76.不審人物扱い
星人のポストの隣にぴしりと直立して闇夜に紛れるマントに身を隠した小柄な人物と、隣の護衛の青年だと分かる高身長の人物も、剣を帯びているだけでもその姿はとても目立っていた。
通行人からの視線を一手に集めてなお堂々とした佇まいは傍から見ても要人そのものだ。
ポストは誰にでも見えるわけではないので、ただ何もないところに立っているだけなのにも関わらず、高貴さがにじみ出ているのは姿勢から分かるものだ。
急ぎ近づくと、少年が気付いてくれたようだ。
「すまない。明確な時間が分からなかった為、早めに来てしまった」
ふるふると僕は首を横に振る。
隣の護衛の青年からは物凄い勢いで睨まれている。僕のいる空間を。
ちなみにまだ彼には僕の姿が見えていない。ここまで”ここにいますよ”と認識できるほどの情報を彼は持っているので、本来であれば見ることができるけれど、彼の素性と主としての少年の意見を聞くまではあえて隠している。
「あなたから場所の指定があったということは、ここからどこかに?」
やはり聡い少年だ。
願いの詳細は外で話す内容ではないし、誰かに聞かれても困る。この少年は僕の読みが正しければ今この場所にいることも難しい存在だろう。だから僕は、少年を星人の仮宿へと連れて行くつもりだった。
そうしないと安心して話せる場所なんて難しいだろう。ただでさえ護衛の青年が付きっきりなのだ。
僕は身振り手振りで、少年の手に触れていいかどうかを聞く。
自分の右手と左手を重ねて、次に少年の手を指さし僕の手と指さしを行き来させる。
「?手を握れと……?」
め、命令形ではないのですが……と思いながらもこの場では精一杯頷いておく。勝手に触れて不敬罪などになっても困るからだ。この少年がそうしないことも、星人がそうならないことも分かっているけれど、けじめはつけたい。
「そこまで気にしなくても大丈夫だ」
そう、フッと笑いながら少年は僕の差し出す手を握ってくれた。
「手を握らなければならない、ということか?」
そう少年が聞くので、僕は少年がさっきまで見ることができなかった仮宿へと手を握っていない左手で指し示す。
「……!なかなか驚かせる。では、あちらでということかな」
一度手を離しても?と聞かれたので、僕はそっと離す。
少年は面白そうに目を細めて、僕と手を繋いだり離したりして仮宿の存在を確認していた。
「この都市で私が知らない場所がまだあるなんて面白い」
そう言いながら、少年はしっかりと手を繋いで先を促してきた。
僕が護衛の青年を気にしていると、少年は数歩歩いた先で身体を少し戻し、後をついてきた護衛の青年へと無慈悲な言葉を伝えた。
「ギャラン」
「はっ!」
少年がギャランと呼ぶ護衛の青年は、ぴしっと姿勢を正しどこまでも少年に付いていく姿勢だった。
「僕は暫く姿を消す。何も問題はない、安全な場所だ。ただ、お前は連れて行けない」
「……?いや、いやいや、その命令は聞けません。私は御身を守るのが使命です。片時も離れるつもりはありません」
「……ギャラン、それはいささか過保護というものだ」
「何を仰っているんですか。私には見えない何者かに唆されているのではないですか?その者が安全である保障があるのですか?」
見当違いの方向をまるで射殺さんばかりに睨んでいる彼の言っていることは、もっともだ。こんな得体の知れない見えない相手に不信感を持つのは当然だろう。
まだ僕は、彼の前に姿を現してもいなければ声も発していない。完全なる透明人間状態を信じることが難しいのは僕でも分かる。どう説得したものか……なかなかの難題だった。
「頭が固いお前は帰れと言っても帰らないだろう」
「当たり前です。むしろなぜこのような場所なのか不思議でたまりません。四方八方狙ってくださいと言わんばりの場所で私は気が気ではありません」
そう、この都市のポストはなかなか見晴らしがいい大通りの交点近くにある。そのため行き交う人々が多く、市も開かれる為なかなかに賑わった場所だった。
木を隠すには森、人を隠すには人、家を隠すなら……ということなのかもしれない。認識疎外は仮宿にもきちんと備わっており、まるで普通の家なのにそこに家があると脳が認識しないのだ。
「話しても埒が明かないな……」
「私もです」
主従の言い争いをどうしたものかと、少年と手を繋ぎながら途方に暮れつつあった。
「いや、もう強硬するしかない」
僕もそれしかないと分かっているけれど、ギャランが怖くて彼を見れない。
「ギャラン、私は無事だ。今から姿を消すが、残りたければこの場に残るといい。ただし帰っても咎めぬ」
「姿を消すとは?そして帰るなんてもってのほかです。あなた様と私は帰ります」
「分かった、分かったから。驚いて騒ぐなよ。数刻後に出てくるから待つなら待て」
「いや、私も付いて行きます」
繋がった手からぎゅっと力を込められ、僕は途方に暮れていた意識を戻した。
どうやらそのまま仮宿に入って姿を消すことにしたらしい。
いいのかなと思いながら、少年を見るとなにやら楽しそうな顔をしていた。
この後姿を消した主人にギャランが驚くことは明らかだったため、僕は少年にもこういう休息が必要だろうと無理やり納得することにした。




