出した。
「おやおやこれはいきのよい獲物がおるの~」
弦楽器を奏でるような、妙に相手を確かめたくなる声。誰か私の他に無事な人が……、
振り返った瞬間。後悔していた。恍惚と微笑した少女は…、全てが真っ白い。抜けるような肌、白髪、着るものも……、
ヒクリ喉が痙攣して、悲鳴を飲み込んでいた。生物としての恐怖……、捕食者と獲物。変わらぬ定義の上で、シャイナは正しい反応をしていた。
「実に旨そうじゃな~、これは良い娘がうまれそうじゃのう~。我が父(夫)よ」
うっとりと想像して。舌なめずりした女神アントンの背後━━。ぴったり寄り添う、赤髪の中年男性に愛しくしなだれ掛かっていた。彼の男こそ7神官が1人。魔人マローダ。生前は狂喜の魔導師だった者だが、女神の情夫となった存在である。
「いっ……いや、いゃああああああああああああ」
間近に生暖かく。すえた悪臭が吐かれた。
恐怖に歪む顔、振り向くと。シャイナの背後に無数の軍勢が囲んでいた。よだれを垂らし。喉を鳴らす疑似神達を前に。シャイナに何が出来たろう……、
「お前たち、その餌はわらわのご馳走じゃ。お前たちは前に進むがよい」
女神アントンの命に。兵隊蟻でしかない疑似神達は、素直に従う。シャイナは助かった……、一瞬だけそう思った。
いきなり首を鷲掴みされ、少女の姿をしたアントンに持ち上げられて……。苦しさよりも強い恐怖に震えていた。そんなシャイナを慈しむように。優しく抱き締め。その艶やかな口を開き、がぶり……、ブツリ、
「ヒュ……」
シャイナの喉笛を喰い破り。実に旨そうにショシャクして、ゴクリ飲み込んだ。「やはり若い女は旨い。気に入ったぞ、お前の肉片一つ残さず食らいつくして、我が娘として産み落としとやろうぞ」
艶やかに宣言して、生きたままシャイナは喰われ始めた。自らの血を啜られ。肉を喰われ……、それでもまだ死ねないことを呪い。やがて不思議に思った……、痛みすらないのだ。夢?。
「クフフフ夢などではない。お前の脳髄にわらわの一部を繋げておる。だから最後の時まで死なさぬわ♪」
恐怖に歪む顔を。最高の調味料として、女神ゆえに残酷で、そして優しく。
最後の眼球を喰らい。至福の笑みを。妙齢の女となったアントンは浮かべていた。
━━軍国ローレン、会議場。急を報せる一報が入った。
「なんだと!?、城塞都ベスマルが陥落しただと……」
「ハッ……、首都に向け。疑似神10万もの軍勢が進行してると……」
顔から音を立て血の気を失っていた。まさかそのような事態になろうとは……、
「民を逃がせ!、我が魔導兵軍総動員して迎え撃つのだ」
「ハッ!」
クッと頭を抱え苦悩した。明日には各国が集まるのにそれまで持つのか。
「パパ~。私も出るわ良いわよね?」
息を切らせながら勢いよく扉を開けて現れたのは、美しい金髪の強気な顔立ちが印象的な少女が、持ち前の気の強そうな目をして、堂々と宣言していた。その顔は男ならふてぶてしいと。ぴったりな表現出来そうな彼女。
「ビッ、ビーナお前な……」
やる気満々の娘に泡を食ったバローナという、普段豪気な将軍である。まず見ない姿に……。
悪いとは思ったが、みな笑ってしまう。こんなときなのに……。笑い声が聞こえたので、そちらを見ると部下達が笑っていた。ハッとした。
「そうだ……、そうなんだよ」
忘れていた。自分は1人ではないと……、
「ビーナ出ても構わんが……、俺の足手まといにはなるなよ?」
ふてぶてしく、男臭い笑みを浮かべたバローナを。ビーナはポーッと見ていた。
「うん!、任せてパパ。私が、パパもママもみ~んな守るから!?」晴れやかに笑っていた。
国境の街城塞都市ベスマル陥落の一報は、直ちに五ヵ国に知らされた。一足先にファレイナ公国に訪れていた魔王ピアンザ、オーラル両英雄だが、敢えて動かず。アレイク王国の第1師団到着を待っていた。足並み揃えなくては、わざわざ五ヵ国による疑似神討伐は成せぬとの判断である。
━━ベスマル陥落数日前…………、
セド街で、ちょっとした騒ぎになっていた。
「あのバカ者が……」
娘シャイナが家出をして……、その先が何を考えたか、よりにもよって軍国国境の街ベスマル……。
「あなた……、コルトに知らせなくても?」赤髪のそそとした顔立ち、見た目こそ派手に見られるが、優しい妻とは、20も歳が離れていたが、誠実な人柄を見込んで、アルベルトが口説いた。年甲斐もなくそうは思ったが……、
晩年にまさか二人の子に恵まれるとは、本当に幸せであった……。
夏前にシャイナが事件を起こすまでは……、昔から変わったところはあったが、あの事件から……妻も塞ぎ込んでいた。それに追い討ちをかけるように。今度は家出……それも。陥落した街に行っていたと言う……。恐らくは助かるまい。
「あやつも大人として扱う」
「では……」
「最悪の可能性を伝えなくてはならぬとはな……、わしから手紙を届けよう」
妻を気遣い。そう口にしていた。苦しみをぐっと噛み締めていた…。
ベスマル陥落から。3つの砦が、最前線となり。連日厳しい戦いが強いられていた。
━━ジーレド中央砦、
「ビーナ様の白麗が、前線に到着。突破された第二部隊の戦線を押し返しております」
「承知した。間もなく増援部隊が到着する。それまでビーナ様に戦線を維持してもらい。到着次第離脱を伝えよ」
「ハッ!」
