閑話姉妹弟子珍道中5
プロローグ
ラノバ族のハルを見送った三人、アネス・レイ・アレイク、ヒナエ・バウスタン、セレナ・レダの三人は、再びカフェ・ブルーを訪れていた。
「お父さん!、ただいま」
午後になって、お店も一段落した時間である。思わずタイミングがよいなと。微苦笑浮かべながら。ハープの茎をピコピコ、抱き着いてきたヒナエを出迎えていた。
「お帰りヒナエ」
「うん♪」
子供の頃はよく。王都カウレーンの本店で、こうして鍛練の後。顔を見せてくれていた。思わず懐かしさを噛み締めつつ。
「お前の好きな、クリームブリュレ作っておいた。手を洗い、うがいして三人で食べなさい」
「うん♪」もしも今のブルーを。ヴァレが見たら……。きっとからかわれるだろうな……、
━━そう思ったが、自分の娘はやっぱり可愛いと。目尻を下げていた。
━━父に言われて、店の個室に行くと、1人の妙齢の美人が待っていた。
「あっお帰りなさいヒナエ、久しぶりね♪」
にっこり笑うと、ヒナエに顔立ちが似ている女性を。不思議に思ってアネスが首を傾げている横で、
「あっレイカさん、お久しぶりです~。お元気でしか」
「フフフ元気よ。貴女のこと。アオイから聞いてたの婚約おめでとうね♪」
からかうように叔母に言われてしまい。
「えへへ~♪。ありがとうございます」
にこやかに会話を始めていた。アネスとセレナの二人はどうしたものか、困っていると。
「あら、失礼しました。アネス様ですね。お目にかかるのは初めてです。ヒナエの叔母、レイカ・エンディ・オーマと申します」
その名に聞き覚えがあった。
「確か……ミラさんと同じ王族護衛の」
「はい姫様、王族護衛隊長を勤めさせていただいております」「そうでしたか……」
彼女のことは、父から聞いていた、オーラル王の後押しがあって、長年我が国を裏から支えてくれた。黒衣の一族に。恩賞として1人の女性に貴族の地位が与えられたと。
「なるほど、貴女は黒衣のかたでしたのね」先ほどの言葉に合点がいった。それからヒナエが、叔母と呼び。なついてる理由にも。
「アネス姫。セレナ様。このこと内密にお願いします。私達のこと知ってますのは、オーラル陛下。前国王夫妻だけでございますので」
それは理解していた。二人は『はい』と察して、頷いていた。
「それはひとまず置いとくわね。ヒナエ……、少し前に道場に押し入った。ごろつきのこと覚えてるわね?」
「えっ?、レイカさんどの話ですか」
心当たりありすぎて、困ったように首を傾げていた、
「………」
思わず言葉を失い。天を仰ぎつつ相変わらず。ずぼらな姉を思い出して。肩を落としていた。
━━レイカは最近。近隣諸国で起きていた。誘拐事件について調べていて語る。
「それがどうしてリドラニアに?」
鋭い指摘をアネスはしていた。
「私達のこと。リドラニア女王陛下達は知りません。ですがブライアン様から内々に。我が国に打診がありまして━━」
未だに内政がおぼつかないリドラニアでは、事件自体大きな可能性が高く。処理しきれない可能性があった。だからアレイク王国のブルー・ファミイユに打診があった。
「なるほど……、ファミイユ殿に。確かに重臣ですが、起業家の肩書きもあるから……」
「ご明察。そこで姉ミラに調査を依頼したら━━」
ミラが調べを進めた結果。ブライアン様の予測通り。大がかりな犯罪組織が、関わっていたと。「あなた方がどうして、この地にいるのかは理解しました。その上でお伺いします。何故私達にそれを告げたのですか?」
今まで無言だったセレナが、鋭く言葉で斬り込んでいた。
「……」
意外に鋭いと思い。一瞬言葉を失っていると。
「ああ~なるほど。レイカさん達は、お母さんのお手伝いを、私達に頼みたいんですね?」
慣れているのか、ヒナエが察した。
「正直に言えばそうよ。表だって戦力の投入は出来ないから。あなた達が現れた時。神に感謝したくらい」
肩をすくめながら。あっさりぶっちゃけた。
