動き出した運命 壱
カラリと晴れた空の下、燦々と降り注ぐ太陽をあびようとするかのように木々が緑を広げる。
さわやかな風が吹き抜け、葉をざわめかせた。
汗をかくには調度良い日和。
想真は険しい山道を駆けていた。
「ぜぇっ・・・ぜぇっ・・・」
汗で額に張り付いた髪を、うっとおしそうにかきあげながら、筋肉が悲鳴をあげている足に鞭うって走り続ける。
そんな想真の前を、黒い獣が先導して走っている。
フサフサの尻尾をゆらし、トコトコ走っては遅れている想真を上から見下ろす。
『ほらほら、まだ半分も来てないぞっ!!がんばれソウマっ!!』
「う、うるせぇ・・・」
まるで挑発するように、楽しげな口調で想真に声援を送る夜狐。
そんな夜狐の声に想真は悪態を返す。
顎を伝う汗をぬぐいながら、そびえたつ岩を這い上った。
それはもはや駆けるというより、登山に近い行程だ。
『・・・こんぐらいで息があがるとか、ソウマ。よわっちいな』
「獣と一緒にすんなっ!!」
心底不思議そうに言う夜狐に、想真はかみつくように言い返す。
「あんた、まだこんなところにいたの?邪魔」
「やっぱ~初心者にはこのコースはきつかったんじゃないの~」
「頑張れ」
そんな想真の反論をあざ笑うかのように、愛姫、誠、騎士が想真の横を駆け抜けて行く。
その姿に疲れは微塵もなく、しかも彼らは想真より前を走っていたはずなのだ。
「・・・」
『ほら~マコト達、もう行っちゃったぞ?マコト達、二週目だぞ?やっぱ、ソウマは弱っちぃよ!』
絶句する想真に、夜狐が追い打ちをかける。
「~~っ!!これから!!強くなるんだよっ!!今に見とけ、クソギツネ!!」
『もう、いやってほど見てるから、早く行こうよ~』
少し涙目になりながらも言い返すが、夜狐はくぁっと大きなあくびを一つしてそれを聞き流した。
そんなバカにされた様子に、想真はむかっ腹を立てながらも弱音など、絶対はくものかと再び足を進めだした。
あの後、学園に連れ戻された想真は、しばし放心状態であったが、時間が経つと次第に正気を取り戻した。
そして開口一番、朱里に会わせろと、一緒に戻ってきていた騎士に詰め寄っていた。
掴み掛りそうな勢いの想真に対し、騎士はいたって冷静に「会わせることは出来ない」の一点張り。
「何故」と理由を問うても、「俺からは言えない」と、埒があかない状態だった。
想真の頭は混乱の真っただ中にいたが、今何よりも知りたいのは朱里の安否。
そして、なぜ朱里が戦っているのかということだった。
安否に関しては、「大丈夫だ」という返答しかもらえず、到底納得できるものではなかった。
一体何が「大丈夫」だというのか。あれだけの怪我を負った朱里を思い出すと、心が張り裂けそうになる。頼むから会わせてくれ。と懇願するが、騎士は首を横に振るばかり。
しびれをきらして、自分の力だけで探しに行こうとすると、「だめだ」と引き留める。
けんか腰になる想真だが、騎士はいたって冷静。それが、想真をよけい苛立たせた。
そんな堂々巡りな状態に終止符を打ったのは、学園に戻ってきた黒づくめの佐渡と誠だった。
「そんな騒がなくても、朱里なら無事だよ~」
相も変わらずのんきな声とともに現れたのは、にこやかな笑みを浮かべた誠だった。
「・・・ぶ、じ?」
「まぁ、傷は深いがな」
わずかに安堵の表情を見せた想真に、それを台無しにするようなセリフを、誠の後ろから現れた佐渡から発せられる。
その言葉に想真の体が再びこわばる。
「ちょっと~わざわざ不安をあおるような事を言わないでよ~」
頬を膨らませて抗議する誠を横目に、佐渡は言葉をつづける。
「下手に嘘を言わないほうがいいだろ。朱里は今、月之宮総合病院にいる。絶対安静だ。」
「会いにっ」
「ダメだ」
すがるように言おうとした想真にかぶせるように佐渡は言う。
「お前を朱里の元につれていく事は出来ない。今、俺たちは見えない敵と戦っているんだ・・・仲間も信じられないような状態でな、そんな中にお前を連れていく事は出来ない」
「全部言っていいのか?」
あまりにも大っぴらに話す佐渡に。騎士が眉をひそめた。
「言ったろ。下手にかくして、こそこそ動かれちゃかなわないんでな」
「・・・いったい、何が起きてるんだっ!?朱里はっなぜ、まだ戦ってる!?俺たちはっ運命から逃れたんじゃないのかっ!!?」
想真の悲痛な叫びに、その場に居る者が全員が黙る。
その沈黙を破ったのは、騎士の肩に巻き付いていた白蛇だった。
『・・・残念ながら、その質問に答えられる者は、ココにはおらぬ』
「げっ」
それに誰より先に反応したのは、想真ではなく佐渡だった。思わず騎士から離れた佐渡に、視線だけを送った白蛇は愉快そうに目を細める。
『久しいのぅ、優。いろいろ話したいことはあるが・・・今はあとじゃ。』
「・・・はい」
言外に「逃げるなよ」と言われ、佐渡は視線をそらし渋々うなずいた。その様子を確認した白蛇はしゅるりと騎士の肩からすべりおり、想真の目前へと這い進んだ。
自分に向かって進んでくる純白の蛇に、想真は涙でぬれた瞳をまっすぐに向ける。
『神楽想真・・・運命に囚われし者よ。逃れきれなかった運命から、其方は再び逃げるか?』