まだ若い兵士が急ぎ、魔導師の元に向かうのを見送り。冴えない風貌のグレイビー・アスナルは、厳しい顔を崩さない。「せめてあと三日……。戦線を保ちたいが……」正直厳しいと感じていた。最悪首都まで戦線を下げる必要がある。そうなると民はファレイナ公国の国境まで下げなければならず。時間的に厳しい判断が必要と思っていた。今頃バローナ将軍が、ミザイナ女王陛下と協議を重ねているだろうが……、あまりにも疑似神の勢いが凄まじいのだ。どうにか抗してられるのは、ビーナ様とデーア殿の力があってのこと。それとていつ破綻するか、最早時間の問題だと感じていた。
ファレイナ公国━━王座の間。
バローナ将軍が、『瞬きの扉』を使い奥方のメルディス。下の娘エローナ様を伴い来日していた。
「バローナ将軍、緊急の来日は如何なさいました?」剣聖オルレアン・ファルナスが代表して問うていた。
「ミザイナにもだが、オーラル。ピアンザに願いがあってな……」
「ほほ~う両陛下にとは」
鋭い詰問する声音である。返答次第では、切り捨てるのもやむ無し、そんな雰囲気を醸し出していた。
「まあまてオルレアン殿。そこまでバローナは浅慮ではない」
何かいいかけたオルレアンは押し黙り。ミザイナ女王と代わり、引き下がることにした。
「ん~助かった。あんまり時間掛けてると。民の命に関わるからな」
短気なオルレアンを。皮肉気に笑うや。グッと忌々しい眼差しで睨み付けていた。
「それで……バローナ、まず私に頼みとは」このまま二人に任せとくと話は進まない。先を促した。
「ああ。この地にある召喚の魔方陣を使わせて貰いたくてな」
「何!?あれをか」 「そうだ、恐らく軍国は、後数日で陥落する」
突然の発言に。さしものオルレアンとて、顔色を無くしていた。
「まっまさか……」「冗談や酔狂は言わねえよ。残念ながら今の前線だと。三日持つかどうか、首都防衛に切り替えたとしてもせいぜい5日持てば、いい方だろうぜ」
「それほどまでに疑似神は……」
ミザイナ女王の顔にも陰りが見えていた。
「ああ~最悪な状況だが、中央大陸では今頃受け入れ準備がされてる筈だ。だからまずはうちの民が、ついでファレイナ公国の民が避難することになる」すっかり血の気を失った老人に。悔しそうな顔を隠さず。
「済まないが、俺は嘘が言えない」
オルレアンに頭を下げた。
「あっいや……」
もはや掛けるべき言葉を失っていた。
「だが、そう易々と、我が国をとらせるつもりはないぜ」
顔を上げた相貌には、不敵にふてぶてしい笑みを見て、多少なり遺恨を抱えていたオルレアンの気持ちを動かした。
「バローナ将軍、この老骨。微力ながらお力を貸しますぞ」 「そいつは助かるが……」
二人の視線を受け止めて。仕方ないと頷いてやる。
「もうひとつの願いは、うちのと下の娘だけは、先に中央大陸に避難させたい。そこで物は相談だが……、子息のクルト殿を。一緒に同行させては貰えまいか…」
「ん、クルトをか?」
「ああ下の娘が、クルト殿を慕っていてな。こんなときに何だが……、考えといてくれ」
なるほどと苦笑を滲ませる。悪い話ではないし。また子息を避難させとくよい口実でもあった。
「よかろう、エローナ様のよい遊び相手になると良いがな」
その後……直ぐにオーラル、ピアンザ両陛下が呼ばれて、バローナ将軍の申し出を受けると明言された。即日軍国の民の疎開を始めることが決まった。
━━4日後……、
軍国首都ゲレス陥落が、ファレイナ公国に伝えられた。バローナ将軍、娘のビーナ様は無事であったが、多くの将兵が犠牲になっていた。━━軍国国境の街ローン、
同日。魔王ピアンザ率いる。魔導師師団が準備していた。広域防御結界がどうにか間に合い。国境を埋め尽くす疑似神の侵入を防いでいた。これにより一時的にではあるが、大規模進行が止められた。それでも一時的な物でしかない状況である。
軍国のバローナ将軍揮下、多くの将兵は、疲労困憊であり。戦線を維持する事が、厳しい状況だと言わざる終えない。
「こいつはまたえぐいね~」
結界の維持のため。カール・シタイン准将と、宮廷魔導師第七席カナイ・オーマは、結界向こうの世界を垣間見て、眉を潜めていた。
「予想以上にやばそうだね~。相手は無尽蔵の体力と際限ない食欲。大元は遥か後方にいるようだしな~」
軽薄に笑いつつ。やれやれと肩を竦めてみる。
「……確かに。このままでは、じり貧ですね」
黒髪の妙齢の女性は、青ざめた顔をしていたが、流石は黒衣の一族の姻戚。気丈さを失っていないようだ。
「まあ~俺達は時間稼ぎの為にいるようなもんさ。こう言っちゃあれだけど、エドナ学園長の奥の手、あれ密かに期待してたりするんだよね~」
「あれですか……、あんなの本当に信用出来るんですかね?」
宮廷魔導師の顔から、一転二人の娘を心配する母の顔を覗かせる。
「あの人は解らないが~、あのオーラルや魔王が無策でとは思えないね~」
「そうですね……」そう思わないとやってられない。
━━アレイク王国。アレイ学園・『特別教室』
連日。南大陸の情勢が、学生達の耳に入り。不安な一時を過ごす日々が続いていた。
━━そんなある日のこと。彼等の気持ちは色々と複雑であろう……。
「まもなく。僕たちの出番だよ」
「まもなく。僕たちの出番だね」
『疑似神どもを。蹴散らしてしまおうよ♪』
金髪碧眼の美しい顔立ちの双子の青年達は、にこやかに笑うが、目は硝子玉のように感情の色はない。ただ無機質であり無垢。純粋故に邪悪。生徒達の前にいる『特別教室』の教諭は、その存在こそ異質であった……。
