閑話翼を下さいお姉さまファイル
プロローグ
夜も明けぬ早朝━。
規則正しいタッタタタタタタタタ、タッタタタタタタタタタ、ミシンで本縫いする。リズミカルな音が。モレン・カルメン・オードリーの部屋から響き渡る。今日は一世一代の晴れ舞台になるか……、それは今掛かりきりになってる。最後の本縫い作業に掛かっている。
よく縫製職人は言う。服の良し悪しは、一つの縫い目により。劇的に変わると……。
見た目のデザインだけではない、バランス、着心地すら、良くも悪くもなるのだ、
マッドデザイナー、縫製職人を目指してるモレンは、今まで自分勝手に、ただ盲信して、ただ思うまま服を作っていた、それで良いと嘯いた物だ。
そんな我が道を行く。モレンの運命が、大きく動きだしたのは……、中央大陸から突然舞い降りた、美しき戦乙女、翼人の女性サノビアさんを見た瞬間━━。心が撃ち抜かれた。
『私のモデルは、彼女しかいない』
そう確信したのだ、
━━その後様々の障害、主に自分の無知を棚に上げて、どうにか今日まで、初めて頑張り、今日を迎える事が出来たのは……、自分1人の力ではなかった。悔しいけど……。そんな思いから、モレンは少しずつ変わり始めていた━━。
無心で作業してると、時間と言うのは、あっという間に。過ぎて行く。窓の外は気が付けば、白ばみ始め。小鳥の囀ずる声が聞こえた頃。
「出来た!、遂に出来たわ~♪」
煌めく朝日に照らされるよう。スッキリしたデザインのピンクのサマードレスを掲げ。満足感に包まれていた。
「よし~、ちょっと早いけど……、どうせ寝れそうもないし(興奮して)」
キュッと唇を引き締め。モレンはまだ時間が早いけど、学校に向かう支度を始めた。
モレンの邸宅から、通りを挟み。劇場が見える。まだ人通りはなく。涼しいこの時間。役者を目指す卵達が、野外劇場で、発声練習したり。劇場周囲をマラソンする姿があった。学園まで徒歩数分。ほとんどの生徒の登校はまだないなか、縫製科、デザイン科の校舎に向かう馬車停留所到着したに、
「あっ……、貴女は」「あっモレンさん。おはようございます」
「……おはよう…」
急に声を掛けられ。戸惑っていると。
「ノノフレイミ・ラネスです」
一瞬名前が浮かばず、気まずい思いをしたが、気を使ってくれたようだ。「そうそうノノフレイミさん……、どうしたのこんなに朝早く?」
まさか……顔見知りに会うと思わず。少し驚く。
「そんなに早く無いですよ。さっきまでシンクさん達と、朝練してましたし」
パチクリ目をしばたかせながら。クスクス笑っていた。逆にモレンの方が驚いた。
「こんなに早くから?」
思わず唸るように呟くと、小さくフレイミに笑われてしまい。何だか気恥ずかしい……。モレンの僅かな表情の変化に。優しく捕捉してくれた。
「慣れるまで、すごっく大変でしたが、結構慣れるもんですよ。それに3日前から。サノビアさんも参加なさいました。すっごく驚きの技の数々、とても勉強になります♪」
目をキラキラさせて嬉しそうに話す。この間。初めて会った時は、もっさりした子だとか思ってたのに。何だがイメージが違うな~。そう考えてると。
「あっ私ばかり話して、ごめんなさい。こうして他の人と話せるようになったの最近なんで、何だが嬉しくて♪」
「今……なんて?」
一瞬。聞き逃すところだった、今驚くような話をされた気がした、フレイミは目をパチクリさせて、
「え~と、私の」
パタパタ手を振りながら、違うと合図する。
「サノビアさんも訓練してたって、本当?」
「あっ……そっち」
少し残念そうに嘆息しながら、顔を上げた時にはニンマリ恍惚と。よだれを流さんばかりの勢いに。顔をひきつらせながら。やけくそ気味に。
「そうですよ~。学園長の許しをもらって、体が鈍らないよう。シンクさんに頼んでたようです」一通り話を聞き終わり。いきなり座り込んだ。
