竜姫とシンク皇子の魔獣退治ですか?
冬休みを利用して、祖父夫妻が暮らす。北大陸に訪れたシンク・ハウチューデンは、竜騎士の師である。ミネラがお見合いすると言う事実を知り。義姉ラシカの願いもあり。どうにかするため一計を案じた。巻き込まれたのは、ラシカの土竜騎士の弟子セナ・ホウリで、セナの父は、中央大陸・輝きの都プロキシスの重鎮ボルト・ホウリ果たしてどたばたな事件と……、その結末は?。
プロローグ
日も昇らぬ早朝……、
突然━━。レオールの首都アージンに。
白銀の竜が召喚された。
空を飛ぶ。美しく気品ある姿に。民は魅力されたと言う……、
━━アージンの郊外。閑静な屋敷が、数戸ある通りに。沢山の人が集まっていた━━。
人々の目的は、白銀竜を一目見ようと。物見遊山な住人も多いが、半数は竜に携わる職にある者だった。
「お母さん、白銀の竜が二頭いるよ~」
「本当にね♪、少し小さい竜はね、シンク皇子様の竜。シンクレアね」
仲睦まじく。久しぶり会う母に。甘えた声を上げる竜の姿に。親子はにっこり優しい笑みを浮かべていた。
はてさて渦中の屋敷。邸宅の主。リブラは頭をガシガシ掻きながら。仕方なさそうに嘆息した。
「プライムお前がね~」
『うっ……いやその』
居心地悪そうに。そわそわする竜王に。小さく人の悪い顔をしながら。
「まあ~仕方ないさ。後で存分に働いて貰うからな?」
『しょ。承知した』
威厳を保とうと胸を張るが、チラチラシンクレアの様子が、気になって仕方ないようだ。やれやれと肩を竦めていた。
━━ほどなく騒動が、大きくなり始めた頃。ミネラが小走りで戻り。ひとまず馬小屋に避難するよう。竜王親子を促していた。
改めて、シンクレアに。婚約者たるクルミ、ローザの二人を紹介した。
『シンクレアだよ~。お二人ともよろしくね♪』
可愛らしい仕草で、首を傾げながら。ぐるぐる喉を鳴らした。
「はっ初めましてシンクレア……。わっ私はクルミ・アルタイルです。綺麗な鱗ね~触っても大丈夫かしら?」
『クルミさん良いよ~』
ゆっくりクルミの方に頭を近付ける。多少おっかなびっくりな所はあるが、ひんやりしたシンクレアの頭をナデナデ、優しい眼差しに勇気付けられたか、首筋を優しくナデナデしながら、頬を緩めるクルミ、その隣で、まだ緊張を隠せないローザに気が付いたクルミは、
「ローザ……、まだ怖いか?」
ハッとして、クリクリッてした赤い目をぱちくりしてる。シンクレアと目が合った。少し不安はあるが、チラチラシンクを伺うから。頷いてあげるとローザは安堵の顔をしていた。
ローザはと言うと━━。『シンクは、私の気持ちを尊重してくれている』優しい気持ちが、内心嬉しくて……、まだぎこちないが、頬を綻ばせていた。
「……シンクレア。その初めまして、私はローザ、昔竜に襲われて……、まだ貴女が怖いの……ごめんなさいね」
ゆっくり眼を閉じたローザに。シンクレアは驚いたようだ。だけど少し心配そうな顔をして、
『ローザさん……大変だったのね。ちゃんと話してくれてありがとう♪。良かったら少しずつ仲良くなってくれると。シンクレア嬉しいな~』
可愛らしくお返事されて、ローザはハッと顔を上げた。
『良い娘達だな……』
労るような思念が、クルミ、ローザにまで伝わる。驚いた二人は、ノシノシ歩いてくる。二頭の竜を見る。
「今のは竜王プライムの思念だよ。竜王種は魔力の高い者と会話する事が出来るんだよ。またプライムは別名。賢者の竜王と呼ばれてるんだ。後ろの綺麗な竜は、竜王の奥さんで、シンクレアのお母さんのクレア」
紹介されてから。女性らしいたおやかな足取りで、白銀の竜が、プライムの後ろに寄り添って。ゆっくり頭を軽く会釈した。
「クレアは、普段竜の巣を守ってるから。あまり表に出ないけど。竜魔法の使い手で、僕の叔父ブライアンが、彼女から最初魔法を学んでたんだよ」
『皆さん。よろしくお願いします♪』
理知的で、聡明な女性の思念が、二人に響き。二人は慌てた……、
「御目にかかれて光栄です。賢者の竜王様、美しい貴婦人」
クルミはなんと……流暢な、竜の言語で、名を正しく呼んだものだから。三頭の竜は、驚きを浮かべた。
「は、初めましてローザ・リナイゼフです」
ペコリ頭を下げたローザだが、顔色はいまいち優れない。
『これは驚いた……、人間から。竜の言語で名を呼ばれたのは、ブライアン以来かの~』
ぐるぐる愉しげに竜王は喉を鳴らした。やや緊張した面持ちのクルミだったが、竜王からお褒めを受け。可愛らしく笑って。
『シンクお前のお陰で、数年振りに。伴侶に娘を会わせることができた。感謝する』
「プライム、クレア……僕の方こそ。あなた方の大切な娘を。僕の妹として(パートナー)、預けてくれて感謝しています」
深く頭を下げたシンクに。二人は目を丸くした。訳も分からないローザ。クルミは触りの部分は知っていた。だからそんなローザの為に。シンクが右腕と左足を失った時の話と。シンクレアとの出会いの話を聞いて、時に驚き。涙を拭った。
「シンクレア……貴女は優しいのね。私……貴女なら。好きになりたいわ。だってシンクの妹なのですから……」
やや上気した赤みの射した顔、裏表無い素直で……、不器用なローザらしい感想を述べていた。シンクレアはきょとんとしていたが、少しもじもじし出して。
『うわ~。そんな風に。人間の女の子みたいに扱われたの初めて♪、シンクレアは~なんだか嬉しいな~』
可愛らしく目を細め。嬉しさを噛み締めてる娘に。母クレアが優しく寄り添い。思わず微笑ましく見てしまう。
もう……怖くなくなったかと言えば、嘘になるが、シンクレアなら好きになれそうなローザでした。
ローザが落ち着いたところを見計らい。竜王プライムは、理知的な眼差しをシンクに向け。
『さて、何やら噂を聞いたのだが……、娘を呼んだのは、そこなミリア嬢の噂の恋人。セナ・ホウリのことと関係あるのかね?』
馬小屋の入り口で、手持ちぶさたのミネラを認め。聞かれてしまい。ギクリ身を強張らせた。ミリアさんのそんなおっちょこちょいな所が、なんとも可愛らしいく。竜王プライムも笑むように目を細めていた。