「グラベル、グラム先生、では生徒達の引率。お願いたしますわ♪」エドナ学園長の言葉に。にこやかに微笑して、狂喜の双子と呼ばれる存在は、
実に楽しそうに笑うが、無論本心ではない……。自国を蹂躙されて怒りを内包していた。そんな笑みを浮かべていた。
━━ターミナルの街。
地下街。
悠然と口を開けた大洞窟前に。ガイロン重師団の重騎兵、フローゼ私団の混成部隊が、陣形を築き詰めていた。
現在土竜ギルドは一時的に閉鎖されていた。また地下迷宮の住人には、一時的にターミナルの街に避難してもらっていた。戒厳令が敷かれてはいるが、やはり軍国が陥落したことが、民に不安を与えているようだ。
「お父様達。まもなくあの子達が移動を開始しますわ……、本当に大丈夫かしら……」不安を隠せない妙齢の女性クエナの姿に。さもありなんオーダイ、ギルバート元将軍コンビとて理解していた。自分たちの大切な孫娘。その友人達が、一番危険な場所に行くことになると聞いた時は、怒りを露にしたものだ。
「ここまで来てしまえば、後は信じるしかない。多くの民の命が掛かっておるでな」
苦々しい表情のオーダイに、ギルバートも厳しい表情は隠せない。
間もなく……、人類と疑似神による世紀の一戦が始まりを迎える。その鍵である23人の少年少女達。その事を知るのは、僅かな各国の重鎮のみ……、
問題の渦中の生徒達にとって。覚悟を与えられる間もなく。全てが決まり。話を聞かされたのは先ほど……。正直なところ呆れていた。新しい制服に着替えた生徒達。その顔に緊張は隠せない。こんな大変なことを。生徒達の断りもなく決めたエドナ学園長。無論最悪の事態に備えていたが……、軍国ローレンが陥落。『特別教室』の生徒達に……、あるミッションが命じられた。『神々の鉄槌』の奇跡を起こす。
問題は、生徒達だけでの移動であり。そのための教室。何か不測の事態が起きた場合は……、自分たちだけで、どうにかしなくてはならないこと。
「シンク君には、かなり頑張ってもらうことになるよ」
「『神々の鉄槌』が発動したら。君たちは、ローレン学園にある『瞬きの扉』で、逃げることだ」
「女神アントンは、僕たちの獲物だから」「君たちの仕事は、生きて逃げるまでさ」
「疑似神の多くは逃げ出すことになるが」
「その為に魔王や英雄王が控えてる」
なんの色も浮かべぬ目を見ながら、シンクは吐息を吐いた。確かにそれならば危険は少ない。だが……、
「気にしなくていいよ。優しい王子様」「僕たちは本当に幸せなんだ」
『大切な僕たちの国を蹂躙した。女神アントンと戦えるんだから』
双子は忘れない。自分たちの力が足りなくて。多くの民を死なせてしまった事実を。
少なくとも二人は約束してくれた。自分たちの死に場所を与えてくれると。だから嬉しくて仕方ない、ようやく終われることに安堵すらしていた。
生徒達23名が、『特別教室』に集まると。片道だけ移動出来る。教室の壊れた仕掛けに。エドナ学園長は、美しい年代物と分かる。12のペンダントを。元学園室にある。起動盤に嵌め込んでゆく。
「まさか此を……、本当に使う日が訪れるとは……」
疲れた顔を隠さずに。最後の一つを嵌め込むと……。魔法機関が、ゆっくりと動きだした。頭上から高い音と小さな振動を感じていた。
……そしてエドナ学園長の見てる前で、『特別教室』だけが、ゆっくり浮き上がり。緩やかに移動を開始した。
方向は、南西に向かい。徐々にスピードが上がって、見えなくなっていた……。
━━同時刻。
エドナ学園長から『特別教室』がこちらに向かったと一報が入った。聞いたオーラル達は、直ちに左将軍ロート・ハーレス率いた魔導兵2000、
魔王ピアンザ率いた、騎士団長トロン・バーン魔導兵2000、
第1師団カール・シタイン准将率いた、部下魔導兵1500、エドワルド公爵率いる。魔導兵1000、
バローナ将軍率いる。魔導兵1500、
総勢8000もの魔導兵が、国境の街ローン郊外に整然と並んでいた。
「間もなく『神々の鉄槌』が放たれる。総員準備を整え次第。疑似神の討伐に当たれ」
五ヵ国連合軍の統括を任せられたオーラルの命に。皆静かに頷いていた。
「オーラル陛下、交易船から連絡がありました。『移動攻撃兵器』(レギオン)がファレイナ沖10海里に現れました」急報に、魔導兵を操る仕官クラスが慌ただしく動き始める。 「後衛のオレルアン殿に伝令を」
「はっ、承知しました」
間もなく大賢者オール・セラが残した。『移動攻撃兵器』(レギオン)による。ただ一度だけの砲撃。10万もの疑似神は、
あまりにも強大━━、例え大国全ての力を注いだとして、滅することは難しい……。
ただ一度のチャンスがあるとすれば、疑似神の母なる女神アントンが、大群を率いて現れた時……、今頃は……、
━━7日前……、
ファレイナ公国、深夜……郊外、
「陛下。万が一のおりには……息子のこと、お願いいたします」生真面目に黙礼していた。オーラルは長年苦労を供にした忠臣を抱きしめ。一つ頷いていた。
「さあ~行きましょうボルト殿♪」
やたらハイテンションの剣将エフィ、呆れ顔のルルフが、土竜騎士団に同行する。ボルト達はこれから奪われた城塞都市ベスマルまで、疑似神に見つからずに、秘密の抜け穴を使って通り抜ける任務に着く。とても危険な任務である。そのため死ぬ可能性は高い。
「では陛下。行ってきます」
