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ヨヌマ ケイジ

3/24 読みやすい用に改稿、文章量調整(本筋に変更はありません。)

「『――よって、この時代にそんなものは存在しえない。Q.E.D. 一般的な学説くらい調べてから物を言えよ』っと。」


自分のことを正しいと信じてやまない妄想癖全開な奴に、正論を叩きつける。

こんなに気持ちのいいことはない。


フルで回転させた脳に消費した糖分を与えようと、半分残っていたエナジードリンクを一気に喉に流し込む。


匿名掲示板「NO NAME」。

名前を明かさずに語り合えるこの掲示板は、様々な人間が集まる。

自分の言葉に責任も持たずに語り合えるこの場所に住み着く者は数知れず。


『で、でた〜!面倒くさい男No.1のケイジさんの証明タイムwww』

『コテハンうぜーw』

『有名な人なの?』

『超有名。いい意味でも、悪い意味でも。言ってることは正しいんだけどね。』


なんて好き放題言われたりする場所だな。

持ち前の正義感というか、間違ってるものはきっちり整えたくなる性格から色んな話に噛み付いていたら、結果としていつの間にか晒し者のようになっていた。


だからと言ってやめる気はサラサラないが。

飲み干した缶をゴミ箱に投げ込むが、弾かれて床に転がり落ちる。


横目でチラリと見てからため息をつくと、今度は見もせずに新しい缶を段ボールから取り出そうとして、弄った手が空を切る。


(あれ、エナドリもうねぇのか。)


缶をゴミ箱に入れるついでに、ストックを確認しようと立ち上がると不意にインターホンが鳴り響く。


『すいませーん!』


丁度いいタイミングだ。

箱で定期購入してる分が届いたに違いない。


「今行きまーす!」


缶を勢いよくゴミ箱にぶちこんで、玄関へと急ぐ。

サンダルを履いて玄関の扉に手をかけた時、一瞬だけ逡巡する。

置き配にしてるはずなのになんでわざわざインターホンを――と思ったが、一刻も早く手にしたい俺は、深く考えずに鍵を外し、扉を開け放った。


瞬間、腹の辺りに冷たいものを感じる。


『ーー。』


なにか言ってる声が聞こえた気がしたが、理解するよりも早く俺は意識を手放してしまった。


……


…………


ゴボッ、と口から無数の泡を吐き出しながら目を開ける。


途端、苦しさに身を捩る。

無我夢中で、必死に全身を動かす。


水を吸った布の重さが、水底に引っ張り込むかのように纏わりついてくる。


(やべぇ!し、死ぬっ!)


苦しさが限界に近づいていたが、ふと閃く。

敢えて、力を抜いてみた。

酸素を消費したせいもあり、自身が底に沈む感覚を肌で感じるケイジ。

その反対方向へと必死に藻掻きだした。


全力で水面に向かっていると、不意に腹を中心に思い切り引っ張り上げられるようにして水面に飛び出した。


(うおおおおおおおお!!!)


大きな飛沫を上げながら俺は地上へと文字通り釣り上げられた。

……その反動で地面へと叩きつけられる。


「い゛っ!!」


頭から地面に突き刺さる。

どうやら土が随分と柔らかかったようで痛みは殆どなかった。


「こりゃまた……、珍しいもんが釣れたな。」


俺は頭を引っこ抜きながらゴホゴホとむせつつ、声の主を探して辺りを見回す。

森の中、俺が居たのはどうやら小さな泉の中だったらしい。

しかし、俺は自分の部屋に居たはずなのに……どうなってんだ?

攫われた……とか?

それにしても、身内なし独身28歳を攫うメリットが分からん。

とはいえ、誰かに救われたのは確かだ、まずはお礼だろうと深く息を吸い込むとありったけの声で伝える。


「誰だか知らねぇけど助かった!サンキューな!」

「ほっほっ。死にかけてたとは思えん、快活な若者じゃの。そんなにでかい声を出さんでも聞こえとるよ。」


何処かから声はするがやはり姿は見えない。

しかしあの感覚は間違いなく釣り竿かなにかで釣り上げられたものだ。

だが、泉のほとりには竿どころか木の枝1本見当たらなかった。


「そんなにキョロキョロしてもワシのことは見つけられんさ。」


どうもこの爺さんは『かくれんぼ』に自信があるようだった。


「なんだ爺さん、照れ屋さんかよ?」


俺はあえて挑発的な態度で相手が姿を現さないか誘ってみる。


「まぁ、そんなところじゃ。」


しかし、そんな挑発など意に介していないように飄々と答えられてしまった。

のれんに腕押し、この手の相手は何を言っても無駄だと諦める。


「爺さんが姿を見せたくないのは分かった。なんか事情があんだろ。それはそれとして、俺が何でここにいるか知ってたりしないか?自分の部屋で、腹になんかされた所までは覚えて――。」