「うっ……、ガ~ン。モレン一世一代の不覚。まっ、まさかサノビアさんが、学園に来てたなんて!、ウワアアアアア」
猛然とした勢いで、演舞場に走って向かった。
「あっ、あの~……、サノビアさんなら、もう帰りました………、あららもういないか」苦笑したフレイミは、肩をすくめ。汗を流しに向かった。
━━モレンが、慌てて演舞場まで来たのだが、誰も居なかった……、考えれば気が付いた筈だ。自分の迂闊さに。頭を抱えていた。
「失敗。失敗だわ!。はあ~……リサーチ不足ねガックシ……、でもまあ~いいか。馬鹿馬鹿しいほど、肩から力抜けたし。よし!やるか」
晴れやかに微笑み。モレンは、気合いの掛け声をして、再び馬車停留所に向かった。
校舎前で馬車から降りたモレンは、二階にある縫製科教師に入る。
「あら~モレンさん♪、早いわね。おはようございます~」
小柄な初老の女性教諭セラナ先生が、穏やかな微笑を浮かべ、出迎えてくれた。
「……あっ、おはようございます。セラナ先生。先生こそ早いですね」
ええまあねと。楽しそうに微笑みながら、
「それも今日までですのよ♪。皆さんに良いイベントになるようにするも。私達教師の仕事の一つですから」
朗らかに答えられ。胸に詰まらせた気分だ。考えてみたらわかった筈だ、色々なイベントをやるには、裏方もいる。私だけではない。そんなことも気づけなかったのかと、恥ずかしい気持ちを抱いた、いつも父が言ってたではないか、
『デザイナーは、一人では仕事が出来ない』
と。ようやく意味が、解った気がした。自分は沢山の人に手伝って貰えて、ようやく自分のデザインを見てもらえるのだと。
「……セラナ先生。感謝します!。きっと素晴らしい大会になりますわ♪」
自信を持って笑っていた。
━━━それから……、
間もなく。
━━縫製科に。沢山の生徒が登校してきた。
賑やかになるなか、モレンは、サノビアさんを出迎えに。学園の入り口に向かった、
今度こそサノビアさんとリナちゃんは、直ぐに見つかった、シンク皇子と一緒だったから直ぐに分かった……、
「まるで目印ね」
呆れた口調の先で、沢山の生徒が、集まり息を詰めて、三人を見守っていたからだ。
「あっモレンさん、こっちです」
シンク皇子に名指しされ。一斉に視線が集まった。あまりのことに緊張して。立ち尽くしてると。サノビアさんとリナちゃんは、気にした様子もなく。
「シンにい♪、行ってきます」
「シンク様。では後程」サノビアが一礼すると。にこやかに微笑み。
「二人とも楽しんで」
「はっ、はい」
「は~い♪」
不安気なサノビアと違い。リナは元気に答えた。
モレンと合流したのを見届け。シンクは観察官の仕事に戻って行った。今回『コーディネートコンデスト』会場となるのは、普段あまり使われない。第二演舞場だ、
今まで、主に『院』生の魔法実験場として、用意されたのだが……、魔方陣の強化が目覚ましく。発展して『院』の通う魔法院の建物地下に、魔法実験場が作られたから……。わざわざ遠い、第二演舞場に行くことも無くなったため。最近使われることもなく。使用目的を模索中だった、もしも……『第1回コーディネートコンテスト』次第では、一般学生のイベント会場の使用として、考えてく方針であった。
華やかに飾られ。多くの女生徒が、忙しく動き回る中。モレン達のスペースには、レイラ、ヒナエ、先ほど会ったばかりのノノフレイミが、準備万端備えていた。
「サノビアさんよろしくお願いします。こちらに座って下さい」
フレイミに促され。
「うっうむ……」
やや緊張するサノビアを。椅子に座らせ。一枚布を取り出して、首から下を覆うと、使いなれた幾つかの鋏とクシを、テーブルに並べた。
「随分と本格的だわね……」
感心したようにモレンが言えば、少し迷いつつ胸を張り。自慢気に。
「近所の若い職人さん達からの。プレゼントなんですよ♪」