目の前でとぐろを巻き鎌首をもたげる白蛇に、想真は目を見開く。
「・・・逃げきれなった」
『全てを話すのは、我らの役目ではない。其方らの事を我らが簡単に語ってならぬ。知りたくば、朱里を待て・・・だが、それも朱里の次第だがな・・・答えよ、想真。其方は(・・・)逃げるのか?』
不意に想真の脳裏に、想真をかばい立つ朱里の背中が浮かんだ。
――また、守られるのか・・・俺はっ
ギリリと下唇を噛みしめ、手が白くなる程こぶしを握りしめた。涙で滲む視界を、乱暴fに袖で拭った想真は、目の前で想真を定めるような瞳を向ける白蛇を、キッと睨み返した
「・・・逃げないっ。もうっ逃げてたまるかっ・・・誓ったんだ。今度は、俺が守るとっ!!」
その眼に決意の色を見てとった白蛇は、厳しくすがめていた瞳をふっと緩めた。
『・・・そうか。其方も(・・・)戦う道を選ぶか・・・まっこと、難儀な性格よのぉ』
だからこそ、守ってやりたいと思う。幸せになって欲しいと思う。慈愛に満ちた瞳を向けていた白蛇は、瞳を閉じた。
白蛇の体が光に包まれ、その光がゆっくりと膨らんだかと思うと、パンッと霧散して消えた。次いで現れたのは、白い衣を纏った白髪の美女だった。
ポカンと口を開けて見上げる想真に、美女は妖艶な笑みを向ける。
『ならば、力をつけよ。我らが力を貸してやろう』
そういう訳で、想真の修行が始まったのだ。
そして、冒頭にいたるわけだが・・・想真は、運動神経にはかなり自信があった。
今までクラスでは常にトップ。部活にこそ入ったことはないが、助っ人を頼まれることは多々あったし、参加した試合等はほとんど勝利。
“奇跡の男”などという、本人ですら赤面するほどこっぱずかしいあだ名をつけら実際にれた程で、大抵のことなら難なくやりこなされる自信があった。
しかし、そんな自信はあっけなく崩れ去った。
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・」
「・・・大丈夫か?」
「だ、大丈夫に・・・ゲホッ・・・みえ、るなら・・・あんたの、めは・・・節穴、だっ」
地面に荒い息を吐いてうずくまる想真に、佐渡が声をかけるが。それに返事をするのにも息も絶え絶えだった。
『ユウ。ソウマよわっちいよ?こんなんで大丈夫か?』
コテンと首をかしげて、想真にチラリと視線を向けてみせる。それに対してお決まりの文句を返しながらも、眉をしかめる。
転校生である想真の成績にも目を通している。故に、想真の運動神経が良いのと、体力が尋常じゃないくらいあるのも知っている。そんな想真がここまで疲れるなんて、一体なにをしたのか・・・。
修行をするというのは聞いたが、何をするかは愛姫たちに任せたのだが。任せる相手を間違えたかと、佐渡は頭を抱えた。
「ユウって言うな。ところで、何をしたんだ?」
『走っただけだよ』
「どこを」
『学園の周り』
夜狐はなんなく言って見せるが、学園の周りは山である。
しかも、かなりの敷地を持つ学園の周りとは・・・通常にない力を持つ愛姫たちの鍛錬の通常コースである学園の周りを、ただの人間である想真が走るには、かなりキツイ。
――そりゃ、こんなにもなるわなぁ
あきれた視線を愛姫に向けると、憮然とした表情の愛姫がムスッとしながらその視線に答える。
「これでも加減してやったわよ」
「あれを加減だなんて、ヒメってば鬼畜~」
すねたように答える愛姫の言葉に、誠がニヤニヤとしながらちゃちゃを入れる。愛姫はキッと誠を睨み付けた。
「誠~お前わかってるなら止めろよ」
二人のやり取りに、佐渡が大きくため息をついた。初日にしては明らかにやりすぎの修行は、愛姫の機嫌の悪さに比例している。
本来なら、まだ入院している朱里のそばに居たいのに、無理やり戻された上に、その理由が想真の特訓に付き合え。だったので、愛姫の機嫌はすこぶる悪い。
一応そのストッパー役として誠と騎士をつけたのだが・・・結果このありさまだ。
倒れていないところを見ると、確かに加減はしたのだろうが、それでもやりすぎなのには違いない。
「倒れてないから大丈夫っしょ」
「お前に常識を期待した俺がバカだったよ。おい、騎士。お前がついてたのに、なんで止めなかったんだ?」
想真を明らかに嫌っている愛姫。よっぽど危ない時じゃない限り常にふざけている誠。共に実力はるが、常識がない。
そんな二人のストッパーとなっているのが騎士なのだが・・・話を振られた騎士は首をかしげて見せる。
「?あれくらい、どうってことないだろう?」
「・・・」
「センセー。知らないの?ナイトは一見常識があるように見えて、実は常識の基準が多いに狂っているんだよ?別名『天然』とも言うけどね」
誠がプププと笑いながら、頭を抱える佐渡の肩をポンと慰めるように叩く。そんな人間たちのやり取りを、大人しく見ていた夜狐が、ポツリとつぶやいた。
『こういうのを、前途多難って言うんだよな』
作者「よくわかった」
佐渡「何がだよ」
作者「あとがきんなんて書くから、こんなに時間がかかるんだ」
佐渡「俺らのせいにしやがったっ!!」
作者「無心になるんだ、イナミ。もう長ったらしいあとがきなんて書かねぇ」
佐渡「お前・・・自業自得って言葉知ってるか?」




