君の名を 四
…漸く、文章体が安定してきた…と思います。
「では、改めまして…神楽想真と言います」
ゴホンとわざとらしく咳ばらいを一つして、自己紹介を始めた想真は教壇のど真ん中を陣取っている。本来そこにいるべき佐渡は、完全に諦めた様子で、窓際に置いた椅子に足を組んで頬杖をつき外を眺めている。もはや、教室は想真の独壇場と化していた。
「名前通り、真の想いをある人に捧げたいです」
頬を染めチラチラと視線をある人物に送りながら、脈略のない説明と希望を付け足す。クラスの半分は冷めた視線を投げるが、残りはキャーとかステキとか恍惚とした表情をしている。
「好きなタイプは、黒髪ストレート。長さは肩甲骨あたりかなぁ。身長は百七十くらい。瞳は灰色なんてすごく素敵だな」
「愛姫、ハサミ貸して。髪切るから」
かなり限られたタイプに該当する人物はただ一人。朱里はキラキラと熱い視線を無視して、拒否の姿勢を示すも「ショートも大好きだよ」と、笑顔と共に付け足された言葉にムスッと黙り込んだ。
「俺もみんなの事知りたいな〜。というわけで、そっちから名前教えてくれる?」
「……待て」
朱里たちからは一番離れた前の席を指差す。傍観を決め込んでた佐渡が、こめかみに青筋浮かべながら制止の声をあげる。
「何です?」
「何が、というわけで、だ。誰がまるまる一限お前にやると言った?」
「えぇ〜!先生は、俺がクラスメイトの名前を知らずに、寂しい学生生活を送れと言うんですかっ!!」
悲壮な顔をする想真に、クラスから同情の声があがる。
「先生ひど〜い!」
「私たちも、神楽君に名前覚えてもらいたい〜」
「先生、仲良くしろって言ったじゃん!」
「神楽君かわいそぅ!」
主に女子で編成された抗議の声に、想真がクラスメイトに見えない位置で勝ち誇った笑みを浮かべる。
可哀相な奴は、こんな黒い笑顔をしない。盛大に突っ込んでやりたいが、言ったところで逆効果。想真は自分の美貌の効力を、実によく分かっていた。
だが、佐渡だとて無駄に歳を喰ったわけではない。想真の本質は既に見抜いている。
佐渡は大きなため息をついた。
「簡潔に済ませろっつってんだよ。わざわざ遠回りして、余計な時間使うな」
教室の大半が首を傾げる中、想真が満面の笑みを浮かべる。黒さなど皆無の純度百パーセントの笑顔は、確かに可愛いのだろう。
「良いんですか!?」
返事の代わりに、手をシッシッとふる。
想真の目的は最初から最後までぶれる事が無かった。さっきまでのクラスメイトへの愛想の良さはどこへやら、目的のみを果たす許可を得ると想真の視線は一カ所に固定された。
「じゃ、遠慮なく…君の名前を知りたいんだ」
「無理」
そう言って想真が見たのは実に嫌そうな顔をした朱里、答えたのは隣にいる愛姫だ。
「お前じゃなくて、あか」
「名前を呼ぶな変態」
「だから、フルネームを」
「黙れ」
「…お前が黙れ、堂流。進まねぇだろぅが」
終わりの見えない応酬に、ため息をついて佐渡が割り込んだ。
「うっさい、職務放棄は黙ってて」
「…鬼月〜」
愛姫に睨まれた佐渡が呼んだのは、嫌そうな顔をしている朱里。なんとかしろ、と視線で訴えられ、朱里は諦めのため息をついた。
「鬼月、朱里」
「朱里」
面倒臭そうに、頬杖をついた姿勢を変えることなく、簡潔に述べられた名前を、想真は噛み締めている。
「教えなくてもいいのにっ」
プウッと頬を膨らませる愛姫に朱里は淡々と答える。
「だって、ウザい」