「はい。ミネラさんの恋人セナと平原で、魔獣狩りをすることになり。シンクレアの力を借りたかったんです」
『……平原にか、相変わらずお前は無茶をする。……、あ~……リブラ……、してコホコホ我等は』
チラリ……、何か訴えるような竜王の眼差しに。ガシガシ頭を掻きながら。
「そのつもりだ相棒」よい返事を聞いて、ほっと安堵する。何とも人間臭い竜王プライムに。小さくだがローザが微笑んでいた。
「プライム、詳しい話は後日にするから。今日は……、久しぶりに親子水入らずで過ごしなよ。僕も昨日着いたばかりで、まだ準備に1日は必要だからさ」
『おお!?、それはありがたい。クレア良いかな?』
『ええプライム。竜の巣は、ミリアーナに任せましょう』
『本当シンク!』
「ああシンクレア、お母さんやお父さんに甘えなよ」
『うん、ありがとう♪』
クイッとシンクの服に可愛らしく頭をくっ着け。嬉しさを噛み締めるように。喉を鳴らしていた。「爺ちゃん!、早速。竜舎に知らせてもらわないとね」パチリ合図が祖父に送られ。ニンマリ意地悪く笑いながら。
「そうだな~。考え無しな相棒持つと苦労するぜ。なあ~?」
肩を竦め。さらりと毒を混ぜた。リブラの呟きに。何とも居心地悪そうに。身を奮わせた竜王だった。
━━レオールには、3つの軍部がある。
竜騎士団。
戦士連合軍。
土竜騎馬師団である。
そのなかで、数が一番少ないが、憧憬を抱かれ。若者にも人気なのが、竜騎士団である。
━━竜騎士団の詰所は、レオールの南西。リブラ邸から十分程度西に行くと。広大な敷地がある。ただし竜王プライムは、総督府の竜舎に詰めていて。竜騎士団の象徴と言う役割と。広報を兼ねていたから、総督府に住まいがあるのだが……。その為朝の騒動と相成った訳だ。
竜騎士の詰所で雑務をこなしてる。セナ・ホウリは、今年で19歳になる。黒髪、碧眼、涼やかな目元と、屈託なく笑うと優しい顔になるからか、戒律の厳しい16部族の若者から。当初ナヨッチイ奴と、小バカにされていた。しかし元来、素手の戦いを得意とし。また父譲りの大剣を用いた。大胆な戦術は、目を見張るほど鮮烈で……、勇猛果敢な人物を好む気質だった。部族の若者達に。受け入れられ。瞬く間に輪の中心に入り込んでいった。また土竜騎士だったからか、地上を走る土竜の扱いも上手く。竜から好かれる気質から。幼い竜の世話をする見習いとして。竜の巣に入ることが、早々にゆるされたのだ。
━━意外なことに。真っ先に見習いのセナを気に入ったのは、竜王プライムの妻、白銀竜のクレアである。そこには深い理由もあった……。
竜は匂いに敏感で、100年以上前に。同族が立ち寄った場所を通るだけで、過去に何を思って過ごしていたかとか……、様々なことが鮮明に分かる程と言われていた。
クレアは、普段竜の巣から。滅多に出ることはなく。それゆえレオールでは、白銀竜を見ると幸せになると。伝説が残されていた。始めて竜の巣に来た見習いは、白銀竜クレア他。三体の古竜に最初に会わされて。匂いを覚えさせられるのだ。
竜は、とても縄張り意識が強く。侵入者に対して容赦しないと言われていた。だから間違って、事故が起こらないようにするための通例儀式である。
「はっ、初めまして、今日からお世話になります。セナ・ホウリです!」
幼さの残る顔に。緊張は見受けられたが、古竜を前に。まったく恐れの匂いがしなかった。三体の古竜は、好意的な反応をした。その中でも驚きを顕にしたのがクレアである。
『セナさん……、貴方から娘の……、シンクレアの匂いがするのは何故ですが?』
一段開けた場所で、悠然と気品すら漂わせ。佇んでいたクレアが、とても驚いたような思念をセナにぶつけてきた。まさか竜から思念を受けるとは思わず。目を白黒させながらも、セナは元来の人懐こい笑みを浮かべて、
「そうでしたか、貴女がシンクレアのお母さんですか、僕はシンク皇子様の代わりで。しばらくシンクレアの世話をしていたので…、それで匂いが残ったのかな?」
自信無さげに首を傾げたが、クレアとしては、娘の近況を知ってる人間が、こんな近くにいたことに喜び勇んだ。元来竜は長命である。竜王種には敵わないが、古竜になるほどの竜ならば、300~500年は生きると言われていた。クレアは竜王種である。中でも希少な白銀竜は、世界でも僅か二頭しか存在が確認されていない。
『セナ……、ねえ様から思念が届きましたの~。リブラ様の屋敷に。シンクレアといるそうです』
「えっ?、シンクレアが……、まさかシンク皇子が……」
物憂げな眼差しの白銀竜は、クレアと供に竜の巣を守るミリアーナである。彼女の竜騎士は、僅か三人しかいない。女性の竜騎士で。異国生まれの夫と、結婚したばかりの新婚なのだが、
彼女アメリアは、レイナ宰相の歳の離れた妹であり、異国の者と結婚するとは何事だと。ずいぶんもめたのが記憶に新しい。アメリアの夫ダレークは黒髪、肌が浅黒く。優しい目をしているが、寡黙で、滅多に喋らないが、鋭い視点を持った有能な男だと。誰もが認めていた。だが時おり……、影のある。殺伐とした暗い目をするときがあって……、セナも何度か見かけ。怖いと思ったときがあった。だがダレークさんは基本好い人で……、何度かアメリアさんの家宅で、ダレークさんの作る。夕飯をご馳走になった。
「アメリアさんに。知らせた方が良いかな?」
『いえ……姉から。セナの恋人を守るため。シンクレアを呼び出したと……、貴方もガリレイを連れ狩りに出るから。準備するようにと。シンク皇子からの伝言です』
「そうか、ミネラさんのためか……、なら皇子の言う通りに。なっ、なによりミネラさんが……」
急に黙ったかと思えば、みるみる真っ赤になったセナ。ミリアーナは笑みを称えたように目を細めていた。
━━この時のセナは知らなかったが……、ミネラのため……。異国から来て竜騎士になった。あのセナが、危険な勇者の儀式に赴くと。まっこと速やかに。噂が大陸中に流れていた。
