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八甲田山転生 ~現代知識で雪中行軍を生き抜く。犠牲者は、出さない~  作者: 露李鈴
第三章 1902年1月24日(二日目)

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第十九話 崩壊防衛戦線

 人生の岐路とは、

 往々にして目には見えないものだ。


 いつ、どこで、

 その境界線ラインを越えたのか。


 気付ける者は少ない――


 足を踏み外した時には、

 もう戻れない所に立たされている。



――――――――――


「ふぅ……」


 俺は、凍てつく外套の懐に、

 手を差し入れた。


 外気とは別世界。


 己の体温による、小さな避難所。


 そこから――


 方位磁針を取り出す。



「よし」


 針は、静かに北を指していた。

 数値上は、問題ない。


 だが。


 これだけを、

 信じるわけにはいかない。


 俺は知っている。


 この「安定」が、

 いかに脆いものであるかを――



 * * *


 極寒、暴風、容赦のない冷却。


 条件が揃えば、

 磁針は、いとも簡単に凍りつく。


 史実でも、実際に起きた悲劇だ。


 凍えた針は動きを鈍らせ、

 やがて沈黙する。


 方位磁針の凍結。


 それは、

 方角を失うことを意味し――


 すなわち「生」を失うことに等しい――


 * * *



「酒井軍曹」


 前を歩く、雪に覆われた大きな背中に声をかける。


「予備の磁針を。今すぐだ」


「……了解」


 即座の応答。


 酒井軍曹が手袋の内側から、

 もう一つの磁針を取り出した。


 針が激しく揺れる。


 風に煽られ、凍えながらも、

 必死に北を指そうと震えている。



 わずかな――


 数秒のような、

 永劫のような静止のあと――


 二つの針は、

 同じ方角でピタリと止まった。


「……よし。生きてるな」


「問題ありませんな、少尉殿」


 酒井が低く、熱を持った声で言う。


「進路、維持だ」



――――――――――


 次に、行軍指示を変更した。

 要は「行軍時のルール」ということだ。


「引き続き、酒井軍曹を先頭に、

 五十歩ごとに、各員、針を確認せよ!」


「五十歩ごとに確認!」


 号令を飛ばす。

 ひとつは進路の確認。


「五十歩ごとに確認!」 「五十歩ごとに確認!」


 後続の兵たちが、

 機械的な正確さで声を連ねていく。



「行軍時、観測目標を共有!」


「三時の方向、倒木確認!」

「三時の方向、倒木確認!」


「右ズレなし!」

「右ズレなし!」


 ふたつめは対象物の二重確認。


 わずかに覗く「特徴物」を、

 分隊全員の目で捉えて、復唱する。


 歩き。

 止まり。

 測る。


 その繰り返し。

 やることは単純だ。


 行軍速度は落ちる、効率は最悪だ。



 だが――


 列が、ぶれない。

 円環を描かないように抗ってみせる。


 そして、俺たちの前進は、

 確実に「直線」を刻み始める。



 雪山では、

 個人の感覚などゴミ同然だ。


 頼れるのは、

 冷徹な数字と、震える針だけだ。



――――――――――


「……少尉殿」


 しばらくして、

 酒井が口をひらいた。


「針は、安定しています……ですが……」


「ああ、分かっている」


 白の円環リングワンダリングの説明はしていない。

 そんな時間も、余裕もない。


 だが――


 俺が何を恐れているのか、

 分隊の、誰もが、察し始めていた。


 俺たちの分隊の思考は、

 まだ、動いている。



 だが――


 この対策を講じているのは、

 俺たちの周りだけだ。


 第五連隊の全隊は、どうだ――


 前方の山口少佐や、

 神成大尉率いる「本隊」は、どうだ――



 この「見えない罠」に気付いてるか?



 もし、本隊そのものが「白の円環ホワイトワンダリング」に、

 その足を踏み入れてしまったら。


 俺たちが、


 信じて、従っている、

 その背中が――


 すでに、死のループを、

 描き始めているとするのならば――。



「……くっ」


 ひと際強い横風に、

 バランスを崩しそうになる。


 胸のざわめきが――


 静かに、そして、

 暴力的に大きくなっていく――


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― 新着の感想 ―
……トップがぐるぐるしてるなら…… 続く者達は(^_^;)
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