38赤翼騎士隊(エクロート)
俺はこれ以上言うことはないとばかりに王太子の執務室を後にした。
その足で赤翼騎士隊を訪れた。
ふと建物を見上げるとこれまでの20年が走馬灯のように脳裏を駆け巡った。
(俺はイエルハルドが滅んですぐに辺境にやって来た黒翼騎士隊に志願した。そこで数年騎士隊員として働いた。
フローラ女王が亡くなると女王の加護を失ったせいか樹海に悪い気が広がり始めて、獣たちが魔獣化し始めに人里に出没するようになった。
あの頃はまだ樹海の中にあった王宮や神殿があった辺りはまだ汚染は進んでいなかったが…
今では魔樹海はすっかり瘴気で汚染されて陽の光は差し込まず真っ暗で木々は黒ずんで王宮に辿り着くことも出来なくなってしまったな。
まあ俺はその後、赤翼騎士隊に移動になり神殿の警護や王城の警備などを経てロイド殿下の護衛騎士となって側近としてそばにつくようになったんだが。
もちろん俺はそれを望んで側近となった。
こんなくそみたいなコルプスの王城に入り込んでいるのは、いつかイエルハルド国を再興したいからだ。
はぁぁぁ~、アリーシアが女神の加護に目覚めればなぁ。
それには、彼女自身が自分の出生の秘密を知らなけりゃならんだろうが…下手に気づくと危険だしな。
無理は出来ないとわかってはいるが。
焦りは禁物だとも思っているが。
今のコルプス帝国はもう長くない気がする。
ザイアス王にしてもロイド王太子にしても‥それにしても二人が倒れたら次期国王はどうなる?
…そうか。グロギアスの奴。そう言う事か。あいつの父は先王の弟だった。ふたりは国王不適格となれば次に指名されるのはルド・グロギアス公爵だろう。
ミリアナのあれも計画的なのか?それに次男を赤翼騎士隊の隊長にして宰相は嫡男のモンドを指名すればコルプス帝国はあいつの思い通りじゃないか!
いや焦るな。まずはグロギアスの策略の証拠を掴むのが先決だろう。
今はしばらく様子を見るしかないな…)
俺はしばらく辺境には帰れそうにないと確信した。
そこに隊員たちが駆け付けて来た。俺の見知ったものもいた。
「これはエクロート様」
隊員たちが挨拶をする。
「最近の状況はどうだ?」
「はい、訓練はいつも通りこなしております。ただ…」
隊員たちは口ごもる。
「なんだ。言ってくれ」
そう言うとひとりの隊員が声を上げた。
「はい、ロイド王太子がお見えにならないのでアギルが相当ストレスが溜まっているようでして」
「他にアギルを連れ出したり出来る者はいないのか?」
「はい、聖獣は特に信頼のおける相手にしか心を許さないらしく、飼育員の世話は素直に受けてはいますがとても連れ出して走らしたりすることは出来そうにありません。一度飼育員が無理に外に連れ出そうとしてアギルに噛みつかれてそれ以来飼育員も連れ出すようなことは無理だと」
「騎士隊員は出来ないのか?今までアギルと一緒に出動した奴もいるだろう?」
「それは王太子がいましたから」
「そうか。では聖女は?アリーシアみたいに聖獣に近づける者はいないのか?」
今度は別の隊員が前に出た。
「とんでもありません。アリーシア様は特別だったんです。他の聖女たちはみな聖獣のそばにも近付こうともしません」
「理由はわかるか?」
「聖女たちは言うには聖獣に近づくとその魔力に自分の魔力を吸い取られるようになるそうなんです。気分が悪くなったり身体中の力が入らなくなるそうです」
「では、ミリアナ様はどうなんだ?王太子の婚約者だろう?」
「彼女は問題外です。あの人は聖獣が大嫌いだそうです。獣舎に来たことすらありません」
「はっ。そう言う事か。アリーシアは完全にはめられたって事か…そしてアリーシアは特別だったという事だな」
「そうなんです。エクロート様は辺境にアリーシア様を連れ戻し行かれたのではないんですか?俺達期待して待ってたんですけど」
「ああ…だがなぁ…アリーシアが帰ってくる事はまず王太子が許さないだろう。まあ、彼女も嫌だって言ってたしなぁぁ」
俺はわざと気の抜けた返事を返す。
「「「「あぁぁぁぁぁぁ…」」」」
隊員はうなだれて大きなため息を上げた。
(当たり前だ。大切な俺達のアリーシアをこんな所に戻す気はない!)
そんなところに激しく興奮したような獣の声がした。
「ぎゃぐぅぅ~うるぅぅぅぅ~ぎしゅ!ふうぅぅぅっぎゅるがうぅぅぅ」
「きっとアギルです!」
「かなり苛ついてるみたいだ」
「急いで行ってみましょう」
俺達は急いで獣舎に向かった。




