第一章 ― ゴールデン・アンバー
正式に交換留学生となってから、ジョアンはしばらくのあいだ適応の時間を過ごしていた。
ある日の昼、彼はバルコニーに腰掛け、下のグラウンドをぼんやり眺めていた。生徒たちは群れになり、遊び、食べ、笑っている。
その一方で彼は――
牛乳パックとパンを手に、もぐもぐと咀嚼しながら膝の上の本を読んでいた。通り過ぎる視線を避けるために。
孤独だと知られたくなかったからだ。
だがその孤独こそが、かえって誰かの視線を引き寄せてしまったらしい。
その少年は同じクラスの生徒で、名をグリムといった。英語が得意ではないまま、それでも話しかけてきた。
そのぎこちなさに、ジョアンの口元がわずかに動く。――本能のような何かが、思わず顔を出したのだ。
グリムは照れて座り込み、言い訳しようとするが舌がもつれる。
結局、二人は同時に吹き出した。
「ははははは」
その笑い声に人が集まり、隣に座り、気さくにジョアンへ挨拶し、グリムの訛りを聞いてまた笑った。
その日以来、バルコニーに孤独な生徒はいなくなった。
昼になると、悩みを抱えた生徒の話を聞きに来る教師がいるからだ――もっとも、その教師は少し遅すぎたらしい。件の生徒はもう下の芝生へ移動してしまっていたのだから。
ジョアンは中性的な美貌と金色の髪を持っていたため、クラスメイトたちは彼に特別な呼び名を与えた。
「アンバー」
「最近ずいぶん注目されているそうですね?……どんな本をお探しですか」
「……え?」
朝の図書室は異様なほど静かだった。鐘の音も、急ぐ気配もない。生徒たちは校内の好きな場所へ散っていて、まるで今日だけ時間が遅く流れているようだった。
「家族ものが好きなんです。……特に先生の映画みたいな」
彼の指先が本の背を少し強く押さえる。視線は半分だけ上がり、すぐ落ちた。
ブルー先生は、静かな微笑みで応えた。
気づけば二人は並んで歩きながら話し続け、そのままカフェテリアに着いていた。
「休みの日なのに、生徒が多いですね」
そう言って周囲を見渡したあと、妙な様子で近寄ってくるジョアンを見る。
「さっき……座らせてもらえなくて」
ジョアンは小声で言い、向かいの席を見た。
二人は黙って座り、トレイを前にする。茹で鶏の湯気が薄く立ちのぼり、周囲のざわめきに溶けていく。
ブルーはジョアンの頼んだタイ料理について何も尋ねなかった。夢中で食べるその幸福そうな表情を見るだけで、彼が他の留学生よりずっと“格好いい”と分かったからだ。
温かな眼差しで見守りながらも、彼は不思議に思っていた。
なぜあの長い食卓は色ごとに分かれているのか。
なぜ先輩も後輩も、彼らを横目で窺っているのか。
胸の奥に小さな違和感が生まれる。
それでも彼は、ジョアンと食事を続けた。
――そこへ、大柄な男子生徒が歩いて来た。
整った顔立ち。ほかの生徒とは違う、青いマント。
気づいたときには遅かった。
彼の進んでくる方向――その上には三枚の大きな旗が掲げられていた。長机ごとに立てられ、半分折り畳まれてはいるが、紋章は隠しきれていない。
青いマント。
そしてその紋章。
「旗の印は――フクロウ」
ジョアンは瞬時に理解した。
それは“ハウス制度”だ。
その伝統の本来の持ち主であるはずの自分でさえ、ここに存在しているとは知らなかった制度。
彼らがかつて通い、学び、そして教えていたはずの学校は――
いったい、何なのだろうか。