ボルトが、日に焼けた顔で敬礼した。ついで50名あまりの土竜騎士が敬礼する。オーラルは返礼を返すと。土竜騎士団は、秘密の抜け穴を使い。進軍を開始した。しかしなぜそのような抜け穴が、郊外にあるのか、はぐれワーム事件で、壊滅的被害を被った軍国の物質を運ぶ。地下道を作った。それは馬車では一度に運べる量も少ないが、土竜馬車ならば、倍以上の物質が運べたからで……、
はぐれワームの開けた。穴を再利用した形である。
ボルト達を見送った翌日……、
━━軍国の首都ゲレス陥落。
━━ボルト達は、依然として連絡を経ったままである。
遠目に見えていた。建物らしき飛行物体は……、凄まじいスピードで、ファレイナ公国上空を通過。軍国ローレンの首都ベレスに向かうのが、肉眼で確認出来た。
━━同時刻。軍国ローレン国境。城塞都市ベスマル。泥まみれの一団が、憔悴した顔を浮かべながら、どうにか結界魔法を設置。ボルト・ホウリーの隣に走り寄るエフィ、ルルフは、その時を待っていた。
……そして三人の目は、みるみる迫る空飛ぶ建物らしき物を発見。
「結界発動!」
「ハッ」
数十はある無数の防御結界が。華の国ダナイ方面に抜けれないよう展開していた。
━━『特別教室』教壇に立つ狂喜の双子は、シンクを見て頷いていた。ついにその時が来たようだ……、
「我が、右腕に宿りしラケルよ。左足に宿りしクエトよ。我が前に現れ力とならん━━。竜人降臨ラケル・クエト!?」凄まじい魔力が、シンクの身に立ち上ぼる。風竜ラケル、地竜クエト、二匹の魔力に自身の魔力を合わせた三色の魔力が混ざりあり……、
━━奇跡を起こした。竜の言語による小さな魔方陣が現れて、中からシンクに面立ちが似た。翼ある1人の竜人が現れた。
「ラケル・クエト、席に着いて……」
『承知してる』
ニヒルに微笑して、シンクの隣。24番目の席に座った。
━━瞬間。
隠された最後の仕掛けが発動した。
神々の祝福を与えられた。12のペンダント、24の生徒が揃うとき、たった一度だけの奇跡が発動する。
『特別教室』の下方が、静かに明滅を繰り返し始めた。
不可視のブーンという音が、教室内に響き渡る。突然現れた空飛ぶ物体に、疑似神達が騒ぎだした。女神アントン、夫マローダ、二人の後から現れた。真っ赤な炎のような髪の少女は、空を見上げていた。
『お母様……、あれは何ですか?』
人間だった頃。彼女の名前は、シャイナと呼ばれていた。
「さて……何かは分からぬが、危険なものだろうのう父よ?」
マローダの目に、何の光も宿りはしないが、従順にアントンの言葉に頷いた。
『お母様……、私も早く人間が食べたい。それに……』
「ええそうねシャルロット」
たった一匹。自我を残しておいた我が子を愛しく思い。髪を撫でていた。
アントンが語る間にも。光は強く。明滅が激しくなり━━。
━━突然太陽が現れた。そう思われるほど。凄まじい光が、軍国内に降り注ぎ……、変化は突然始まっていた……、
『がっは…、いっ痛い……、おっお母様』
全身を焼かれる痛みに。女神アントンですら。真っ白い肌は焼かれていく。
「これは……神々の奇跡」
驚愕に目を見開き、叫びを上げた。ドサリ……、鈍い音がして、傍らを見れば、マローダは生きたまま干からびてゆくではないか……、
「おのれ……、人間が、おのれ!」
唯一女神アントンだけが、焼かれながら回復していたが……、見える範囲。自分が腹を痛めた疑似神達は、滅され。灰になっていく様に。血の涙を流していた。
「ゆるさぬゆるさぬ人間が!。ギィァアアアアアアアアアアア」『たっ、助けてお母様……』
「おっおお……シャルロット!?」
ドスンと倒れてきた。巨体を誇る疑似神が息絶えた。アントンは巨体の疑似神の腹を割いて、娘のシャルロットを連れて、疑似神の中に逃げ込んでいた。
━━凄まじい威力を発揮した『神々の鉄槌』は、始まったと同時に消えていた。
各国の連合軍は、神々の奇跡の力が消えた瞬間。結界を一部解いて進軍を開始した。
後衛を守るのは、剣聖オレルアンに一任された。
8000もの魔導兵が、一斉に各地に進軍する様は、いっそ凄まじく。生き残った疑似神討伐を開始していた。
「間もなくこの教室は、墜落する」
「そしたら戦場の真ん中さ」「僕たちは女神アントンを狙う」
「君たちは予定通りにね~」
双子の教諭は、本当に幸せそうに笑い。最後の授業を終えた。
神々の奇跡を付与されていた。12のペンダントの力を失い……、『特別教室』は落下を始めた。軽い浮遊感……、強い衝撃にシンク達の体が浮いた。
「いた~い」
モレン以外は、それぞれ怪我もなく。どうにか無事だった。教壇に目を向けたシンクだが、いつの間にか狂喜の双子は消えていた。
「……みんな、訓練通り。後方支援部隊を中心に。離脱を開始するよ」
みんなの注意を引くため、パンパン柏手を打った。
「分かったわ。後方支援部隊は私の元に!」真っ赤な髪をさっとかきあげたフレア・カレン=ダレスの元に。シアン・イナバ、リーザ・カーベン、メグ・ファノア、ローザ・リナイゼフ、モレン・カルメン・オードリーが集まる。
「まずは、外に出て周りの安全を確認する。コルト頼めるかい?」
「うむ、承知した」中距離武器の五人部隊。コルト・アルベルトの元に。レイラ・バレス、カノア・テレグシア、ランダルフ・フェレンツエ、フィア・ガイロンが獲物を手に集まる。
「俺と、ランダルフが先に出てから、テレグシア。その後ろからフィア、レイラの順で周囲に気をつけて出るぞ」
