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八甲田山転生 ~現代知識で雪中行軍を生き抜く。犠牲者は、出さない~  作者: 露李鈴
第二章 1902年1月23日(一日目)

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7/12

第七話 白の中へ

 午前中の八甲田山は、静かだった。


 風雪は軽く、

 雲の切れ間から、時おり青空が覗く。


 気温は、氷点下六度。


 数字だけを見れば、

 この季節としては、決して異常ではない。


 風は弱く、

 雪も荒れていない。


 この時点では――

 まだ、山は牙を剥いていなかった。



――――――――――


 二列側面縦隊にれつそくめんじゅうたい

 列は長く、静かに伸びていく。


 前方に山口少佐・神成大尉率いる前衛、その後に各小隊が続き、

 最後尾に「行李隊こうりたい」と呼ばれる運搬隊がそりをひく。


 秩序だった並びだ。


 誰が見ても、

 訓練としては、申し分のない出だしだった。


 最初のうちは、足取りも軽い。

 雪は締まり、視界もある。

 誰もが「行ける」と思っている。



 * * *

 史実でも、そうだった。


 出だしは順調なのだ。

 空は澄み、風は弱く、視界も悪くない。


 だからこそ、判断が遅れる。



 後に「擬似好天ぎじこうてん」と呼ばれる現象だ。


 一時的な高気圧に覆われ、

 あたかも天候が安定しているかのように見える。


 晴れ。微風。穏やかな空。

 それらは嵐の前の静けさにすぎない。


 この当時、

 まだ、その正体は知られていなかった。


 だが――

 俺は、知っている。


 この「八甲田山雪中行軍遭難事件」をはじめ、


 数多くの犠牲を経て――

 現代の登山家の間に、広く周知されていったからだ。



 この先、

 気圧は急変する。


 風は荒れ、雪は横殴りになり、

 空と地面の境界は消える。


 そして、最悪が訪れる。


 「行けそうだ」と思えてしまう。


 それが、いちばん危険なのだ。


 * * *



 俺は、列の流れを意識しながら歩く。

 視線は前ではなく、左右、そして後ろ。


 足元。

 呼吸。

 間隔。


 すべてが、判断材料だ。



――――――――――


 酒井徳次郎サカイ トクジロウ軍曹が、

 いつの間にか、俺の歩調に合わせて並んでいた。


「少尉殿」


 声は低く、他には聞こえない。


「今のところ、問題はありません」


「分かっている」


 俺は頷く。


「だが、最初に崩れるのは、足だ。

 異変があれば、すぐ知らせてくれ」


 酒井は、一瞬だけ俺を見た。


 そして、短く答える。


「了解」


 それでいい。



 少し後方で、木村キムラが歩いているのが見えた。


 歩幅は小さいが、無理はしていない。

 背負子の位置も、昨夜調整した通りだ。


 目が合う。


 木村は、ほんのわずかに頷いた。


 その視線の先には、

 山裾に点のように見える人家があった。


 言葉はいらない。

 準備は、確かに伝わっている。


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