閑話あの魅惑的な奴の名は……
プロローグ
貴様はプリンを知ってるか?、あの魅惑的な姿。プルプルした弾力。香しい香りは、殺人的である。
━━西大陸、パレストア帝国。帝都━━━
城に続く。広大な通りから、一つ裏に入った、裏通りには、通称━━緑園公園がある。この近隣には、緑掛かった髪の住人が多く。名前はそこから取られたと言われていた。
公園の入り口前に。最近お店が出来た。ブルー・パレストア店と名の魅惑的なお菓子と芳醇な香りのフレーバーが、色々楽しめる。今大人気のお店である。あのアレイク王国に本店があり。今や5大陸に18店舗もある。
帝都にブルーの店が出店したのは、昨年の秋……、僅か半月もせず。行列が出来る繁盛店になった、闇ギルドの長にして、サリアン家━━暗殺を生業にしていた、ミューアは、1人の男に恋をした、
魔王ピアンザ様……、
ざわめく心を咳払いして誤魔化し。衝撃な食べ物に、再びスプーンを滑らせた。弾かれるような弾力に、妙な快感を覚え。口内によだれが溢れてきて、ゴクリ喉が鳴る。
桜色の可愛らしい口を開けて、はむ……、
「くう~……、なにこれ……」
口内に広がる。滑らかな舌触り。苦味を一瞬感じたあと蕩けるような。濃厚な卵の旨味、染み渡る甘さが、身体を貫かれたほど衝撃的だ、
「よ~、また来たな」
ピコピコミントの茎をくわえた、この店のオーナーであり、アレイク王国の重鎮は、ヘラヘラお気楽に現れた。
「チッ、また貴様か……」
やな奴に見つかったと忌々しそうに舌打ちした。 「まあ~な、半年振りかミューア」
気安く頭をポンポンされ。首り殺してやりたいが、悔しいかな、実力では 奴に敵わない、
「貴様………」
自分に気安く触れて良いのはピアンザ様だけだ、バクバクした心臓を誤魔化しながら、赤い顔をそっぽ向いて、
「こっ、これは何て菓子だ?」
ぶっきらぼうに聞いていた、呆れたような顔をされ。いささか傷付くミューアに、
「知らないで食べてたのか……、まあ~そいつは新作だから仕方ないか」 小さく笑われ。悔しさに歯噛みした。
「そいつはプリンて名前でな~。うちの嫁が作った物だ」
「そうか……、プリンと言うのか……」
殺伐とした暗殺を生業としてたミューアにとって、現在の貴族の立場はいささか面倒である。小判鮫のような。小物が自分に取り入ろうと躍起になるのが目障りで、隠れ家として購入したのが、ブルー店の真上であった。
初めて嗅ぐ。あまりにも甘やかな香りに魅せられ。ブルーの工房を裏から見てたのが始まりだ、
「そこの娘……、お菓子に興味あるのか?」
あのときも突然現れて驚かされたが、気配がまるで解らないのだ……、人間誰しも気配を放っている。訓練を積めば、それなりに消すことも可能だが……、ブルーは自然なのだ、当たり前にその場に存在出来る。
それゆえに私のような暗殺を生業にしてた者に、容易に気が付かない。良くも悪くも一国の重鎮らしくない。変わり者である。無論こいつも。私が暗殺を生業にしてたことは知ってる筈だが……、
気に入らないが、気にした様子が無いのだ、
「どうだ~、プリンを作って見るか?」
「なっ……、出来るのか?、私が……」
驚くような提案に、いささか呆気に取られた。
「さほど難しいお菓子ではない。材料も手に入りやすい物ばかりで出来る」
「なっ……本当か?」思わず自分が、これ程のお菓子が作れたら何て、思ってたのだから、自分にも出来る。そう言われたら、勢い込んでいた。
「あっああ~。店が終わってからで良いなら、教えてやる」
ニンマリ人の悪い笑みに。真っ赤になりつつ。舌打ちしていた、べっ別に嬉しかった訳じゃ無いからな……、
言い訳がましく。口ごもりつつ。
「まっ、まあ~そう言うなら、プリン作ってやっても良いわよ」
素直ではないミューアであった。
━━━夕方。
ずっとそわそわしてたミューアは、ブルーの店じまいを見て、慌てて裏の作業場に赴くと……、
「よう~来たなミューア」
ニヤニヤ笑みに。赤くならながら。拗ねたように唇をすがめていた。
それから初めて、お菓子を作る厨房に入り。手を入念に洗わされ。ブルーの帽子を被り。用意された、卵、牛乳、砂糖、鉄製のおかしな形のコップ。大きな鍋に、穴だらけの中蓋、外側に乗せる蓋。若い職人が沢山働く姿を、裏から見るのが、何だか楽しくて、時々見てた。
「卵は、プリン一つに一個。牛乳は卵の半分を目安にしている。うちは濃厚な卵の味を大切にしている。だからプリン一つに卵はニ個を使用している」