「フレイミ。良かったらその話少し聞かせてくれないかしら?」
レイラはほっそりした面立ちに。柔らかく笑みを向けた、
「はっはい……、大した話でも無いんですが」
気恥ずかしそうに。フレイミはかいつまんで、サノビアの髪をクシでときながら。話した━━。
「私達姉弟が、住む通りは、お金のない貧困者ばかりが住む場所なんですが……」
少し恥ずかしそうに言いながら、
「住民は、みんな助け合い暮らしてるんですよ。私が弟の髪を切り始めたのも。そもそも節約の為でした」
慣れた手つきで、髪を少しずつ一まとめに。小分けにしてては、細い布でくるみ、洗濯挟みで挟む作業を、手際よく繰り返していた。
「昔から細かい作業が好きで、上手くなりたかった私は、無理を言って近所の美容師の叔父さんに、毎週お手伝いさせてもらいに。行ってました」
毛先を揃え、挟みを入れてくが、その様子は驚くほど滑らかで、みるみる髪が、スッキリと整ってく様は、歴戦の職人のようで、安心感があった、
「その噂を聞いた、近所のおばちゃん達に、カットを頼まれて、少しずつ腕を上げたんです~」
今度は結んだ髪に、何らかの液体を吹き掛けながら、大きめの布で覆った、
「いつの間にか、若い職人さんからも頼まれるようななって、ある日━━お礼に作ってくれたんですよ♪」
素早く魔法を唱えるや。サノビアの頭に巻いた布が、ジンワリ温かくなる。
「このまま少し待って下さいね。さあ~ヒナエさん、次はお願いします」
「うん任せて」
サノビアの前に、もう一つ机をおいて、様々な道具を並べて行く。中には見たことない、細かいヤスリが並んでいた。興味深くモレンが覗くと、
「私は、武術をやってるから、指先の手入れの大切さを知ってるんです。だから指先のお洒落に、気を使うようになったんです~♪」
言われて見れば、ヒナエの指先は驚くほど綺麗だった、
「特に爪の手入れは大切です。素手の格闘を教える立場ですからね♪」
何てこと説明され。なるほどと。妙な感心をした。
「サノビアさんは戦士ですが、もう少し指先大切にしないと、手荒れしてますよ?」
ヒナエに爪切りから、手の手入れ、マッサージ、爪のケアを受けながら、「うっ……、確かに。訓練で爪をやると……、響くな」
気恥ずかしそうに唇を噛んだ。
「ヒナエさん。良かったら私にも簡単な手入れ教えて下さい」
フレイミも手を使う弓使いだ、指先の手入れは痛感してる。素直にお願いしていた。
「ええいいですよ~♪。その代わり。髪のカットお願いしたいです」
「うん♪、私で良かったら」
二人が友情を育む横で、ヒナエの手は、止まらず。何かの皮で爪を磨くと。爪がキラキラ輝いた。 「オオオ!」
みんな感嘆の声を上げていた。
「ヒナエ殿……、出来れば私も……」
おずおずサノビアまで追従していた、ヒナエは妖艶に微笑み。
「構いませんよ。みんな友達じゃないですか♪、モレンさんも。ご一緒しませんか?」
不覚にも泣きそうになった、
「わっ、私も良いのか?」
妖艶な魅力を振り撒くヒナエだが、とても気さくな性格をしてるから、優しくええと頷き。レイラ、フレイミ、おずおずサノビアさんまで頷いてくれて……、
「あっ、ありがとう……」
素直にお礼が言えた、それは生まれて初めての出来事であった。もしも父がいたら。感激のあまり。号泣したかもとか思いつつ。心から楽しい気持ちが溢れてきた。
━━レイラが、化粧を施し。衣装に着替えたサノビアさんは、まるで本当の女神のようだった━━。
観客の前列に座る多くは、ブランドミヤマのチーフデザイナー達、服飾関連の売り子から、バイヤーまで、幅広く集まり。勿論学生の観客もいたが……、プロの圧力に耐えられず。最前列に近付けずにいた。その中に何故か、ミリアとシンクは混ざっていたが……、
「リナは、舞台袖で見てるそうですよ」