━━無論平原の若長四人も。噂を知ることになった━━。
━━平原の東。
ダラノフの街に戻っていた。若長カナタ・ダラノフは、驚きを隠せずにいた。
「セナに……恋人!?」 みるみる血の気を失ったカナタは、キッと報告をもたらした部下を睨み付け。
「テメ……その話。嘘じゃねえな?」
男言葉、日に焼けた浅黒い肌。短い髪。やや控え目な胸が無ければ、完全に少年と間違えられる容姿。たが馬の扱いに長けてるダラノフ族は、みんな弓の名手であり。ナイフを用いた接近戦をも得意としまた。毒にも詳しいと知られていた。
「はっはい、間違いないかと……」
「くそ……何でだよセナ……」
今にも泣きそうになる若長に。どう接してよいか、おろおろする伝令。苛々親指の爪を噛みながら。
「オイ!、サザノーラの野郎に伝えな。私も一口噛むってな」
「はっカナタ様!」
このままここにいたら。八つ当たりされるのが目に見えていた。これ幸いと。伝令はそそくさ出ていった。
「俺に……あんなに優しくしてくれたのに。何でだ……。他の女なんかを選ぶんだよ……」
恋を知らない女が、初めて優しくされた男に惹かれる。麻疹みたいな恋を。初恋と言い。盲信しやすいと言われている。どうやらカナタ・ダラノフは、セナに仄かな想いを抱いていたようだ。
「ヘックチ……、誰か噂してるのかな?」
セナは小さく身震いしながら。相棒ガリレイのいる竜舎に入ると。黒竜がパチリと目を覚まして、のびーって首を伸ばしてから。セナに頭をすり寄せる。
「ガリレイ、明日シンク皇子、リブラ将軍と供に。平原に狩りに向かう。行けるか?」
『……狩り!?。任せろ、ガリレイ頑張る』
まだ幼い。子供のような辿々しい思念が聞こえてきた。
「頼んだよガリレイ。シンク皇子や。ミネラさんに良いところ見せるんだから」
珍しく。鼻息荒いセナに。ガリレイは『楽しみ♪』 相棒のセナと空を駆け巡り。狩りに出れると聞いて、嬉しそうに目を細めていた。
相棒の世話をして、ようやく帰路に着いたセナは何故か、終始……、沢山の視線を感じていた。好意的なものから、冷たい物まで、様々な……。どうにも居心地悪く。胃に石があるような。不快な気分で、リブラ邸に戻った……、そしてセナはその理由を知ることになる。
━━セナを。真っ先に出迎えたのは、敬愛するミネラさんと……。彼女に似た女性であり、何とはなしに。嫌な予感しかしなかった━━。
重苦しい空気の食卓。ピリピリした刺すような視線━━。ララ様の得意料理。セナも大好きな牛肉入りポトフも。砂を噛むような。苦々しい味がした。
「セナさん……、貴方いくつですか?」まるで拷問されてるかのような。重苦しい空気に喘ぎながら。
「19になりました…」クワリ目を見開いて、いきなりプルプル震えだしたかと思えば、
「ミネラちゃんの5歳も年下なんて、うら……あ~ごほんごほん」
わざとらしい咳をする。母の悪い病気が始まったと。思わず手で顔を覆う。
「ソニア様~。ぼくが作ったお菓子食べませんか?」
カメロー、カメザがうんしょうんしょっと。ティーセット乗せたワゴンを運んできた。
「あら……、カメザちゃん。貴方達が?」
「はい、そうなんです~♪」
可愛らしいお目めパッチリした。トリトン族の二匹は、甲斐甲斐しくソニアをもてなしてくれていた。
「あらあら~頂きますわ♪」厳しい顔が、雪崩式にニマニマ嬉しそな笑顔になっていた。
「はい♪」と元気に答え。二匹はぴょんぴょん身軽に飛びはねながら。遅滞も。危なげもなく。時に協力して、ワゴンから。ティーセット、シホンケーキを人数分。コトリと音も立てず置いて、また組体操のように。カメザがカメローの甲羅に乗って、丁度テーブルの上からお茶を注ぐ事が出来た。何だか二匹の健気な姿に。みんながホッコリした気持ちになって………、殺伐とした重い空気はなくなっていた。
「あっあの、お義母さん……、僕は必ず魔獣を狩ってみせます。だっだから……ミネラさんのこと……」セナの真摯な眼差し。ずっと観察してたからわかる。優しいが芯のしっかりした青年だと。そこは好感が持てたから。仕方ないわね~っと嘆息していたソニアは、もう若長とのおみやいを諦めていた。それに……、
『若い子から。お義母様と呼ばれるのも悪くないわね~……、何より顔が可愛いし♪』
頬が緩むのが止められない。ソニアの隣に座っていたミネラは、胸が高鳴り。まともにセナの顔が見れないほど。羞恥と嬉しさで、真っ赤になっていた。ラシカは……成長した。弟子の姿に感動していて、鼻をぐすぐす鳴らしていたのはご愛敬である。
━━明朝。シンクレア、竜王プライム、黒竜ガリレイの三体は、それぞれシンク、リブラ、セナを乗せて、日も登らぬ早朝━━。
リブラ邸を後にした。
冬の冷たい空気を切るように。やや緊張してるセナの相棒黒竜ガリレイを先頭に。シンクレア、竜王プライムと続いた。
凄まじい風の中。竜騎士は、簡単なハンドサインで、意思の疎通を図るのだが……、シンクは風の魔法により。三人は自由に会話が、可能になっていた。
『シンク、まずはケンタウルスの都ザウスを目指すぞ。レダがザウスに詰めている。詳しい話を聞くことにしよう』
『はい!、セナさん。もっと飛ばしても大丈夫ですから』
『なら遠慮なく。竜族最速を誇る。黒竜のスピード。見せましょうシンク様。行けガリレイ!』
グアアアアア!、セナの合図に。歓喜で答えたガリレイは、大気を切り裂くように。さらに加速する。
『凄いな……、雷属性を持つ黒竜ならではの磁力を使った。超加速は』
『シン!、あれやろうよ』
あんまりガリレイを誉めるから。少し拗ねたような思念をシンクに伝える。
『ああ~良いね。竜族最速が、黒竜だと勘違いさせるのはしゃくだしね』 『うん!?』
二人の会話に。興味を抱いたリブラは、何をするのか俄然目を皿のようにクワリ、見ていた。
『我が契約せし。白銀竜姫シンクレアよ。汝の力と我が魔力を合わせ。疾炎なる力に換えん━━。竜騎魔法・音速〈ソニックブーム〉』