言いながら自身の服を捲りあげて腹部を確認する。

何の後も残っていなかった。

少なくとも包丁で刺されたりした訳ではなかったようだ。


「そうじゃのう。ワシの口から言えるのは古からの言伝くらいじゃな。」


「古からの言伝?」


ゲームみたいになってきたな。

最近やれてなかったからなぁ、欲求不満なのかもしれない。


「うむ。『箱庭に身を持ちしもの現れる時、悲劇に救いが訪れる』……。こう伝えるように『我ら』の間では決められておる。」


さっぱり意味がわからない。


この爺さん、俺をからかってんのか。

それともボケてるのか?

統合失調症とかの幻覚症状の可能性あるかもしれない。


様々な可能性を逡巡させる俺を、爺さんはカラカラと笑った。


「なぁに、いずれお前さんにもイヤでも分かるさ。」


声しか聞こえないというのにも関わらず、爺さんがニヤリと不敵に笑ったのを肌で感じる。


「悲劇に救いが訪れるって、どういう意味なんだ。」


俺のその言葉は突如吹く風の中に消えていく。

爺さんの笑い声がその風とともに森の中で木霊する。


「加護の力が君にあらんことを。」


「宗教ならお断りだぞ!ちゃんと説明しろよ!爺さん!」


パチッ、と指を鳴らす音が森全体に響いたか思うと、気づいた時には真っ白な廊下の中央に放り出されていた。


――どうやらおかしくなっているのは俺の方らしい。


夢か幻覚でも見ているんだろう。


まぁ、それならそれで終わるまで楽しむだけだな、なんて考える。


明晰夢なんて初めての経験だ。

自慢げに語るスレッドを何度か目にしたことがあるが、なるほど、随分感覚がリアルじゃないか。


廊下は両側がどこまでも伸びているように見えた。


壁に目をやると、何枚もの空の額縁が向かい合って飾られていることに気づいた。


美術館かなにか、ということだろうか。

目的もなく、とにかく歩き出す。


俺の足音だけが、壁に反響してはそのまま染み込んでいくのを感じる。

何もない空間に響く音は、どこか寂しさを覚える。


そのまま歩を進めていると、ふと遠くから何かが聞こえる気がした。


『……リーン』


徐々に音が近づいてくる。

やけに透き通ったその音は、まっすぐ俺の鼓膜を揺らすかのようだ。


『チリーン』


これは……鈴の音?

音のする方へ近づいてみる。


そこには尾に鈴をつけた、銀色の小さな狐の姿があった。


俺の姿を見つけると、そいつは一目散に駆け出した。


「あっ、待て!」


逃げられるのを見て、俺は思わず追いかけてしまう。

俺は途中息を切らして、足を止めながらも追いかける。


俺が足を止めてる間、そいつは尾を揺らして鈴の音を鳴らしながら俺を待っているかのようだった。


「くっ、こ、小馬鹿にしやがってっ!」


ムキになって追いかけていくとその狐は一つの絵の前で足を止めた。


俺が肩で息をしながら、絵に目をやると、そいつは躊躇なく絵に飛び込んだ。


「ハッ!?ゲホッゲホッ!」


いきなりの事に息を切らしつつ飲んでしまったせいで、思わずむせかえってしまった。


落ち着いてから、絵の下のプレートに目を向ける。


タイトル『断絶』


絵には、1人の少女が縛り上げられたままその糸の繋がる先が全て切れてしまっているのが、暗い色合いで描かれている。


胸糞の悪さを感じる絵だった。


俺は、思わず手を伸ばしていた。

何を思っていたのかは、よく、分からない。

伸ばした手が絵に触れるかどうかといったところで、辺りが光に包まれた。

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