「あらあら何を楽しげに密談してるのかと思えば、何だか面白いことになりそうね♪」いきなり部屋の中に気配が現れて、三人はとても驚いた。
「だめよ姉さん、驚かせちゃ」仕方なさそうに。苦笑しながらも既に気付いてたレイカは、姉ノルカをたしなめるように。苦笑していた。
「……あっもしかして、ノルカ伯母ちゃんですか~?」
「ええそうよ。ヒナエと会うの5年振りかしら?」
「は~いそうです~。ご無沙汰してます♪」
ヒナエが嬉しそうに言えば、蠱惑的な顔立ちのノルカは、艶然と微笑していて。同じように嬉しそうな様子が分かる。
二人を見比べたアネスは、ヒナエの妖艶な魅力のルーツを知った。
黒衣の長ノルカのことは、王位継承権を持つアネスは見知っていた。それだけにノルカが現れたことで……、この事件の大きさに気が付いた。
同じように考えていたセレナは、今までの会話の中。疑問を抱いた。
そう……、セレナ達のことも戦力に見ている点である。1人熟考してるセレナに気付いたレイカは、彼女が父イブロに似なかったことに注目していた。
(噂とは違って、ただの武力馬鹿では無いようね)と察した。「セレナさん。貴女。ナターシャ様に似たのね」
一瞬で、セレナの素性と隠していた特性を見抜く姉の観察眼は、流石である。
驚きながらも改めてノルカ、レイカを見つめたセレナのため。中央大陸事件が起こる以前に、リドラニアで起った。ある事件を話していた。
「ヒナエ、アネス様。直接ではありませんが、関わりがありますので、お聞きくだい」
そっと背を押すように、蠱惑的に微笑しながら。ラトワニア神国を襲った戦争。あれ以前になるが。リドラニア公国の裏で起きていた。1人の海賊の物語があった……。
当時のリドラニアは、東大陸の海洋貿易の中心地で、北大陸、西大陸から。貿易船が毎日のよいに訪れていた。無論沢山の海賊もいたのは言うまでもない。リドラニア王家とはそもそも、特別な役目があったことが、最近知られたばかりである。隠された歴史の中に冥界に堕ちた中央大陸と。東大陸をつなぐ壊れた扉があった。後にリドラニア王家はその事を忘れるが……、世に出てはいけない歴史書。禁術書を密かに隠し。守る役目としていた。
「その中には『赤の書』と白の書』呼ばれる書物があったの」
あらゆる禁術が書かれた、危険な書物である。そう言われていた。
「禁術書……」セレナの心にさざ波がたっていた。
「我が国とリドラニアに災厄を起こしたナタク・レブロ。かの者が関わる以前から。リドラニア王となった末のセイジ王子は、自身の影を切り離し。吸血鬼となっていたわ……」
人間から吸血鬼になるには、いくつかの段階があると言われている。その一つが多くの血と……、肉親の生け贄が必要だと。禁術とされる魔法の多くが大きな代償を払うため。禁術と呼ばれる由縁である。
セイジ王子は、『進化の法』と呼ばれる禁術を使った。それにより限定的ではあるが、不死となった。だが王子の欲望は止まらぬ。あらゆる死から自身を守るため。更なる禁術『影切り』を行って、自身の影を切り離し。最大の弱点。自身の心臓を与え。隠した。これによりあらゆる外敵から。守られることになった。
「だがそれでもリドラニア王は、ある書物を求めた。自身を吸血鬼にしたにも関わらず……。力を求めた。それがリドラニアにあった『赤の書』彼は魔神になる方法を探していた」
「結果として、オーラルとカレイラ准将の策によって。水泡に記するわ」
歴史の話はこのくらいにして、今回の事件について語る。
「今回の事件は、シセリア様の出生にも関わるわ。どうしても素早い解決が必要で……、人手が必要だったの」
シセリア女王の父は、アル・センバード。義賊と名高い海賊で……、母は皇女ロメイダ、そして誘拐事件の組織の首謀者の名は……。
「海賊ギルド長アル・センバード」
義賊の名を旗印に。海賊ギルドは、瞬く間に大きくなっていた。