竜騎魔法?。聞いたことの無い魔法に。目をしばたいたが、シンクレアとシンクの魔力がシンクロして、まるで竜と騎士を守るかの……、
『なるほど……、竜騎魔法か、シンク考えたな』 舌を巻いていた。それと言うのも竜騎士は、竜に乗ってる間。自分に対して、防御魔法を使ったり。単発的攻撃魔法を使う程度で、竜に乗って攻撃する方法が限られていた。竜は元々魔法耐性が強く。その為竜に対して、防御魔法を掛けたりしない。しかし……意外と。竜には弱点も多く。物理的攻撃にさらされた場合。致命傷を受ける可能性があったのだ。
だからシンクは、大切な妹のように思ってる。シンクレアを傷付けさせない方法として、攻防一体の方法。竜と騎士による魔法を編み出していた。効果を見る限り。竜騎魔法と十分に呼べるレベルである。
『リブラ……』
『いくぜプライム。俺達ならあれは容易い』
『フッ……、承知……』
リブラ・ハウチューデンには、特別な才能があった。一度見た魔法は、全て自分の魔法として使え。さらにオリジナルの魔法として、魔法のアレンジすら可能という。反則技である。僅かな遅滞から。瞬く間に音速の魔法を使いこなし。シンクレア。ガリレイに追い付いていた。
しばらく飛行していた三騎の竜の眼下に、四方に伸びる街道が広がり。段々地平線から。かなり険しい山々の尾根が、微かに見えてきた。首都アージンから平原の入り口、各町まで。瞬く間に過ぎて行った。しかし普通なら。土竜馬車でも三回の乗り継ぎが、必要で、2日は掛かる道程を。竜なら僅か数時間で辿り着ける。しかし黒竜ならばその半分の時間で、飛行出来ると言われていた。
━━平原の南。ケンタウルスの都ザウス。
━━平原に入って間もなく。モンスターの群れに襲われたシンク達だが、どうにか撃退に成功。再び三騎の竜は、ケンタウルス族の都ザウスに向かったのは、太陽が高い位地になってからである。
戦いの興奮で鼻息荒いまだ若いガリレイは、胸を張りながら。ゆっくり旋回を繰り返し。ケンタウルス族の集まる。訓練場に降り立った。突然のことで何やら混乱にあったケンタウルス族の戦士が、集まっていた。事件の急報を聞いて、急いで戻ったレダ・アソート竜騎士団長が、何事だと険しい表情のまま。馬ごみをかき分け。現れた。
「……どうしてセナがいる?、お前は…竜の巣の警護……」
皆までいう前に。ケンタウルス達が、にわかに騒がしく。空を見上げ、口々に白銀竜と竜王が来ると言うから。レダが長い前髪をかき上げ、日に焼かれる眼を細め見上げた。
僅かな騒ぎが、徐々にケンタウルス族に広がり、戦士達はテントに仲間を運ぶ手を止め驚き眼を見張る。そんなケンタウルス族の騒ぎを尻目に、竜王プライムは王者を彷彿させる。美しい巨体を悠然と見せ付ける。旋回に合わせ。白銀竜が、隣を追従した。 初めて見た白銀竜に。ケンタウルス族の騒ぎが大きくなった。
「あれは……クレアではないな」
滅多に驚きを表さないレダが、感心したように目を細めていた。
「なるほど……シンク様か?」
「はい団長」
どおりで竜王が━━、白銀竜をまるでエスコートするように飛ぶ訳だ。妙な納得をした。
やがて竜王プライムの隣に。白銀竜が降り立ち。にわかに騒ぐケンタウルス族を一望しながら。
「シンクレアお疲れ様。疲れてないかい?」
シンクレアの身を案じながら。素早く降りたシンクは、さっきの戦闘で、怪我を負ってないか、足元や翼を点検しながら。細かい傷に。癒しの魔法を使っていた。
『ありがとうシンク♪。私は大丈夫』
手早く鞄から。解毒作用のある薬の小瓶を出して、
「解毒薬を念のため飲んどこう」
『ええ~?、あのお薬苦いから嫌い』
プイッとソッポ向いたシンクレアに。小さく苦笑しながら。
「仕方ない。明日シンクレアは、留守番か~……」
寂しげに呟きながら、とぼとぼ歩き出した瞬間だった。
『ダメー!!?。シンクレアも行くの~』
慌ててシンクから。器用に小瓶を奪い去り。薬を歯で壊さないよう嫌々飲むという。傍目で見るとかなりコミカルな。竜と騎士のやり取りに。ケンタウルス達は思わず笑い声をあげていた。
「おお!、そこにお目見えなされたのは、もしやシンク皇子様ではありませぬか?」
耳がキーンとなるほどの大音声。たまたま近くにいた哀れなガリレイは、白目を剥いて、気絶させる凄まじい物で……、竜の咆哮並の破壊力である。
「よっ!。王自らおいでたあ~珍しいな。ラグよ」
リブラがシニカルな笑みで出迎えるや。ウム大きく頷いた。かなり大柄のケンタウルスである。見るからにかなりの使い手であり。父やピアンザと通ずる。王者の風格を備えていた。
「初めましてラグ王、シンク・ハウチューデンと申します。そして僕の妹シンクレアです」
『始めまして』
赤い目を細め。シンクレアは優雅に会釈をすると。再びざわめきが広がった。「これはこれは美しい竜を妹とは、さすがは若き英雄殿は豪気であるな。グアッハハハハハ!?」 高らかに大音声で述べ。まるで一種の音波攻撃さながらの笑い声に。パタリパタリ、ケンタウルスの戦士数人が気絶した。これは不味いな……、 素早く魔法を使って、ラグ王以外の者に。風の防御膜を掛けた。
「ほ~う。流石ですなシンク皇子」
ケンタウルスの戦士達が、慌てて声の主のため。道を開けた。ラグ王と遜色ない偉丈夫が、悠然と男臭い顔に笑みを浮かべ。ラグ王の隣に並んだ。
「久しいなダノ、その節は心配掛けたな」
「なあ~にリブラ卿。こうして若き英雄殿を連れて来てくれたのだ。それで十分さ」リブラとケンタウルスのラグ王、戦士長ダノと相次いで固い握手を交わし。シンクも次に従った。「ラグ王、ぶしつけにならなければ、僕は侍司祭の資格を持ってますので、癒し魔法が使えます。よろしければ、治療の手伝いをしたいと思いますが?」
「おお~それはありがたい!。お疲れで無ければこちらからお願いしたい」
ラグ王自ら頭を下げていた。驚いたシンクだが、にっこり柔なか笑みを浮かべ。
「微力ですが、尽力を尽くさせて頂きます」
