運命の赤い糸 参
いろいろツッコミどころがあると思いますが、軽〜くスルーして下さいm(__)m
月之宮学園。
幼等部から大学までエスカレーター式のこの学園は、中等部からは、町外れの山岡にある校舎に移り、全寮制となる。
そのためか、大半の生徒は中等部に上がる際、他校に入学する。
学園側もそれを止めないし、むしろ他校へ行く事を勧め、ソレに対するサポート体制も万全だ。
それでも幼等部の入園者が毎年多いのは、月之宮学園に居たというだけで、将来の道は大いに広がるからである。
万人に開かれた門戸は非常にレベルが高く、誰もが何かしらの特技を持っている。
充実した部活動支援に、学園設備。
だが、一般家庭からでも十分入学可能な入学金。
理事長である月之宮春詩-ツキノミヤハルシ-のモットーは、『優秀な人材の育成』であり、そのためならば自腹で学園費を賄う。それだけの財力を持つ月之宮春詩が何者かを知る者は、そういない。
余談ではあるが、学園七不思議の一つ目を堂々と飾るのは、理事長は何者か?である。
そんな月之宮学園高等部二年に転校してきた、神楽想真は涙目で痛む頭をさすりながら教師の後ろを歩いていた。
「あ、タンコブが…」
「やかましい。こっちはまだ耳が痛ぇよ」
振り向きもせず、想真の呟きに噛み付く。その後ろ姿は、確実に怒っていた。
「だから〜謝ったじゃないですかぁ」
「喜べ。転校早々、ブラックリスト入りだ」
うぇぇ〜っと情けないうめき声をあげる想真を尻目に男は廊下を進む。
他クラスでは既に朝のショートホームルームが始まっており、廊下を歩くのは男と想真だけだった。
男は右耳をトントンと叩きながら顔をしかめている。
男の名は、佐渡優-サドユウ-。少し長めの茶色い髪に少し垂れ気味の瞳はブラウン。三十代前半の男盛りで、教師陣の中では群を抜いて男前である。
粗忽で荒っぽい喋り方に、頭の固い教師は僅かに眉をしかめるが、授業は非常に解りやすく、砕けた態度は親近感が沸くのか、生徒には男女問わず好かれている。
教室の廊下側の窓から、佐土を見かけた女子は頬を赤らめ、熱い視線を佐渡へと送るのだが、今日は様子が違った。
熱い視線が集中しているのは間違いないが、いつもなら佐土へと向く熱は、後ろを歩く転校生へと集まっている。
時折聞こえる黄色い悲鳴にため息をつき、佐渡は視線を想真に向けた。
――そりゃ、悲鳴もあげたくなるだろうなぁ。
頭頂部に出来ただろうタンコブを、怖々触っている想真は、かなりの美少年だった。
色素の薄い髪は長すぎず短すぎず、パッチリとした漆黒の瞳に優しそうな面立ち。肌は白く、身長こそ170とそれなりにあるものの体の線は細く、下手なアイドルよりも綺麗だった。
まさに夢に描いた王子様のような想真に、女子が騒ぐのも無理はないと思う。
――つか、先生方も見惚れてたからなぁ。
職員室で想真に雷を落としている時、チラチラと視線が痛かった。
騒ぎはじめる生徒を宥める担任の先生達。そんな騒ぎも本人は慣れているのか、どこ吹く風だ。佐渡は苦笑した。
――えらいクラスの担任になっちまったなぁ。
既にクラスにいる二人を思い浮かべ、佐渡は重いため息をついた。
案の定、教室内は騒然とした空気に包まれた。
女子は顔を赤くし、男子は頬を引き攣らせている。隣に立つ本人はと言うと、どんよりと負のオーラを放っていた。しかし女子には、それすら愁いを帯びていると美化されているらしく、ほぅっと感極まったため息をついている。
「先生〜転校生はE組に来るんじゃないですか〜?」