深々とため息をついた言葉は実感を伴っていて、クラスの大半が頷いている。
そんな中、想真は我関せずで、教えてもらった名をまだ咀嚼中だ。
「おら、もう気は済んだろう。サッサと戻れ」
シッシと虫を追い払うように手を振る佐渡に、素直に従い席へ戻る想真。ようやく平穏に授業を進められると思った安堵した佐渡だったが、その考えを改めるまでさほど時間はかからない。
一日の授業が終わり、生徒達が部活なり帰寮なり思い思いの時間を過ごすために動きだす中、朱里はグッタリと机に突っ伏していた。
「…大丈夫?」
冗談抜きで心配そうな声をかけたのは、愛姫だった。
「あんまり、大丈夫じゃない…」
だろうね。と返す愛姫の声も疲れている、というより枯れている。普段の愛らしい声が自分のせいで、枯れてしまったかと思うと、申し訳なくなり、朱里は愛姫の柔らかい髪を撫でた。
気持ちよさそうに目を細め、頭を擦り寄せてくる仕種が猫のようだ。
「ごめん」
「何で朱里が謝るの?」
「…なんとなく」
「やめて。なんかアイツがした事で朱里に謝れるのイヤ」
「?なんで?」
だって、まるで一心同体みたいだから。なんて言える訳もなく、愛姫は「なんとなく」と濁して答える。
認めたくはないが、朱里と想真は確かに繋がっている。そして、朱里の思いも嫌というほど知っている。
だからこそ、何も知らずにヘラヘラと近づいてくる想真が大嫌いだった。知られたくない、と言ったのは朱里だけど、それでもあの無神経さに腹が立つ。
いつか朱里を取られる。
朱里も、それを拒否しないだろう。
朱里が幸せならばそれでいいが、それでも面白くない。
どこか拗ねた風な愛姫に、朱里が首を傾げる。
「どうしたの、愛姫?」
色素ね薄い灰色の瞳が、光に当たって銀色に見えた。
綺麗な銀に、愛姫が映る。
何かの歌詞じゃないけど、別れは必ず訪れる。ずっと一緒にいたいけど。
愛姫は朱里を安心させるように、微笑んだ。
「なんでもない、もっと撫でて?」
「猫みたい」
「にゃん?」
朱里はクスッと笑うと、擦り寄ってくる愛姫の頭を撫でた。
別れは、いつか来る。
だから今は、出来る限り傍にいたい。
朱里の心を知っているから。
穏やかな日差しが、窓から差し込み、生徒がほとんどいなくなった放課後の教室は、いつもの騒がしさから掛け離れていて、日常に紛れ込んでいた朱里達を、浮き彫りにさせる。
「…行かなきゃ」
朱里の言葉に、どちらかともなく、視線を合わせる。
「…うん、行こう」
一人では行かせない。そう想いを込めて、愛姫は朱里の手を握る。
朱里が、どこか悲しげに微笑む。
別れは、必ず訪れる。
けど、ソレは今じゃない。
今じゃ、ない。
少し冷たい朱里の手を、体温を分け合うかのように、愛姫は強く握りしめた。
朱里がグッタリしてた理由↓
想真「朱里サン!好きなタイプは!?」
朱里「…運命とか信じない、現実的な人」
想真「…ある意味、現実的だよ!」
愛姫「どこがだっ!」
想真「夢を夢で終わらせない、努力の仕方?」
愛姫「ただのストーカーじゃない!!」
想真「ところで、朱里サンって他人行儀だから、朱里って呼んでいい?」
愛姫「他人でしょうがっ!」
朱里「…好きに呼べば」
愛姫「朱里っ」
想真「ありがとう、朱里。お前はチビ姫って呼んでやるよ」
愛姫「くたばれっ!」
佐渡「…お前ら、せめて授業終わってからにしてくれ」
その後も、こんなやり取りが一日中続いてましたとさ☆
うっぜぇぇぇ。