━━シンクはダノ戦士長の案内で。簡易的に作られたテントに向かうと。そこは戦場だった━━。「これは……」
言葉を失う。
「あなたしっかりして!」
血溜まりのベッドの上で、左前足の膝より下、右腕の肘から先が食いちぎられていた。凄惨な姿の夫を前に。半狂乱に絶叫していた。
「誰か……、夫を……」「痛いよママ」
「お願いします。息子の怪我を見てください」
突然の出来事にパニックとなり。テントの中は大混乱である。
「ダノさん。少し時間を下さいね」
さすがに声を無くしたダノに断り。近くにいた。ケンタウルス族の戦士とおぼしき、怪我人を観察する。
辛うじて、手足は見つかってたようだが、見れば癒し魔法の使い手は手一杯のようだ。
「すいません。奥様ですか?」
「はっ……はい。貴方は?」「僕は大地の女神アレの侍司祭です。貴女さえ良かったら僕に。彼を癒すお手伝いをさせていただけないでしょうか?」
「はい!、お願いします」
藁にもすがる思いなのだろう。シンクが戦士の腕を持って、素早く汚れの除去を願い。毒素を祓ってから男の患部を押さえていた。血で汚れた包帯を取り外し。同じく表面の汚れと毒素を取り除き。大地の女神アレに癒しの奇跡を祈った━━。僅か数瞬で、腕は繋がり息を飲む気配が伝わった。同じく左前足も同じ手順で、怪我を癒した。すると痛みが消えたからか。男の顔から苦悶の表情が無くなり。安らかな寝息になっていた。
「今夜は、熱が出るかもしれませんが、数日家で療養なされば大丈夫ですよ」「ああ!司祭様。ありがとうございました」
膝を折って、深いお辞儀をされ。少し驚いたが、 笑みを持って礼を受けた。
「見事!?、うむさすがはララ様のお孫様であるな……」
ダノは大変驚いていた。「司祭様!、どうか私の息子をお助け下さい」
初老の婦人からの願いを聞いて、
「僕で良ければ、見させて頂きます」
あっさり頷き了承すると。今にも拝み兼ねない勢いで、老婆とは思えない力で、手を引かれ。奥のベッドに案内された……、
ベッドの上には、無惨に首筋から喉元が食いちぎられた中年が寝かされており。出血を押さえてはあるが、出血が多くまだ止まっていない状況は、とても危険であり。いつ死んでも可笑しくない。しかし……、シンクのいるテントには、お世辞にも。力のある癒しの使い手はいなかった。恐らくは侍祭になれたばかりの未熟な使い手ばかり……、おそらくこのテント以外でも怪我人がいるのだろう。不安そうな婦人の手を握って、
「僕は、大地の女神アレの侍司祭ですが、お母さん知ってますか?、女神同士の力を合わせると、癒しの力が増すんですよ。そこでお母さんには、僕のお手伝いをお願いします」
「はっはい。私でお手伝い出来るのでしょうか?」
不安な顔の婦人に。人を労る優しい笑みを向ける。すると……、今にも壊れそうな、絶望の淵にいたはずの眼差しに。兆しが射し込み始めた。
「そのまま僕の手を掴んで、息子さんの手を握ってあげて下さい」
「はっはい……」
言われるまま、愛する我が子の手を握っていた。 「大地の女神アレよ。森の女神シュルーフウよ。命の灯火を失い掛けた……清らか命を救いたまえ」
厳かにシンクは、二柱の女神にことのりを捧げるや。婦人は驚いたように目を見張る。
「これは……、」
目の前で起こってる奇跡を前に。涙を流していた。
「森の女神シュルーフウ様が、力を貸して下さったようですね」
「ええ……奇跡だわ。私の願いを聞き届け下さり。ありがとうございますシュルーフウ様!!」
一瞬……、豊かな緑色の髪をなびかせる。美しい女神が、慈愛の眼差しを親子に向けているような気がした。その間もみるみる傷が塞がり、失われた喉まで回復したのには、流石に驚いた。
「あっあの~司祭様」
シンクの実力を見た侍祭の三人は、シンクにこのテントにおける。責任者になってくれいかとの打診である。
「分かりました。少しの間になると思いますが、皆さんよろしくお願いします」
「はい、早速ですが……」
申し訳なさそうに。唇を噛み締めていた。確かに重症の患者は少ないが、怪我を負ってる患者の数が問題だ。これでは重症者が手遅れになりかねない。
「ダノさん。出番ですよ」
いきなり水を向けられ。眼を白黒させるダノに。ある願いをした。
ダノが渋々。大騒ぎする軽傷者の家族に。声を掛けに行く間。
「君たち三人は、癒しの使い手が使える。重複魔法って知ってますか?」揃って首を振る三人に、重複魔法について簡単に説明する。
「それを使えば、軽傷者を一気に癒せます!」
「司祭様。私達に手伝わせて下さい」
勢いよく頭を下げた。ケンタウルスの少女ミモラに釣られ。二人の侍祭も大きく頷いていた。
軽傷の患者を集めさせた。ダノは、軽傷者の家族を同席させていた。意味も分からず幼子に癒し魔法を使うと。先ほどまで彼女達が苦労していた。泣きわめき、家族が怒鳴り付け。それで他の患者を癒す遅滞に繋がる。だが冷静になれば、大した怪我を負っていない。ただパニックになっているだけである。
ざっと集められた患者の多くは、打撲、切り傷等二次的災害で受けた患者が多く。子供や老人がほとんどで、子供の怪我を心配した母親、父親が、重症者の治療の邪魔になるケースである。不安そうな子供達も。両親のどちらかに抱き抱えられてるから。泣くまでには至ってない。子供達が泣く原因の多くは、両親が声をあらげ。怖い顔をしてるのが主な原因なのだ。「言われて始めて気が付く……。これはそれだな……」
シンクの言う通りに説明して、不満気な両親が大人しくなった途端。パニックが無くなり。ただ何が起こるのか?。興味が勝っていた。
「三人とも僕と手を繋ぎ。癒しの奇跡を願いなさい」
三人は言われるまま。シンクの周りで、手を繋ぎ━━並んだ。不安そうな子供、親には一切目もくれず。癒しの奇跡を願った。するとシンクを中心に、三人の癒しの奇跡が、同時に発動━━。爆発的な効果を発揮した。
何と癒しの奇跡は、集められた軽傷の患者ばかりでなく、テントの外で待たされた。多くの重症者まで及び、癒していた。辺りに驚きと。多くの子を持った両親から。お詫びの声。前足を折って、深い感謝の礼を受けた。
