8アラン熱を出す(リント)
俺ある日またアリーシアを説得していた。
「いい加減この紙に書け!そしたらすぐにここから出して教会に帰れるんだぞ。ほら、ペン…」
アリーシアに誓約書とペンを差し出す。
「だから何度も言ってるじゃありませんか。私はせっかく持っているものを役に立てたいだけです。それをどうしてだめなんです?誓約書までかいて一体何の意味があるんです?」
(俺もどうしてそこまで意固地になるのかって思うがここで彼女を野放しにするわけには行かないと思ってしまう。
シャロンの事で女に対して厳しくなったって言うか口答えする女にむかつくって感情がどうしても拭えないからか。
じゃあ、何で牢に入れないんだ?彼女をこじんまりした部屋にとどめて毎日こうやって彼女を説得して?
どうせならもう解放してやってもいいんじゃないかとも思うくせに。
はぁ…俺、なにやってんだ)
そこに隊員が慌てて入って来た。
「隊長!大変です。お子さんが具合が悪いそうだと知らせが」
「アランが?すぐ行く。おい、誰か彼女を部屋に入れておけ、俺が帰るまで絶対に出すな。わかったな」
俺は急いで部屋を出て行った。
俺は大急ぎで自宅に戻った。
自宅は騎士隊のすぐそばで家には子供の世話をする侍女と家事をする使用人がいる小さな屋敷だ。
いつも仕事が遅くなることや泊まりがけになることもあるのでひとりは住み込みで働いてもらっている。
年は若くはないが子供を育てた事のある女性でひとりはスーザンと言う40代の侍女で通いだ。
もうひとりはネクノと言う少し年配の女性。ネクノは住み込みで働いていてアランの世話も心配なかった。
アランは5歳になったばかりでまだ学校などに入っていない。毎日自宅でスーザンやネクノと過ごす毎日だが元気だった。
アランには母親がいない。アランの母親はシャロンと言う子爵家の令嬢だった。
俺はマートン伯爵家の次男で騎士隊員になっていたが結婚は遅かった。
34歳で友人の紹介でシャロンと出会い年も年だったのですぐに結婚した。
シャロンは社交的でどちらかと言えば派手な女だったが、俺は口下手だしひとりを好むタイプだったからもともとうまく行くはずもなかったんだろうが運よくシャロンがすぐに妊娠した。
まあ、男慣れしてたみたいだったし最初は良かったがすぐにシャロンを抱くのに嫌気がさした。
妊娠してくれて良かったと思った。これであいつと閨を共にする義理もなくなったとほっとした。
アランが生まれるまでは王都バカルで暮らしていて何とかなっていた。
だが、その後黒翼騎士隊に移動になってキルへン辺境伯の領地に来てからシャロンはおかしくなった。
よりによってキルヘン辺境伯の息子のギバンと浮気をしていたことがわかった。
俺はすぐにシャロンと離縁した。大失敗したと思った。俺は伯爵家の次男だ。もちろん家督を継ぐことはない。だからこそ騎士になっていずれは騎士隊長になりたいと思っていた。
そうなるには家庭をしっかり守ってくれる女性が必要不可欠だろう。
なのに結婚した女は最悪な女だった。出来る事と言えば散財と派手な格好くらいだった。
俺は二度と女と関わる気はない。
息子のアランはもちろん引き取った。そしてあいつは王都に帰っていた。
それ以来一度もアランに会いたいとも言ってはこないし別の男と再婚したらしい。
アランはまだ1歳にもなっていなくて母親の記憶がなかったことが救いだった。
俺はシャロンにアランを合わせる気もない。ただ、アランが時々母親の事を聞いてくるようになったことが心苦しい事は確かだったが。
だが一つだけいい事があった。
浮気相手が辺境伯の息子だったせいか4年前に辺境伯が黒翼騎士隊のジルド隊長から退いた時俺を騎士隊長にと言われたのだ。
その時聖獣の入れ替えがあってアギルが赤翼騎士隊に移りガロンが黒翼騎士隊に来たこともあったからかも知れない。
ジルド隊長はアギルをことのほか可愛がっていたらしいから。ジルド隊長はその後すぐに亡くなった。
俺としては念願の隊長になれてそれはそれで良かったとは思うが気持ちは複雑だった。
それに今も現辺境伯ギバンとは気まずいのは確かだ。
「スーザン。アランは?」
「はい、熱が高いようでお医者様は子供がかかるブリド病だろうと…」
「ブリド病?」
「はい、かなり高い熱が出て身体に発疹も出る子供がかかると言われている病気です」
「ああ、知っている。ブリド病はかなりまずい病気だったはず…」
ブリド病は子供にしかかからない病気で、高熱でかかると多くの子供が命を落とすと言われている恐ろしい病気だ。原因は不明で年間の子供の死亡理由トップ3に入るほどだ。
「それで薬は?」
「はい、熱さましの薬を。しっかり水分を取って頭を冷やし汗をよく拭くようにと」
「そんな分かり切った事…スーザンありがとう。ここは私が付いているからしばらく休んでくれ、それとネクノにスープを作るように頼んでくれ」
俺はアランのそばに付き添う。
アランは真っ赤な顔をしてうなされている。
何度も冷たい布で額や首の周りを拭いてやる。
しばらくしてネクノがスープを持って来てくれた。
俺はアランを起こしてスープを飲ませる。スプーンで少しずつ少しずつ。
だが、ほんの少ししか飲めないらしく、力なくぐったりとする。
俺はしかたなくアランをまだベッドに寝かせる。
そうやって一晩じゅうアランの看病をした。
明け方アランが痙攣を起こして一時息をしなくなった。唇が紫色になり引きつれる顔に俺は生きた心地がしなかった。
やっとアランが息次ぎをした時には神に感謝した。
アランの小さな手を握りしめてそのまま夜を明かした。
俺は夜明けが来るのを今か今かと待った。
夜が明けてスーザンが来ると俺は騎士隊の建物に走った。