第三章 ― 仮の光
「あなたが……噂の新任教師ですね。
お名前は以前から耳にしていました。
一度、この目で確かめたくて」
ブルーは彼のほうへ顔を向けたが、まだ何も言わない。
「映画の授業に価値がないと判断されて、解任されるかもしれないとか。……でも、僕はそうは思いません」
視線が集まる。
誰も声を出さない――それは恐怖からではない。
「あなたのような人材を、手放すのは惜しい」
「どういう意味ですか」
ブルーが問う。
青年は友好的な笑みを浮かべ、握手の姿勢を取った。
「こちら側の学校へ来ませんか。
青のハウスの教師として、そして“正しい”交換留学生として、やり直すんです」
彼は隣に座るジョアンへ視線を向け、やわらかく囁く。
“I know you won’t leave… not without him.”
(あなたは彼なしでは、どこへも行かない)
ジョアンの瞳が一瞬、光を帯びる。
背筋が伸びる。何か重たいものが外れたかのように。
だが、周囲の仲間たちの理解できない視線に気づいたとき、彼は静かに目を伏せた。
それでも――
消えかけていた火は、まだ残っている。
本名を知られたあとも、
ブルーの中の“教師”は再び燃え上がろうとしていた。
「――断る」
低く、しかし明確に。
誰も知らない。
彼はすでに“特別枠”の存在であることを。
「たとえ一本の映画のために死ぬとしても、俺はそれと一緒に死ぬ。
そして生徒全員を、向こう側へ渡らせる」
その瞬間、穏やかな顔から笑みが消えた。
「……好きにすればいい。だが最後には、ここから出られる者はいない。あなたの映画も含めて」
「なら教えてやるよ。
フィルムでも、デジタルでも――撮れるってな」
あの日、食堂は二人の戦場になった。
交わす笑みは宣戦布告。
名がささやかれ、机から机へと広がっていく。
だがジョアンの胸には、別の問いが沈んでいた。
――受け入れられない場所へ、
本当に彼らを渡らせることが正しいのか。
✦ ✦ ✦
「ゴーン……ゴーン……」
朝の鐘が鳴る。
白い制服が水のように流れ、整列する。
赤いネクタイは、雪原に落ちた血のように鮮烈だ。
週に一度の朝礼。
美術教師ショシルが前に立ち、重大な告知を口にする。
「本日より、こちら側の校舎に臨時教師が着任します」
その言葉はゆっくりと、重く落ちた。
静寂が列ごとに広がる。
先頭に立つブルーも、眠たげな目でわずかに視線を動かすだけで、何の感情も読ませない。
やがて、一人の女性教師が壇上へ上がる。
英語での自己紹介。
自信に満ちた微笑み。
まるで新たな代議士が演壇に立つかのような堂々たる姿。
ショシルは横からぼんやりと見つめている。
生徒たちは、その過剰な自信にわずかに息を呑んだ。
拍手で朝は終わる。
ざわめきながら教室へ戻る生徒たち。
ブルーはその中で沈黙を守る。
――そのとき。
背後から、硬質な足音。
コツ、コツ、コツ。
高いヒールの響きが空気を裂く。
全員が振り向く。
そして初めて、鞭のような声が振り下ろされた。
“Students, inside. Now!”
短い命令。
槌の一撃のように。
列は即座に崩れ、動き出す。
ブルーが振り返る。
まだ眠気を残したまま。
視線が交わる。
一方は、時折狩りに出る梟。
もう一方は、神経を張りつめた鷹。
――新任の女性教師。
彼女はいったい、何者なのか。




