神憑(かみつき)
ーあらすじー
卑弥呼のお告げを皆に伝えるケイジだが、その内容の一部に違和感を覚えた。
好奇心の塊のような彼女の質問攻めにオタクの血が疼くのだった。
「……と、そんな感じで、俺たちは連絡手段に自動的に書き換わる金属でできた板状の物を使ったりしてます。他にも、木を加工して作った紙とか、記録に便利なものは山ほど出てきてますね。どれか一つでもこの時代にあれば、もっと詳しく現代でも卑弥呼様の事を知れたんですけど。」
根掘り、葉掘り聞かれた。
聞かれれば知ってることについて喋りたくなる。
オタクの悲しき性である。
喋りつづけたせいで、今の俺の喉奥ならサボテンでも生えてたって不思議じゃないくらいにはカラカラだ。。
「卑弥呼様。水っていただけたりしませんか?」
「あ!ごめんなさい!お客さんなんて初めてだから全然気づかなくって!」
歴史上の偉人に頼み事なんて余りに図々しいようにも思ったが、生理現象ばかりは仕方がない。
彼女は部屋の隅に置かれた桶から、赤褐色の土器を使って組み上げると忙しなく俺の元へと運んでくれる。
「はい!どうぞ!」
彼女は満面の笑みを浮かべながらそれを差し出した。
俺は有り難く両手で受け取ると、喉を鳴らしながら流し込んだ。
「……うまい。俺、水なんて久しぶりに飲んだんだけど、正直舐めてました。」
「おいしいでしょ?最近、村に井戸を作らせたんだけど、そこから汲み上げた水は川の水よりとっても美味しいのよ!」
むふーっと胸を張る彼女。
ここまで話してきて分かったが彼女は天真爛漫そのもの。
まさに太陽のような女性だ。
天照大御神のモデルなんて話もあながち間違っちゃいないのかもしれない。
「卑弥呼様。今度はこっちから聞きたいことがあるんですがよろしいですか?」
「なんでもきいてよっ!」
彼女は胸を張ってふんぞり返ったまま、俺の質問を待ってくれるようだ。
「では、お言葉に甘えて。先程のお告げですが、卑弥呼様はここから外には出ていないんですよね?」
「えぇ。私の顔が広く知られてしまったらその身に危険が迫る〜、とか。鬼道とは縁が少ないほど強力に機能する〜、とか。色々理由があるみたいよ?そのせいでとーってもつまんないの。」
苦虫を噛み潰したような顔をして、不満を口にする。
「……ではどうやって貯水の欠陥を知ったのですか?」
それを聞いた瞬間、卑弥呼の顔がぱっと華やいだ。
「よっくぞ聞いてくれました!私の鬼道の術の1つにね、こんなのがあるんだ!」
彼女は机から1つ石をつまみ上げると、床に叩きつけて割ってみせる。
すると、奇妙なことにその場に小さな埴輪が生み出された。
その埴輪が、モゾモゾと、ひとりでに動き出した。
「はぁ?」
思わず怒りとも呆れともつかない声が漏れ出てしまう。
いや、分かるよ。
埴輪自体は分かる。
どっから出てきたこいつ。
というか、どうやって動いてんだ。
その小さな埴輪はぴょこぴょこと跳ねながら扉を通って外へと消えていった。
「あの子が村中を見て回ってくれるんだよ!何かあったら教えてくれるんだ!」
いやいや。
いやいやいやいや。
「は、ハハッ、手品が上手いですね。」
流石に理解が追いつかなかった俺は、最早、笑うことしかできなかった。
手品と聞いて、卑弥呼の頭の上には疑問符が3つくらい並んでるようだった。
まぁ、俺も大分疲れてるんだ、うん、そうに違いない。
だからこんな夢を見てるんだろう。
「もう一つ聞かせてください。貴方の弟、大和の役割。やらなきゃいけないことを教えてほしい。」
頭に括り付けられてた疑問符で意識が空を飛びかけてた彼女は、俺の言葉に地に足ついた会話へと戻る。
「大和の役割は『伝達役』。村と私を繋ぐための橋そのものよ。今朝は物見櫓の見張り役からお話を聞きたかったのだけれど『代わり』を使ったから大丈夫。どうしてそんな事を聞くのかしら?」
彼女は顎元に指を当てると、視線が俺の目を通じてすっと通り抜けるのを感じる。
スキャン検査でもされてるかのような、自分の考えを丸裸にされてるような奇妙な錯覚を覚える。
「俺は大和の身体を借り受けてますが、大和の記憶はありません。大和の役割を知らなければ周りを混乱させてしまいます。」
すると卑弥呼はキョトンとした顔になる。
2、3度目をパチパチとさせると再び口を開いた。
「てっきり降霊の類いかと思ってたのだけど、違うみたいね。」
思っても見ない単語が飛び出して、俺の方も面食らってしまう。
しかし、その線を疑うのは当然か。
彼女は鬼道という呪術の使い手でもあるのだから。
「降霊は自分の身体を相手に貸し渡すけど、感覚や記憶は共有されるの。元の身体の持ち主の魂と身体が強く結ばれているから、たまたま降霊が成立したとしても強い意思で念じればいつでも身体を奪い返せる。」
現代で言えば、共有してる口座を2人で管理するようなもんか。
「でも、貴方の場合、完全に主導権を握ってる。大和が何かしようとしてるのを感じたりする?声が聞こえたりとか。」
「いや、全く。」
「多分、なんだけど、神憑に近いと思う。」
かみつき?