海賊ギルドが、根城にしているのが……、別名海賊島。移動する島である。
場所はリドラニア、ギル・ジータ両国の海域から東。機械と造船の国ジエモンが属する。諸島郡の海域の外側を航行していた。
━━海賊島・海賊の町ブラッド。別名ブラッディマリー。街を作ったのが、元ジエモンの技術者の女性だった、100年以上昔になるが、愛する夫を戦乱で亡くし。マリーは海賊に身を落とした……。狙うは諸国の海軍、それに準ずる街を略奪の限りを尽くした。当時のリドラニア王に絞首刑にされるまで、ブラッディマリーに皆殺しにされた船の数。三桁を越えたと言われた。伝説の女海賊である。
彼女は後に━━1人の女の子を残していた。名をジョゼ・ブラッド。
今から25年前以上になるが、当時海賊島を根城に、8つの海賊団を率いていた男がいた。大海賊と呼ばれ、一国の海軍など。相手にならないほど、強い結束力で仲間を従えた者。そのため海賊王などと呼ばれていたが、海難事故で。片足を失っていた、好機とみた八人の海賊団船長達は、大海賊ドルガを裏切って、追い落とした━━。
その後。八人の海賊団船長によって、作られたのが、海賊ギルドの前進である。しかし英雄オーラルの策略により、ドヴィア騎士団長イブロ・レダ率いる。一軍に急襲され。8つの海賊団の内、5人の船長が捕まり。後に絞首刑されていた。事実上海賊ギルドは崩壊したのだ。またドルガを裏切った八人の船長を嫌って。丘に上がっていた元海賊達は。ドルガが生きていたと知り。当時ラトワニア神国の将軍職にあった、ドルガ=ハン・ミラの元に集まり。中央大陸事件では、大活躍をしたのは有名であろうか、現在リドラニア海軍の半数は、元海賊である。
━━海賊島・港町・酒場。
喧騒と享楽的な香り。軽快な音楽、それにあわせて歌声が聞こえていた。この場に集まってる海賊の多くは新入りで、過去のこと知らない若者が多い。またその多くはアル・センバードの名に憧れた。無知な男たちである。世界が平和になるにつれて、冒険を夢見る子供は増えていた。そう……海賊ギルドとは、もはや名ばかりであった。子供達を唆し。誘拐して、売り払う、人身売買組織の上っ面程度に。海賊ギルドの仮面は存在していた。
二階の特別屋。壮年のがっしりした体躯。右目の下から。唇にかけて、刀傷がある男。元海賊団八人の船長が1人。絞首のナバティン・ブレイゾ、
「チッまたアジトが潰されたぜ、厄介な相手だな」
忌々しく。舌打ちして、掛けた歯を剥き出しに。エールを煽った初老の男。元八人の船長が1人ギジマ・エドルフである。
「確かに。予想外なのは否めませんな~」
ナヨリしなを作って、濃い化粧を施す、貴族を装った男。ミュアーゼ・ソルバン、最近幹部になったばかりの男だが、誘拐事件の黒幕である。他人事のように言うから。
「おいおいミュアーゼ、てめえどうするつもりだ?」
四人の中で、最年少ながら、纏う雰囲気だけで、辺りにいた幹部を威圧していた、若い男に。媚びるような色目を使って、ミュアーゼは言った。「はいはい~、既に手は打ってありますので、ご心配なく~」恭しくもミュアーゼは、若きアル・センバード二世に頭を下げていた。チッと舌打ちしながら。アル・センバード二世を名乗る青年は、ミュアーゼをジロリねめつける。しかし色目も顔色も変えない。食えない男であった。
苛立ちと供に。立ち上がったアル・センバード二世の姿は、やや猫背。ヒョロリとした印象ながら、動きは機敏である。彼が二世を名乗るのは、実はあながち間違いではない。彼の祖母は、この場にいない八人の船長が1人、ジョゼ・ブラッドの孫であった。そう彼こそ。この海賊島を作った女帝。ブラッディマリー。その血を受け継ぐ。後継者であったのだ。
さらに義賊アル・センバードとは、腹違いの妹の子供である青年は、ドルガの孫にあたり。本名をジョアーゼ・ブラッド。血まみれジョーと名乗れば、かなり知られた海賊である。祖母が病気で寝込み。死せる時を待っていた時。何を思い話したか定かではないが、孫の生い立ちを話して聞かせた。
