表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

なろうだけよ-短編

俺は頑張っていたと思う

作者: ササデササ

 目覚まし時計が懸命に仕事をしている。五月蝿い……。

 時刻は朝の5時。そうか、もう起きなくてはな。

 身体も脳も休息が足りないと訴えている。「3時間も寝られたじゃないか」と懸命に彼らを説得し、何とかベッドから起き上がる事に成功した。

 リビングに向かうと、すでに妻が朝食の準備をしてくれている。俺にはもったいない、よく出来た嫁だ。

「あ、おはよう! 今日も良い天気みたいね」

 天気は良いが、俺の心は夜と間違えるぐらい曇っているよ。そう言い掛けて言葉を呑んだ。

 彼女が献身的にしてくれる理由に『心配』成分は少なくない。これ以上心配させる訳にはいかないからな。

 俺は彼女の優しい笑顔を背中に、飯、トイレ、歯磨き、と朝一の仕事を忙しくこなしていく。

 忘れちゃいけないのが妻との10分程度の会話だ。

 朝10分、晩の30分の妻との会話が、唯一のストレス解消だからだ。そして、可愛い娘の寝顔を見ること……。

「いってらっしゃい」

 妻が満面の笑みで送り出してくれた。


 朝6時。こんな時間でも、電車は満員だ。ピーク時のそれとは比べ物にはならないが、明らかに乗車率は200%を軽く超えている。

 この国は狂っているぜ! もちろん他国の通勤事情なんて知らないがな!

 

 7時30分。会社の自分のデスクに座ると、同時に飛んでくる上司と部下。まず最初に、口火を切ったのは肥えた初老の上司の方だ。

「この企画書はなにかね! こんな予算案じゃ大損だろ!」

 それは指摘したさ。昨日のあなたが、その予算を提案したんだぜ。そうは思いつつも、情け無い笑顔で謝る事しかできない。そして、今日中に直さないといけないんだろうな。

 鬱々とした気分に追い討ちをかけるのが、今年に入社したばかりの部下だ。

「先輩。実は、2日前に取引先に送った書類にミスがあって……。そろそろ、書類が相手のもとに届く頃ですよね? どうしたらいいですか?」

 知らん。手遅れだ。何で、今日になってから相談しにくる。最近の若者はホウ・レン・ソウも知らんのか。おひたしにすると旨いんだぞ。

 朝からパニックの連続だ。どこの会社もそうなのだろうか?

 いや、きっとこの会社がおかしいに違いない。そう思うことで、少し心が救われるのは何でだろうな。

 さて、今日一番の仕事は決まった。取引先に謝りに行かないと。

 答えは解っているのだが、上司に報告する。

 「何やっているんだ。今すぐ謝りに行きなさい。ここから走れば、9時ごろつくな。丁度いいじゃないか。部下のミスはお前のミスだ。そんな事にタクシーが使えると思うなよ」

 ほらな。さて、1時間とちょっとのマラソンにチャレンジだ。こんなことは慣れたが、これでまた終業時刻が遅くなるのには不満を覚える。

 

 何とか間に合ったな。8時50分。少し余裕を持って取引先には到着した。汗を引かせるには良い時間だ。

 10程も俺より若い部下は、今にも死んでしまうのではないだろうか、と言うぐらいに苦しい表情と荒い呼吸をしていた。

 大丈夫そのうち慣れるさ。この会社を辞めなければ。

 まぁ、もちろんの事、取引先には「なんて事してくれたんだ」と凄い剣幕で怒鳴れる。

 当然の対応か。俺は、ただただ平謝りするしかない。腰深く何度も謝る姿が日本一似合う男は、俺に違いない。その隣で、あたふたとするばかりの部下が視界の端に映る。

 俺は、あえて何も言わない。これも良い経験だ。大きくなれよ。

 そして、こうして恩を売るからな。頼む辞めないでくれ! 