━━時間は、明け方まで戻る。
数週間前から。レオールの竜騎士一個中隊。ケンタウルスの戦士合同で、魔獣狩りが行われていた。前日からケンタウルスの戦士、竜騎士団は、ダラノフ族の街が、魔獣で襲われたのを聞き。救援に出向いてる間。ケンタウルスの国ザウスが、襲われてしまった━━。
陣頭指揮に出た。ラグ王の獅子奮迅の活躍も無惨に踏みにじられ……。司教ニキータ・ジュアリーには、先の見えない。絶望的な状況だった……、
そこには理由もある。ケンタウルス族のほとんどが、戦士か狩人である。癒しの使い手は、数が少なく。ほとんどの者が、癒しの魔法が少しだけ使える。侍祭ばかりであった。そのため重症者のほとんどをニキータが受け持ち。軽傷患者を。テントに収容した。だが……ニキータの予想以上に。重症者がいて。瞬く間にねずみ算式に増えたのだ。
「大変です。ニキータ様!」
外のテントで、重症者が増えてどうしたらと……、先ほどまでニキータに泣きつき。叱咤激励され。ようやく仕事に戻った。見習いの少女は、先ほどまでまでの。暗く。絶望的な顔をしていた少女と。同一人物とは思えないほど。にこやかな笑顔で。何かしら良い報告なのではと。淡い期待を抱いた時だ。
「司祭様!。急いでこちらに」
司祭様?、眉を潜めていた。
「流石に早いね。お邪魔します」
柔らかな笑顔で入って来たのは、人間の少年だった……、ん?、違和感を覚えたニキータが首を傾げていると。「ニキータ様、こちら大地の女神アレの司祭様でして……」
辿々しく。しかも要領を得ない説明だが、テントに運ばれていた。重症患者を全て助けたと聞き。眼を丸くしていた。
しかも……彼女は何と言った……、僅かな光明を見いだしていた。
「ミモラさん、先ほども言いましたが、僕は侍司祭の資格を持ってるだけですから」
赤髪をお下げにして、そばかすがチャーミングなケンタウルスの少女は、シンクと同年代だろうか、一生懸命ブンブン音がするほど首を振りながら。
「そんなことありません!、あんなに凄い奇跡を起こせる貴方は、司祭様です」なんとまあ~、あれだけ頑固で泣き虫なミモラが、キッパリ宣言するのだ。かなりの使い手なのだと分かる。
「そう言って頂けると。嬉しいですミモラさん。ニキータ様、微力ですが、僕もお手伝いさせて下さい」
「ええ喜んで♪」
「先ほどミモラが言っていたのは……」
「はい。癒しの重複魔法です」
やはり……、妙な感心をしていた。この若さで重複魔法を許される。癒しの使い手は、十分司祭の資格がある。しかし……疑問もあった。北大陸で、大地の女神アレの司祭クラスは、ララ大司教だけだ。
「ニキータ様、よろしければ、癒しの重複魔法を使い。ある程度回復させるべきですね」
「ええその通りだわ。頼めるかしら……、ええと……」あって顔をして、照れたようにはにかみ。
「シンク・ハウチューデンです」
今度こそ驚きを隠せず。場も憚らず。笑いだしていた。
「ニッ、ニキータ様?」身体をクネらす司教に。ミモラは困惑していた。
━━先程まで、死の気配が満ちていた教会。そんなのは嘘だったよ~って、言われたような。喜びに満ちていた。
抱き合う恋人たち。子を抱く母と。癒され安堵の寝息をたてる。父に抱き付いて眠る子供達。
「シンク様、お手伝い頂き感謝致します」
皆の笑顔を見ていたニキータ司教は、改めて礼を述べると。
「此方こそ。貴女のような……、素晴らしい癒しの使い手。手伝うことが出来て、光栄でした」それぞれ信じる神は違えど。癒しを必要とした人々の前では、手を携える事が、いかに素晴らしいことかと。二人はにこやかに微笑みあっていた。
━━翌朝。
ラグ王の好意で、豪華な夕飯と。ふかふかのベッドが用意され。夕飯もそこそこに。朝までぐっすり休んだ。もう少しゆっくり寝ていたかったが……、
━━初めての場所で、シンクレアが不安になってないか、様子を見に行くことにした。
すると竜舎の中で、竜王プライムの背に。甘えたように顎を乗せ。寝息をたてるシンクレアを見掛け。思わず優しい気持ちになっていた。
『おはようシンク……、昨日は大活躍だったようだな』
「おはようプライム。癒しの魔法連発したから。ちょっと頭が重いけど、役にたったなら良かったよ」
クア~ッて、眠そうな顔をしているシンクレアだったが、大好きなシンクが来てくれて、嬉しそうだ。
『おはよう~シンク、昨日はみんなが遊んでくれたよ~。シンクがみんなを助けてくれたお礼だって!、シンクレアね~美味しい果物沢山食べたよ♪』
クルクル嬉しそうに喉を鳴らすシンクレアに。プライムは、何とも言えない顔をしていたから。
「ケンタウルス族は、宴会好きらしいと聞くが、もしかして……?」
『うむ……。ラグ王とリブラが、さっきほどまでここで飲んでいた』
それはまた……、プライムは静けさを好む竜だ。苦言の一つでも言いたくなるだろうな……。
『シンクレアが喜んでいた。ならよしとするさ……』
まるで、悟りを開いた僧侶のような。含蓄ある言葉である。
━━結局。お昼近くまで、寝ていた祖父。セナは宴会に巻き込まれた口だろうが……、二日酔いが酷く。浮腫んだ顔をして。
「おばようございまず~……」
青白い顔をしていた。
「後で、二日酔いに効く薬を調合するから。飲みなよ。楽になるからさ」
「あびがどうございまず」
吐き気に耐えてるようだ。
「だっ、駄目だ!。ウプッ……」
口を押さえ。セナは突然走り出した。トイレと友達になりに行ったらしい。
「おっと……セナの奴。あんなに慌ててどうしたんだ?」祖父が、いつものシニカルな笑顔で、肩をすくめていた。
「おはようシンク。昨日は活躍だったようだな~。まさかザウスが襲われていたとは、予想外だったな~」
「そうだね……」
「まあ~レダには、うちのを連れて来てもらうよう頼んである」
「そうか、さすが爺ちゃん、大丈夫だね」