遂に実践である。コルト部隊の中でもフィア、レイラは夏休みに。魔物討伐を経験している。五人の中では落ち着いていた。
「安全確保がされたら。アネス部隊が出て、そのままコルト部隊は探敵開始」
「分かってるわその辺りは任せて」
ふぁさり金のゴウシャス縦ロールを煌めかせた。アネスの元に、ヒナエ・バウスタン、フィル・マノイ、サラ・ローガン、ラグ・セレン、アオイ・エンディ・オーマが集まる間に。コルト部隊が、周囲の安全を確認しに出た。
「アネス部隊が出たら。フレアさん達は続いて」
「分かってますわ」自信満々に艶やかな微笑む。
「よし、疑似神の死骸はあるが、見える範囲に敵影なし」
コルトの合図に、アネス部隊が、次々と飛び出していく。
「次、良いわ」直ぐに合図がされてフレア部隊が、戦場に出ていく。
「リルムちゃん、フレイミの二人には、一番大変だと思うけど、先行する2部隊の支援を考えて行動をね」
「ええ分かってるわシン♪」
「任せてくださいシンクさん!」
後方支援部隊が出たところで、二人がついで戦場に出た。
「僕たちの行動が、これからみんなの生存に関わる。だから自分1人で何とかせずに。面倒でも2対1または四人で連携をとることを考えて欲しい」
この中でも実戦経験豊富なシンクの言葉だけに、三人は素直に頷いていた。ほどなくリルムの合図で、四人は戦場に足を踏み入れていた。
乾いた風━━。
シンク達の眼前に広がる風景に、流石に息を飲んでいた。何せ見える範囲が全て砂漠地帯になっていたから……、
「凄まじいな『神々の鉄槌』とは」
探敵から戻って来たコルトが、しみじみ呟いていた。見ればそれぞれ武器が汚れていた。疑似神の生き残りがいたのだろう……。
「首都ゲレスは、ここから南西に五キロ、砂漠地帯だから。今日中に着くのは厳しいかもしれない」コルトの報告に。皆の顔が強張る。ここは仮にも敵領内のど真ん中である。
「一応食料、水は持ち込んであるから。そこは安心してほしい」
手にしていたのは、見覚えのある古ぼけた魔法アイテムのリックである。
訳を知る生徒達に笑顔をもたらせた。
出発して、直ぐに疑似神の生き残りが、襲いかかって来たが、
「テレグシア前に出過ぎだ。ランダルフ、レイラ補助に入れ」
やや前に出てしまったテレグシアの援護に回るコルト、払い技で疑似神を払いのけた隙を突いて、ランダルフが、強撃してとどめを差し。レイラがテレグシアの側面から走り込んできた、疑似神を牽制。背後から来た別の疑似神をフィアが、横凪ぎの一撃を見舞い。アネス部隊の方に弾いていた。
「ちょっとフィア、こっちも大変なんだからね!」
ヒナエが素早く疑似神にとどめを差して、文句を言うが、フィア達は忙しく動くせいで、返事は出来なかった。
「コルト部隊下がって、俺達と交代だ。モレンから水と軽食受け取って」シンク、クルミ、エルマ、ミルが一気に疑似神達に迫り。瞬く間に撃退してしまう。
ようやく一息着けたコルト部隊の面々は、モレンの手にある小さなリックから人数分の水とチョコレートを受け取り。
「なあ~そのリックって、シンクの持ち物だよな。随分色々なの入ってるんだな?」
ランダルフが疑問を口にすると。
「あっ、これ魔法アイテムみたいで、かなりの物資が、備蓄されてるみたいで良かったです♪」
「本当よ。お義母さんたら……」
不満たらたらのリーザ、気持ちが分かるだけに苦笑していた。
「リーザお前。水飲んでないだろ?。少し飲んどけよ」半分残る水筒を受け取り、ちょっと赤くなるリーザ、
「あらあら~、あなた達そうだったの?」
髪を肩まで短く揃えていたシアンに。気付かれてしまい。ランダルフまで顔を赤くして、二人は目で会話していた。
「へえ~。リーザも隅に置けないわね」 恋ばな大好物の姉妹は、次々に質問を始めて、初々しい反応に愉しげな笑い声が 聞こえていた。
辺りが暗くなり始めた頃。ようやく建物が残る。首都ゲレスが見えてきた。
それから間もなく。時間は掛かったが、どうにか町に着いていた。
━━その頃、娘シャルロットと供に。難を逃れた母なる女神アントンは、自分の命を受け入れる。一部の疑似神を引き連れ。華の国ダナイ方面に抜けようとしていた━━。
「何だと!?」
唖然と立ち尽くした。眼前に広がる巨大な魔方陣が無数に展開。数千もの軍勢がいるではないか、そんな筈ではないと……、気持ちではあったが、
「くっ、だったら首都ゲレスを目指すまで」
残念なことに夫マローダの持っていた。死者の神アレビスの骨から作られた杖は、確かに強力だが、物理的な力は無いに等しく。疑似神達が敵わなければ、女神アントンでは、結界を引き裂く力はなかった。
引き返す疑似神達を見送りながら、ボルト・ホウリー達、遊撃部隊の面々の顔に。安堵の色が広がる。
「ボルト殿。とりあえず最初の猛攻は防げました。今のうちに交代で休息をとるとしよう」
流石に疲れが隠せないルルフの言葉に、そうだなと頷き、短い仮眠をとらせるため彼女達から休ませることにした。
連合8000の魔導兵は、着実に。疑似神討伐を完遂する一方で、包囲網を抜けた残党が現れたと、後衛を勤めるオレルアンの元に届いた。
「ライト、キロイ両剣将はそれぞれ200の兵を連れて、討伐に迎え」
「ハッ」
「承知」
両名は、きびきびと走り去って行く。ここからが正念場。気持ちは先ほど知らされた事実に絶句していた。まさか……、
「クルミ様……、どうか御無事で」沈鬱な顔を浮かべていた。
