3話 光の少女と遭って
馬車は、荒野をひたすら走っていた。窓の外には、かつて緑豊かだったであろう大地に、ひび割れた岩肌が露出している。遠い昔、この星を潤していた魔力が暴走し、大地を焼き尽くした爪痕だ。
「そろそろ、ルナウーンです」
アレックスが静かに告げると、ペトリシェは窓から顔を遠ざけた。数日間の旅で、王都での喧騒は遠い過去の出来事のように思える。
やがて、馬車は朽ちた巨大な門をくぐった。そこは、時間を忘れてしまったかのような廃墟の都だった。黒曜石の建築物は、天に向かって伸びる巨大な骨のように立ち並び、風が吹くたびに、寂寥とした音を響かせる。
馬車は、都の中心にある、まだ比較的原型をとどめている塔の前に止まった。ここが、これから彼女の拠点となる場所だ。
フィオナとの出会い
「お嬢様、お降りください」
執事のアレックスに促され、ペトリシェが馬車を降りると、冷たい風が彼女の金髪を揺らした。その瞬間、足元に何かが、かすかに動く気配を感じた。
「……?」
視線を落とすと、瓦礫の山に身を寄せ、震えている小さな影があった。それは、黒い布を頭からかぶった、年端もいかない少女だった。汚れた服と、どこか懐かしい怯えきった瞳。見るからに、この場所の孤児だろう。
「……こんな場所に、まだ人がいたのね」
ペトリシェは、少女に近づいた。少女は恐怖に身をすくませ、さらに小さくなる。
「あなた、名前は?」
震えながら、少女が呟く。
「フィオナ……」
ペトリシェは、その声に感情を動かされることはなかった。ただ、深く透き通った碧眼が、フィオナの怯えきった瞳を見つめる。それは、フィオナがこれまでに出会ってきた、彼女を軽蔑する大人たちの目とは違っていた。冷たいけれど、そこに憐れみや憎悪はない。
まるで、ただの存在として見ているだけだった。
「わたくしの侍女になりなさい、フィオナ」
彼女の言葉は、命令。しかし、それはフィオナにとって、初めて与えられた「存在意義」でもあった。見捨てられるばかりだった人生の中で、誰かに必要とされる、という事実。
「……生きたいのなら、わたくしについてきなさい」
ペトリシェは、それだけ言うと、少女に背を向け、塔の中へと歩き始めた。フィオナは、一瞬ためらった後、小さな体で立ち上がり、ペトリシェの後を追った。その背中を追いかける彼女の瞳は、まるで、世界にたった一人残された希望を追うように、ひたむきだった。