「ああ~、それからシンク、ラグが感謝してたぜ~。彼奴の奥さんニキータ司教から、よろしくとよ~」
「それで爺ちゃん。ザウスを襲った魔獣ってなんなの?」
そこが疑問だった。戦士の大半が、出ていたからだとは聞いた。しかし……、都市にまで入り込めるとはと……。違和感があったのだ。
「どうやってか……、複数の魔獣がいたらしいな」
「やっぱり、昨日の怪我の治療を調べていて、違和感かあったんだ」
最初の男性は、腕は肉食獣に食いちぎられた傷だった。しかし前足は、鋭利な刃物で切られたように。切断面が綺麗だった。二人目は喉を食い破られていた。しかし傷は歪で、腕を食いちぎった物とは断面が違っていた。だからシンクは仮説を立てていた。三頭以上の肉食獣、または大型肉食昆虫がいたと推測出来た。
「少なくとも。10以上はいたとよ」
含むように言うリブラには、何かしらのあてがあるようだ。
「それならクルミにも。来てもらえば良かったな~」
多対相手の白兵戦は、ファレイナ公国の十八番である。
「なあ~に。その辺りは、抜かりはないさ。レダには、お前の嫁も連れてこいと伝えてある」
「流石爺ちゃん。抜け目がないね……」
半分呆れ。半分感心と言う。複雑な心境のシンクだった。それを知ってかわざとか。孫の肩を気楽にポンポン叩きながら、にやり不敵に笑える。祖父の図太さが、羨ましく思ったシンクであった。
結局の所。セナの容態が思わしくなく。またララ大司教の到着を待つことになり━━。その日。シンクは、シュルーフウの教会に赴き。患者のその後が気になり……。再び訪れていた。
「あっ、司祭様!」
「昨日の……」
最初に見たケンタウルスの奥さんは、晴れやかな笑みを浮かべ、出迎えてくれた。
「お母さん……、あのお兄ちゃんが、パパを助けてくりぇたの?」
母の背中から。ひょっこり顔を出した子供は。うんしょって降りて来たから。少し驚かされた。
「そうよアレビ。お母さんとお礼を言おうね」
「うん!、お兄ちゃん司祭様~ぼくのパパ助けてくりぇてあ~と」
たどたどしくも可愛らしく。ぺこり頭を下げる姿が、リナやタイチとダブる。だからではないが、何時もの癖で、幼子と目線を合わせるように座り。優しく笑いかけると。少しだけ照れて赤くなっていた。だからでは無いが、優しく頭を撫でて、
「アレビ君。お兄ちゃんと約束しようか?」
そう声をかけたら。キョトンとして、目をぱちくり。幼子の顔を真っ直ぐ見詰めながら。
「そうだな~。アレビ君が、お母さんの言うこと沢山聞いて、お手伝い沢山出来たら。お兄ちゃんが、お父さんを苛めた。悪いモンスター。倒して来てあげるよ~」
「しっ、司祭様…」
息を飲んだ母親に。小さく笑いかけ。静かに幼子の返事を待った。
「……司祭のお兄ちゃん、お願いします!、ぼく……、一生懸命お母さんのお手伝いするから。だから悪いモンスター倒して下さい」
「アレビ……」
言葉を失った母親、だけど流石はケンタウルス族の子供である。真っ直ぐな瞳で、シンクを見ていた。
「アレビ君、僕の名前は、シンク・ハウチューデン。僕の名において約束するよ。必ずお父さんを苛めた。悪いモンスターを倒すからね」ザワリ……、驚きの声が上がった。
「まさか、まさかまさか!、貴方様があの……」 「?」首を傾げたアレビには、何で母親が驚いてるか分からない。
「じゃ約束だアレビ」
小指を出すと。キラキラ目を輝かせながら。
「約束だよ司祭のお兄ちゃん♪」
最後にもう一度。柔らかな麦色の髪を撫でると、くすぐったそうに。目を細めていた。
その日の夕方━━、
レダ・アソート小隊は、三名の女性を連れ戻った。やたら胸が豊かな綺麗な女性は、血の気を失った顔をしていた。もう一人は可愛らしい風貌、小柄ながら。自身の背ほどある大剣を背負い。茶色掛かったサラサラヘアーのちんまい少女。最後の1人が、竜から降りるのを。リブラ将軍自ら。竜から降りるの手伝った女性に。多くのケンタウルスは、尊敬をもって。膝を折る。
「わざわざ済まないララ」
「話は、レダ卿から聞きましたよ。大変な時ですもの、仕方ないですわ。それに……」
同行した二人の少女。特にローザさんが、格別な覚悟で、竜に乗ったのを見ていた。彼女の強い覚悟。その姿にララは心打たれ。労る眼差しをローザ、クルミに向けていた。
「お前がそんな。優しい目をするのは、リーラと会うとき以来だな」
夫の何気無くも、的を得た呟きに。
「あら……、気をつけなきゃ……」
苦笑していた。
シンクは、二人の到着を聞いて、婚約者達の元に急いだ。
「あっ……シンクさん。ご無事でしたか……」
シンクの無事な姿を見て、へたり込んだローザを咄嗟に。抱き締めていた。
「……ご苦労様ローザ」
労る優しい声音に。ローザは安堵して、甘えたようにシンクの胸に顔を埋めていた。
「クルミ」
反対の手で、クルミを手招きすると。ちょっと拗ねた顔をしていたのが、嘘のようにシンクに抱き着いて、嬉しそうな顔をして。ローザと目が会うと。ほんのり目元を赤くしていた。
翌朝━━、
竜を苦手とするローザには、祖母の手伝いを頼み。クルミには同行してもらうことになった。
「クルミ。空を飛ぶのは寒いから。もう少し厚着をしとくといいよ。動きは多少制限されるけど。手先がかじかんで動きが悪くなるより。ましだから」
「なるほど……。確かに寒かった。空中戦ならではだな……。私も多少遠距離攻撃は出来るが、基本的には、接近戦を得意とするのだな……」
妙な納得を得たようだ。 「それから。僕達の乗るシンクレアは、クルミが乗ってきたレダの黒竜とは違い。直線スピードでは負けるが、旋回能力に優れている。だから戦闘前から、鞍に命綱を繋げるのを忘れないようにするんだ。理由は幾つかあるけど。竜の急な旋回は、クルミが思うよりも。数倍も身体に掛かる。圧力が強いからね」
いまいち理解は得られないが、とりあえず頷いていた。
「ところでその……シンクレア。ずっと気になってたんだが、その右の翼の手かな……、熊の人形が好きなのか?」
「あああれはシンクレアの宝物で、姪のリナからの大切なプレゼントだよ」