「バローナ将軍、ナウマ村奪還。疑似神討伐完了。続いて北上してコウラの村に向かうとのこと」
「了解した。バローナ殿達には、コウラの村奪還後に待機。デーア達には、ナウマ村に向かうよう伝えよ」
「はっ」
魔王ピアンザの命に、伝令は走る。
「ロート左将、アルベルト公、トロン・バーン団長それぞれ現在向かう村、町にいる。疑似神討伐後に。兵を交代させよ」
オーラル、ピアンザ両名の判断は早い。
「ハッ」
伝令兵はそれぞれの陣幕に急いだ。
「時間が足りぬ……」
空を見上げ、厳しい表情を変えないオーラル。
「今頃は、首都ゲレスに着いたころか?」ピアンザの問いに一つ頷く。
「問題は、女神アントンが城塞都市に現れたこと」
明らかに首都ゲレスを目指すだろうとの見解は、ピアンザとて同じ。
「娘達には、あれがついておる……」
黒い相貌には悲しみが浮かぶ。
「仕方あるまい。あの二人が望んだこと。自分たちが存在することで、バローナ達を危険にさらしたくないとの願い。我々にはどうすることも出来ぬよピアンザ……」
友の苦悩を消すことは出来ない。しかし供に背負うことは可能である。オーラルの言葉に不覚にも鼻の奥がつんと痛む。
「そうであるな……グラベル、グラム。我が子達を頼んだぞ」深く黙礼していた。
『お母様!、美味しそうな匂いがします』
赤い髪、顔の半分が焼けただれ、下半身から下を失ったシャルロットをかいなに抱き。
「ええ~それも若い人間の匂いだわ」
ゴクリ食欲を刺激されて、淫貪に微笑んでいた。
凄まじい殺気を感じて、シンクはハッと顔を強張らせていた。一堂がいるのは、町のほぼ中心にあるローレン学園。
その地下部分━━。半壊した地下をどうにか掘り出したシンク達だが、『瞬く扉』も機能停止しておらず。魔方陣の再起動に苦心していた。
「女神アントンが迫ってます。クルミ、エルマ、ミルは予定通りに。リルムちゃんとフレイミは、位置について、ここの守りはコルト部隊に任せて、アネス部隊は、仕掛けの発動に動いて」
念のため大規模魔方陣。防御結界を準備しといて正解だったようだ。
「フレア、シアン先輩、リーザそちらは任せます」
三人の魔導師は、顔を青ざめさせながらも。頷いていた。
「数はいますが、きちんと対処すれば大丈夫です!、だから生き残りましょう」 『はい!』
『ああ!』
それぞれがベストを尽くせば、きっと生き残る可能性は高いシンクが信じるならば、皆も信じられた。
━━アネス部隊の面々は、それぞれ3人ずつ別れて、建物影を縫うように走って行く。殺気は徐々に強まり、まるで首都を覆うように広がっていた。粟立つような寒気と不思議な高揚感を味わいながら、アネス部隊の6人は、大規模魔方陣が仕掛けてある位置に着くと。それぞれ魔方陣を起動していた。
━━発動した魔方陣は全部で6つ。冬休み。奇しくもリルム達が、大規模魔方陣を使って、魔神を倒した方法をシンクが、都市部仕様にアレンジ。
後の世に『大地の迷宮』と呼ばれる。大規模魔方は、都市部の街並み全てを飲み込み。切り立った巨大な渓谷を作り出して。無数の袋小路を生み出す魔法で。町に入り込んでいた疑似神達が、いきなり現れた岩壁と迷宮に阻まれ。身動きがとれない袋小路に追いやられる。リルム、フレイミ両弓兵は予定通り渓谷の小高い岩だなに膝をついて、安全を確保しながら、疑似神達を撃破していく。
しかし大多数の疑似神達は、岩壁すら破壊しながら、ひたすら真っ直ぐ、シンク達四人のいたローレン学園校門前に。殺到していた。
━━その数。約百近い。中には凄まじい魔力を帯びた。真っ白い少女が、半身を失った。赤髪の少女を抱いていた。
「女神アントン……」
シンクの呟きに。ミルの顔に皮肉気な笑みが広がっていた。
「我が敵に゛過度な祝福を゛」
シンクの合図がくてもミルは自分の役割を理解していた。まるで全ての疑似神達に祝福を与えるかのように。両手を広げていた。
ミル・ダルフォン・カーリア彼の曾祖父は、光の女神レイザと月の女神ラトアの夫として、神々の住まう地で暮らしていると言われていた。そんな彼の一族には、強い祝福が与えられていた。敵対する相手の力を半減させる。女神達の呪いとも言うべき能力である。
「繋げ」
緑かかった髪を後ろに束ね。凛々しい顔を引き締める少女は、緑の民である能力を開放して。見えない糸を見える範囲の敵に繋げていた。緑の民にはそれぞれ神々の力を受け継ぐのだが……、エルマの能力はとても弱い。その一方で、複数の敵に仕掛けることが可能である。
「クルミさん、シンク行きます!」左右間を開けた真ん中やや後ろで。二人は独特の刺突の構えをとっていた。まるで同じ構えであるが、栗色の髪のちんまい少女は、自身の身長はある大剣、シンクは木目浮かぶ棍である。
「クルミ行くぞ!」 「はい!」
喜びを称え返事を聞いた瞬間エルマは命じた。
「閉じよ」
と。エルマの能力はあまりにも弱い。だがそれゆえに。どんなに強大な敵でもかわすことは出来ない。単純ゆえに強力な能力。たった一度瞼を閉じてしまう。そんな些細な能力であった━━。
クルミ、シンクの背で凄まじい追い風が発生、二人の獲物に魔力が集まると同時に。二人は走り出していた。
烈迫のタイミング。二人は、同時に技を繰り出した。
「うぉおおおおお!」
「はぁあああああ!」
ファレイナ公国史上最強の剣士、ミザイナ・アルタイルの必殺技、ガキン、