 そうだ。彼には、まだ試練が残っている。当然帰りも走りだ。

 会社に戻ると、新しい仕事が山のように出来ていた。時刻は……。まだ、10時30分。『もう』と言うべきか。なにせ、今日やった仕事と言えば謝罪ぐらいなものだ。

 

 庶務、「ゴメンなさい」、雑用、「スミマセン」、営業、「善処します」……。目まぐるしく時間は過ぎ去っていった。

 時刻は20時。なんとか、終電には間に合いそうだな。

 「今日は大事な接待があるんだ」

 いつも接待は突然やってくる。これもうちの会社の特徴だ。終電2時間オーバー決定!

 接待と言えば思い出す。社会人になって、はじめて殴られたのは初接待の時だった。あの時の俺は若かった。

 「この後、仕事が残ってるので」

 なんてビール3杯目以降に手をつけなかったからな。相手より酒を飲まない接待があるかと殴られたのだ。

 

 接待から、やっと開放された時には22時を過ぎていた。酒のせいか、睡魔様がお越しになっている。丁重にお帰りいただくために、栄養ドリンクを飲むのだが、奴は帰ってくれる気配は無い。

 居座った睡魔様を、見ないようにして残りの仕事に取り掛かる。


 午前1時47分。今日もお仕事お疲れさまでした! 

 しかし、俺はとんでもないミスに気がついた。タイムカードを18時に押すのを忘れていたのだ。

 明日一番の仕事は決まったな。始末書と手書きの勤務報告書作成だ。謝罪も忘れちゃいけない。

 こんな狂ったわが社でも、何故か帰りのタクシー代は経費で落とせる。

 終電に間に合わない事が前提のこのシステムは、解りやすい飴の役割のつもりなのだろうが……。

 このシステムを知った時の俺たちの反応は『恐怖』だったんだぜ? 気づいて欲しいな。

 

 2時30分。家に着くとまだ電気がついている。こんな生活をしていても、「おかえりなさい」があるのが俺の自慢だ。妻は「昼寝しているから大丈夫よ」と不満の1つ漏らさない。

 死の恐怖が付きまとうこの生活だが、心のそこから言える。君のためなら死んでもいいと。

 しかし、これを言った時、普段はおとなしい彼女からグーパンチが飛んできた。

 妻との楽しい30分の会話を楽しんだ後、寝室のドアを開ける。こいつが動いているのを見たのは、何ヶ月前だったかな。

 2歳になる娘はもう寝ていた。

 俺は、自分のベッドに入り気合を入れる。

 さて、愉快な月曜日も終わりだ。休日まで後17日か。頑張るぞ!

 数ヶ月ぶりの休日は、動いている娘との再会も意味している。

 さっき言った事は、取り消しだな。

 俺は絶対に死んではいけない!


 目覚まし時計がリンリンと鳴る。

 よし! 今日も頑張ろう!

 なんだか、無性にやる気が出ている。

「ほら、遅刻するわよ」

「今、いくよー」

 リビングに向かうと、既に朝食が並んでいた。今日は目玉焼きか。

 彼女は、料理が好きと豪語する割には、朝食のレパートリーは3種類ほどしかない。

 テレビのニュースを見ながら食べる朝食。朝のニュースは大事だよね。

「ねぇ、今年の世界学力テストさ。日本の小学生が全教科でダントツ1位だって。凄いでしょ」

 自慢する僕を、彼女は満面の笑みで褒めてくれた。

 そして、僕が出かけ際。彼女は、いつもこんな事を聞いてくる。いつまでも、子ども扱いしないで欲しいな。

「宿題もった? ハンカチは? 気をつけて行ってらっしゃいね」




 ある大きな建物の前に、黒く長い豪華な車が停まっていた。

 中には、日本国民なら誰でも知っている、あの人が乗っていた。

 そして、もう一人。メガネをかけ、やせ細ったスーツ姿の男が乗っていた。

 メガネの男が嬉しそうに話した。

「悪田 太郎総理。チデジに、死者の記憶を夢見るようにする、ノイズを発生する技術は、良い買い物でしたな」

「君。気安く言ってはいかんよ。尊い庶民の犠牲に成り立っているんだから。それに、50年間も国家予算の2%を払うのは、安い買い物じゃないさ」

「何をおっしゃる。それで、この技術を我が国だけで独占出来るんです。日本は安泰ですよ。やはり、良い買い物です」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