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八甲田山転生 ~現代知識で雪中行軍を生き抜く。犠牲者は、出さない~  作者: 露李鈴
第三章 1902年1月24日(二日目)

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第十五話 届かない正しさ

 列は、止まった。


 それだけで、空気が変わる。


 風が、容赦なく体を叩く。

 雪が、横殴りに吹き付ける。


 歩いている間は、まだよかった。

 動いている限り、わずかでも熱は生まれる。


 だが――

 止まった瞬間、すべてが奪われる。


 外套の隙間から、

 冷気が一気に入り込む。


 兵たちの肩が強張り、

 歯の鳴る音が、あちこちで混じった。


 凍える。


 それが、誰の目にも明らかだった。



――――――――――


 神成文吉カンナリ ブンキチ大尉が、

 ゆっくりとこちらを向いた。


 鋭い視線。

 だが、声を荒げる気配はない。


 理由を求める顔だった。


 俺は、一歩前へ出る。


「現状を整理します」


 風に掻き消されぬよう、

 腹の底から声を出す。


「行軍速度は昨日比で七割以下。

 風雪は強まり、視界は著しく低下」


「新雪は、胸の高さに達する地点もあります。

 この先は、さらに深くなる」


「凍傷の兆候も、各所で確認」


 事実のみを並べる。

 感情は挟まない。


「……数字だけ見れば、撤退が妥当ですな」


 低く、落ち着いた声。


 いつの間にか、

 井上徳蔵イノウエ トクゾウ中尉が

 神成大尉の側に立っていた。


 雪を払いながら、静かに続ける。


「行軍能力の低下、損耗の兆候、気象悪化……

 いずれも中止理由として成立いたしますな」


 淡々とした口調。


「進めば予定通りの行程。

 戻れば、演習の意義は損なわれる」


 だが、井上中尉の言葉の、

 その重みだけが伝わってくる。


「どちらも軍人としては正しい判断――」


 そこで、わずかに間を置き。


「そして、その選択の責は、

 すべて指揮官に帰する、ですな……」


 そこまで現状を言語化すると、

 そのまま、視線を神成大尉にむける。



――――――――――


 神成大尉は、すぐには答えなかった。


 ただ、視線を前方へ向ける。


 吹雪の向こう。

 かすむ人影。


 その視線の先にあるのは、

 山口少佐だった。



「少尉」


 神成大尉が、静かに口を開いた。


「君の進言は理解する」


 胸が、わずかに軽くなる。


「だが――」


 一拍。


「軍隊には、

 どうしても進まねばならぬ時がある」


 低く、揺るぎない声。


「演習とは、

 その“時”を想定するためのものだ」


 井上中尉が、小さく目を伏せた。


 否定も肯定もしない。

 ただ、現実として受け止める表情。


「……前進する」


 誰も、驚かなかった。


 戻るべきだと思った者も。

 進むべきだと思った者も。


 この判断が、誰によって、

 どんな立場で下されたものか。


 ここにいる全員が理解していたからだ。


 だから――


 誰も、口を開かなかった。


「前進」


 再度の号令。


 ゆっくりと、列が動き出す。



――――――――――


 酒井徳次郎サカイ トクジロウ軍曹が、

 俺の隣へ並んだ。


 何も言わない。


 だが、一度だけ――

 静かに頷いた。


 伝わっている。


 それで、十分だった。


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― 新着の感想 ―
凄く気になる作品です。 結末がどうなるのか……
うちのオヤジが、昔冬山に入って帰ってこないで消防に捜索依頼。消防団やら登山口入り口に集合したら山の途中に懐中電灯の光チラチラ。ふもとで懐中電灯振ったら反応ありで、数十分後下山。なんでも、雪が降ってる…
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