到底生き物を叩いて出せる音ではなかった。二人の一撃により半数が上半身を消失。女神アントンですら。杖を持つ腕を失っていた。
「なっ、な……あり得ぬ、あり得ぬ!、たかが人間が、このように強いなど……」
信じられぬ出来事に絶句していた。
「ああ~そうでもないさ」
「ああ~そうでもないね」
突然アントンの背後に現れた。金髪碧眼の美しい青年達。
「お前達は……」
「雷鳴よ凪ぎ払え!」
「雹よ貫け!」
双子が天空に手を掲げた数瞬で、暗雲が広がり雷鳴が轟く。 「後は、僕たち大人の仕事だ」
『君たちはもう行きなさい』
真っ直ぐシンクの眼を見ていた。その相貌に初めて浮かんだのは安堵であった。二人に促されて。シンクの決断は早い。「全員撤収」
「さすがだね」
「彼女が、本気でないと見抜いた」
女神たるアントンの目は、苛立ちに細まる。
「たかだか、最弱な兄の分際で、我に勝てるつもりかえ……」
ゴゴゴ大地が鳴動を始めた。
「僕たちも。君のように無意味に、時は過ごしていないさ」「力を得たのは、アントンお前だけだとおもうなよ……」
目に初めて怒りの光を宿した双子に。やや気圧されたが、
「人間の味方になった愚かな兄よ……、」
ビキリ異音を響かせゴキン。身体が一回り大きくなっていた。女神アントンの内側を破るようにみちみち音が辺りに響く。すると額が裂けて、額から触角が飛び出し。ごりごりと異音を奏でながら。
口が、鼻まで裂けて、昆虫の顎のように変化。じゅうと酸のヨダレが落ちる。
みるみる巨大化してゆく女神アントン。抱えていた赤髪の疑似神まで自分に取り込み。全身黒光りする虫の身体に変化していった。
「やはり醜悪だね」 「嫌悪感すら抱くよ」
その姿。あらゆる場所で生き、あらゆる物を食する存在。蟻であった。
双子はお互いの手を繋ぎ、背中合わせになるや。まるで女神アントンのように。同化しながら巨大化する。腕は六本。三面の顔を持った。阿修羅と呼ばれる存在に変化していた。。怒り。悲しみ。最後の一面は慈愛である。
『グァアアアア、喰らうてやろうぞ兄さまガタ』
顔は巨体な顎が発達していて、金属を擦り付けたような、気分を害する声で問うた。
『最後だグラム』
『ああ~ようやくだねグラベル』
二面の怒り、悲しみの顔が、楽しそうに、嬉しそうに笑う。最後の一面慈愛の顔は、静かに涙していた。人々を助けられなかったこと。大好きになった一人の少女……、
『こんなにも幸せな気持ちで逝ける』
『彼女には、幸せになって欲しいね……ビーナには』
━━4年前。軍国ローレン・首都ゲレス。
総統府・地下━━。
ペタペタ素足で歩いてるのか、静寂を破るように音がしていた。狂喜の双子。そう呼ばれた二人は、あらゆる魔力の光すら届かね。闇の牢獄と呼ばれる暗黒世界に囚われていた。それは彼ら二人が、不死の疑似神であり、存在するだけで、人間に害意を与えてしまう苦悩……、二人は牢獄から離れただけで人間の生命力を食べてしまう。災害である。そんな危険な存在が住む地に。何を好き好んでやって来たのか……、不思議でしょうがない。
「あっ貴方達が泣いてる子ね♪、初めまして、私はビーナ・エトワール。貴方達の主人になる科学者よ」美しい金の巻き髪。キラキラした眼をクリクリさせた女の子。それがビーナだった。
最初何を言ってるのか、全く理解が出来なかった。しかも自分たちの主人になると言い出したおかしな女の子。
━━だけど……、不思議なことに思わず笑っていた。こんなにも楽しいと感じたのは、魔王と出会った日、
━━恐ろしいと感じたのは、英雄王オーラルと出会った日に匹敵した。
「私にかんちゃ……、いた舌を噛んじゃった」
カツンと二人の足元に何かが投げられた。
「それは、貴方達の疑似神の力をキャンセルするアイテムよ。ただし自分たちの気配すら認識出来なくなるのが難点だけどね~。普通に生活は出来る筈よ。それを身につけ着けて、私に忠誠を誓えばね♪」
とんでもないこと言い出した。
「それは面白そうだ。魔王が言った通り」
「それは怖そうだ。英雄王が言った通り」
狂喜の双子と呼ばれた者は、彼女に忠誠を誓う。彼女が幸せに暮らせる世界。場所を作ろうと。だから邪魔な疑似神達を、滅ぼすと決めていた。それこそが二人が用意してくれる。双子の終わりかた━━。
『彼女は怒るね』
『彼女は泣くね』
『本当に可愛らしい。ご主人さまだから』
女神アントンの手足を。6本ある腕で掴み固定していた。
『離せ!何をするつもりだ』
雷鳴が、頭上でゴロゴロ鳴り響く。双子が今から放とうとしてる魔法こそ。最大の雷撃が彼女に降り注ぎ、分子の結合ごと崩壊させる双子の最大級の魔法。『天帝の轟雷』自分たちごと滅して、塩の固まりに変えてしまえる強力無比な一撃を放つつもりだった。
━━その頃、シンク達生徒達は、無事に稼働させていた『瞬く扉』で、順番にアレイク王国に移動していた。
最後にシンクが移動したのだが、凄まじい吐き気を再び覚えた。二度目の経験でも慣れることはなかった。
「皆さん、ご苦労様でした♪」
艶やかな笑顔で出迎えたエドナ学園長に。流石に答えれた生徒はいなかった。
━━同時刻。今まさに滅びの雷撃を受ける刹那……、
女神アントンは、自分の身体から、赤髪の少女を繭に隠して……落とした。
『あっあああシャルロット……』
生まれて……初めて、我が子を愛しく感じて、まるで本当の母のように。娘の無事を願っていた。まるで人間のように……。