「そうなのか?」
『そうだよ~♪、これはシンクレアの宝物』
赤い目を優しくほそめながら、鼻先で熊のぬいぐるみに触れると。まだ微かにリナの匂いを感じられた。
「そうか……、もしよかったらだが、私はフェルト生地を使って、小物を作るのが趣味でね。この旅行の間でも作ってた。見て気に入ってくれたら。もらって欲しいんだが……」
『え~シンクレアに?』
喉を鳴らしながら、クルミに鼻面をくっ付けて来ていた。なんとなく察したクルミは、背負ってたリックから。色とりどりの可愛らしいフェルト生地のモコフワ人形から。ポーチ。はたまた膝掛けまで、沢山の品物を並べた。
『うわぁ~可愛い♪』 中でも小さなポーチを見て、笑むように目を細めていた。
「私は、このポーチなら、シンクレアの手首に巻いといて、宝物がしまえると思ったんだが、どうかな?」
『うんうん!、それ絶対いい』
クルルル嬉しそうな。返事を返した。何となく了承されたと考え。シンクレアから宝物の熊のぬいぐるみを受け取り。ポーチに入れてから。ポーチをシンクレアの手首に巻いてあげた。
『うわぁ~シンク見てみて!。シンクレアの宝物増えたよ♪』
「良かったねシンクレア。クルミありがとうね」「あっ……、二人が喜んでくれて良かった」
何とも甘やかな空気に。人間なら真っ赤になるが、ケンタウルス達は、好ましげに見つめていた。
改めてリブラ、セナ、シンク、クルミを交えた小隊編成で、哨戒任務につくことが決まった。その他レダ率いる。中隊も同じ哨戒任務について、ケンタウルスの戦士達は、シンクとリブラによる召喚魔法で、現場に呼ぶことが決められた。
「なんと!、そんな方法があるのか?」
いたくラグ王が驚いた。 「まあな~(俺は昨日まで、使えなかったがな~)」
そんなことおくびにも出さず。ニヤリ不敵に笑っていた。
何者かが……、動いてる可能性と。特別な個体がいる可能性を……。シンクとリブラは考えていた。何せシンクレア、竜王プライムが一緒だと。魔獣には魅力的らしい……。ザウスに来る途中。モンスターの群れに襲われたのだから。その出来事から。相手の悪意を感じた。
━━平原の東。ダラノフ族の町。
ザウス襲撃前日……。
カナタ・ダラノフは、人知れず。夜陰に紛れ。平原に面した、外壁は岩山ををくり貫いた物で、秘密の抜け道を使い。町の外に出ていた。
夜の平原はとても危険で、夜行性の危険な肉食獣も多く。たった1人の女等。ただ死ににいくような物で、カナタの匂いを嗅ぎ付けた。平原狼の群れが、集まり出していた。カナタは小さく微笑み。何故か衣服を脱ぎ捨て、月を見上げた瞬間……、その姿が獣へと変貌していた……。
……ダラノフ族には、隠された秘密があった……、月の女神ラトアを崇める彼等には、女神の祝福として、狼に変身する能力が与えられていて、昼は弓を持った狩人。夜は音も立てず。集団で狩りを行う殺人集団となるのだ。
『お頭……、我々はこれより。ジブロサ族。クラブラ族との協同で、魔獣を追い立て、ザウスに(暴れ魔獣の群れ)スタンビートを起こしてきやす)』
『ああ~頼んだよお前達!。アオォオオオオ~』 銀色の大柄な狼が遠吠えをすると。20頭はいる灰色狼達は追従して、遠吠えをした。
すると━━幾つもの羽ばたきが聞こえ。黄色い目が、近くの岩山に沢山現れた。
『来たようだね!。あんた達は作戦通り。適当に町に近い村の畑を荒らしてきな。それからあんた達は、シンク皇子達を襲うんだよ』
『……わかっている』
目を爛々と光らせ。奇っ怪な引っ掻くようなキイキイ声で答えたのは、巨大な蝙蝠達である。
ジブロサ族も月の女神ラトアを崇める部族で、この場にいない。クラブラ族を含めた。三部族は月の女神ラトアの祝福を受けた部族で。遥か昔から。秘密の盟約を結んでいた。
素早く。ジブロサ族の変化した蝙蝠達は……、夜陰に紛れほとんど音もなく。飛び去り。狼達は平原に向かって走り去った……、
そして……カナタ・ダラノフは、
━━事件が起きたと。
ザウスに詰める竜騎士団に。助けを求めた……、
レダ達竜騎士、ダノ率いたケンタウルスの戦士達は、罠とも知らず。翌日……。ダラノフの町に現れた。
━━時間は戻り……、ダラノフ族の畑を襲った。蝙蝠に姿を変えていたジブロサ族は、ザウスの都近くの丘で、一夜を過ごしていた。
「竜騎士団はまた懲りずに哨戒任務とは、ご苦労な事だ。おい!ダラノフのカナタに伝えよ」
痩せた青白い顔をして。長身の青年。ジブロサ族長ブサノアは、
「ケンタウルスの戦士達が出たら。また襲撃してやろうぞ!」
嫌らしく笑っていた。元々ケンタウルス族など気に入らなかった。森の女神のような野暮たい女神を崇め。平原を我が物顔でいるあの化け物達こそ。我等三部族に対する当て付けでしかない。忌々しいことよ。何を勘違いしたか、竜ごときに乗って偉そうにしてる。リブラ将軍など我等が、本気で立ち向かえば、殺して見せるのに……、暗く怪しい光を眼差しに宿していた。
「そろそろクラブラのラタノーラが、スタンビート起こしてるころか?」
エピローグ
━━ザウスの南。森を挟んで、クラブラ族の町はあった━━。
町から。西にある広大に広がる。魔獣の森。妖艶で、豊満な肢体。まるで舐めるように。森の中を縦横無尽に蛇体を蠢かせる女がいた。月の女神ラトアの祝福で、巨大な半身蛇に姿を変える能力を持った。クラブラ族のラタノーラである。蛇眼と呼ばれる。特殊能力で、一時とはいえ。獲物の意思を奪い。自在に操れる危険な能力を有していた。
「ぐふふ……、もっと血が見たいわ♪」
甘やかに……、淫沌的な、甘美な。滅びを愛する。堕落した響きが、声音に滲み出ていた。
シンク、リブラ、セナの三人は、ケンタウルス族の都ザウスに到着したのだが……、なんとケンタウルス族の都ザウスが、魔獣の群れに襲われていた。平和であるはずのレオールに。暗い影が落ちていた。後の世で覇王と呼ばれるサザノーラと。シンク大王の長く厳しい戦いは、この時から始まっていた……。