どこか憮然としたような拗ねたような口調で、男子生徒が手をあげて言う。
「ちょっとした手違いをグチグチ言ってんじゃねぇよ。もっと懐の深い男になれ〜」
グチグチ言ってねぇし、とやはり拗ねた声の教え子を無視し、改めて紹介した。
「え〜、転校生の神楽想真クンだ。ミンナ仲良クスルヨーニ」
見事な棒読みで紹介を終え、想真に自己紹介しろと言うと
「…神楽想真デス。よろしくお願いしマス」
ペコリとおざなりな挨拶をした。それだけでも女子からカッコイイ〜の声。
今のどこがカッコイイんだ?と半ば呆れ気味の男性陣だが、ソレを言うとヤッカミと取られるくらい容易に想像出来るので、無言を貫く。
「…終わりか?…ま、いいけど。席は右端の一番後ろだ、ほれハウスッ」
「…ワン」
想真は萎れたまま、トボトボと指された席へ移動する。そんな姿にそこここで、かわい〜との声。
…結局、顔だよなぁ〜と、うなだれる男子生徒。そんな生徒達の葛藤を余所に、ところで。と教室を見渡しながら言葉をついだ。
「我がクラスのお姫サマと騎士サマはどうした〜?」
鞄はあるのに持ち主がいない二つの机を見て、生徒(女子は見惚れるのに忙しいらしいので、主に男子)に尋ねた。
生徒達は顔を見合わせて肩を竦め、何人かは青い顔でサッと俯いた。
「朝いたよなぁ?」
「さっきドールさんなら、廊下で見たけど…」
そんな言葉に被せるように、ガラリと後方の扉が開いた。
「スイマセーン。諸事情により遅れましたー」
そんな声と共に入ってきた堂流愛姫-ドウルアイヒメ-は、フワリとした栗色の髪をなびかせ、スラリとした手足に小柄な体型。雪のように白い肌と大きな茶色い瞳を持つ、まるで人形のような美少女だった。
「その諸事情を言え」
「年頃の女性にそんな事聞くなんて、デリカシーなさすぎ。よく教師になれたわね」
「芋に毛が生えたようなガキが何言ってんだ。サッサと座れ」
「芋に毛がはえたぁ?こんな美少女捕まえて、何言ってんのよ。目ぇ腐ってんじゃないの?」
整った眉をひそめ、佐渡を睨みつける。
身なりはかなりの美少女だが、口が悪い。喋らなければ、男女問わず恋に落とせる美貌の持ち主は、愛らしい口から毒を吐く。
「まず目上の者に対する口の聞き方を覚えろ、ガキ。で?相方はどーした?」
「気分がすぐれないので、早退するそうでーす。私も鞄届けるので、すぐ失礼しまー…」
ツカツカと自分の席へ向かった愛姫は、自分達の後ろの席に座る想真を見て、固まった。
想真もけだるげに視線をあげ、愛姫を見た。
交わる視線と緊迫した空気。王子のような美少年と人形のような美少女の邂逅に、周囲は僅かに固唾を呑んだ。
沈黙を破ったのは愛姫だった。
「…センセー。知らない人がいます」
「転校生の神楽想真クンだ。仲良クスルヨーニ」
「転校生は違うクラスじゃないの?」
「ちょっとした手違いだと」
「へぇ〜…」
想像してたのと違う会話に、クラスメイトは首を傾げる。心なしか、愛姫の瞳が殺意に満ちている気がする。ソレを感じたのか、何故か凹んでいた想真も、油断なく愛姫を見据える。
固まっていた愛姫は、苦々しげに舌を打ってから再び足を動かして、席から鞄を取って扉へ向かう。
その背に佐渡が声をかける。
「…堂流。自分の鞄も持って出ていこうとするそのココロは?」
「私も気分が悪くなったので帰ります」
ガラガラピシャッと音を立てた扉に、青筋が浮かんだこめかみを揉んで大きな大きなため息をついた。
そんな佐渡を見つめる生徒の目は、それはそれは生暖かいものだった。