「そう、なんだかんだ言ってたけど、シンクが手伝いを申し出たんだから、あの子の目は、確かなようね」
娘の様子を聞きながら、楽しそうに笑う伯母に、小さく苦笑していた、 「でも大変だったんですよ。彼女達を誘うの」
深々溜め息を吐いた甥に。好意的な眼差しを向け。
「いい子達じゃない。大切になさい」
「分かってます……」
力なく天井を見上げていた、
「誰に、似たのか……」小さく嘆息して、脳裏に思い浮かべたのは、大好きな父リブラに匹敵するほど、モテルのだから仕方ない……、甥に恋心を抱いた彼女達の苦労も忍ばれた。
『皆さまお待たせいたしました、第1回コーディネートコンテストを開催致します』
舞台に現れたのは、バレンタイン教頭で、トーナメント運営や様々な仕事に。シンク以上に忙しい。最近顔色が優れない気がするが、疲れが見受けられる。バレンタイン教頭に。スポットライトが浴びせられ。華やかな音楽が流れた。学生達によるオーケストラ演奏だ。アレイ学園では、音楽院はない、劇場で音楽を学ぶ生徒達に。学園長自ら頼んだのだ。サッと深紅のカーテンが、左右に引かれ、舞台上が観客の目を惹いた。
一同に会するモデル達。一際注目を集めたのは、サノビアであった……、
美しく波打つようにセットされた金髪は、歩く度。まるで風を受けたように、フワリと軽やかに髪がなびく。まだ衣装は隠されていたが、否応なしにざわめきが高まる。
音楽が変わり。ポップな軽快な音楽が流れた、モデル達は、舞台袖に下がり、それぞれの順番に合わせ。舞台上をランウエイを歩くのだが……、ようやく歩くことに慣れてきたサノビアには、モデル歩きは難しい。訓練する時間は無かった、だからシンクからは、体術の歩方を学んでいた。サノビアの順番は17人目。みんな可愛く、時に勇ましく。軽やかに。様々なコンセプトに合わせて、見事に歩いていく。
「とても私には……、真似なんて出来ない」困ったような気持ちになる。私で本当に良かったのかと、不安で一杯になった。
「サノビアさん♪」
「リナ様……」
いきなり抱き着いて来たリナは、真っ直ぐサノビアを見上げた。その目は憧憬の色を含んでいて、驚きのあまり。少しだけ顔を引き締めていた。
「サノビアさんと~っても綺麗♪、きっと大丈夫だよ~、あんなに頑張ったんだから」
天真爛漫に笑いながら、核心を突いてくる。思わず自然に笑顔になってしまう。
『リナ様は、初めて私に安らぎ与えてくれた方、本当に敵わないわね』
自然と肩から力が抜けて、
「はい!。リナ様、私楽しんで見ようと思います」
きっと……大丈夫。
「……サノビアさん、どうかみんなにサノビアさんを。見せ付けて下さい!」
突然興奮したモレンは、支離滅裂なことを言うから、呆れたと言うよりも。戸惑ってしまう。
何故そこまで私に拘るのか、全然分からないが、私の為に作られた服を着るのは、とても心が踊った、ましてやデザイン。着心地━全て。私に合わせて、作ってくれたのだ、嬉しくないはずがない。
「行ってきます」
だから笑えた。ドキドキが止まらない。
エピローグ
次々とモデル達が、デザイナー達の苦労の結晶を着飾り。鮮やかに、艶やかに。観客を魅了して行った。
そして……、
純白の翼、降りたった女神、まさにそう表現の相応しい。翼人の女性が、颯爽と可愛らしいピンクのサマードレスで、登場するや。女性達からため息が漏れた。厳しい眼差しの服飾関連、プロのデザイナー達は、目を見張っていた。
「こっ、これは……、斬新だ……」
ゴクリ唾を飲み込む。注射する。チーフデザイナー達に、ミヤマは頬を弛めた。
「よく頑張ったな……、モレン」
全てのモデル達が、ランを済ませ、そして審査が始まった……。
『皆さまお待たせ致しました。第1回コーディネートコンテスト優勝が決まりました━━、
優勝は……17番。モレン・カルメン・オードリー』