チャンスだと思った。ちんけないち海賊で終わる人生など、これっぽっちも思ってはいなかった。だからわざわざブラッド最後の継承者として、名乗りを上げ、同じく燻ってた元海賊団船長の二人。絞首のナバティン、首斬りギジマを仲間にして、海賊ギルドを再建した。そこまでは良かった……、しかし資金難、さらには部下不足に喘いでいるとき、商人であったミュアーゼが、ある仕事を持ち掛けてきた。
ミュアーゼが部下になるや。瞬く間にジョアーゼ達は、見たことがないほどの金を手にして、潤沢した資金を使って、海賊船団を再築。以前に増した16まで、船を増やしていた。これに味をしめて部下を増やし。海賊業もそれなりに稼げるようになったが……、やはり金になるのは誘拐であった、それ故ミュアーゼに頼る部分が多く。アジトが次々と潰されたと言う報告は、自分たちの死活問題となって、忌々しい気持ちのあまり、ミュアーゼがいない間も。ない知恵を絞っていたと、そんな訳である。四人が今問題にしているのは、リドラニアの小さな漁村にあったアジトのこと。ここは拐った餓鬼を。他国に運ぶための重要なアジトだったのだ。
子供を拐い売り払うことで、金に変えた男。海賊団幹部。商人ミュアーゼ・ソルバンの生まれは、リドラニア公国である。元々海運商人であったが、リドラニア公王の事件で、まっとうに生きることが馬鹿馬鹿しくなったのか、山賊崩れのや元傭兵を配下に。リドラニア公国が再建された頃から。リドラニア公国、ラトワニア神国、聖アレイク王国内で、親を亡くした子供を拐って、金に変えていた……、昨年からアレイク王国の黒衣に目をつけられたと情報を得て、最近噂を耳にした海賊を。隠れ蓑にすることにした。ナヨリとした印象を与える化粧をし、あくまで道化を演じたのは、あくまでも海賊団に入る役作りである。
「ではセンバートの頭、次のアジトのため。しばしおいとまいたしますね~」
「ちっ、早くいきやがれ」
どうもお姉言葉。ナヨリとしたミュアーゼを。毛嫌いしてるようだ、でもこちらとしては、自由にさせてもらえて。かえって助かっていた。恭しく貴族風に着飾ってるためか、役者のような印象を与えていた。部屋を後にして、扉が閉まった瞬間。ナヨりとした雰囲気が、ミュアーゼから消えていた。彼の望みは、どこかの国に雇われることである。その為に必要な金と実績を積み上げるためなら、どんなこともいとわない。ミュアーゼとはそんな男であった。
「フフフ、海賊達には悪いですが、そろそろ潮時ですね~」
悪意ある笑みをうっすら浮かべていた。自分が行っていた全ての悪行を。ミュアーゼは、全て海賊に押し付けるため。証拠を残していた。だからこれからこの島で起こる。出来事に予想がついていた。
「ミュアーゼ様……」
音もなく現れた女は、まるで闇夜に隠れるよう。足音、気配すら希薄。闇に生きる者特有の雰囲気を纏っていた。
「アナスイか、情報の統制はどうだ?」
微かに頷き。相手の黒衣の手が、間近に迫ってることを悟る。
「ふむ、予定より早いですが、仕方ありませんね~。金はいくらかかっても構いません。新しいアジトはリドラニアの都に」
「ハッ。承知いたしました」
気配なく、アナスイは消えていた。薄く笑いながら。いかにしてリドラニアの中枢に食い込むか、策謀を巡らせていた。その上で、さほど心配はしていなかった。
「所詮は餓鬼に女二人、どうとでもなる」
エピローグ
ひょんなことで、海賊討伐に参加することになったヒナエ、アネスの二人は、二人の師であるミラ・バウスタンと合流していた。
「なんだ、あんた達まで来たのかい?」
ミラの姉妹に連れられて、現れた三人の内の二人を見て、呆れた顔をしていた。
「お母さん~」「ミラ!、久しぶりだ♪」華やかに笑う二人に。ミラもついにこやかに微笑み。出迎えていた。
「その娘は、初めてだね?」
その上で、美しい少女に目を向けていた。