これで本当に出来るのか不思議に思ってたのが、ズバリ言い当てられ。狼狽えた。
「卵割れるか?」
「うっ……、そっそれくらい……」
金ボールに磨きあげられたような、輝く卵が沢山あって、恐々手にして、べチャリ……、
「あっ…………」
凍り付いた、力が入りすぎて、叩き付けてしまった。ヤバい……笑われる。
「まあ~料理したことないと、そうなるわな」
納得顔で、ハープの茎をピコピコ。
「一度見せてやる。力は要らない。卵を支える気持ちで手に握る。まな板に軽くノックするように1、2度」
ヒビが入ったの見せて、大きなボールの上に持っていき、パカリ……、片手で割った、なんか知らないけど、かっこいいかも……。
「ほらやってみな」
コクリ頷き。肩の力を抜いて、見よう見まねで、軽くノックするように、まな板にコンコン、ヒビが入ったのを確認、片手で……ビチャリ……、握り潰していた。
「うっ………」
「最初から片手は無理だ、慣れるまで両手を使え」
再び見本で、卵をまな板にコンコン、両手の親指の爪ヒビに沿わせ。ボールの上でパカリ。
「おぉおお!」
感心したように早速、やってみた、コンコン……パカリ、やった!。嬉しくなってブルーを見上げると、優しい笑みで、頭をポンポン。悪く無いかも……、
「卵に付いてる白いのがあるな、カラザだ、こいつは残すと舌触りが悪くなる。だからなるべく取り除く」
慣れた手つきで、ひょいひょい取り除いてるから、簡単なのかと思えば。意外と大変で、何時しか雑念を忘れて、真剣に作業を続けていた。
ようやく満足出来るレベルになったと、満足してると、
「卵をしっかり混ぜ合わせる。この器具を使え」
やたら丸い形の棍のような器具は、細い鉄製で強度は弱そうだ、ブルーのやるのを真似しながら、早速やってみた、
「力は不要だ、卵を立てるように混ぜる」
「立てる?」
意味が解らず眉根を寄せるミューアに。手首を使い。器具を確かに縦回転でかき混ぜていた。成る程。柔業に似ている。これは何だか武術に似ているな。
「そうだ、南大陸にあった大国では、料理から武術が生まれたと言われてるそうだぞ」
「あっ聞いたことあるわそれ」
サリアン家には、大陸中の有名武術が伝えられている。
「さて、次にプリンの要。舌触りを良くするには、最低5回は、荒い布で、卵をコス」
「コス?………」
別に新たにボールを用意して、布に弛みを持たせ、卵を入れて、ゆっくり絞り出して行く……、
「こうすることで、卵の卵黄の油分がまんべんなく混ざり合うのだ」
「成る程……、でも手間が掛かるのね?」
楽しいけど、意外と重労働に首の張りを覚えた。「それは美味しい物を、食べたいなら仕方ない労力さ、さて卵の表面の泡を無くしてく」
細かい串を束ねたので、卵の泡を割ってく、その間に鍋を用意して、砂糖、ミルクを弱火で暖め。沸騰させないようにしながら砂糖を溶かし。さらに香りの良い枝?、
「バニラというハープの一種でな、甘い香りを付けてくれるから、甘味が数倍に感じさせる効果がある」
火を止めて、ミルクを冷やし、別の鍋でメイプルシロップに、ケーキに使う醤油をほんのり色付け、シェリー酒でフライパンで焦がすようにフランベ。カラメルを用意したら、小さな容器の底に流し込み。
ミルクが冷えた所で、卵とミルクを合わせて行くが、泡だてないよう少しずつ流して行く、
「こいつを入れてく訳だが、一気に注ぐと中のカラメルが混ざるから少しずつ。混ぜる。それから湯煎に付けて、泡立たない温度でゆっくり蒸すのさ」
言われた通り……、真剣な面持ちで、蒸す作業に入り。ようやく出来たと満面の笑みのミューアに、
「冷蔵庫に冷やせば出来上がりだ、明日でも食べると良いよ」
ポンポン頭を気安く、撫でられたのに。全然嫌ではなかった、何でかな?、首を傾げながら、ミューアは意気揚々とプリンを抱え部屋に戻った。
━━━翌日……。
仕事を終えたミューアは、早速冷やしてあったプリンを取りだし、真新しい小皿にプッチン……、プルルン、魅惑の弾力を前に、目を輝かせた。
エピローグ
プリン作りを覚えてから半月が過ぎたある日のこと、定例会議に出席したミューアは、ちょっとそわそわしながら赴き、
不振そうなピアンザや、他の重鎮達の前に。差し入れ、プリンを持っていき、大変驚かれ、また上品な甘さに、皆から喜ばれた。
「ミューア美味しかったよ。また頼めるかな?」 「あっ、うん!いいよ♪」
満足感に包まれた、優しい笑みのミューアを、何があったか、良い顔をしてる。皆が目尻を下げた。




