第十一話 重さが人に移る
橇は、限界だった。
新雪は、人の胸まで達しているのだ。
一歩進むたび、脚は沈み、
腕で雪を掻き分けなければ前に出られない。
歩く、というより――
雪の中を、泳いでいる。
そこで、さらに問題となるのが橇だ。
その荷の重さにより、
橇は雪のなかに深く沈みこみ。
四人がかりでも、
橇は簡単には進まなかった。
さらに力任せに引こうとすると、
時に橇は横滑りした。
正しい進路方向に戻すため、
さらに労力が奪われる。
神成文吉大尉の命令は、簡潔だった。
「橇を捨てるわけにはいかん。
担げるものは担げ」
予想通りの判断だ。
橇は官物。
そして――
この演習の「目的」そのものだ。
――――――――――
【演習目的】
寒冷地における、
橇による物資輸送の有用性の検証。
――――――――――
そして、お上が求める「答え」は、
最初から決まっている。
――橇は、雪中輸送において有効である。
たとえ、機能しなくとも。
たとえ、現場で破綻しようとも。
「使えなかった」とは言えない。
だから――
人が担ぐ。
――――――――――
荷が、個人に割り振られ始める。
第五連隊、青森方面雪中行軍隊。
編成は、二百十名。
総量、およそ一・二トン。
一台八十キロの橇の中身が、
背負子へと移されていく。
元より、人が背負うことを想定していない重さである。
誰もが、それを背中で実感していた。
酒井徳次郎軍曹が、
自然と前に出る。
「……俺が持ちます」
下士官だ。
部下の前で、弱音は吐けない。
模範であれ。
先に背負え。
それが、この立場の宿命だ。
* * *
記録では、
下士官の死亡率が、突出して高かった。
理由は、単純だ。
重さと責任を、
同時に背負わされたからだ。
* * *
俺は、歯を食いしばる。
――引き返したい
だが、全体を止める権限がない。
まだ「理由」が足りない。
だから、やれることをやる。
「酒井軍曹」
声をかける。
「重量は、均等に。
一人に集中させるな」
一瞬の逡巡。
そして、頷き。
「……了解しました」
完全な是正じゃない。
だが、何もしないよりは、いい。
――――――――――
列の後方で、
動きが、確実に鈍る。
転倒ではない。
悲鳴もない。
ただ、確実に遅れている。
一人あたり、
十キロ前後の追加重量。
軍装と合わせれば、
三十キロに届く者もいるだろう。
雪に足を取られ、
息が荒くなる。
それでも、まだ歩けている。
だが――
確実に、削られている。
木村が、
ちらりとこちらを見る。
背負子の位置は安定している。
無理は、していない。
昨夜、調整した成果だ。
小さな工夫。
だが、
命を削る速度を、
確実に、遅らせている。
橇は、
もはや役に立たない。
それでも、
捨てられない。
持ち続ける。
引きずる。
不要なものを抱えたまま、
今を、犠牲にする。
史実と、同じだ。
――――――――――
夕刻。
時刻は、二十時頃。
馬立場の南方から、
さらに、すこし進んだ地点。
俺たち分隊を含む、行李隊は、
ようやく本体と合流を果たした。
誰もが、疲労困憊だった。
言葉は少なく、
動きも鈍い。
息を整える余裕すらない者もいる。
だが、山は、待ってくれない。
準備が整おうと、
整うまいと。
夜が、来る――