全てが終わった時……、塩の柱の中にあった繭は、まるで守られたように残った。そして……シャルロット=シャイナは、二度目の産声をあげていた……。
「あっああああ~、いやぁああああああああああ、わっ私は……」
ただし……、全てを思い出して、絶望の叫びを上げていた。━━母なる女神アントンに喰われる直前……。自分が誰だったと……、
「あっああああああああ!。嫌だこんなのは嫌だ!?」
たった1人残された疑似神。元人間でありながら。過去を思い出してしまった存在。
だが……身体が求めた。どうしょうもない飢餓を……。彼女は母なる女神アントンの写し身……、少しずつ餓えは、倫理観すら喰いやぶる。どうしょうもない飢えを意識して……、ゆっくりと動き出した……、
━━アルベルト陣営。
前線から女神アントンの死滅を確認したと一報が届いた。
「よし!、残党を狩尽くせ」
気合いが入るも仕方がない。ようやく不安が消えるのだ……。
「大変です!、本陣に疑似神が現れました」
「何だと……」よりにもよって、予備の魔導兵を出したこのタイミングとは……、
「直ちに動ける兵を総動員して。パイロットを守るのだ」
「ハッ」
慌ただしく走り出していた。アルベルト公は代名詞である。槍を手に外に鋭い表情で外に出た。
……その数…、僅か一体。赤髪の美しい少女を認め……、アルベルト公は不覚にも身体が硬直していた。
「アハハハハ。アハハハハ~美味しいわとても美味しいのお父様。なんて美味しそうなの」
「アルベルト様危ない!」
惚けて、我が娘の変わり果てた姿を目にして……、完全に頭の中が真っ白になっていた。ザシュ……、アルベルト公を守ろうとした兵ごと……。腹部に激痛が走る。「ああ~お父様……、お父様……」
「そんな……シャイナ」
赤く毒々しい唇を広げ。父の喉笛に食らいついた。
「……許せシャイナ!…ガヒュ」
ゴフ……血を吐き出した。右手で槍を構え放つ奥義。『神々を貫く槍』(グングニル)最後の生命を振り絞り、娘の胸を貫いた。
「ガッ……お父様……、ごめんなさい……」
「……良いのだシャイナ……ガヒュ…、ゴフ……」
親子はお互いを抱きしめ……。アルベルト公は、自身と共に……槍で自害していた。
壮絶な最後を遂げたアルベルト公の訃報は、ミザイナ女王に 同日伝えられた。
多くの命を失った疑似神討伐の事件は、こうして幕を閉じた……。数日後……、
深い悲しみを抱くコルト・アルベルトの元に。ランダルフが訪れていた。
「よお元気そうじゃないか」
「お前か……、何とかな」
暗い表情のコルト、彼は明日にでも自国に帰国するという。 「あんたには言っとくよ。おれも近々南大陸に戻るつもりだ」
やや意外そうな顔をしたコルトに、少しだけ困った顔で、
「色々と迷ってたが……、華の国ダナイの復興を目指そうと思ってな」
「それはまた。大変なことだ……」
かの地は、草木すら生えない死の砂漠となっていると聞く……、
「かなり大変だろうと思うが、オーラル王が、うちの親父に支援を申し出てくれてな~」ランダルフの父達が、リドラニアに住んでることは聞いていた。
「当分は親父が、貧乏国の王になるから、俺と兄貴は……」困ったような気恥ずかしい。そんなところか、
「ならば同盟国として、友人として、復興の力になろうぞ」 少しだけ笑みを浮かべて、手を差し出していた。
「頼むぜ、結構あの教室の奴ら。あてにしてるからな~」
なるほどな……、それは忘れ…、気が付いたとたん。ランダルフの不器用な優しさに気付いた。
「縁とは……、実に不思議な物だ……」晴れ晴れした気持ちでそう呟いた。
……数日後…、コルト・アルベルトは卒業式に出ることなく帰国していた。
後日……。
ランダルフ・フィレンツェ退学の申し入れがあり。エドナ学園長は了承していた。
エピローグ
━━アレイク王国・フローゼの町
アレイク王レヴァ陛下の温情により、ランダルフ達。フィレンツェ一族の帰国に。交易船を二艘と当分生活できる食料。物資満載でプレゼントされていた。
ランダルフの父、ゴウエン、兄キサラギが見守るなか、沢山の友達に囲まれる子息に。目を細め驚きを隠さずにいた。
「親父……、あいつ変わったな」
「ああ~良い笑顔をするようになった……」
キサラギの言葉に感心した返事を返していた。
「……ランダルフさん」
少し迷うような顔をしていたリーザに。ランダルフは優しい 目を向けていた。
「ほほ~うあやつがな」「なかなか賢そうな子ですな父上」
「うむうむ」
二人の会話が聞こえてきて、二人は目を見合い。赤くなっていた。
「リーザ……、俺は国を建て直したら。お前をめとりたい」
「……本当ですか?。本当に私を…」
真っ赤になるリーザ、彼女を力強く抱き締めていた。そしてむつみごとのように囁いていた。
「━━ああ誓う、だから7年、いや5年だけ待って欲しい」真剣な声音。好きになった彼の温もりを感じて、
「……はい、待ってます。ランダルフさん」
彼の胸に強く抱き着いて、リーザはそう呟いていた。
何だかしめぽい雰囲気から、甘やかな空気に変わり。見送りに来たシンク達を、苦笑させていた。
「ランダルフさん!、待ってますから」 大きく手を振り船を見送るリーザと。『特別教室』の生徒達は、明日から再び。日常が戻る。今日だけは……、
アルベルト公、疑似神と相討ちとなる。大いなる死を振り撒き続けた疑似神達の母。女神アントンを倒した人々には、新たな日常が始まろうとしていた。