聞いた覚えのない単語に首を傾げる。
連想するのは卑弥呼がハムスターよろしく人参を齧る姿くらいだ。
俺が得心のいってないのを察して、彼女は噛み砕いて説明してくれる。
「神憑は、自分の身体に神様を受け入れる鬼道の技術なの。神様と深い繋がりが結ばれてなければそもそも偶然じゃ起こらない。でも、その深い繋がりを結んでしまっていることと、人は神様に作られた物だからか、彼らが満足するまで身体を返してもらえることはないの。」
なるほど、口座そのものを銀行に差し押さえられたらどうにもならないもんな。
「だから、普通は神憑はやらないし、出来ないと。」
「そうなの。いつもやるのはこっちから神様の世界にお会いしにいく『訪神』ってやり方なの。大和に鬼道を扱う才はなかったし、貴方との縁もない。そもそも貴方は人間だわ。」
だから、腑に落ちないと彼女は腕を組んで考え込んでしまった。
何人もの人々が体験してきた経験則から生み出されているのだろう。
スピリチュアルな話なのに、やけに体系だってるように感じた。
俺はこういったオカルトについても、頭ごなしに否定されるものではないと考えている。
人間の歴史で見ても不思議な現象ってのは切っても切り離せない関係にあると思ってるからだ。
呪術や神様、幽霊。
ポルターガイストなんかも報告されてるならそれに類する現象が実際に存在すると考えた方が妥当だ。
人間は恐怖に名前をつけて、理解してきた歴史がある。
金縛りは身体が寝てるのに脳だけ起きてるってだけだし、自動書記は近代では精神的にそれが必要だから行われたって考えられてる。
つまるところ『分かってないだけ』ってのが俺の考えだ。
「聞いてみよっか!神様に!」
俺が持論に対して悦に浸ってると
「聞くって……どうやって?」
卑弥呼は机の方に向かうと、石包丁をもって戻ってくる。
「貴方に縁のある神様のところに訪神するんだよ!大丈夫!大和に適性がないのに神憑みたいになってるなら多分それは貴方がとっても縁が深い神様がいるって事だと思うから!」
言うが早いか、彼女は俺の手を取ると指の先を石包丁で少し切る。
「いっ!」
急に指を切られた事で、思わず情けない声を挙げてしまった。
石包丁ってこんな切れるのか!
……というか、夢なのに痛み……?
「我慢!男の子でしょ?」
彼女はその血を指に取るといつの間に手にしていたのか木簡に俺の血で何かを書いていく。
よく思い返せば、俺は泉で溺れかけた時も、ちゃんと『苦しかった。』
少量しか取っていないはずなのに、サラサラとどんどん書き進めていく。
余りにも鮮明で、破綻も不整合も見当たらない。
夢と断じる根拠は、最早、不思議な現象が何度も起こってること以外にない。
彼女は書き終えたのか、木簡を俺の手に握らせると、一言だけ。
「いってらっしゃい!」
トンッ、と彼女の細い腕で押された途端、俺は、再び水の中にいるのを感じた。
でも、前みたいに、苦しくはない。
水面から優しい光が差し込んできて、俺の身体が包まれるのを感じた。
『ケイジ……加護……その時……。』
途切れ途切れで何を言ってるかが理解できない。
耳元でカチカチと何かが繰り返し響いてる。
その合間を縫うように、柔らかな女性の声が聞こえていた。
「アンタは、一体、誰なんだ?」
『時……。人……助け……人……ら。』
「何言ってるか全然わかんねぇ!人助け?人助けをしてほしいのか?というか、それならそうとちゃんと説明しろよ!俺を連れてきたのがアンタなら、アンタにはその責任があるんじゃないのか!」
俺は、夢じゃないかもしれないという恐怖からか、一気に不満が爆発してしまう。
『す……ま…。貴……頼……ま……よ……。』
カチカチと響く音が徐々に大きくなっていくと同時に真っ暗になる。
「待ってくれ!!」
俺の声は、全て泡になって消えていき届くよりも先に弾けて消えてしまっているように見えた。




