魔王の呪い
勇者の一撃を受けた魔王は斃れた。
平和な世の訪れだ。
束の間の安堵。
その一瞬に魔王は確かに口にした。
「勇者よ。お前に呪いをかける。精々、死ぬまで呪いに怯えるがよい」
呪いの内容を聞く前に魔王は死んだ。
故に勇者の心には浮かんだ言い知れぬ不安は停滞し続ける。
「負け惜しみを」
勇者の言葉は死した魔王に届くことはない。
決して。
*
それから随分と経ってから。
とある占い師の下に。
「いらっしゃい……って、あんたかい。勇者様」
占い師はそう言って笑う。
「元気にしてたか?」
勇者の問に占い師は頷いた。
「あぁ。お陰様でね。にしても、流石は勇者様だよ。魔物と人間がこんなにも仲良くなれる世界を作るなんてね」
「世辞はいらない。手を取り合うよう努力をしているのは私ではなく、皆だ。もちろん、その中にはあなたも含まれる」
勇者の言葉を受けて占い師は頭の上に生えた幾つもの角を照れくさそうに掻いた。
この占い師。
実は極一部の者にしか知られていないが魔王の娘なのだ。
先に彼女が口にした『魔物と人間が仲良くなれた世界』を作れたのは彼女の協力も大きい。
「で。今日は何の用だい?」
占い師の問に勇者はいつものように尋ねた。
「私の未来についてだ」
その言葉を聞いた途端、占い師は大きくため息をつく。
「それだけ?」
「あっ、いや。それだけじゃなくて」
勇者の歯切れが悪くなる。
実のところ勇者はこの占い師の下にもう随分と通っている。
年に一回だったのが、半年に一回となり、さらに月に一回となり、最近では週に一回……。
「悪いがこっちも商売だ。依頼がなきゃ占わないよ」
ばっさりと切られて勇者は顔を赤くして俯き、そのまま絞り出すようにして口にした。
「……君の父親がかけた呪いについて聞きたい。それが成就するのはいつだ?」
占い師はうんざりしたような顔で言った。
「いつも言っているだろ。成就なんてしねえよ」
「いや、しかし! 君の父親は魔王だぞ!? そんな魔王が最後の力を振り絞っての呪いなんて……」
「勇者様。もう何回も言っていると思うんだけどね。私の知る限り、私の父こと魔王は呪いなんて一度も使ったことがないんだよ」
「うっ……しかし」
「ついでに言えばあんたが来るたびに占ってやっているけど、あんたに何かが起こるなんて結果は一度も出ていない。つーか、私聞いたぞ? 私だけじゃなく他の人間や魔物の占い師にもこの質問しているって」
「いや、しかし……」
「大体な。んな便利な呪いあるなら、あんたと戦う前にかけてるに決まってんだろ! なんでそんな便利な呪いを死に際の最後の最後に使うんだよ! 圧倒的に優勢な状態だったんだから、余裕あるときに片手間にかけてるっつーの! 本当にあるなら!」
捲し立てられて勇者は黙り込む。
随分な言い草だが最早このやり取りは百回以上行っているとなれば彼女の気持ちも多少は理解出来よう。
「いいかい! 勇者様! 何回だっていうけども! 魔王こと私の糞親父が言った『呪い』ってのはただの『捨て台詞』! なんなら『負け惜しみ』だよ! 糞親父だってまさかこんなにもダメージ受けているなんて思っちゃいないよ!」
「うっ……だけどだな……」
「一体何回こんなやり取りしなきゃいけないんだい! いい加減にしろよ! まったく!」
そう怒鳴りつつも魔王の娘でもある占い師は思う。
きっと、この慎重さも勇者の強い武器だったのだろうと。
「まったく」
だからこそ、占い師は決めているのだ。
「むしろ、呪いは私に掛かっているって思うっちゃうよ。毎回毎回」
「悪かったって……」
勇者が聞いてきたならば何度だってこのやり取りをしてあげようと。
なにせ――。
「まぁ、いいよ。こっちだって身内のした事だしさ。付き合ってやるよ、いつまでも」
そう言って占い師は今日もまた心配性の勇者のために温かいお茶を用意するのだった。




